第45話 火
「はははっ! 人間の火起こしは楽しいな! 陽力要らずで一石二鳥だ!」
ここは十二将学園キャンプ部が活動する、学園敷地内のキャンプ場。オカルト部といい、もはやこの学園の部活動は一体何種類あるのやら。
さて、隣で元気に木の棒を回している馬宮健午。某施設で体験学習としてやるような、摩擦熱を使った火起こしをしている。
「す、すごいね馬宮くん! そんな火の起こし方、体験学習でしかやらないよ」
そのとおりだ。俺は早々にギブアップして、着火剤を使って火起こしをしている。
人間の記憶としてもキャンプの経験は皆無であるが故に、新鮮な気持ちだ。着火剤を用いても、火起こしって難しい。
「うむ、いいなあ! 火の揺らめき、輝き! 元気が出る!」
「健午さん……この方法で、本当に十干さんが現れるんですか?」
「丙や丁が好きな雰囲気にはなっているぞ! 大きな火があるともっといいんだが、人間を驚かせるわけにはいかないからな」
健午さん、人間のこともしっかり考えていたんだ。やろうと思えば、彼自身で大きな火を起こすことはできるのだろう。
どうにかして彼が思うような大きな火を、合法的に起こす方法はないだろうか……よし、ダメ元で聞いてみるか。
「ねえ、キャンプファイヤーってできるの?」
キャンプの雰囲気を出すためなのか、実際に使うのか、組み木が広場の中央に置かれているのだ。
「ああ、いいね! キャンプファイヤー、やろっか!」
「え? い、いいの?」
「楽しければそれでよしがうちの方針だからね! 火の始末さえ気をつければなんでもしていいと思う!」
「そ、そうなんだ」
この雑な感じ……部活動結成時にどうやって有用性を示したんだろう。まあ、楽しむってことも生徒には大事なことか。
キャンプ部員が組み木の周りに集まる。俺は未だ焚き火に当たってまったりしている健午さんに声をかけに行った。
「健午さん! これからあの組み木に火をつけるので、大きい火が起こせると思いますよ!」
「おお! そうなのか! ならば俺も手伝おう!」
キャンプファイヤーといえば、みんなで炎を囲んで歌ったり踊ったりというイメージだ。よく考えてみたら儀式っぽい。
火のつどいと呼ばれていたか、キャンプファイヤーの際に、火の神に対して誓いの言葉を唱えるものがあった気がする。
「親愛なる火の精よ。混迷極める今世に、どうか御導きを」
(そうそう……こんな風……に!?)
健午さんが祈りの言葉を紡いでいた。場が厳粛な雰囲気に包まれ、周りの生徒も健午さんに影響されたのか、自然と手を合わせる。
「よおし! 踊ろう! 何か音楽をかけてくれ!」
「え」
しかし厳かな雰囲気は一変した。
ノリの良いキャンプ部員は健午さんの要望に答え、陽気なリズムの曲をかける。
音楽というのは、人の感情によく作用するもので、この場の全員は音楽にノって、踊り始めてしまったのだ。
俺は周りに流されるがまま、困惑しながらも手足をバタバタと動かしていた。ああ、本来の目的って何だったっけ。
キャンプファイヤーの時に踊るのって、もっとこう、手を繋いで火を囲むとか、もっと穏やかなものじゃないのだろうか。
ブレークダンスしている生徒は何。十二将の生徒って変な人しかいない。
そんな余計なことを考え、よそ見していたせいか、俺は足元に転がっていた木の枝に気づかなかった。
転けてしまう。しかし俺の腕が誰かに取られて、引き寄せられた。
「キャハッ! みんな喜んでるね! 良い雰囲気!」
甲高い声が耳に届く。俺を支えてくれた生徒は、十二将の制服ではなく着物を着ていた。
本当に現れたという驚きと、この人間は十干ではないという事実を、俺は本能で感じ取っていた。
「うむ、お出ましか! なるほど、確かに丙と丁の気配を纏っているな! やはり君たちが十干の代理なのか?」
ということは、この人は俺と同じく神様に生み出された精霊。
健午さんの声が、軽快な音楽が鳴っているにも関わらず鮮明に聞こえる。
その違和感に周りを見渡せば、キャンプファイヤーの炎はそのままに、人間だけが静止していた。
これは、何だ? 神通力なのか?
「え〜、楽しい雰囲気に水を差さないでよ。ねえ、お兄ちゃん?」
「お、お兄ちゃん……あ、俺?」
「私は四神カレン! ドレちゃんとモックンは十二支のところに行ったって聞いたから、来ちゃった! 好きな雰囲気だったし!」
あだ名は六神ドレンと三神モクレンのものだろう。
それにしても、ドレンはネコ、モクレンはカエルとナメクジと共にいた。今回は彼1人だけなのか。
「カレンさん!」
「固い! もっと楽に! カレンでいいよ?」
「か、カレン……くん」
「もうひと声!」
(なんなんだこの精霊……)
ドレンやモクレンは、グイグイと距離を縮めるようなタイプではなかった。
四神カレンという精霊そのものが、燃え盛る炎のようだ。だが、ここで翻弄されっぱなしになるわけにはいかない。
「……カレン、答えてくれ! 君たち五志精霊は、何がしたいんだ!」
「オッケー! じゃ、ちゃんとするね! 人間の魂と共鳴するのって難しくてさー」
「はあ?」
「ははっ! 様子がおかしいな!」
カレンは大きく息を吸って、肩をガクンと落とした。まるで、何かが乗り移ったかのようにも見えた。
再び俺たちを見据えたカレンの瞳には、先ほどまでとは別人の、冷たい温度を放っていた。
「私はこの選抜において十二支に匹敵する集団を作るために生まれた、4番目の代理精霊。私は火を司るよう、丙様と丁様から直々に命を受けた」
(誰……!?)
「丙と丁は何をしているんだ?」
冷淡な口調。しかし健午さんはケロッとした態度で、率直に疑問をぶつける。
「十二支にはお答えできません。兄精霊のスイレン様より口止めされておりますので」
「へえ! 口止めか!」
「じゃあ、俺が聞けば答える?」
やはり十二支に敵意を向けていることは明らかだ。でも、いずれの精霊も、俺に敵意はなかった。
ならば、俺の問いなら答えてくれるかと、語気を強めてカレンの前に立つ。
「セレン様……あなた様は、本来ならば全てわかっておられたはず。どうしてこのようなことに……」
「それはどういうことなの?」
まただ。精霊たちはみんなそう言う。
俺は本来記憶を失っていない、神様より作られた精霊の中でも最も重要な存在だと。
「うん。おしまい! 今のは神様からもらった人間の記憶! えーと、巫女ちゃんの方だね! 神主さんは私と合わないみたいで出てこなーい」
そして、問いただそうとしてもはぐらかされる。その度に、もどかしさでどうにかなりそうになる。
ただ、カレンの言動からわかったことは、やはり五志精霊も俺と同様に、人間界で馴染めるよう人間の男女の記憶をもらっていることだった。
「……健午さん、彼をどうしますか?」
俺はカレンに相手にされない。だからこそ、この場をどう切り抜けるべきかわからない。
健午さんに縋るしかない現実が悔しいが、俺は彼に耳打ちをし、この状況の指揮を委ねた。
「うむ! せっかく来てもらったしな! 楽しんでもらうか!」
「なになに〜? 何のご相談かなー?」
「四神カレン! 神通力を解除して、俺と踊ってくれ!」
「え?」
健午さんは元十二支の中でも、真っ直ぐきっぱりといった感じで、まるで他の方たちが常識人でもないような言い振りだが、接しやすいと思っていた。
ただ、どうだろう。彼の笑顔は、こんなにも考えが読めないものだっただろうか。
「えー!? 十二支が直々に!? わかった! 今解除するね!」
カレンがそう言うと、周りの時はまた進み始める。生徒たちは何事もなかったかのように再び踊り続けていた。
そして健午さんもカレンに歩みよって、手を差し出した。
「さあ、踊ろうか!」
「わーい!」
健午さんの手をカレンが取ろうとしたそのとき、キャンプファイヤーからパチリと音がして、火が弾け飛ぶように2人に向かってきた。
健午さんは間一髪でかわして、危ない目に遭ったにも関わらず笑っていた。
「騙し討ちとは美しくありませんね。正義の十二支が落ちぶれたものです」
健午さんでもカレンでもない、第三者の声が聞こえる。
「ユニちゃん! 迎えに来てくれたの? でも火を操作しちゃ危ないよー?」
(ユニちゃん?)
「すみません。貴方の純粋さにつけ込む悪い仔がいたものですから」
現れたのは、ピンクと水色の入り混じった奇抜な髪色をした人間。カレンと仲良さげなところを見ると、なんらかの動物のはず。
どことなく、健午さんの容姿に似ているような気もした。
「うむ、ユニコーン年とはさすがに語呂が悪くないか?」
「ゆ、ユニコーン!?」
「黙りなさい。愚かな我が眷属よ」
「実存しない動物も選抜対象か。これでハッキリしたな!」
健午さんはユニコーンと思わしき人物を全く意に介せず、1人喜ばしそうにうなづく。
当然、無視されている当人は良い気はしないだろう。こちらをたいへんな剣幕で睨んでいる……
「お馬さん同士は仲良くすべき! ほらほら、踊ろうよ!」
「いくら貴方のお願いでも引き受けられません。此奴は貴方の手を取る際、持ち得る最大限の陽力を流し込もうとした。この意味がわからないわけないでしょう?」
俺はユニコーンの言ってることがわからない。しかし、健午さんはカレンに何かを仕掛けようとしていたのだろう。
失敗してもいつも通り笑顔を浮かべている彼が、味方ながら掴めない。
「シーっ、ユニちゃん……喋りすぎ! それに『馬宮健午』くんには、私を害する意図はないよ。ユニちゃんを欺くなんて、相当な手練れだね」
「はあ……? どういうことですか?」
「ね? 元十二支、羊田亜未くん!」
「えっ」
「君は火にもなれるから紛らわしいけど、私は騙せないよー!」
この場の時が、衝撃でまた止まったかのように思えた。健午さんは真顔になっては、口角をわずかに上げた。
「そう。確かに丙と丁が君に入ってるなら、騙せるわけないね」
「な、何たる失態。この私が、ヒツジに欺かれるなど……」
「ドンマイユニちゃん!」
「えっと……今までの健午さんは、亜未さんだった……ということで、合ってます……?」
「正確に言えば違うかな。ウマくんは夢の中で、僕の意識を共有している。つまり、ウマくんの寝言を僕がそのまま喋ってただけだよ?」
「け、健午さんの姿なのは……?」
「あー、それはまあ、うん。頑張ったんだ……」
いつから、健午さんではなかったのだろう。これも呪いの一種? いろんな考えが俺の困惑の間をすり抜けていく。
「ユニちゃん。ドレちゃんとモックンの仔たちは、元十二支に挑んで歯が立たなかったけど、どうしたい? 私としては、みんなが争うのは見たくないけど!」
カレンの言葉で、俺は今、敵と向かい合っていることを再認識させられた。
そうだ。ユニコーンは、亜未さんに戦いを挑むかもしれない。戸惑っている暇などないのだ。
「争いは美しくありません。戦わず勝つ。それが最も良きことでしょう」
「僕も無駄に争う気はないよ。目的は別にあるし、十干が今どうなっているかもだいたい予想がついた」
しかし、相手側に争う気はないようだ。戦わず勝つには、人気を得て、人間らしく生活する必要がある。
ユニコーンが余裕綽々なのは、あれか。いわゆる「ゆめかわ」だかなんだかで、女児に人気があるからか……!
「なになに〜! どういう予想?」
「……そこの夢馬が何を持っているかわからないから、言わないよ」
「卑劣な真似を私がするとでも? 私こそ、眷属に妙な呪いをかけるなと言いたいですが?」
「うんうん! ユニちゃん、今日は挨拶できたし帰ろっか! じゃ、バイバイ!」
「うん。いずれ二神スイレンと五神コレンには、僕たちの誰かが挨拶しに行くよ。僕はうちの総大将みたいに、卑怯だなんだと言われたくないし、宣戦布告?」
「えぇ〜!? じゃあ、スイ兄とコーちゃん喜ぶね! 伝えておくよ! お兄ちゃんもバイバイ!」
火、というよりは……嵐のような精霊だった。全然俺の入る隙がない。ユニコーンが十二支候補って何。
とりあえず、戦うことにならなかったことに安堵する。
しかし健午さんの姿をした亜未さんに、色々聞きたいことがありすぎてどうしたものかと思った。
そもそも、亜未さんはどうして健午さんに成り代わって行動していたんだろうか。
「あの、亜未さ……」
「メェ〜」
「どわっ!?」
羊のぬいぐるみが俺の顔にへばりつく。引き剥がして視界が開けたときに、健午さんの姿ではありながらも、指先を擦り合わせている亜未さんと目があった。
「精霊くん。まずは騙しててごめん。今日の当番は僕なんだ」
「えっと……いつから健午さんじゃなかったんですかね?」
「7組に入った時から」
「さ、最初からですか……全然わかりませんでした」
「あと、ウマくんと意識を共有してるってのは嘘。全部僕の演技だし、ウマくんは全く関係ない」
「えっ、演技派ですね……でも、どうしてこんなことを?」
「君、モクレンと会ったとき、記憶の一部を思い出したでしょ?」
「記憶の一部……あ、モクレンと会った時の。でも、どうして知ってるんですか?」
「このぬいぐるみの仕掛け。君の記憶に何らかの変動があれば、羊になって教えてくれる」
「す、すごい……」
あの毛玉に、そのような仕掛けがあったとは。辰幻さんからの内心のプライバシー侵害にも対応しているし、素晴らしいことこの上ない。
「名目上は、記憶を勝手に暴いて覗く呪い……だけどね。おかげで見ちゃいけなそうな、辰くんと神様の密会現場が見れたよ」
「こわ……」
十二支はそれぞれ持つ役割が違うのだろうけど、亜未さんは特に、呪いの双璧として積極的に活動している。
俺のために呪物を作ってくれたり、こうして健午さんに扮して精霊と接触を図ったり。
「僕は、君の記憶を四神カレンによって引き出せないかと思った。十干の行方を調べることもできるし、当番の役割を立派に果たせるかなって」
「どうしてそこまで……」
「君には礼を返してないし、頼みたいこともあるから」
はて、俺に礼を返すって何のことだろうか。強いていうならば、彼にかけられた呪いを解くために、辰幻さんを探しに行ったこと?
あれは、健午さんや申弥さんのおかげでしかなかったと思う。
「呪いの件は、辰幻さんを探しに行っただけなので、気にしなくていいですよ。でも、俺にできることなら、何でも言ってください!」
「うん……ありがとう。でも、誰が聞いてるかわからないし、この場では言えないや。今夜、君の記憶に変動があるはず。そこで見たものが、僕のお願いだから」
「亜未さん……」
にこりと微笑みながらも、どこか寂しそうな表情をする亜未さんを、俺はただ見送ることしかできなかった。
これ以上聞くのは、野暮のような気がしたのだ。




