第41話 意図
「龍堂? 多分オカルト部じゃないかな。あ、噂の動物愛好部も兼部してるんだったっけ」
「ありがとう。ちなみに……その動物愛好部の噂って?」
「3組の虎城が、本物みたいなトラの仮装をして回ってるとか。そんなハロウィンみたいな部活なの?」
「いや……俺たちは動物の魅力を広めるために活動してるだけ……なんだけど……」
ここは4組の教室。辰幻さんを探しに来たものの、姿がどこにも見当たらない。
そのため4組の生徒に聞いてみたのだが、なんと、オカルト部の部室にいるのではないかという話だ。
彼は俺の心が読めるみたいだし、もし当番をやりたくないと思っていれば、容易に近づくことはできない。
でも、オカルト部に行ってみれば、彼が人間としてどう動いているかの手掛かりにはなるだろう。
というわけで、2階視聴覚室。入り口から中の教室が見えない。いかにも怪しい雰囲気が漂っているが、入ってみるしかあるまい。
「失礼しまーす……ん!? え、ちょっ」
部屋に入った途端、誰かに腕を引っ張られた。そのまま俺が前のめりになったところを背後に回られ、両腕を2人の生徒に掴まれては、捕まった宇宙人のようにされてしまった。
「龍堂様、来客が」
「龍堂様!?」
暗闇の中に蝋燭の火が揺らめき、奥に水晶玉が光っているだけで、よく見えない。
それにしても、確かに生徒は龍堂様と言った。辰幻さん、まさか人間を服従させるような呪いをかけていないよなと、冷や汗が出てくる。
「よく来たな一神セレン。あいにくだが今いいところでな。今日の当番はなしだ。ヘビ、吾輩の代理を頼むぞ」
暗闇の中から、辰幻さんの声だけ聞こえたかと思えば、眼前に現れたのは懐中電灯を下から顔にあてていた巳乃さんだった。
「うわっ!?」
「はあい、師匠。じゃあ精霊くん。何が知りたいのかい?」
突如現れた巳乃さんは、俺の様子を見てニコリと微笑んだ。懐中電灯の光も相まって不気味さが際立っている。
辰幻さん、俺の心の声が聞こえるなら、答えてくれ。
この状況は何なんだ。
「あの……巳乃さんもですけど……辰幻さんは何をしているんですか?」
「辰くんは呪物が大好きでね。不可解な現象を好むオカルト部と、辰くんの好奇心が見事に相性抜群。あら不思議! 気づけば部員はみんな辰くんの信奉者に」
「え、ええ……?」
俺の質問の答えになっていない。しかし、呪物が好きでオカルト部に入るのは納得がいく。
ある意味、辰幻さんの状態は人間に好かれていると捉えていいのか。人間を呪いに巻き込むことさえしなければいいのだが。
「蛇平、龍堂様の邪魔をするな」
俺を捕まえている片割れがそう言って、喉がヒュッってなった。人間に危害を加えてはいけない。選抜のルールが頭によぎる。
俺は笑みを深くする巳乃さんを見つめ、首が取れるくらいの勢いで頭を左右に振った。
「辰くんを信仰する気持ちはわかるけど、人間風情が生意気だねえ。精霊くんもそう思わない? そんなやつらに拘束されちゃってさ」
「巳乃さんっ!?」
「ヘビ。外に出ろ」
「はーい。行こうか、精霊くん」
巳乃さんはあっさり辰幻さんの言葉に承諾して、自ら部屋を出て行った。この2人、どういう関係なんだ……?
「ちょっ、俺も普通に部屋から出るんで……し、辰幻さん、これを渡しますのでどうぞ食べてください! 李卯さんからです!」
闇の中にクッキーを放り投げちゃった。ごめん李卯さん。
オカルト部の生徒が俺を部屋から引き摺り出すから、渡す暇がなかったのだ。
「もー、僕もオカルト部なのになあ。あ、精霊くん。今のってウサギくんが作ったお菓子かい?」
「あ、はい。巳乃さんの分は亥寧さんが届けに行きませんでしたか?」
「僕はサルくん伝手でもらったよ。小言を言われながらね」
「小言……?」
視聴覚室から追い出されて、俺と巳乃さんは校舎外のベンチに座っていた。
辰幻さんも気になるけど、子音さんですら掴めないという巳乃さんと、こうして話ができる機会は素直に嬉しかった。
「まあ、ウサギくんが調子を取り戻せたようで何より。君は精霊として、順調に育っているようだね」
「あ、ありがとうございます。巳乃さんにもお力添えしますので、何かしてほしいことがあれば、なんでも言ってください!」
「なんでもいいのかい?」
あざとく首を傾げる巳乃さんに、覚えるのはやはり恐怖だった。
「あの……人間に危害を加えるとか、選抜の減点行為はダメですからね」
「心外だなあ。そんなことしないよ? あ、じゃあさ、君の知識の習得の進捗を教えてよ」
「わ、わかりました。ちょうどノートに書き込んでいたので……」
俺は巳乃さんに、今まで習ったことを書き込んだノートを見せる。記憶を操作されていると知って、当番が始まってから覚えたことはしっかり書き留めている。
何ならきっと、授業よりも復習しているだろう。
「どれどれ、ネズミくんとウシくんからは相生相剋。ウサギくんからは三合……あれ、トラくんからは何を教わったんだい?」
「あ……一応、支合の性質を教えてもらったり、五行操作を実際に見せてもらったりはしましたよ」
そういえば、寅琳さんからは教えてもらったことが曖昧だ。人間との向き合い方について、考えさせられることはあったけど。
「じゃあ、精霊くんは何が知りたいかい?」
どうしよう。知りたいことが多すぎる。十二支の持つ五行だとか、三合はそれぞれどのような仲なのかとか、辰幻さんはいったい何をしているのか……とか。
でも、十二支にはきっと、それぞれ得意分野があって教えやすいことがあるのだと思う。
「えっと……まずは巳乃さんのことを教えてほしいです」
「僕かい?」
「はい。まずは十二支のことを知ることが大事なので」
巳乃さんは、十二支の中でもミステリアスだ。予測不能だ。
初めて出会ったときは誘拐されたし、俺に呪いをかけてイタズラしようとしたり、気づけばどこで何をしているのかわからなくなっていたり……今も、ニコニコしているだけで本心が読めない。
「ふふ。では、僕に質問をどうぞ?」
「……色々聞きたいことはあるんですけど。巳乃さん自身の願いは『十二支に戻ること』であっているんですか?」
俺の優先すべきことは、十二支の本心を聞き出すこと。会合では子音さんに同調していたけど、実際はどうなんだろう。
「僕自身の願い……ねえ。うん、みんなで十二支に戻れたらいいよねえ」
「……本当に?」
「本当だよ。まあ、君の正体を解明することもかな?」
やはり、はぐらかされているような気がする。
でも、俺の正体は俺自身も知るべきことだ。ドレンに対抗するため、果ては十二支のために。
「俺って、何なんでしょうかね? 俺と同じく、神様の分身の精霊と会ったんですが、その精霊が、俺のことを特別な精霊だと言っていて……」
「特別な精霊ねえ。ちなみに、その精霊はどういう性格をしていたかい?」
「ええと、とにかく賢かったです。ネコ、猫口さんにアドバイスして、子音さんを追い詰めるほどですし……呪いや五行の知識もありますし……神通力とやらも使えるみたいでしたし……」
ああ、次々と恨みつらみが出てくる。でも、俺の愚痴に対して、巳乃さんは嬉しそうだった。
「ふふ、悔しそうだねえ」
「悔しいですよ……俺以外の神様の分身は十二支の敵だとケンカを売られ、受けて立つと宣言してもあしらわれましたし」
俺と同じ神の分身のはずなのに、このままでは対等に立ち向かえない。それが歯がゆいのだ。
「まあ、君の正体をたどるには、君の兄弟精霊と関わる必要があるのは確かだね。会わせてあげようか?」
「……はい? 会えるんですか!?」
「うんうん。浅はかにも教材が向こうからやって来てくれていてね」
巳乃さんはベンチから立ち上がり、近くにあった木の前に立つ。そうして、こう呼びかけた。
「サルくん、お仕事だよ」
「……ったく、どいつもこいつも俺を便利屋扱いしやがって!」
「申弥さん!?」
巳乃さんの呼びかけに応えて、申弥さんが木の幹に尻尾をかけて、逆さまの状態で現れる。
眉間に深い、シワを寄せて。
「どもっす、精霊さん。しかしアンタ、1回ヘビさんに酷い目に遭わされてるんすから、もっといいように使っていいんすよ!」
「あはは……でも、どうして申弥さんが?」
「こき使われてるんす。俺たち巳申支合は、ネズミさんに参謀の役目を拝命されましたーめでたしめでたし」
「パチパチパチ」
「さ、参謀……?」
あれか。なんか偉い人の側で、アドバイスする人……? 子音さんが総大将とすれば、その補佐ってことなのかな。
それにしても……何でこの2人?
「んで? 俺今日当番じゃないんすけど。何なら今日辰さんでしたよね? まーた何かやらかしたんすか」
「師匠は気分じゃないってさ。ふ、当番表なんて今まで信用できたことある?」
「ケッ、めんどくせえ」
なるほど。だから俺に当番表が渡らなかったのか。口ぶりからするに、全く意味を成さないようだ。
「え〜、サルくんには、ウシくんがネズミくんにしたみたいに、僕を守ってもらうね」
わ、嫌そうな顔。彼らは支合にしては、互いに扱いが雑なような……
「はあ? ヘビさんが負けるんすか? つーか俺、ネコにネズミさんが苦戦したっていうのも、信じてないんすけど」
「事実だよ。ネズミくんは呪い耐性がないからね。え? 十二支じゃなくなったからって忘れちゃった? ねえ精霊くん、サルくんも記憶喪失だって〜」
「かえる」
「待って待って〜、何があるかわからないから言ってるんだって。ほら、精霊くんも言ってやってよ」
よくわからないが、ドレンのような精霊と会うことになっているのだから、確かに申弥さんはいてくれた方が心強いだろう。
「えっと……申弥さん。子音さんがネコに苦戦したのは事実です。この目でちゃんと見ました」
「マジっすか? なぜ? どのように?」
(木から降りてきた……)
食いつきがすごい。申弥さんって、子音さんとやっぱり仲がいいようだ。あっ……申子辰で、三合って話だったっけ。
俺は申弥さんに事の顛末を離す。ネコこと猫口玉置、彼は陰の水五行を使用し、子音さんに攻撃していたこと。
それは屁でもなかったが、呪いをかけられ、子音さんが苦しんで動けなくなっていたこと。
最終的には丑理さんが来て、猫口さんとドレンを撃退したということ。
俺が話し終わると、申弥さんは深刻そうな表情をしていた。巳乃さんの表情は変わらない。
「まあ、状況は最悪だよねえ」
「……イタチで察してはいたっすけど、確信に変わっちまった。全動物、陰陽五行術をあの邪神から賜ってやがる」
「ふふ。さらに正確に言えば、僕たちから一旦奪って分配した。だよね?」
「笑うところじゃないっす。なんで嬉しそうなんすかね」
「元々は、全ての動物が使えるわけじゃなかったんですね……」
「そうっすよ。じゃなきゃ、動物の大将の意味がない」
彼らがどのように、大将として過ごしていたのか。絵本の中では描かれていなかったその先、俺の記憶のない部分。
人間には、到底想像の及ばない世界だ。
(歯がゆい……)
「ま、わかったよねサルくん。精霊くん以外の神様の分身に接触しろと言われた理由と、僕と君、支合の状態で対抗しないとまずいってこと」
「はあ……わかりました。精霊さん、話についていけなくて置いてけぼりかもしれねえっすけど、これだけは言っておくっす」
「は、はい!」
申弥さんに、俺が気落ちしたのを悟られてしまったのだろうかと思い、返事が上擦ってしまった。
「『トゥエルブ・セレクション』。多分、十二支を再選定する以外の、何らかの意図が含まれている。そんで、解明の鍵を握ってるのはアンタだ」
「何らかの意図……? 俺が、鍵……?」
「サルくん、精霊くんが困惑してるよ」
「……まあ、アンタは今までどおり、十二支の役に立つことだけ考えてればいいっす」
「うん。じゃあ、行こうか。神の分身に会いに」




