第44話 人形
十二将学園、1年7組教室。俺は、亜未さんからもらった毛玉だったものを机の上に置いて、にらめっこしていた。
十二支と関われば関わるほど、謎は増えていく。それに比例して、確かに覚えたことも増えている。
さて、その1つの謎である亜未さんからもらった毛玉。
「わあ、一神くん! その人形かわいいね! 羊さんだ!」
「あ、うん……やっぱり、どう見ても羊だよね……」
そう。毛玉は、どういうわけか羊のぬいぐるみになっていた。
机にちょこんと座り、シンプルな白色の毛並みだが、歪につけられたカラフルなボタンの目がどこか目を引く。
こうして7組の生徒が反応しているのを見ると、ぬいぐるみというものはやはり親しまれやすいのだと実感する。
まあ、亜未さんに聞けばこのぬいぐるみのことはわかるだろうから、今日は健午さんの当番に集中しよう。
そう思って、俺は1年6組へ向かうために立ち上がった。肌身離さず持っていてと言われたし、念のため、ヒツジのぬいぐるみを持って行こうと持ち上げた時だった。
「一神セレンはいるかーっ! 当番の迎えに来たぞ!」
元十二支は乱暴に扉を開け、目立つような登場の仕方が好きなのであろうか。
現れた健午さんを見て、暴れ馬、その言葉が俺の脳内を掠めた。
しかし健午さんが俺を見つけると、弾けるような笑顔で近づいてくるから、当然咎める気にはなれない。
それに、当番は俺から十二支を探しに行っていたけど、彼は俺のところに自ら来てくれたのだ。
「け、健午さん……来てくれたんですね」
「うむ! 望みを叶えてもらう立場として、こちらから出向くのは礼儀だろう!」
「……なんというか、その……ありがとうございます……」
こんなこと言ってくれるのは今のところ彼くらいだ。
まあ……俺も教えてもらう立場だから、彼が異質なような気はする。
「しかし、当番というのは具体的には何をしてきたんだ? 君が教えてほしいことがあれば、何でも答えるが!」
「そうですね……まずは、健午さんの望みを改めて聞きたいです」
「承知した! 勿論、俺の望みは『十二支の復活』だ! 他の動物に奪われてしまっては、秩序も崩れるからな!」
十二支会合で言っていた通り。言い切る姿から嘘だとは思えない。
健午さんの望みは、純粋に十二支が全員元の座に戻ることで合ってるだろう。
「ちなみにですが、健午さん自身は元の7位になることを望んでいますか?」
ただ、問題なのは順位。子音さんと寅琳さんが首位争いで敵対し、丑理さんは元の2位を目指している。
当番を終えた卯辰巳。
李卯さんは積極的に上を目指す気はなく、クッキーの件からするに、おそらく十二支全体の人気の底上げを狙っている。
巳乃さんも順位については言及していないが、十二支に戻ることは望んでいる。
辰幻さんに至っては十二支に興味がない。巳乃さんの願いにより、今後彼が心から十二支になりたいと思うように仕向けなければならないが。
さあ、健午さんはどうなんだ?
「うむ……順位か……」
健午さんは、予想外にも言葉を濁していた。そして、俺の机の上に置かれた羊の人形を持ち上げ、笑って言った。
「……そのまま、第7位だな!」
「7位……」
馬に競争のイメージがあるからだろうか。健午さんが上を目指すとは言っていないのにそうであるような気がして、俺は不思議に思った。
「意外か?」
「は、はい。どうしてか、健午さんも上も目指すのではないかと思っていました」
「向上心があるのは良いことだ! だが、そもそも十二支の順番というものは、そう簡単に崩していいものなのかとネズミと協議していてな」
「崩すと……支障がある可能性が?」
健午さんは空いている俺の前の席に座る。そしてヒツジのぬいぐるみを撫でてはいるものの、表情は真剣そのもので俺に向き合った。
「うむ。君もわかってきていると思うが、十二支の並び図を描くと、法則があるだろう? 順位が変われば関係が崩れる。1番わかりやすいのは、向かい干支の崩壊だな」
「あ……たしかに……!」
「ネズミ曰く『完璧に順位を戻すから問題ないが、万が一順位が変わってしまっても、そのまま対応できるだろ』だそうだ。五行など変えるものがあるのに、簡単に言ってくれるものだ」
健午さんは困ったように笑う。先日の巳乃さんが、子午は会合で反発し合うことが恒例だと言っていたが、真実なのだと思った。
十二支が変わるということは、十二支にまつわるあれこれも全て変わってしまうということ。
子音さんの望みのとおり、元十二支は完璧に戻すことがあるべき形なのかもしれない。
「あの……順位で、五行が決まっているんですか?」
ただ、俺の無知のせいで、いざというときの選択肢が見えなくなるのは避けたい。
だから、健午さんに気になることを聞いた。しかし、返答したのは彼ではなく、机にいた例のぬいぐるみであったのだ。
『カミトペンヲクレ』
「わっ! 何か喋った!? な、何ですかねっ!?」
「わからんっ! 呪物の類はからきしダメだ! だが……こういうのは従わないと呪われるんだ! ははは!」
笑い事ではない。ぬいぐるみが意思を持った。亜未さん、一体なんてものを俺に渡したんだ?
「と、とりあえず、紙と筆……」
ノートと鉛筆を前に置く。するとぬいぐるみは小さい体で鉛筆を持ち上げて、何かを書き始めた。
「おお、十二支図だな!」
ヒツジのぬいぐるみはコンパスも無いのにきれいな円を描き、きれいに十二等分しては、子、丑、寅……と、順番に書き込んでいく。
「うむ! この人形は君に何か伝えることがあるのだろう!」
「そ、そうなんですかね? ええと、丑・辰・未・戌のところに、斜線を引いてますけど……」
黒く塗りつぶそうとして陰の十二支に斜線を引いているのかと思ったが、辰幻さんと戌慈さんは陽だ。
俺はピンと来なかったが、健午さんは何かわかったようで、ぬいぐるみの頭を優しく撫でた。
表情は読めないのに、ぬいぐるみはどこか嬉しそうであった。
「そうか! 君は十二支の五行を伝えたいんだな? 一神セレン! 俺は陽の火五行だ!」
「火五行……となると、巳乃さんと一緒ですね」
「うむ! このヒツジは、斜線の引かれた十二支の間に挟まれる2匹が、同一の五行であることを教えたかったのだろう!」
「あ、たしかに……! 辰幻さんと亜未さんの間に、健午さんと巳乃さんが位置してますね!」
『ツチゴギョウ、キセツノカワリメ』
このヒツジの人形は、亜未さんの言っていた「仕掛け」なのだろうか。そうであれば、俺たちを害するものではないのだろう。
おかげで、十二支の五行がわかりやすい。
斜線の4人の十二支が土。子音さんと亥寧さんが水、寅琳さんと李卯さんが木、巳乃さんと健午さんが火、申弥さんと酉奈さんが金だ。
しかし、五行と言えば例の精霊だ。辰巳申が当たり前のように使っていた言葉、五志精霊。
六神ドレンや三神モクレンはその精霊であり、俺とはまた別の精霊かもしれないとのこと。
「あの、健午さん。お話が変わるんですけど、五志精霊ってご存知ですか?」
「うむ。この目で見たことはないが、十干を守るための、五行に対応する感情を司る精霊だということは知っている!」
「十干……」
「うん? 十干はわかるか?」
気になることは積極的に聞くべき、寅琳さんの言葉が身に染みる。まずは前提となる言葉を覚えなければ、応用的な言葉がわからない。五志精霊が最たる例だ。
なるほど、思い出すもんも思い出せないということは、このことか。
「十干が、五行の精霊であることは何となくわかっているんですが……十二支とどのような関わりがあるのかは知らないんです」
「ふむ……ネズミからヘビまでは何をしていたんだ? 十干は十二支にとって重要なことだがなあ」
「あはは……まあ、俺が聞きそびれちゃったってのもあります」
何回も出てきて気になっていたはずなのに、なぜ聞かなかったのだろうと、今更思う。
はっ、まさか。記憶操作されているんじゃ……
『ソレニカンシテハイジョウナシダ』
「……心読まれてる?」
「愉快な人形だな! さすがはヒツジの呪物!」
辰幻さんに心を読まれなくなった代わりに、亜未さんの生み出した呪物に心を読まれている。
それで、確信に変わった。辰幻さんの言っていた御守り、すなわち優れた呪物とは、この亜未さんのくれた毛玉のことだったんだ。
「さて、一神セレン。ちょうど君と俺にとって、都合のいいことがある」
「都合のいいこと、ですか?」
「君は十干について知らない。俺は十干を探している。だから……」
健午さんが急に立ち上がって、俺も彼に椅子から引っ張りあげられる。そして彼はニッコリ笑って、俺に提案をした。
「今から十干を呼ぶ儀式をしよう! わからないものは、見た方が早い!」
「よ、呼ぶ!?」
「うむ、やはり呼ぶとすれば丙だろうか! 彼とは丙午で年中火祭りをするからな、楽しいんだ!」
「火祭り!?」
「一神セレン、火を起こそう! 木があればどうにかできるぞ!」
火遊びの誘いが来ちゃったよ。
ど、どうするべきだ。彼の願いは叶えてあげたいし、俺も十干については知りたい。
しかし、そんな都合よく学園で火を扱えるところなんてあるのか。
火、火……火起こし……火起こしと言えば……あ。
「キャンプ部に、行って見ましょうか……?」
「きゃんぷ部?」




