第51話 兆し
迷子の迷子のモモ太くん。再会できた飼い主さんの周りをぐるぐると回って嬉しそうだ。
一方で、その飼い主が現れた途端、申酉戌の3人の様子がおかしくなってしまった。
「君たちがモモ太を見つけてくれたのかな。ありがとう! 俺は高等部2年の裏木兆! よろしく!」
「よ、よろしくお願いします。俺は高等部1年、一神セレンと申します」
「そちらは?」
そう、先輩が指し示す先には、跪き、ぴくりとも動かず喋りもしない3人組。いったいどうしてしまったというのだろうか。
「えーっと……左から順番に、猿爪申弥さん、飛鳥酉奈さん、犬浦戌慈さんです。みんな1年生です」
「そうなんだ! 何か不安なことがあるなら、2・3年校舎においでよ! 生徒会長だし、だいたいのことは相談に乗れるから」
「生徒会長!?」
とりあえず彼らを紹介すると、先輩は親切にもそう言って、手を差し出す。しかし、誰も反応する気配はない。
彼が生徒会長だということに、俺が驚いて声を上げてからも沈黙が続く。よく彼も、3人に手を差し出し続けたままでいられるなと思っていた。
「うーん。ねえ、一神くん。彼らって気難しい感じ?」
「いえっ! そんなことは! み、みなさん一体どうしちゃったんですか? 挨拶には挨拶で返さないとダメですよ!」
「緊張してる? なら、これでも食べる?」
俺が咎めるも動かない。3人を見かねてか、裏木先輩がどこからともなく出したのは、袋に入った団子だった。
「はい、きびだんご。おいしいよ?」
(あれ……?)
きびだんご……きびだんごといえば、かの有名なおとぎ話の桃太郎に出てくる代物だ。
きびだんごで桃太郎が家来にしたのは、犬、猿、雉。十二支と一致している。
彼らは、桃太郎にきびだんごを与えられて家来になる。
モモ太という、やけに桃太郎を意識しているような犬の名前といい、彼らはこの代物を食べてはいけない。そんな気がした。
「……う、裏木先輩! も、桃太郎ってご存知ですか?」
だけど、好意で与えられようとしている物を断るって難しい。上擦った声で、誤魔化すように突拍子もないことを俺は言う。
ただ、裏木先輩からの返答は、全く予想外のものだった。
「ももたろう……? えーと、それって何かな?」
「えっ……」
「どういうものなの?」
裏木先輩は首を傾げながら、興味津々そうな目で聞いてくる。
嘘はついていないだろう。しかし、桃太郎を知らない。そんな日本人っているのだろうか。
「も、桃太郎っていうのは、桃から生まれた桃太郎という人間が、家来の動物たちを連れて、鬼を倒すというおとぎ話です……」
「へーっ! 面白そうだね! でも俺なら、鬼を倒すなら1人で戦いたいなー!」
「はい? それってどういう……」
「おっと! 仕事が残ってたんだった! じゃ、お近づきの印にそのきびだんごはあげる! 後ろの3人とは話せなくて残念だけど、また今度ってことで! じゃあ!」
「え。あ、はい……!」
「モモ太、行くよ!」
「ワン!」
十二将の生徒会長も変だ。
モモ太を連れ、おそらく2・3年校舎があるであろう方角へと風のように走り去ってしまった。
「どうしよう……きびだんご」
結局断り切れずもらってしまった。とりあえず3人には食べさせないでおこう。
まあ、3人はまだびくともしないし、今はこちらの方が問題ではある。
「あの、みなさん本当にどうしたんですか? 挨拶しないで、人間としては感じ悪かったですよ」
「き……」
「き?」
「「「きびだんごよこせーっ!」」」
「でええ!?」
どういうわけか俺が声をかけたら、今まで置き物みたいだったのが嘘のように、3人が俺の手元にあるきびだんご目掛けて一斉に飛びかかってきた。
やられる。そう思ったとき、スパァン! と大きな音が3つこの場に鳴り響いて、気づけば3人が呻きながら頭を押さえていた。
「まったく、簡単に呪いにかかっちゃってさ。それでも十二支なわけ?」
すぐ隣から刺々しい物言い。案の定、ウサギの尻尾のようなちょこんとした結び髪が目に映る。
「李卯さん!? わっ!」
李卯さんからきびだんごを強奪される。そしてそれは、彼の手から真っ黒なハリセンを持った丑理さんへと渡された。
「丑理さん……!?」
「ウシ、あんたが感知したのは、この呪物だね。辰に見つからないうちに処分した方がいい」
「じゅ、呪物!?」
「……西方合、後でおまえたちに……話がある」
きびだんごが呪物ってどういうことだと思いつつも、起き上がった3人は、丑理さんの言葉に静かにうなづいていた。
「それと精霊、あんたは明日に備えて早く帰って」
「え? 俺、まだ3人の当番が終わってないんですが! それに、明日って学校休みじゃ……」
「明日、あんたには重要な役目をしてもらう。そしてその後、十二支会合を開く」
「え、十二支会合ですか?」
一方俺、李卯さんから帰宅を促される。と思いきや、明日は何やら俺が動く大事な用事? がありそうだ。
「西方合たちは当番が後になるけど、それでいい?」
「ウサギさんがそういうなら……」
「ワタシも構いませんよ……」
「むしろありがたいんで全然大丈夫っす。呪い解いてくれてあざっした、ウシさん」
「む……荒療治ですまなかったが」
李卯さんの伺い立てに、西方合の3人はあっさり当番を後にすることに了承した。
十二支会合は、申弥さんが言うには全員の当番が回ってから開くとの予定だった。
3人と亥寧さんを飛ばしてまで開かなければならないくらい、事態は切迫しているということだろうか。
「陽の犬猿はともかく。トリ、あんたが呪いを破れなかったわけ?」
「そうなんですよね。ワタシ、気づけばキジくんになって、2人と鬼退治に行く幻覚を見てまして……本当にどうしてしまったのでしょう」
(桃太郎……!?)
「ふーん、幻覚系の呪いねえ……ま、十二支全員おかしくなってるのは間違いない。あんたは元からおかしいけど」
「ウサギくん! ワタシのどこがおかしいのです? ヒヨコのみぎりより共に頑張ってきた友に、よくそんなことが言えますねえ! ああ、傷ついた……!」
「あっそ。2人よりは元気そうで何より。よーしよし、別にそんなに落ち込む必要はないんだよ、イヌ」
「う、ウサギさんっ! セレン様がいる前でやめてください!」
「いないならいいの? よし、精霊。トリと帰った帰った」
「ええ……?」
李卯さんはやっぱり、向かい干支である酉奈さんに対して手厳しい。
落ち込んでいる戌慈さんには、頭を撫でて優しくしているし、対応の差が明らかだ。
……こう見ると、撫でられている彼は完全に犬にしか見えない。言葉では拒否していても、見えない尻尾を振っているような気がする。
「えっと、帰るのはいいんですけど……その、明日って結局、具体的には何をするんですか?」
「そーっすよウサギさん。そいつのことはどうでもいいんで、ちゃんと精霊さんに明日のこと説明してあげてください」
意外にも申弥さんは、俺に助け船を出してくれることが多い……表情はうんざりしているので、多分彼も早く帰りたいのだろう。
「……嫉妬?」
「はっ倒しますよ」
和の双璧は争いを好まないと言うけれど、彼ら2人のケンカに対しては、むしろ火に油を注いでいるように見える。
李卯さんや酉奈さんにとっては、犬猿のケンカはからかいの対象なのかもしれない。
こういうところで、向かい干支でも似通っているところはあるのだと勉強になる。
「む……では私が……」
「ウシは喋らんでいい。精霊、あんたにはイノシシと一緒に特攻をかけてもらう。他の動物が通う、学校とやらに」
「…………はい?」
李卯さんが意地悪く笑う。亥寧さんのお決まりの口癖が、遠くで聞こえたような気がした。




