番外編 六神
目を開けると、神々しい老人が目の前にいた。
そして、己の思考はある事実を指し示す。
「やあ、精霊No.6、六神ドレンちゃん! 僕に時間がないから、手短に要件を伝えてしまうね」
――自分は、この御仁に逆らうことができないのだということを。
「君にはね、第2回十二支選抜において、人気動物を担当してもらうよ!」
「はあ、人気動物……ですか」
何もない真っ白な空間。自分はただ正座して、目の前のお方の話をぼんやりと聞いていた。
「一神セレンを除いた5体の精霊には、旧十二支に匹敵する十二支候補を選定するよう命じるつもりでね。例えば二神スイレンなら、海の生き物から十二支候補を選んでもらうし」
呆けている自身を気にもしない。
しかし、ペラペラと話していくその姿に、なぜだか自然と安心感を覚えていて、知らないはずの言葉もなぜか知っているような気がして……思わず僕はこう口にしていた。
「……差し出がましいかもしれませんが、十二支を変えるメリットはあるのでしょうか?」
「……あるよ」
静かに紡がれた言葉から、これ以上は踏み込むなという圧を感じ取る。
そして、僕はようやく己の置かれた厄介な立場を理解し、口角を上げて、目の前の神にこう言った。
「……承知しました。それが貴方様の望みとならば、従うほかありません。どうぞ我が身をお好きにしてください」
「うん。さすが『思』を司る精霊。話が早くて助かるよ。君が知りたいことはいずれ、否が応でもわかるからっ!」
「わっ」
神は僕を突き飛ばし、僕は抵抗する間もなく、謎の空間へと吸い込まれていく。
そうして乱雑に転送された先は、ところどころ破壊された跡があるが、人間たちがあらゆることを学ぶ「学校」という場所であった。
そう教えてくれたのは、いつの間にか己が内に宿っていた人間の記憶。神に突き飛ばされた際に入れられたか。
なるほど、これも役目を果たすのに必要なものなのでしょう。
不良と優等生という、対をなす訳のわからない人間の記憶ですが。
「オイ! 待てやゴラァ!」
「しつこいにゃあ。オレは人間に構ってる暇なんてにゃい!」
おや、早速治安が悪い。廊下の曲がり角から人間が飛び出してきて、誰かに追われている。
しかしそれにしても……その追われている人間の、何とも奇抜な容姿。
髪を染めるのは不良校なのだからよくあることなのでしょうけど、黒、白、茶……いったいどの色が地毛なのやら。まるで三毛猫みたいだ。
……三毛猫?
「失礼。廊下は走ってはなりませんよ」
「んにゃああ! はなせ……」
もしやと思い、走って行こうとする人間の首根っこを引っ張って引き留める。一度はジタバタして暴れたものの、次第に大人しくなっていく。
間違いない。この人間は、十二支の選抜において、十二支よりも注目を集めていたと言っても過言ではない動物だ。
そして僕の役割を果たすのに当たって、これ以上うってつけの動物はいない。
「すみません……僕たちは新入生ですので、この学校でどう振る舞えばいいかわからなかったのです。先輩、この仔の面倒は僕が見ますので、無礼をお許しください」
「……チッ、次はねえからな」
だから今は、他の人間に構っている暇などはない。近づいてくる不良生徒の前に立って、僕は適当なことを言った。
すると、彼は意外にもすんなり引き下がっていく。こういうの、ある程度筋を通せば手を出されないんですかね。
一方、僕に捕まえられている動物さんの方は、警戒心たっぷりにこちらを睨んでいる。
「はい。ゴロゴロ」
「んにゃ、ゴロゴロゴロ……って、触るにゃあ! シャー!」
「あは。やはりあなた、ネコですね? ネズミに騙され、十二支競争に参加することさえできなかった、哀れな動物よ」
確信を得るために、彼のあごの下を撫でたり、挑発を仕掛けてみたりした。
彼は想定どおり、良い反応を見せる。今はもう長くない爪で引っ掻いてこようとしたり、かと思えば、黙ってこちらを睨んできたり。
さすがネコというべきか、気品のある顔立ちのせいで、迫力だけは満点であった。
「おまえ……何者にゃ」
「貴方は僕が拾いましょう。捨て猫を拾うのは、不良の役目ですからね」
彼は首を傾げつつ、こちらの動向を疑わしげにしながら観察している。
僕はここぞとばかりに彼の手を掴んでは、自己紹介を始めた。
「改めまして。僕は六神ドレン。再び幕を開ける十二支選抜で、あなたたちの力となるため生まれた精霊です。どうぞよろしくお願いしますね?」
「なんか、怪しいにゃあ……」
「信用できないかもしれませんが、貴方が頼れるのは現時点で僕だけ。なんなら、貴方の宿敵の居場所も特定して差し上げましょうか?」
「知ってるのか!?」
「今は知りません。ですが、この世界を調べていけばわかると思いますよ」
「……わかった! そこまで言うならおまえを家来にしてやる」
怪しまれながらも、彼のライバルに触れれば意外にチョロい。そして上から目線だ。
ネコはイヌとは違って忠誠心を持たないし、気まぐれだということが影響しているのでしょうね。
「ありがとうございます。僕も生まれたと思ったら人間界に投げ出されて、右も左もわからず、猫の手も借りたかったのですよ」
「はあ? いい意味じゃにゃいよな、それ!」
「まあまあ、ネコちゃん。あなたには人間名はありますか?」
「知らにゃい!」
「では、鞄の中身を見せてくれません?」
「ん!」
人間になった以上、動物には人間名が与えられている、ということは、神様の記憶からわかることだった。
そしてこの名前は重要らしく、しっかり人間名で呼んであげてほしいとのこと。
差し出された鞄の中身はごちゃごちゃだった。彼の学生証を探して、僕はネコちゃんの名前を確認する。
「なるほどなるほど。『猫口玉置』さんですか。いかにもな名前ですね。では、玉置くんとお呼びしますので、玉置くんも俺のことをドレンと呼ぶように」
「え〜、なんかめんどくさいにゃあ」
「まあそう言わず。いかなるお題だろうと、玉置くんが優位に立つためです。負けたくないのでしょう、ネズミに」
そもそも「人気動物」という枠組みがあるならば、お題は人気に関することなのは察しがつく。
人気動物と言えば、動物園にいるような動物か。どんな動物がいるか想像はつくが、キッパリと断定はできない。
しかし最も気になるのは、玉置くんの宿敵でもある「元十二支」の動向か……
「おっと失礼。つい考え事にふけってしま……あら? いない」
「ニャアッーー!!」
断末魔が聞こえる。ネコちゃんは目を離すとすぐいなくなる。なるほど、好奇心旺盛で気まぐれですもんね。
声の方へ向かえば、玉置くんは何やら大柄でフードを被っている人間と話していた。
僕は廊下の角の陰から、こっそりと見守ることにする。
「にゃ……お、おまえも十二支ににゃるのか!?」
「あ、やっぱりネコさんだよねえ。ライオンくんが探してたよ」
「おいドレン! なんでゾウがいるにゃ!」
「あ、僕がいることに気づいてたんですね」
さすが元がネコなだけある。結構気配を消して隠れていたつもりでしたが。
見つかってしまったので彼らの前に出ていくと、遠目で見ていても大柄であった人間が、優しげな表情でこちらを見ていた。
「……えーと、そちら身長の高い貴方、ゾウさんでしたか。僕は六神ドレン。十二支になりたいこの学校の動物を助けるために生まれた精霊です」
「あ、そうなんだあ。ドレンさん、よろしくお願いします」
ゾウ。動物園で見たい動物で、明らかにトップに君臨する動物。ゾウがいると聞いて、見たくないという人間はまずいないでしょうし。
心優しく、賢いというイメージがあるためか、ゾウの化身さんも、体格とは反対におおらかで慈愛に満ちた雰囲気を醸し出している。
玉置くんが警戒心を露わにして騒いでいても、ニコニコと微笑んでいるだけ。器が大きそうだ。
「早速聞きたいのですが、ゾウさん。あなたの人間名は?」
「あ、人間名? えーと、何だったかなあ……」
動物は与えられた人間名を覚えられないんでしょうか。学生証を見せてくださいと言おうとしたとき、近くにあった階段上から、よく通る声が響いた。
「ゾウ! そこで何をしてるんだ?」
彼をゾウとわかっているということは、あの人間も動物か。まったく、次から次へと。
現れた動物の答えは、すぐにゾウさんが提示してくれた。
「あ、ライオンくん」
「ら、ライオン!? シャー!」
お、玉置さん、同族嫌悪か。
それにしても、階段上からこちらを見下ろす堂々たる姿は、まるで某映画で、崖上から百獣を見下ろす姿と重なる。
立派なたてがみに似た毛量のある髪が風になびき、窓から差し込む陽の光が彼を照らす。
人目を惹くこの風格が、まさに百獣の王と呼ばれる所以なのでしょう。
「そこの土臭い人間。お前、何者だ」
「僕は六神ドレン。この学校における十二支になりたい動物を導くために、神より生み出された精霊です。以後お見知り置きを」
余裕ぶって挨拶はするが、正直気圧されそうだった。
玉置くんと顔立ちが似ていても、ネコとライオンでは、人間になっても大きな差があることを実感する。
玉置くんには一切負けるつもりがなく、毛をブワッと逆立てて威嚇している感じなのか、未だシャーと鳴いていますが。
さて、ライオン。彼は僕をどうするつもりだ。
「……なんだ、仲間なのか!」
「……え?」
「俺、次の十二支はネコ科にしたいんだ。前回の選抜でネコは騙されて参加できなかったんだろう? 酷い話じゃないか」
「は、はあ」
「俺はすでに百獣の王ゆえ、十二支にこだわる必要はない。しかし同族のためなら何かしてあげたい。そこでだ! 俺はネコをはじめとするネコ科プライドを形成し、ネコ科十二支を完成させたいんだ!」
何を言っているんだこの百獣の王は。この場で彼の意見に賛同しているのは、拍手しているゾウさんだけだ。玉置さんなんて、口をあんぐりと開けて何も言わないぞ。
しかし、思っていたライオンのイメージと乖離している。ライオンとはこう、もっと気高い動物では。
「えーっと……言いたいことは山ほどあるのですが。ネコ科十二支というと、旧十二支であるトラの存在は……」
「トラか。トラも十二支継続でいいんじゃないか? 会ったときにこちら側に引き入れるか!」
雑だな。ある意味、元十二支側の仲間意識を崩すきっかけを作ることができるとも捉えられるが、密林の王者がこちら側に与するとは到底思えない。
「ライオン、余計なお世話。オレは自分の力で十二支にならないと気がすまにゃい。お前が十二支になりたいなら、オレはおまえのことも蹴落とすつもりにゃ」
「そうか、まあ俺以外は基本単独行動だしな。よし、何かあったら俺に相談するといい!」
「しにゃい! 近寄るにゃ!」
「仲良しだなあ〜」
なるほど、ライオンは群れで行動する動物だ。そしてライオンのオスは群れの先導者であり、メスや子ライオンなどの身内を全身全霊をかけて守り抜く。
だから、こんなトチ狂った提案をするということですかね。ゾウさんに至っては、何をどう見て仲良しと判断したのか謎ですが。
「こほん。えー、あなた方、とりあえず十二支になりたいってことで、間違いはないですか?」
まあいい。とりあえず彼らのペースに持っていかれることは、精霊としてあってはならないことだ。
「にゃい!」
「うーん、選抜に参加するって言っちゃったし、僕も目指すって体でいた方がいいのかな?」
「百獣の王にして動物の大将……悪くないな。俺も目指すぞ!」
「あーはい。じゃあ、これからどうするか説明していきたいと思うんですが。まず、僕の元に十二支になりたい動物をできるだけ連れてきてもらえませんか?」
「わかったぞ! ヒョウー! ジャガー! チーター!」
「じゃあ僕、連れてくるよ。さっき、キリンさんに会ったんだあ」
ゾウさんはキリンさんを探しに行き、ライオンさんはあらゆるネコ科動物の名前を叫んで消えた。
俺の元に残ったのは玉置さんだけだ。
「玉置さんは、十二支になりたい動物とか、知ってます?」
「知らにゃい」
「拗ねてるんですか?」
「拗ねてにゃい……おまえ、本気で十二支になりたくにゃい奴でも、協力するのか?」
「いいえ、しませんよ?」
「は!? じゃ、おまえ、にゃんで!」
「僕の使命は、旧十二支に匹敵する12匹の動物を選定すること。やる気のない動物はふるい落とします」
実際、いちいち説明するのが面倒なので、十二支になりたい動物を連れてきてと言ったが、試す意図も少しあった。
この場に残る、すなわち、最も十二支選抜の情報に近い精霊である僕のそばにいようとする動物こそ、本気で十二支になりたいのだと。
僕に会わせるということは、わざわざ敵に情報を与えるような行為と同義ですし。
「……おまえが十二支に相応しい動物と判断したら、十二支になれるってことにゃんだな」
「さあ、それもどうでしょう。精霊はあと5人もいますし、動物なんて星の数ほど。僕も負ける気は毛頭ありませんけど、結局は動物自身の底力がものをいうのでしょうね」
「じゃあ、宣言しておくにゃ。オレは絶対、十二支ににゃる」
「……あは、頑張ってくださいね」
猫口玉置、彼は初めから本気だった。ライオンの力も一切いらないと言い張り、過去の屈辱を晴らすためにまっすぐ前を見据えている。
彼が例の宿敵である、元十二支首位を下すことができるのか。
その姿を見てみたいだなんて思うほど、僕も随分と人間らしくなっていたのかもしれない。




