第47話 支合と順位
「亥寧さん! いったい何をするつもりなんですか!」
「わは! ウマくんを止める! セレン、背中に乗せてあげる!」
「うわあっ!?」
亥寧さんは俺と同じくらいの身長にも関わらず、俺を軽々と持ち上げておんぶする。
そして俺を背中に乗せたまま、前方を走る健午さん目掛けて走り出し、猪突猛進の名のままに、健午さんとの距離を少しずつ詰めていく。
「ねえセレン! そのけーば? ってやつの言葉、他の言葉も言ってみたらいいんじゃない!」
走りつつも亥寧さんは、どうやって健午さんの呪いを解呪するか真剣に考えていたのだ。
確かに、競馬の言葉が彼に作用するかもしれない、たけど俺は。
「う……すみません、競馬ってよくわからなくて」
不甲斐なし。馬を走らせて競うことしかわからない。それに、どうしてもギャンブルのイメージに引っ張られ、別のことを考えてしまう。
「そっか! じゃあ、ウマくんに関する言葉とか!」
「馬に関する言葉……?」
何だろう。馬の耳に念仏、馬耳東風、馬、ウマ、うま……ああ、簡単なことわざとか、四字熟語なら出てくるとしても、馬にまつわる言葉ってなんだ。
「ウマくーん! 待って〜!」
「おおっ! イノシシ! 競争するか!?」
「うん! おれ、ウマくんに勝てたことないから、今度こそ勝つ!」
「いっ、言ってる場合ですか!?」
どうしてこうも無邪気なんだろう。
でも、競馬関連で呪われているのなら……競うこともやってみるべきなのかもしれない。
ただ、俺を乗せたこの状態では速度が落ちるに決まっている。
現に、今見えている健午さんの姿とは、多少距離が縮まっても追いつくことはない。
俺は、何か打開策はないかと、走る速度を速める亥寧さんにしっかりしがみつき、人間界で馬がどのように思われていたのかを想像する。
馬。昔から、人間を乗せて遠くへと運んでくれる、賢くて穏やかな動物。でも、いくら温厚な動物だとしても、人間に反発する個体だっているはず。
そのとき、人間はどうやって宥めた? 興奮する馬をどうやって落ち着かせたんだ。
目をつぶって、集中する。蹄を踏み鳴らし、騎乗者を振り落とさんとする馬。
それに、人間は……
「……健午さん! どうどう!」
頭に浮かんだ言葉を、大声で叫んだ。あれ、これって馬を落ち着かせるためのかけ声では。
ならば、大声で言ってしまっては意味がないのではと心配がよぎる。
しかし驚くべきことに、確かに健午さんは反応して、その場でピタリと走るのをやめていたのだ。
「うえっ!? 止まっ……! いてて……」
同時に亥寧さんも急停止して、俺を乱暴に振り落とした。俺は落馬ではなく落猪したのであった。
「ウマくん、だいじょぶ〜?」
「健午さん、大丈夫ですか!?」
「うむ……なぜか急に落ち着いたぞ! よくわからんが、ありがとう! 一神セレン!」
俺と亥寧さんが駆け寄ると、健午さんは全力疾走してたとは思えないくらい、日差しのような眩しい笑顔を見せてくれる。
よくわからない呪いにかかったというのに、何たる精神力だ。俺だったら塞ぎ込んでしまう。
「良かった……それにしても、健午さんにかかった呪いはいったい……」
「特定の言語に対して、過剰に反応してしまう呪いかな」
「おお、ヒツジ!」
「あ、ヒツジくんっ! わはっ!」
「亜未さん……」
なんてちょうどいいタイミングなんだ。健午さんの呪いの解呪とともに、亜未さんが現れる。
俺はそのことといい、例の口が勝手に動く現象のことを考え、彼に疑いを持ってしまっていた。
「亜未さん、あの、俺に呪いをかけませんでしたか?」
「……え? なにそれ、どういうこと? 僕は眠気が襲ってくる呪いにかけられててさ。家庭科室で寝てたんだけど……外がうるさかったから起きちゃった」
亜未さんに心当たりがない……? じゃあ、あのとき脳内で聞こえたヒツジの鳴き声のようなものはなんだったのだろう。
いや、それにしても、亜未さんはサラッと自分にかけられている呪いを告げているけど、眠気に襲われるって結構まずいのでは。
「まあ、何はともあれ、僕の願いを汲み取ってくれてありがとう精霊くん。おかげでウマくんにかけられた呪いがわかったよ」
「えっ。亜未さんのお願いって、健午さんにかけられた呪いを解明すること……だったんですか?」
「そうだったのか! ありがたいが、一神セレンにはちゃんとヒツジのための願いを叶えてもらうんだぞ?」
亜未さんはこくりとうなづく。
だけど、色々と腑に落ちない。思い出した記憶と、彼の願いが一致しないような。
この違和感を、そのままにしてしまっていいのだろうか。
「亜未さん……本当に……?」
俺が問いかけると、亜未さんは記憶で見た羊と同じ挙動をした。黙り込んで、俯き、これ以上は何も言わない。
「わは! ヒツジくん! ウサちゃんのこと言えないね! 願いは口にしないと叶わないんだよ! 陽じゃないからわからないけど!」
ただ、亥寧さんにそう言われると、バッと顔を上げて、健午さんの方を見ていた。
「うん? どうしたんだ、ヒツジ?」
亥寧さんは亜未さんの周りをクルクルと回って、最後にドンと背中を押した。
それに触発されたのか、彼は苦しそうにしながらも、少しずつ話し始める。
「……僕、気に入ってたよ。7番目と8番目。ウマくんの年が終わって、僕の年がくる。隣り合わせで支合で、幸せだったよ」
「なぜ、もう終わりみたいに言ってるんだ? そのまま同じ順位を目指せばいいだろう!」
「それは、厳しいんだよ……この際言うけど、ウマくんには、僕のことを考えず上を目指してほしい。僕は、君が総大将になっているところが見たいんだ」
(そういうことだったのか……!)
亜未さんの願いは、「健午さんが1位になること」だ。
しかし、彼の苦しそうな表情からするに、根本的には健午さんと支合であることを望んでいる、そう俺は推測する。
彼らは7位と8位、支合であり隣り合わせだった。
でもこの選抜じゃ、必ずしもお互いが支合になれるとは限らない。まして7位、8位をドンピシャで狙うならなおさら。
だから亜未さんは、健午さんを1位にする願いを優先した。
その昔、競争でウマは、ヒツジを先導してゴールへと連れて行った。
本当は、トラやウサギ……イノシシさえも凌ぐほどの脚の速さがあり、上位を目指せたはずなのに。
そう亜未さんは、7位を譲ったとはいえ、ずっと罪悪感を抱えていたんじゃないだろうか。
「わは! 辰くんに呼び出されたから行ってくるねー!」
「え、ちょっ……」
緊迫する空気を切り裂くように、亥寧さんが走り去ってしまった。気を遣ったのだろうか。いや、逃げたのか……?
取り残され間に挟まれる俺が気まずい。2人が無言のままで動かない。
ああでも、午と未の向かい干支、子と丑だって、お互い隣同士で支合じゃないか。
じゃあ、1位にさせたい、かつ支合でいたいという亜未さんは、2位になれば全て丸く収まるんじゃないか。
断然、7位や8位を狙うよりかはやりやすいはずだ。
……子丑のことを考えると、十二支的には全然丸く収まらないけど。
「……健午さんが1位で、亜未さんが2位になれば、健午さんと亜未さんは、隣同士で支合ですね!」
俺がこの空気に耐えられず呟くと、2人は勢いよく俺のことを見た。
「……え? な、何でしょうか?」
この十二支にしては一見当たり前そうに見える事実。
しかし、2人には大発見であったようで、顔を見合わせてポカンとしていた。
「ああ、そうじゃん……なんで気づかなかったんだ、バカなのか、僕……」
「うむ! なら話は早い! ヒツジ!」
健午さんは亜未さんの肩を掴んで、互いが向き合う状態になる。
いつも笑顔で明るいといった感じの健午さんであるが、必死の形相で訴えかけていた。
「俺は君を置いてはいかない。君が俺を1番にしたいというならば、君も連れて行こう! 一神セレン、願いの訂正だ! 俺は1番を目指し、ヒツジを2位にする!」
「は、はいっ! わかりました!」
「もう僕は君に連れて行ってもらうほど弱くはない。自力で君に並び立って見せるよ。精霊くん、僕は2位を目指す」
「は、はいっ!」
2人は固い握手を交わした。その前で俺は、戦慄していた。子音さんのライバルが増えた。そして、丑理さんにも。
向かい干支は競い合う運命なのか。
ただ、目の前で微笑みあっている2人を見ると、俺は正しいことをしたのだと、思わざるを得なかった。




