第54話 運動会
「さあ! 正々堂々戦おうじゃないか!」
「わは! おれたちが勝つ!」
白組団長、馬宮健午。黒組団長、猪野田亥寧。2人の宣誓がグラウンド上に響き、十二将学園の運動会は幕を開けた。
結論から言おう、我が校の運動会。それは、元十二支による「内輪揉め」になった。
ちなみに、運営をする灰組の俺が任された役割はまさかの、放送席での実況。
まあ、元十二支が怪しい行動をとったとき、適当な事を言ってカバーできるかもしれない……などと、無理やりにでもポジティブに捉えることにした。
それに、灰組もなかなか人数がいるので、俺の出番自体もあまりない。今だって、設営されたテントで、必死に元十二支が出場するプログラムを確認しているだけだ。
「陰陽しっかり黒組と白組に分かれているとは、なーんか都合良すぎっすよね。ま、今回勝つのは陽っすけど……厄介なのはウサギさんとイノシシぐらいか」
「申弥さん……」
運営のテントには、競技の合間に白組や黒組が、休憩のためや、灰組とおしゃべりするためにやって来る。
現に、俺と話すためなのかはわからないが、申弥さんが近くにやってきた。
「ふ、サルくんもう勝った気でいるのかい? 僕たちは陰。破壊的な陰なんだ。その余裕がいつまで続くかな」
あ、よく見たらテントの日陰でしゃがんで休んでいる巳乃さんもいた。申弥さんの言葉に対して、勝気な表情をして言い返している。
「そんな顔で言われても……日陰で休んでいるあんたが戦力になるとは思えないんすけど」
「巳乃さん、体調は大丈夫ですか?」
「元々体温調節には慣れっこだからね。日光を浴びたり、日陰に入って休んだりしていれば、バッチリだよ」
巳乃さんは、この運動会において、1番ハンデを背負っているといっても過言ではない。
運動する以上、汗をかかずにはいられない。当の本人は体温調節を慣れっこだと軽く言っているけど、できることなら無理はしてほしくない。
「……ま、無理はしないでくださいよ。面倒見るのは俺なんで」
きっと申弥さんも同じ気持ちだろう。俺たちは恒温動物で、変温動物のことなどさっぱりわからないから。
「ふふ、心配いらないよ2人とも。そこまで僕は弱くない。それに……見なよ精霊くん。ウシくんが大玉を抱えてゴールしようとしている」
巳乃さんが指差した方向を見れば、丑理さんが大玉を抱え、その周りで酉奈さんが音頭を取りながら応援していた。
「うえっ!? 大玉ころがしなんですけど……決して大玉かかえ競争じゃないんですけど……」
「あ? トリのやつウシさんの後についていくだけで何もしてねえじゃねーか! いいのかあれ!?」
よくないと思う。しかし、意外にも外野は盛り上がっているようで、敵味方問わず、そのままゴールした丑理さんを褒め称える声が上がっていた。
「ほらね、陰が勝ったよサルくん!」
「ウシさんもなんだかんだで力だけはあるからな……! 次は勝つ!」
「頑張れ〜、サルくん」
「いや、次あんたも出るでしょうよ。ほら、後ろにウサギさん」
「えっ!?」
あまりに他人事な巳乃さん。その後ろには、彼を連れ戻しに来たのであろう、仁王立ちしている李卯さんがいた。
「ヘビ、元気なら戻るよ。次、二人三脚だから」
「わあ、嫌だ〜、ウサギくんに連れ去られる〜。助けて精霊くーん」
「が、頑張ってください……」
巳乃さんは李卯さんによってズルズルと引っ張られ、選手が並ぶグラウンドの真ん中の方向へと連れて行かれてしまった。
「あーあ。ウサギさんは容赦ねえや。じゃ、精霊さん。陽が勝つのを見ててください」
「あはは……」
申弥さんも続いて、みんながいる方向へと向かっていった。内輪揉めだけど……一応、運動会を楽しんでいるようで安心する。
人間にとって学校行事とは、楽しめば勝ち、みたいなところはあると思う……うん、そう思っていよう。
さて、李卯さんが先ほど、次の競技は二人三脚と言っていた。
二人三脚の出場者を確認すると、元十二支は全員出ることになっている。
嫌な予感しかしない。あいにく、俺が実況を担当する競技も二人三脚だった。
ちなみに実況担当。それは、台本こそあれど、競技中における部分が占めている文字は、ほとんど「アドリブ」。
神様とは本当に意地悪だ。無茶振りは元十二支だけではなく、相変わらず俺にも強いてくる。
「それでは次のプログラムに移ります。二人三脚。相性の良さが求められる競技になりますが……」
「メエ」
(……ん!? 羊のぬいぐるみ!?)
俺が実況の台本を読んですぐ、体操着のポケットから、羊のぬいぐるみが顔を出す。
どうしてこの仔が今現れたのか。
動揺していると、彼は俺のこめかみあたりに張り付き、その体をイヤホンの大きさほどに小さくして、俺の右耳の上部にくっ付いた。
「おい! 何でお前と一緒なんだよ!」
「仕方がないだろう。ネズミさんが身長が同じくらいの方が、この競技で有利だと言うのだから!」
「いや、ネズミさんと辰さんが1番おかしいだろ! 最大身長差だぞ!?」
「それはそうだが、知らん!」
なるほど。放送席から結構離れたところにいるから、普通なら、元十二支たちが何を話しているかはハッキリと聞こえない。だけど今、犬猿の話し声がしっかりと聞こえてきた。
この羊の人形くんは、向こうの状況を俺に伝達してくれているんだ。
「おーっと……白組、さっそく何か揉めているようだが?」
なんてありがたいことだろう。向こうの状況がわかれば実況しやすいし、彼らが何をやらかすか、ある程度予想することができる。
「わは! ウサちゃん! 絶対勝とうねー!」
「うん。負けるわけにはいかない」
卯亥ペアは、アンカーの目印であるタスキをかけていた。すばしっこいウサギと、猪突猛進のイノシシ。なるほど、このペアは強いに違いない。
「脚を縛って走りづらくするとは! 人間は自らに呪いをかけて競争するんですねえ!」
「僕たちもやってみるかい?」
「ヘビくんが言うと洒落になりませんねえ!」
「「あはははは!」」
「黒組は対照的に、和気藹々としているようだ……?」
巳乃さん、元気そうでよかった。それにしても酉奈さんと仲が良いなあ……あ、半会。
彼らに丑理さんを加えれば三合が成立する。他にも、李卯さんと亥寧さんだったり、子音さんと辰幻さんだったり……
そうか、三合は4グループあるけれど、それぞれ陰3人と陽3人の組み合わせが2つずつなんだ。
だから二人三脚を組むとき、陰陽どちらも一組のペア以外を半会にしているのだと窺える。とはいえ、犬猿を組ませるのは悪手な気がするけど。
「む……」
「…………うん。やるっきゃないよ」
陰も、よりによって丑理さんと亜未さんという、ライバル向かい干支を組み合わせていた。
ただ、犬猿みたいに仲が悪そうには見えないし、むしろ目と目で通じ合っている気さえする。
「うっわ〜。あの組み合わせえぐいな。近寄っただけで呪われそうや」
「うむ、ウシとヒツジとは意外だ! 油断は禁物だな!」
寅午半会。ここのペアもフィジカル面からするに、見るからに強そうだ。卯亥ペアと同様に、アンカーのタスキをかけている。
「では、競技はまもなく始まります。第一走者の方は、スタート地点に並ぶようお願いします」
さあ、競技が始まるというところで、第一走としてスタートラインについたのは、まさかの圧倒的身長差、子辰ペアと、圧倒的やる気消失、丑未ペアであった。
「辰、俺らは白組で1番最初に走る。重要な1番だ。いいか、俺に合わせんだぞ」
「ク……再三言わずとも、わかっている」
「げ、ウシとヒツジ。お前らも最初かよ……」
辰幻さんに関してはよくわからないが、子音さんは1番にこだわる節があるから、もしかしたら一走目をどうしても走りたかったのかもと考える。
対して丑未は、表情が2人とも死んでいた。走りたくないという意思がありありと表れている。
「む……」
「はあ……」
「どう見てもやる気ねーな」
「ふ……貴様らは十二支次席になりたいのではなかったのか? 敵同士を組ませるとは、陰も愉快なことをするが」
「君らに言われたくないよね。犬猿、どういうつもり」
「あいつらは実のところ、相性自体は悪くねえからな。最近ケンカし過ぎてっから、仕置きのつもりだ」
「……おまえたちが組んでいるのは」
「クク、別に何の意図もない。そうだろう?」
「そうだ。俺たちはあまりもの同士組んだだけだぜ?」
「なにそれ、変な感じ……」
亜未さんに同意する。二人三脚は、身長差があると不利なのに、あまりもの同士組んだだけ、というのはいささか不可解だ。
とはいえ、子音さんは逆境は乗り越えてこそと思っているだろうし、わざと不利になるよう、辰幻さんと組んだのかもしれない。
「そ、それでは、選手出揃いましたので、競技を始めますよー?」
何はともあれ、俺は何事もなく競技が終わることを祈ることしかできない。台本どおり号砲担当に向けて手を振り、俺は合図を送った。
「位置について!」
号砲担当がピストルを上に向ける。アンカーペアたちだったら、どっちもフライングするだろうなあ。
応援のつもりか、未だ忙しなくぴょこぴょこと動いている亥寧さんとか、大声でヤジを飛ばしている寅琳さんを見て思う。
「どんなに不利でも、勝とうとする意志があれば、勝てるもんだぜ。そうだろ? ……いくぞ、辰!」
出発する寸前、やる気のない2人に対しての激励か、自分に向けてだろうか、子音さんはそう言って、気合を入れ直していた。
「む……ヒツジ」
「なに……」
一方丑理さんは、何やら亜未さんに耳打ちしていた。さすがに限界があるのか、ヒソヒソ話までは俺には聞こえてこなかった。
「よーい……!」
バン! と、号砲が鳴り響いて、競技はスタートする。
「せーのっ!」
「「甲! 乙! 丙! 丁! 戊! 己! 庚! 辛! 壬! 癸!」」
(十干……!?)
こうおつへいてい……ということは、十干の音読みだ。独特なリズムの取り方だが、それが功を奏しているのか、子辰2人は身長差をもろともせずしっかり前に進んでいく。
「一神くん、実況!」
「わっ! すみません! ……白組! 何やら奇怪なかけ声で飛び出した! 身長差がある不利なペアだが、一気に進んでいくぞー!」
いけない。呆気に取られて実況を放棄していた。俺も俺で、実況としての使命を果たさなければならない。
子辰が調子良く進んでいく。それに対し、丑未は多少出遅れているものの、着実に前には進んでいた。
「一方黒組! 進んではいるが、白組に追いつくにはもう少しスピードが必要だ!」
「……辰。消えた私の鈴について……気づいたことがあるのだが、聞きたくないか?」
「…………何だと?」
どうやって2人は子辰に追いつくのだろうか。そう思っていると、丑理さんが辰幻さんに向かって呟いた。
すると辰幻さんは、驚くことに前に動かしていた足を、すぐさま後ろに動かし始めたのであった。
「……白組いったいどうした!? 急に後退を始めるー!?」
当然、子音さんは転ぶ……と思いきや、そのままスルスルと後進していく辰幻さんに掴まって、どうにかしのいでいた。
「うわ……本当に戻ってきた。ここまでくると重症だよね」
「おい、辰! ハッタリに決まってんだろ! つられんな!」
「ネズミ、貴様が塩を送ったのだ。故に吾輩は、嘘であろうと罠にかかる。ウシ、貴様の呪物は一体どうなったというのだ」
「意味わかんねえしふざけんなー!」
なるほど。辰幻さんの、呪いに対するとめどない好奇心と探究心を刺激して、足止めしようと丑理さんは考えたんだ。
見事にハマっている。進んでいたはずの子辰ペアは、もうすでに丑未ペアと並走している状況なのだから。
「む……ヒツジが眠気に襲われる呪いにかかっているだろう……それと同様に、私にかかる呪いは、鈴の没収ではないかと……」
「ほう? いい見解だな」
「あ、ちゃんと考えてはいたんだ」
「談笑している暇はねえんだぞ! 早く戻れ!」
「クク……貴様らは双璧なのだから、十二支にかかる呪いについては、すべて見当がついているのだろう? 吾輩に教えるがよい」
「おい、辰! そんなの今じゃなくていいだろうが!」
憤っている子音さんの言うとおり。絶対に今じゃない。ただ、陰にとっては陽を足止めする絶好のチャンス。逃すという手はないだろう。
呪いの双璧2人は顔を見合わせて、まるで二人三脚の足の動きのように、交互に元十二支にかかっている呪いを話していった。
「そこで大変お怒りになっている総大将は、多分だけど、いつもどおり固有まじないが使えないんじゃない?」
「む……暫定だが、私は鈴の紛失だ」
「トラくんはエセ方言、ウサくんは聴覚過敏、君は水晶と離れると別世界に飛ばされる、ヘビくんは変温動物、ウマくんは特定の言葉に過剰に反応する」
「……ヒツジは先ほど言ったとおりだ」
「サルくんは眼鏡と一体化。トリくんは情緒不安定。イヌくんは嗅覚過敏、いのくんは口癖をつけられてる……あ、よかった。同着には持ち込めそう」
辰幻さんは子音さんに文句を言われながらヘッドロックのような技をかけられているけど、びくともしていない。
結局、丑未ペアと子辰ペアは並走し、同着で次の二走目へとバトンを繋いだのであった。いわゆる引き分けだ。
「……えーと。両組、話をしながら一緒に走って、同着ー! 次のペアがスタートだ! ある意味一走目ということで、引き分けなのは盛り上がりそうですね!」
俺は何を言ってるんだろう。実況って難しい。
二人三脚にあるまじき後進が発生したので、白組の生徒は辰幻さんに対してもっと怒ってもいいと思う。
しかし、あまりにも陽の元十二支が辰幻さんを責め立てていたので、むしろ生徒たちは彼らをまあまあと宥めていた。
ちなみに、元凶の辰幻さんは満足げに水晶を磨いている。何してんだ。
一方の黒組では、丑理さんと亜未さんが、李卯さんたちによくやったと頭を撫でられていた。殺伐としている白組とは、比べ物にならないくらい穏やかである。
波乱の第一走が終わると、それからしばらくは元十二支の出番はないようで、生徒たちの戦いが続いていた。
「えー、両組、抜いて抜かれてを繰り返し、いい勝負が続いております! ……さあ、続いては重要なアンカー前! どちらが早く最終走者に繋げられるのでしょうか!」
なんと、第一走が終了してから次の元十二支のペアが回ってくるまで、両組にほとんど差はないという事態が発生していた。
周りはいい勝負だと盛り上がっているが……それでいいのか? まるで、生徒たちすら元十二支の勝負をお膳立てしているかのような……得体の知れない気味の悪さがある。
そして、まさかのアンカー前とアンカー、連続で元十二支なのかよと、俺は頭を抱えた。
「……サル。ここで差をつけて、トラさんとウマさんに繋ぐぞ」
「言われずとも。このふざけた2人に負けるのだけは癪すぎる」
「えー? 酷くないかい君たち? ふふ……せっかく犬猿ペアなんだから、もっと嬉しそうにしたらいいと思うよ……」
「図らずも、ワタシは犬猿の仲を結ぶ運命、なのですねっ!」
アンカー前を走るのは、例によって仲が悪い申戌ペアと、半会である巳酉ペアだ。
巳乃さんは明らかに悪意のある半笑いを浮かべて挑発的だし、酉奈さんは悪意はないだろうが動きがやかましい。
「…………イヌ。大差で最終走者に繋ぐぞ」
「……ああ。わかってる」
しかし犬猿は巳酉ペアを完全無視し、意外にも静かに前走者がやってくるのを待っている。
互いの肩にしっかりと手を回し、絶対に勝つという雰囲気が滲み出ていた。
「白組黒組、再び同着! さあ、ここで差を詰めることができるのか!」
ほぼ同時、白と黒の前走者が彼らの手に触れ、両組はスタートする。
しかし、犬猿はお互い最初に出した足があべこべで、巳酉は巳乃さんが足を出すのに出遅れていた。
すなわち、両組同時に転んでしまっていたのだ。
「おーっと! 両組、1歩目にして転んでしまったあー!」
「……やっぱり足いらないよー」
「泣かないでくださいヘビくん! 体勢を立て直しますよっ!」
「1歩目は外側からじゃなかったのか!?」
「はあ? ネズミさんと辰さんを見てなかったのか!? 内側からだっただろ!」
「さ、さあ! 両組とも、頑張れー!」
この勝負、先に立ち上がって進んだ方が勝ちか……ただ、絶望して地面から一向に立ち上がれない巳乃さんに、一触即発の犬猿。
両組爆弾を抱えているため、勝敗が読めない。
しかし、陰にとって希望ともいえる酉奈さん。
巳乃さんが立ち上がるのをサポートすれば……と、思ったとき、彼の背中から白羽が生えているのが見えて、俺は持っていたマイクを落としたのであった。




