第46話 競馬
俺は亜未さんの当番を終えた晩、とある夢を見た。草原に2頭の動物が並び、何かを話しているようだった。
「ウマくんはさ、本当はもっと上位になれたよね」
「うん? 十二支の順位のことか?」
「うん。僕の調子に合わせてくれてたけど、ウマくんの脚の速さだったら、前半に食い込むこともできただろうなって」
「君に譲ってもらった7位だ。後悔など、あるわけないだろう!」
「でもね、ウマくん。もし、もしもだよ。もう一度こういう競争があって、僕が君に着いていけなかったら……躊躇なく切り捨てて前に進んで」
「君が何と言おうと、俺はそんな薄情なことはしない!」
元気に嘶いた動物とは対照的に、もう1頭の動物は俯き、それ以上何も言わなかった。
まるで、本心をその分厚い毛皮の内に覆い隠してしまったみたいだった。
「…………は?」
これが、記憶の変動。昔の十二支のやり取りを断片的に思い出すのは、モクレンと会ったときと同じだ。
ベッドから起き上がった途端に間抜けな声を出してしまった。
それはあまりにも思い出した記憶が少なく、亜未さんの願いがハッキリとわからないからだ。
順位に関係し、健午さん関連であることなのは内容からして察しがつく。
今日がちょうど彼の当番であることも、狙っているのではないかと勘繰ってしまう。
健午さんの望みを聞きつつ、亜未さんの願いについても考える必要があるというわけだ。
「フレー! フレー! 黒組!」
「フレーー! フレーー! しーろーぐーみー! それっ!」
寮から十二将行きのシャトルバスから降りると、朝っぱらからよく通る声が聞こえてくる。
おそらく運動会が近いために、応援合戦の練習でもしているのだろう。
普通運動会といえば赤と白だが、なぜかこの学園は黒と白である。白黒つけるってことだろうか。
それにしても、この応援合戦だと白組が勝ちそうだ。
まるで健午さんみたいな元気な声だなあと思いながら、声のする方角に視線を向ける。
「うむ! もっと、もっとだ! もっと気持ちを込めて応援するぞ! 黒組も!」
「健午さんっっっ!?」
あ、やば。驚きすぎて思ったより声が出てしまった。
「おお! おはよう一神セレン! 君も朝から声が出ているな!」
何をしているんだ馬宮健午。その白く長い立派な鉢巻は、応援合戦の代表のものではないか。
――昨日の午後のことであった。1年7組で、運動会についての話し合いがあった。
「競技に出たいものは白組と黒組の2つに、競技に出ないものは運営の灰組に分かれてくれ。内部進学組はもうわかってるだろうが、ルールがわからないものがいたら教えてやれ」
担任の先生はそれだけ言って職員室に戻ってしまった。自主性を重んじる校風だから、行事の運営も生徒に委ねるということだろう。
「じゃあ、運動会の説明しよう!」
「えーと、他の高校は、運動会じゃなくて体育祭だと思うんだけど、うちは大学までずっと運動会です!」
「うちのいいところはさ、適材適所! 運動の苦手な人は運営に徹することができるんだ。灰組がいてくれるから運動会がガチになる!」
「み、みんな説明してくれてありがとう……」
7組の外部進学生の中でもやけに俺が目立っていたせいで、みんなが俺のことを囲んで気にかけてくれる。嬉しいけど、居た堪れない。
「一神くんは競技に出る? それとも運営?」
十二支たちは、競技に出るだろうか。
どちらにせよ、競技に出るよりは運営陣に回った方が、動きやすくなるだろう。
「そうだなあ……運営、灰組かな」
「うんうん! 灰組は観客としても楽しめるよ!」
「はーい、じゃあ他の外進生は?」
内部進学組が中心となって引っ張っていき、あっという間に決まっていった。
競技に出る者、出ない者。そして白黒の組み分け。
「じゃ、後は応援団だねー。白組黒組で団長の選手権があるから、今日の放課後、希望者は体育館にー」
――そう、この「応援団長選手権」。
俺はその日の放課後、当番があるから見に行けなかったが、まさか健午さんが行っていたとは思いもよるまい。
健午さんに扮した……亜未さんと一緒にいたし。
「おっと! 一神セレン! 今日は当番だったな! 後で教室に迎えに行く!」
「は、はーい……」
この声の大きさだと、応援団長に受かってしまうのも無理はない。
俺は周りの注目を浴びつつ、小さく返事をして彼に手を振り返すことしかできなかった。
――そうして、すぐに放課後はやってくる。
「一神セレンはいるか! 迎えに来たぞ!」
「け、健午さん……」
既視感のある登場。昨日の亜未さんのことを思い出し、俺はつい質問を投げかけてしまった。
「あの……一応聞くんですけど、健午さんで間違いないですよね……?」
「うむ! 馬宮健午だが!」
「ですよね。変なこと聞いてすみません。その、7組まで来てくれてありがとうございます」
「何のことはない! こちらから出向くのは礼儀だろう! 当番は皆が君にどこまで教えたのかわからないが、聞きたいことがあれば教えるぞ!」
俺は何となく、昨日の亜未さんとのやり取りをそのままなぞってみようと思った。
もしかしたら、違う答えが得られるかもしれないという好奇心が膨らんでしまったのだ。
でも、その前に。
「健午さん。その、どういう経緯で応援団長に?」
「うむ! 俺は声がよく通るからと推薦されてな。人間の期待には応えるべきかと思い、こうなった!」
「な、なるほど……」
彼は初めて会った時も人間から声をかけられていた。元気で明るいのは、人に好印象を持たれる。
もし健午さんが上位を目指す場合、寅琳さんの人気者作戦は彼においても効果を発揮するだろう。
しかし、彼の意見を聞かずに勝手なことはできない。
「では、健午さん。あなたがこの選抜でどうありたいのか聞きたいです」
「うむ! 『十二支を復活させる』ことが俺の望みだ!」
亜未さんのときと変わらず。では、順位は。
「順位については様々な意見がありますが、健午さんは今回何位になりたいですか?」
この質問で、健午さんを演じていた亜未さんは言葉を濁していた。
健午さんらしからぬと思ったけど、亜未さんですら掴めていなかったのではないのだろうか。
「順位か! 関係性を崩す影響を踏まえると、やはり元の順位がいいな!」
迷いなくハッキリと健午さんはそう言った。だけど、亜未さんの言っていたことと彼の言っていることに、相違はない。
ただ、彼は何事かを思案しているかのような素振りを見せ、今度は俺に問いを投げかけた。
「そう思う、が……ヒツジは何か順位について言ってたか?」
健午さんの射抜くような真っ直ぐな視線に、今朝の夢を思い出してたじろぐ。
やはり亜未さんと彼との間に、何かがあるのか。
「どうして、亜未さんの順位を気にされるんですか?」
「それは支合だからだな! 相方を気にするのは当然じゃないか?」
それはそうだ。丑理さんも子音さんに、お前は1位でなければならないと言っていた。
今選抜では、支合だった十二支同士が、また支合になるということを狙うのは、難しい。動物の人気は簡単に変動する。
「亜未さんは、特に順位については触れていませんでした。彼は、四神カレンとの接触を図って、俺の記憶のために動いていたので……」
「四神カレン? それは誰だ?」
あれ。健午さんがきょとんとしている。亜未さん、彼に昨日あったことを伝えていない?
「十干、丙と丁の代理精霊だとか。まあ、俺もよく……わからないですけど……」
「一神セレン。ヒツジはどうやってその精霊を呼び出した」
「え……健午さんに扮して、火を囲んで踊っていました。あ、結局どうして亜未さんは、健午さんに成り代わっていたんだろ……」
「ヒツジには何もなかったか?」
「は、はい。ユニコーンと接触しましたけど、特に攻撃もしてきませんでしたし」
亜未さんが無事だと伝えると、健午さんがほっとしたのが見てとれた。
寅琳さんが言った、「支合の危機は自分の危機」という言葉に今更ながらに納得する。
「まったく、無茶をする……」
健午さんの心配ももっともだろう。
あの時、ドレンやモクレンの時と同じように攻撃されていては、亜未さん1人で対処できたかどうかわからない。
「亜未さんのこと、大事にされているんですね」
「他の十二支がおかしいだけで、俺は至って普通だぞ? 支合は運命を共にする相棒なのだから、大事にするのは当たり前だ」
十二支の支合には、色々な形があるなと思う。彼らのように一蓮托生と考えているペアもいれば、ケンカしたり、飛び蹴りしたり、からかったり……というペアもいる。
ただ午未が仲の良い支合だからこそ、亜未さんがカレンの件を健午さんに伝えていないことに、違和感が残る。
「……亜未さんも、そう思っていると思いますか? 先導の双璧には、何かあったら報告する。しかし亜未さんは報告しなかったのでしょう。四神カレンの件を」
「ん? 何が言いたいんだ?」
違う。言いたいことはそうじゃない。なぜだ? なぜこんなにも嫌味ったらしい感じで、今俺は言葉を発した?
第一、俺に喋るつもりは一切なかった。
「た…………タイム!」
「たいむ?」
頭の中で、ヒツジかヤギか。特徴的なあの鳴き声が聞こえた気がして、青ざめる。
俺の手元の毛玉が羊になれば、俺の記憶が何らかの変動をきたすということ。
口が勝手に動きそうになることといい、その事実といい、今何者かが、俺を操ろうとしているのではないかという不安が駆け巡った。
「すみません……口が勝手に!」
「うん? 大丈夫か、一神セレン!」
かろうじて口に手を当てて抵抗し、言葉が出て行かないようにする。
まだ亜未さんの願いもわかっていないまま、彼らを仲違いさせるような不本意なことは言いたくない。
「差せ!」
何か口走っちゃった。これ、どういう意味だろう。
「…………これはまずいな!」
「え……? 健午さん?」
クラウチングスタートのような格好を取って、健午さんが満面の笑みでこちらを見てきた。言葉と表情が合っていない。
「呪われたぞーーー!」
「健午さーーん!?」
俺が困惑している隙に、彼は教室から走り去ってしまった。
どういうことだ。呪われた? 俺の発した言葉が引き金になっていたように見えたが、「差せ」と言ったことに何の関係が……
「差せ、差せ……?」
「一神、競馬でも見てるのか? 馬券購入は20歳からだが」
「競馬!? 先生、差せってどういう意味なんですか!?」
「お、おお。『差せ』っていうのはな。前を走る馬を抜かしてほしい時の応援に使うんだ。まあ追い越せーって意味だな」
「追い越す!?」
まさか。健午さんの呪いは、競馬用語に反応する!? じゃあ、彼が走り出したのは、誰かを追い越さないと止まらないのでは。
「先生、ありがとうございます!」
「お、おお? 元気だな」
俺の予想が正しければ、今も健午さんは走り続けている。どう止める? 呪い、呪いならば。
「亜未さん! さっき俺に何かしましたか!? もし近くで見ているなら、出てきてください!」
返事がない。手元の毛玉も羊にはなっていない。じゃあ、俺の口が勝手に動いたことと彼は関係ないのか。確かに羊のような鳴き声が聞こえたのだけど。
「……とにかく、健午さんを止めないと!」
呪いの解呪ならば陰の十二支だ。園芸部に行けば丑理さんがいるだろうか。彼は亜未さんと並んで呪い担当だし、適材適所だ。
「なあ、白組の応援団長がさあ、走り込みしながら応援練習してるって、気合い入ってるよなあ!」
「黒組は馬宮のおかげで団長が自信喪失しちゃったんだって? 代打は誰なんだっけ?」
「あー、たしか2組の……猪野田?」
廊下を走っていると、とんでもない噂話が耳に飛び込む。健午さんは走り込みをしながら応援練習をしている? あの声量だったら、どこにいるかわかるはず。
それに、走り込みするなんてグラウンドしかないだろう。
「フレーーー!」
「わはーーー!」
ここのグラウンドは、陸上部の活動場所のはずだ。案の定、聞き馴染みのあるかけ声が聞こえる。
「健午さーん! 大丈夫ですかー!?」
「おお! 一神セレン! てんで呪いが解ける気配がないが、限界まで追い込まれる心地がしていいな!」
走り続けているのだから、当然疲れがやってくるに決まっている。
いくら元が馬とはいえ今は人間、健午さんは笑顔だけど、全速力で走らされて辛くないわけがない。
「健午さん! あなたの呪いは、競馬に関係しているかもしれません!」
「そうなのかー!?」
「セレン、どしたの!」
「あ、亥寧さん! 健午さんが呪いにかかってしまったみたいで……勝手に走り出しちゃうんですよ」
「そうなの? だからウマくん、ずっと走ってるんだね! じゃあ、呪い解こっか! よーい、どん!」
「え、ちょっ……あー!」
もう、何度目のことだろうか。亥寧さんは、いつも俺を引っ張って走っていく。




