第55話 二人三脚
「おおっ、我が友よ! 人間化したらこんなにも重くなってしまうとは!」
「と、トリくん……君……」
二人三脚において、転倒とは命取りだ。立ち上がる際もその後も、タイミングを合わせる必要があるから、ロスタイムに繋がる。
「黒組……なかなか体勢を整えられない!」
落としたマイクを拾い上げて、俺は実況を続ける。本来なら突っ込むべきところは、酉奈さんの出した翼の件。
俺は思う。ひよこの騒動の一件から、彼は結構、周りのことを気にするタイプなんじゃないかと。
だからこそ、もしかしたら巳乃さんと共に体勢を立て直せば、翼をしまってくれるかもしれない。
「白組もどうにか起き上がったようだが、雰囲気が最悪だ! ケンカになりそうかー!?」
その期待にかけて、俺は観衆の視線がなるべく巳酉ペアから外れるよう、犬猿について実況する。
犬猿は、巳酉がモタモタしている間に、どうにか体勢を立て直していた。しかし、無言で互いを睨みつけており、いかにも剣呑な雰囲気である。
このまま2人がケンカになったとしても、状況が悪い。いっそのこと実況でケンカをしないよう呼びかけてみるか。
そう思ってマイクを構える。しかしそのとき、申弥さんが戌慈さんの頬を引っ張って、巳酉2人を指差した。
「い、痛いぞ! 何するんだ!」
「……やめだ。あれが翼を出しちまった以上、何するかわからねえ。とにかく今は、陽の勝ちを優先する。調子を合わせろ、嫌でもな!」
「……わかった」
今にも殴り合いそうな一触即発の空気……だが、申弥さんの言葉に渋々戌慈さんは応じて、2人は再び前を向く。
意図せず、酉奈さんが2人の仲介者になっていることに俺は感心した。
「せーのっ!」
犬猿はそのまま、子辰を見習ってか、甲乙と十干でリズムを取って走っていく。先ほど転んだときとは比較にならないくらい、安定した走りぶりだった。
なるほど、子音さん曰く、相性自体は悪くないというのはこのことか。
「白組、転んだとは思えないほど、順調に進んでいるぞ! 黒組は……! え?」
俺は再び目を疑った。いや、羽が生えている時点で、それはもう予測できていたこと。楽観視しすぎていたのだ。
「ワタシは手品師になりたいのです! どうです皆さん! 浮いているでしょう!」
「トリくん……身体張るね。さすがとしかいいようがないよ」
酉奈さんは巳乃さんを抱え、わずかだが地面から宙に浮いていたのだ。
なぜなんだ……なぜわざと目立つように、手品師を自称する。まさか寅琳さんの受け売りなのか。
「おおっと黒組! 手品師の卵? のおかげで体勢を立て直し、なんと浮いているっー!? どういう仕掛けだーっ!」
俺が絶句したのを見かねて、他の運営陣がマイクを奪って実況を始めてしまった。申し訳ないが、俺は今冷静に実況できる気がしないから任せるしかない。
「やるやんかトリ! やっぱタダでは負けへんよなあ! まあ、俺らにはどうやっても勝てへんと思うけど!」
「ふん、慢心はその身を滅ぼす」
「ウサちゃんが言うと説得力あるなあ」
「は? うざ」
「わは! ウマくん、おれ、今度こそ勝つね!」
「うむ! いい勝負をしようじゃないか!」
アンカーたちは、寅琳さんが李卯さんをキレさせていること以外は、割と平穏そうではあった。
特に健午さんと亥寧さんの生き生きとした表情からは、純粋にこの勝負を楽しんでいることが伝わってくる。
「さあ、ついに勝負も大詰め! アンカー、団長同士の戦いが始まろうとしている!」
巳酉ペアはようやく前に進み始め、犬猿ペアはアンカーまであと半分、というところであった。
「あの、翼が生えている手品師……浮いているのは反則じゃないんですかね」
反則負けではシャレにならないので、交代してくれた実況の人に、さりげなく聞いてみる。
「面白いのでいいでしょう! 手品ができるのも才能です!」
「あ、いいんだ……」
十二将の生徒は……大雑把だ。
寅琳さんや酉奈さんの行動は正しいのかもしれない。こんなだったらみんなが多少なり動物化しても、ばれないんじゃないかと思ってしまう。
「「トラさん、ウマさん! 後はお願いします!」」
「息ぴったりやないのお前ら! 任しとき!」
「よおし! 行くぞトラ!」
あれこれ考えていれば、必死に走っていた犬猿が、ようやくアンカーの寅琳さんと健午さんへと到達する。
寅午ペアは、さすが虎と馬の化身。
半会効果もあってなのか、合図もなしに息ぴったりにスタートを決めては、どんどん加速していく。もはや普通に走っているんじゃないかという速さだ。
「白組ラスト! 凄まじい速さで進んでいく! もはや二人三脚の勢いではない!」
「イノシシ、あのくらいの差なら余裕だよね?」
「わは! いけるいける!」
「ごめんよ2人とも!」
「遅れてすみませんっ! お願いしますっ!」
しばらくして、巳酉ペアが申し訳なさそうにゴールし、アンカーにバトンを渡す。
2人はほぼ飛んできたと言っても過言ではないけど、どうやら運営的にはオッケーらしいので、俺は何も言えない。
「走り切っただけ及第点。いくよイノシシ」
「うんっ! いくよウサちゃん! よーい……どんっ!」
「黒組ラスト! まさかの二人三脚でクラウチングスタートを決めた!? 勢いよく跳ねるボールのように進んでいくーっ!」
す、すごい。卯亥ペアは、三脚のうち真ん中の結ばれている脚を、亥寧さんのよーいの合図で後ろに下げ、どん、で一気に前に出して駆け出した。
加速も寅午に負けていないか、むしろそれ以上で、距離を縮めているのが見て取れた。
「現在先頭を走るのは白組! 黒組も負けずに距離を縮めていきます! 団長対決でもあり、盛り上がっています!」
正直、どちらが勝つのかはまだ読めない。寅午ペアが逃げ切るか、卯亥ペアが追いつくか。
だけど、絶対2組ともただでは終わらないはず。
その予感はたしかに当たって、元十二支の奇行は、予測していても到底止められるものではないのだと、実感するのであった。
「なあウマ。お前のまじないって使っちゃダメなんか?」
「ダメだ! 正々堂々と、だ!」
「トリはさっき飛んでたやんけ!」
「使いたければ使えば? もう僕たちも圏内だし」
「う、うさちゃん」
「わは! おれもいるよ! ウマくんのまじないって楽しいよね!」
「おお! 2人とももう追いついてきたか! たしかに、皆に適用されれば公平だな!」
「は、おま、ふざけ」
「馬式呪法! 風馬襲歩!」
そう、彼らは健午さんの固有まじないにより光に包まれたかと思えば、次見た瞬間にはゴールに到達していたのである。
「な……何が起きたー!? 一瞬の間にどちらもゴール地点に到着しているー!?」
こうなった原因は、健午さんのまじないの効果で想像がつく。
困惑する現場で、せめてもと俺は実況を変わってもらった灰組の生徒からマイクを返してもらい、誤魔化すようにそれっぽく実況したのであった。
「誰か! 誰か動画を撮っていませんでしたかー!?」
審判が生徒たちに声をかける。当然だ。ビデオ判定するくらいでしか、どちらが先にゴールしたのかはわからない。
「審判! 俺たちはわかっとる。この勝負は引き分けや!」
「え、そうなんですか?」
「同時に決勝点に着いてたよ。ちぇっ、勝てたらトラのこと散々バカにしてやろうと思ったのに……」
「ウサちゃん……あんたなあ」
ただ、当事者たちはわかっていたようだ。寅琳さんが慌てる審判に声をかけ、李卯さんも、彼のことをコケにしたいのかフォローしたいのかわからない言動をとっていた。
「うむ、いい戦いだったな!」
「わは! 楽しかった!」
「団長同士が固い握手を交わす! 勝負は引き分け! まだまだどちらの組がこの運動会で勝利を手にするのかわかりません! 今後も盛り上がっていきましょう!」
健午さんと亥寧さんが握手したので、ここぞとばかりに実況すれば、十二将の生徒は細かいことを気にしないので盛り上がってくれる。
ああ良かった。とりあえず、競技は終わったのだ。子音さんが鬼の形相でアンカーたちに近づいて行くのは見なかったことにして、俺も一息つこう。
「一神くん、実況から引き続いて大変だけど、次は借り物競争だね。頑張ろう!」
そう思ったが、同じ7組の灰組が俺に近づいて、声をかけてきた。どういうことだとプログラムを確認すれば、二人三脚の次に借り物競走と書かれていた。
「あっ、灰組限定借り物競争……!?」
十二支のことを考えすぎて失念していた。それに、灰組は競技に出ない運営だと言っていたから、まさか借り物競争があるとは思いもしない。
「うん。だから早く行こ!」
「う、うん」
競技が終わって、活躍した元十二支は生徒たちに囲まれていた。色々とツッコミどころがあったから、大丈夫だろうかと不安になる。
だけど、俺もせっかくだし運動会を楽しもうと思う気持ちから、俺は実況席から灰組が集まるグラウンドの真ん中へと向かったのであった。




