第49話 自刑
健午さんの当番を終えた翌日。俺はまともに眠れなかったために、ふらふらとしながら廊下を歩いていた。
「うう……眠い」
今日の当番……順当にいけば申弥さんだから、5組の教室に向かえばいいだろうか。
「3歩歩いて忘れんぼ? まるで空の鳥の巣か! ちゅんちゅんちゅん、ちゅちゅんがちゅん」
(何だこの珍妙な歌は……!)
一気に目が覚めて顔を上げれば、歌に合わせてケンケンパしている酉奈さんがいた。廊下で何をやっているんだ。
「あ、あの……酉奈さん……な、何をしているんですか?」
「呪い探偵団です。さて助手の一神セレンくん。あなたは十二支にかけられし呪いについて、わかったことはありますか?」
「はい……?」
「お答えいただきたい!」
ずいと彼に近づかれて唐突に問われたのは、神様が選抜のハンデとして、元十二支にかけた呪いのことだった。
「えっと……何の呪いがかかっているかわかっていないのが、丑理さん、戌慈さん、亥寧さんと酉奈さんですかね」
印象が強いのは巳乃さんや申弥さん、健午さんだ。
これまでの元十二支たちの当番を踏まえると、完全に何の呪いがかかっているかわからないのは、この4名といえるはず。
「素晴らしい! もうそんなに判明していたんですねっ!」
「あはは……とはいっても俺はみなさんから聞いただけで、ちゃんとわかっているわけではないんですけど……」
特によくわからないのは子音さんの呪い。巳乃さんから聞いたのは、昔から固有のまじないが使えないという話だ。
ただ十二支時代からそうとなると、他に呪われていてもおかしくはない。
「酉奈さんは、呪いについて調べていたんですか?」
「はい! 一応ワタシも陰ですからね、呪いの双璧に及ばずとも、できることはやっていきませんと!」
挙動不審なのはともかく、酉奈さんは十二支のために動いている。次の当番は誰かわからないけど、俺も積極的に動くべきだ。
「……よければ、俺も協力します! 残る当番は、申酉戌亥の4名なんですけど、酉奈さんは当番の予定って聞いていましたか?」
「おや! 残りは犬猿とイノシシくんですか。ふむ、当番の予定は当然聞かされていないのですが! 我が君に予定がなければ、どうぞワタシをよろしくお願いしますっ!」
相変わらず一挙一動が大仰だけど、酉奈さんは礼儀正しい。
当番の順番というものに厳格な決まりはないだろうし、俺に予定もない。
ならば俺がやることは、彼のために行動することだ。
「はい! では、まずは酉奈さんが選抜でどうなりたいのか、聞かせてくれますか?」
酉奈さんは俺の承諾を受けてか、顔を明るくする。
「我が君に問題です。十二支の『トリ』。これは何を指しますか?」
しかしなぜかまたキリッとした表情をして、俺に質問返しをしてきたのであった。
「え……に、ニワトリじゃないんですか? 酉奈さんって、どう見てもニワトリの化身ですよね?」
「いいえ、イノシシくんです」
「…………あ。トリってそういう」
「まあ冗談はさておき」
(何なんだ一体……)
十二支会合の記録からも思っていたけど、彼は、ふざけることが好きなような気がする。表情も態度もコロコロと変わるから、本音が見えない。
今も、冗談を言ったかと思いきや、廊下の窓から外を見て、空を物憂げに眺めているようだった。
「トリ、なんて聞けば、頭にはたくさんの種類の鳥が思い浮かぶでしょう? 大空をどこまでも飛んでいく猛禽類、頭脳明晰なカラスくん、可愛らしい小鳥たちはちゅちゅんがちゅんと」
「酉奈さん……?」
「ワタシはその中の、代表を背負っている。重い。重くて……空も飛べなくなってしまいそうな、大将という肩書き。まあ元々空は飛べないんですが!」
「……酉奈さんは、どうして十二支になろうと思ったんですか?」
「鳥は空を飛ぶが故に縛りを嫌い、自由を求めます。故に十二支という役割には、興味がなかったのです。だけどワタシは、その座が尊く、眩しいものに見えました」
十二支10番目、「トリ」がどうしてニワトリなのだろうとは思っていたけど、なるほど。
ニワトリ以外の鳥類が、十二支になりたいと思わなかった。だから、酉奈さんは今も選抜で鳥類の全権を背負っているというわけだ。
「ワタシは長く高く、大空を飛んで行くことはできません。ですからきっと、十二支になれば……特別になれるような気がしたんでしょう」
「酉奈さん……」
「結局緊張して、早起きができずに後半の順位になってしまいましたが! 時告げ鳥が聞いて呆れますね」
やはり、酉奈さんって、元十二支の中でもどこかネガティブというか、自己肯定感が低いような。
「それでも、何世紀にも渡って、十二支をやってきたことは誇っていいと思います。当番で皆さんの話を聞いて、覚えることがたくさんで、大変な役割なんだとわかりました」
ただ俺は、元十二支には元気でいてほしい。親が子を思う気持ち……と言うには俺が歳下なんだろうし烏滸がましいんだろうけど、気持ち的にはそれに近い。
「……お優しいですね、我が君。ならば十二支として再び舞い戻るため、鳥類の代表としてできる限りのことを尽くしましょう!」
「俺も協力します! 今は、呪いについて調べているところでしたっけ? どうせなら、酉奈さんにかかる呪いを解明したいですね」
「お答えしましょう。それは判明済みです! ワタシの呪いは自身に刑を科す。すなわち自刑の発作が起きることですね!」
「じけい……?」
「十二支の関係性というものは複雑で複雑で……支合、三合、半会、方合……ふっ、色々あるんですよ」
(なんかまだ知らない言葉がたくさんあるなあ……)
酉奈さんに釣られて遠い目をする。たしかに12匹もいれば、組み合わせなんて何通りもできるだろうし、関係も複雑になるのは当然だ。
「はい、すみません! 半会と方合って何ですか!」
聞けるうちに聞いておきたいと思って、俺はすかさず手を挙げて酉奈さんに質問する。
彼は俺にとっても優しい当番で、ちょっと挙動と情緒が変なのはともかく、まだ常識的だから質問がしやすい。
「お答えしましょう! 半会は三合のうち2人が揃うこと。方合は、方角と季節の三合みたいなものです。ワタシは犬猿と、秋の西方合を形成します」
「な、なるほど……? 十二支の関係性って、本当に色々なんですね」
「いかにも。実践して覚えるというのは1番ですね。ワタシも何回もボロ負けして、五行の相性を覚えていきましたから」
「ぼ、ボロ負け……? な、何をしたんですか」
「神様は娯楽好きな方なので、ワタシたちを競わせるのですよ。名目上は、天界を守るための訓練として」
「え、ええ……」
まずい、俺の中でもますます神様の印象が悪くなっていく。
「思い出すだけで鳥肌が立ちますっ! ああっ、愚かなり人間!」
「そ、それで……酉奈さんにかかる、その、自刑というのは」
「お答えしましょう。端的にいうと自傷ですね」
「はい!?」
「ワタシ、我が支合、ウマくん及びイノシシくんは、自刑により、時たま自身を追い込み苦しめる性質を持ちます」
一瞬、カッターで手首を切るというよくないイメージがよぎった。しかし酉奈さんの言い振り的には、精神的に自分で追い込んでしまう、ということだろうか。
でも実際、呪いによって走らされていた健午さんは嬉しそうだったが……?
「ワタシ、人間になってから情緒が不安定でしょう? 自刑の発作の間隔が、呪いによって短くなっているんですよ」
「そ、そうなんですか……」
そういえば、李卯さんも言っていた。落ち込んでいる酉奈さんに対し、アレは発作のようなものだから放っておけ、と。
「自刑は他を巻き込まないのでまだカワイイものです。最悪なのは他の刑……ねえ、ワンちゃん?」
「ワン!」
人類にとって大変聞き馴染みのある動物の鳴き声が聞こえて、俺は振り向く。
案の定、そこにいたのは尻尾がくるんとしている可愛い動物であった。
「ワン……? え、犬? な、なんで廊下に犬が!? あっ、ちょっと、逃げちゃダメだよ。ま、待って」
「ワフン!」
「ああー!!」
俺たちが近づく様子を見せると、犬は尻尾を振って駆け出した。
まずい、動物関連は、すべて動物愛好部が責任を負うことに……!
「おやおや! 追いかけましょう!」
「ま、待てー!」
「ふむ、我が君! 動物であれば呪いをかけるのはよろしいですか? ヒヨコにすれば、多少なり動きは鈍らせますよ!」
「……そうですね! お願いします!」
「では参ります! 鶏式呪法、来鶏告光!」
酉奈さんの赤いアホ毛から、光線は柴犬に飛んでいく……かと思われた。
「あ?」
「あっ……申弥さん!」
柴犬は曲がり角を曲がった。そして、交差するように申弥さんが曲がり角から現れる。
すなわち、放たれた光線は運が悪いことに、彼に直撃してしまったのだ。
「ピギッ……!」
(え……メガネをかけたヒヨコだ)
「おやおやおや! 折が悪いですねえサルくん!」
ヒヨコの姿でも眼鏡をかけなければならないのかと、呪いの強固さを恐ろしく思いつつ、俺は見失った犬の行方を心配する。
「ピッ!」
「早く解呪してほしい? 今はワンちゃんを追っているんですよ。見つけた後で!」
「ピィッ、ピピピピッピ!」
「なになに? 犬のことはアイツのところに行けばわかんだろ? ほう! さすがはサルくん! そしてその十二支のイヌくんはどちらに?」
「ピ。ピピッピ」
「知らん。いいから早く解呪しろ、と。ではでは、思念伝達をします! もしもしイヌくん! あ、拒否されました」
(拒否……!?)
「もしもし、ウサギくん! イヌくんがどちらにいるかわかりますかねっ!」
俺は酉奈さんに近づいて、軽く肩に触れる。
というのも、李卯さんの肩に乗っていたとき、丑理さんに手を繋いでもらったとき……すなわち元十二支と接触していたときに、思念伝達の内容がこちらにも伝わっていたからだ。
仕組みはわからないけど、李卯さんの不機嫌そうな声がたしかに聞こえたのであった。
『知らない。知ってたとしても教えない』
「我が十二支は冷たい……! 落ち込みます……」
「ゆ、酉奈さん……」
よりによってなぜ向かい干支の李卯さんに連絡するのか。三合とかいるだろうに。
支合の辰幻さんなんて、聞けば一発で教えてくれ……いや、わからないな。
「……ピギギ、ピーッ!」
「えっ、申弥さーん!」
ああ、痺れを切らしたメガネヒヨコが駆け出していった。
せめてヒヨコだけは捕まえねばと、俺は気分の沈んだ酉奈さんを引っ張って立ち上がらせる。
「酉奈さん! 俺にはあなたの力が必要です! ですから、一緒に申弥さんを追いましょう!」
「必要……? ワタシなんかの力が……?」
「必要ですよ! あなたは元十二支第10位の酉! 代わりなんて誰もいないんです!」
(……あ、すっごくいい笑顔)
カモじゃなくてニワトリ……のはず。俺の本心からの言葉とはいえ、ちょろくて心配になってしまう。
「わかりました! 我が君の期待にはお応えしなければ!」
まさに天の使いそのもの。酉奈さんの背中から生えた、神々しく輝く白羽は羽ばたき、彼を空中へと飛び立たせた。
「では、急ぎましょう!」
「え、ちょっ、飛べるじゃないですかーーー!」




