第50話 桃太郎
「ワン!」
「君、どこからきたんだ?」
「クゥーン……」
「そうか、御主人とはぐれてしまったのか。匂いをたどってもダメだったのか?」
「ワン!」
「匂いをたどっている途中で、人間に追い出されてしまったのか……お互い、大変だな……」
「わああああ! 戌慈さああん! 避けてくださあああい!」
「えっ、せ、セレン様!?」
どうも、一神セレンです。
今何が起きているかというと、俺は酉奈さんに持ち上げられ、空から戌慈さん目掛けて落ちていました。
あれだ。遊園地にある、1番てっぺんまで上がって、急降下するやつ。内臓が持ち上げられているような感覚がする。
何故こうなったのか。そもそも俺たちの目的は、校内に突如として現れた柴犬を探すことだった。
その過程で酉奈さんが翼を出して飛び立ち、俺は獲物のように連れ去られた。そこまでは覚えている。
そのまま廊下の窓から飛び出したのか、気づけば十二将の上空にいて、俺たちは隕石のように降り注ごうとしているわけだ。
「ピィー!!!」
ああ、何かが俺の制服のポケットでモゾモゾしていると思えば、ヒヨコ化してしまった申弥さんが飛ばされないように入っているようだ。
彼のことも戌慈さんを探している際、酉奈さんが捕まえたのだろう。
この空気抵抗じゃ、可愛らしいサイズのメガネが飛んでいってしまいそうだ……飛んでいっても戻るだろうけど。
酉奈さんは凄まじいスピードで地面へと向かっていく。
しかしさすが鳥の化身と言うべきか、戌慈さんの眼前、かつ地面スレスレでピタリと止まり、両手を広げて優雅に地面へと着地した。
「華麗に降臨しました。飛鳥酉奈です!」
「何をしてるんだ君は。セレン様、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ……うぷっ……」
情けないが、気分が悪くなり近くにあった木にもたれかかる。すると、先ほど見かけた柴犬が駆け寄ってきたのであった。
(あ……やっぱり戌慈さんのところにいたんだ……)
耳をペタンとしていたので撫でてあげると、もっとと言わんばかりに尻尾を振ってさらに近づいてくる。ああ、やはり犬という動物はかわいらしい。
「トリ、君はセレン様に何たる仕打ちを!」
「態度が違〜う! どうですサルくん、旧友として嫉妬しません?」
「ピィィィィ!」
「どうどう! 落ち着きなさいサルくん。そんな嫉妬しないで!」
「おいっ、セレン様は具合が悪いんだ。静かにしてくれないか!」
おっと、犬を撫でて癒されている雰囲気ではなかった。
申、酉、戌……酉奈さんから聞いた話だと、方合という三合的なものを形成するということだったけど……三合ほど相性が良さそうには見えない。
「だ、大丈夫ですよ……それよりも、このワンちゃんは戌慈さんのところにいたんですね」
「ワン!」
「あ、この子ですね。つい先ほど僕のところにやってきて、困っていたようなのでお話ししていました。モモ太という名の柴犬で、御主人を探しているようでして……」
モモ太と名付けられた柴犬は、御主人を探している。ここ十二将に入り込んだということは、飼い主はこの学校の生徒ということだろうか。
しかし……それにしても。
「……戌慈さん、犬と話せるんですか?」
「はい。僕は犬の化身なので、意思疎通が可能ですよ」
「ワタシは全鳥類と会話が可能ですっ! ねえサルくん!」
十二支は対象の動物と意思疎通が可能……と。メモしておこう。動物と会話できるのはちょっと羨ましい。
「ピギギ……!」
一方申弥さんは、酉奈さんの腕の中で暴れている。
こちらとして言っている言葉はわからないが、酉奈さんに対して怒っているのは察しがつく。
「ゆ、酉奈さん、申弥さんの呪い……解呪してあげられないですか?」
「いいですが! 犬猿が発動しますよ? この2人、残念なことに互いに煽り耐性がないのですよ!」
「僕が短気みたいな物言いはやめてくれ!」
戌慈さんの様子に不安が残るものの、呪いの誤射でヒヨコになったままなのも可哀想だ。
それに、これからモモ太くんの飼い主を探さねばならないし、申弥さんにも協力を仰いだ方がいい気がする。
「…………大丈夫、です。お願いします」
「わかりましたっ!」
酉奈さんがパチンと指を鳴らす。本当に一瞬のことだったが、戻った申弥さんはすぐに酉奈さんに飛びかかって、胸ぐらを掴んでいた。
「いつもの百発百中はどうしたんだよこの下手クソ鳥が! 炭火で焼くぞ!」
「ふっ、今ワタシを焼いても美味しくないと思いますが。サルくんがお望みならば、煮るなり焼くなり好きにしてくださいっ!」
「お前、それも自刑の呪いの発作か?」
「……僕はモモ太の御主人を探す。じゃあな阿保ども」
方合が解散してしまう。きっとその方が、仲の悪い犬猿が離れるからいいのだろう。
しかし方合という言葉を覚えたてであったためか、俺は懸命に引き留めてしまっていたのである。
「ま、待ってください! みんなでモモ太くんの飼い主を見つけませんか! 見せてください、西方合とやらの団結力を!」
「我が君の望みでしたら何なりと! ねえ、イヌくん!」
「う、セレン様がお望みなら……でも……」
酉奈さんが即答し、戌慈さんはまごついていた。その彼の様子に苛立ちを覚えたのか、申弥さんが俺に詰め寄ってこう言った。
「チッ。精霊さん、だったらもう当番を一気にやってしまいません? こいつらと一緒は癪だが、さっさと進めて十二支会合を開きたい。報告することがたくさんなんで」
「え、十二支会合……ですか?」
「当番が一周したら会合を開く。ネズミさんはその意向なんすよ」
「……わ、わかりました。酉奈さんと戌慈さんがよければ、申弥さんの言うとおり今日は3人当番ということにしますが……」
子音さんはいつの間に方針を決めていたんだと思うばかりだが、五志精霊だの他校の動物だのなどと、たしかに色んなことが起こり過ぎている。
ここで一旦、全員で集まって話をするということが必要というのも一理ある。
ただ、一気に当番をやるということは、それ相応に1人1人の対応が雑になる。だからこそ、2人の意向は聞かねばなるまいと思った。
「僕はセレン様のご意向に従うまでです」
(忠犬……)
「ワタシの当番の予定でしたが、いいでしょう! 人数が多い方が楽しいですからねっ!」
(……どうやら大丈夫そうだ)
申弥さんはこうなるとわかっていたかのように、ベンチに座って呑気にあくびをしていたのであった。
「あ、ありがとうございます……えっと、俺が当番で1番知りたいのは、3人がこの選抜で本当はどうなりたいかということです。俺はその望みを叶えるお手伝いをしますので!」
「俺たちは精霊さんに十二支の知識を与える。後半の俺らに何が教えられるかって感じだが……なあ犬っころ。お前、何か言いたいことあんじゃねえの」
「は? 言いたいことだと……? 別に何もないが」
「あ、すみません戌慈さん。俺からちょっと質問なんですが……」
戌慈さんに聞きたいことが、俺にはあった。
元十二支が結集する前のこと、彼が全員揃ったら話したいと言っていたことが何だったのか、ということだ。
「はい、なんでしょうか?」
「李卯さんと初めてお会いしたとき、全員が揃ったら話したいことがあると言ってましたよね。あの話、お聞きしていなかったなと」
「……あっ、それは人気差の話をしようと思っていたんです。でも、ウサギさんも調子を取り戻しましたから、取り立てて話すことでもないかなと……すみません、気にしていましたか!?」
「いえ。今思い出して、そういえばという感じだったので……」
「そうですか、ならよかったです……!」
でも、この人気差云々は、いずれ元十二支が当たる壁であることに違いはない。
人気差を埋めるための加点条件がどれほど本題に通用するのかとか、考えることはたくさんある。
「クゥーン……」
「あ、モモ太くん……」
「ああ、ごめんな。すみませんセレン様、まずはモモ太の御主人を探してからでもいいですか?」
「はい。他の2人も、それで良いですか?」
「はあ……いいっすよ。じゃ。やるからには誰が早く見つけられるか勝負だ」
「いや、あの……方合で協力してと……」
「了解道中膝栗毛! 翼の調子もいいですからね! 負けませんよ!」
「「散!」」
酉奈さんが翼を、申弥さんが穴を出す。1人は空に、1人は地下に……対極でありながら、2人は同時にこの場から消えていった。
「い、行っちゃった……」
「セレン様、阿保どもは放っておきましょう。それに、人探しで僕に勝てるわけないですから」
「は、はあ……」
なんだかんだで戌慈さんも対抗心を燃やしているようだ。しゃがみ込んでモモ太と目線を合わせ、彼はこう言った。
「モモ太。その桃色の布、御主人がつけてくれたものだろう? よければ少し貸してくれるか?」
「ワンッ!」
モモ太の首からスカーフを取って、戌慈さんはそれを自らの鼻に押し当てた。
「な、何をするんですか……?」
「僕のまじないを使って、モモ太の御主人を呼び出すんです!」
「なるほど……え?」
あれ、ちょっと待ってくれ戌慈さん。彼のまじないをモモ太くんに使えば、会いたいであろう飼い主が現れるのはわかる。
ただ、飼い主は至って普通の人間。まじないだ呪いだの知らない、一般人なのだ。
「桃みたいな匂いがするな。じゃあモモ太、御主人に会いたいと心から強く願って、姿を思い浮かべてくれ」
「あ、ちょっとまっ……」
「犬式呪法、犬吠縄張番!」
俺は急いで、モモ太くんの飼い主への言い訳を考えた。しかし現れたのは、眼鏡をかけた男に、赤いアホ毛の生えた白髪の男。
明らかに先ほどいなくなったはずの2人であった。
「は?」
「はあ?」
「おやおやおや! こんにちは! もう、呼び戻すなんて寂しがり屋ですねえ! よーしよしよしよし」
「やめろ!」
「……お前さ、会ってねえ人間を呼び出せるわけねーだろ。今は自慢の嗅覚も人間並みなんだろ?」
「いや、ウサギさんの聴覚がいいように、僕も鼻が利くままなんだ。あまりにいつも通りすぎて、言われるまで気づかなかった……」
「……お前も当たりの呪いかよ。じゃあ誤射じゃねーの? 俺らを呼び戻したいのはそこの精霊さんくらいだと思うがな」
「いやいや、明らかにまじないの光はモモ太くんに当たってましたよ!」
なるほど。戌慈さんのまじないは、呼び出したい人物を一目見ていなければ不可能だと言っていたけど、対象人物のにおいを覚えることによっても使用可能なんだ。
たしかにモモ太くんにまじないの光は当たっていた。つまり、この2人を呼び出したいと思ったのはモモ太くんということになる。
「そうだ。僕はモモ太にかけた。どうしてだ? モモ太。君は御主人に会いたかったんじゃないのか?」
「ワン!」
「え? 御主人に会ってほしい? 3匹で?」
「あ? どういうことだよ」
「ほう? 何やら怪しき縁……! というわけですかな!?」
「モモ太ー! どこにいるんだー!」
「ワンッ!」
3人が困惑する中、遠くから呼ぶ声がして、モモ太くんはすぐさま反応して声の方へと駆け出した。
「モモ太! 無事で良かった! でも、家から抜け出しちゃダメだよ? ここは学校だから」
現れた人物を目にするや、なぜか3人とも呆けていた。そして一斉に、どういうわけか地面へと跪いたのである。




