第42話 三竦み
「それで……神様の分身の精霊が来てるって、本当なんですか?」
「正確に言えば、来ざるを得なくなるのさ」
「来ざるを得なく……?」
十二将学園、校舎裏側にある雑木林。おそらく、自然学習等で使うために学校で管理されている場所。そこを俺は、巳乃さんたちに続いて歩いている。
「役に立つまじない持ってればいいっすね〜。十二支のまじないって、意外に使いどころないのが多いんで」
「使いどころ……?」
「師匠がいるだろう?」
「あれはもはや呪いですって。さすがに真似できないし反則っすよ。ヘビさんわかってて言ってるでしょう」
申弥さんの口ぶりからするに、まじないを使える誰かと会うのかと疑問に思う。
しかし、俺みたいな精霊は、まじないというより神通力を使うはず。まさか、ネコのようにまた動物が来るのではないか。
「……辰幻さんのまじないって何なんですか?」
思考はそう巡っても、俺が実際に口に出していたのは純粋な疑問だった。
「あ、逆鱗天下? 呪いを反転させてまじないにして、鱗に封じ込めて自分のものにしちゃうのさ。だからまじないなのに呪いみたいだって、サルくんが言うわけだねえ」
「じゃあ、辰幻さんが十二支を部室に集めたのは……?」
「たぶん、移動阻害系を反転したまじないかな。みんなは行動を邪魔されて呼び出される。でも、辰くんにとってはまじないだろう? いやあ、呪いとまじないは紙一重だねえ」
辰幻さんも言っていた。呪いとまじないは同一の能力であると。
あのときよくわからなかったことが、ようやく繋がって見えてくるような。
「陽のくせに呪い耐性が異次元なんすよね。解鱗……発動する一瞬呪いに戻るんで、俺が真似しようとしたらお陀仏っす。何なら周りもちょっとやられるし」
なるほど。だから、子音さんと寅琳さんの具合が悪くなっていたんだ。
申弥さんはまじないの大半を真似できる。他人の呪いを自分のものにできる辰幻さんは、さしずめ陰の申弥さんということなのか。
それって、まさに反則じゃないか? 呪いが効かないってことなんじゃ。
「辰幻さんって……十二支で1番強いんですか?」
「ウゲッ。その話題、全員がいるところで絶対出しちゃダメっすよ! めんどくせえことになる!」
興味本位で聞いた質問に、申弥さんは顔をしかめる。対照的に、巳乃さんは嬉々として俺の問いに返答した。
「ふふ、いい質問だねえ。辰くん自身は陽だから呪い耐性が強いわけじゃない。単純な怨念系や、精神干渉系の呪いには勝てない。僕の鎖蛇蜷局や、トリくんの来鶏告光みたいな、可視化できる呪いしか反転できないのさ」
「な、なるほど……やっぱり、弱点はあるんですね。誰が1番なのかは、曖昧だということなんですかね」
「サルくんはどう思う?」
「俺は何も見てない、言わない、聞かない」
「ちぇっ。精霊くん、この話題は争いの火種だから、これ以上は……わかるよね?」
「わ、わかりました……なんかすみません……」
子音さんが彼らを参謀にした理由が、何となくわかる気がする。2人の会話を聞いていると、俺の世界が加速的に広がっていく感覚がある。2人はおしゃべりで、会話のテンポが速い。
しかし、俺の疑問を拾って巳乃さんはすぐ答えてくれるし、申弥さんは一部を補足してくれる。いいバランスの支合ということだろう。
「サルくん、数秒後に僕の頭上から陽式水五行」
「え?」
雑木林も結構歩いて、周りは薄暗い。いったいどこまで進んでいくのだろうと思っていたところだった。
巳乃さんが立ち止まってそう呟くと、上を向くのでつられて俺も上を見た。
「え!? み、水?」
頭上には水の塊が浮かんでいた。それはゆっくりと移動しているが、明らかにこちらへと向かっているものだった。
「はあ、サル遣いが荒いことで」
申弥さんが照準を合わせるように水の塊に指を向ける。続けて、子音さんの当番の時に聞いた、相生の呪文を彼は唱えた。
「五行相生、水生木」
水の塊から草木が生え、水の塊を覆った。申弥さんは少々疲れた様子で、こちらを振り返った。
「ったく、俺は金五行だってのに……これでいいっすか?」
「ありがとうサルくん。ねえ精霊くん、木五行の相生は?」
「え、木生火……ですかね?」
「ピンポーン。では問題でえす。今ここには、サルくんが相生した陽式木五行があります。では、今からここに、僕の陰式火五行を投入したら、どうなるでしょう?」
巳乃さんの質問に、俺は戸惑う。陰の火五行は木ではなく金を剋する。しかし、陰とはいえ火は火。木に火を入れて燃えないなんてこと、ないんじゃないのか。
結局出した答えは、あまりにも単純なものだった。
「…………よく燃える?」
「えいっ」
俺は唖然とした。水の塊だったものはもう見る影もない。木が擦れて発火した途端に、勢いよく火が燃え広がり、もはや火の塊となってしまった。
「アッチィィイ!」
「正解〜! いや〜やっぱりよく燃えるね〜」
「なんか出てきた」
火の塊から飛び出したのは、おかっぱ頭の少年……であった。
「オイラをゆでガエルにする気か!?」
「ケロケロケロ〜」
「性格悪いっすよヘビさん。もっと煽らないと」
(性格が悪い……)
現れたのはおそらくカエルだ。意外にもカエルは、イタチに並んで、十二支の13番目だったという説がある。
「やあ、君は来ると思ってたよ。それと君も、隠れていないで出て来たらどうだい?」
「ヒィッ……!」
巳乃さんが木陰の方を指すと、そこには両目の隠れた、だいぶ陰気げな人間がいた。俺たちを見て悲鳴をあげる姿が、どこか可哀想だ。
パッと見た感じでは、彼が何の動物であるかはわからない。
「ふうん、カエルが陽だな。おい、まじない見せてみろよ。どうせお前ももらってんだろ?」
「おさるに用はない。オイラはヘビに用があって来たんだ」
「ああ? お前何様のつもりだ? トノサマガエルってか?」
(チンピラ……)
申弥さんは、まじないの獲得に躍起になっているようだ。戌慈さんとケンカするところを間近で見ていたせいで、彼の豹変には慣れた。
「まあ、そうだろうねえ。サルくん落ち着いてよ。君ってケンカ売られるのダメだよね。君とネズミくんの違いはそこだ。もっと余裕を持とうよ、僕みたいに」
「ぐっ……腹立つ……!」
「ま、まあまあ申弥さん……」
さすがに味方内でのケンカは良くない。巳乃さんに飛びかかろうとする申弥さんをどうにか制する。
「それで、カエルくんは何の用かな? 後ろのナメクジくんはどうせ無理やり連れてきたんだろうけど」
「ヘビ、オイラたちと一緒に咲花に来い! それで三竦みを結成するんだ!」
三竦み……? 聞いたことがある。カエルはナメクジに勝ち、ナメクジはヘビに勝ち、ヘビはカエルに勝つ。
いわばじゃんけんのような関係性であり、3匹が揃えば、誰も手を出せない膠着状態になるという。
「え? いやだけど」
巳乃さんは即答した。ヘビはカエルに勝つのだから、この反応も納得である。
ふと気づく。あの木陰に隠れていた人間、まさかナメクジではないのだろうかと。
「僕に何の利点もない。君がしたいことは、僕を元十二支から引き剥がすことかな?」
「ちがう。それに利点はある。オイラたちの通う学校は、人間から気持ち悪がられやすい動物が集められてる。そういう動物が人気を集めやすいように特化してるんだ!」
ピシリと、空気が凍ったような気がした。巳乃さんが笑みを深くして、申弥さんが吹き出した。
「え、なに? ねえサルくん、僕貶されてるよね? 僕別に不人気じゃないし」
「大した自信すね。前にも言いましたけど、人気に関しちゃ俺に軍配があるっす」
「だからイヌくんには敵わないよね?」
「そいつの話をしないでください」
「ま、失礼なカエルくん。三竦みと称したいのならば、まずは僕を倒せないと。君たち2匹がかりでも、僕には敵わないけど」
「いや? 弱体化してる今だからこそ、倒せるかもなあ?」
「くっ、やっぱり戦うしかないのか……」
不思議と、前回猫口さんが現れたときのような不安感はない。
巳申支合が揃っているということもあるけど、精霊はいないし、どこか間抜けそうなカエルに、彼らが負ける未来は見えなかった。
「あ、あの……」
「おやナメクジくん、何か言いたいのかい?」
木陰からおずおずと、姿を現した人間。やはり、ナメクジで正しかったみたいだ。彼は引き止めるようにカエルの手を掴んで、こう言った。
「三神様がいないのに戦ってしまったら……塩をかけられてしまいます……カエルくんも、オタマジャクシにされたくないでしょう?」
「……う、それはやだな」
「お、挑発に乗らなかったっすねー。えらいえらい。どうします、ヘビさん?」
「ふふ、そう簡単に決まりを破ってはくれないか」
そうか、選抜において元十二支と戦う時、精霊の立会が必要だった。立会なくして戦うのは減点。
残念そうにしながらも愉快そうな2人に、最初からこの減点を狙っていたのかと、恐ろしくなる。絶対敵に回したくない。
「ねえ、その三神って精霊、何者なんだい?」
「そりゃ、オイラたちを導いてくれるせいれ……んぐっ!」
草木が歓迎するように揺れた。俺は一目見て、今目の前に現れた人間が、俺と同類の精霊なのだとわかった。
「何勝手に抜け出してやがんだ。俺様に怒られたいのか?」
「ヒィッ! 動物虐待精霊! わっ!」
カエルとナメクジ、2人の首根っこを掴んで大人しくさせている。この人が、精霊三神。
「へえ。これはどちらかと言うと、十干に近いね。セレンくんとは、また別の精霊かも」
「木五行の気配がするっすねえ。まあ、十干の力には及ばずって感じっすけど」
元十二支である2人には、彼の正体に心当たりがあるようだ。しかし三神は2人の呟きに反応せず、俺のことを見ていた。
その目つきは鋭いが、どうしてだろうか、敵意は感じなかった。
「よう、兄貴。記憶を失ったって本当か?」
「あ、あに……あなたはいったい?」
「俺様は三神モクレン。神より3番目に生まれた精霊だ。うちのが邪魔をして悪かったな。ほら、帰るぞお前ら!」
「ちょっ、ちょっと。オイラまだヘビに言いたいことが!」
「圭。井の中の闘争すらままならないお前が、大海で勝てるわけねえだろうが。夏露、お前もこいつの言いなりになりやがって、てめえの意思はねえのかよ!」
「ヒィッ〜! 別に十二支になんかなりたくないです……! ナメクジ年のどこに需要があるのですか……!」
三竦みはもはや別の意味に置き換わった。「三」神がこの場を支配して、カエルとナメクジは全く動けなくなっている。
「木は『怒』の感情を司る。その怒鳴り方、甲くんと乙くんにソックリだ。君、十干を守る五志の精霊だろう? 実体を神様からもらったんだね?」
「あー、目に見えねえ十干の守護精霊? つーか、邪神は十干の力まで奪っちまったんすか? ご乱心にも程があるってんだ」
「さすがは元十二支、というところか。答える義理はない。俺様にとって、貴様らは敵だという事実は揺るがない」
「あーそう? でも悪いけどさあ、僕たちの前に現れたからには、逃すつもりはないよ? 君たちは全員、師匠の実験台さ!」
巳乃さんの身体の一部に鱗が現れ、ヘビの尻尾が生える。しかし足はそのままで、中途半端な変化だった。
「ヘビさん、蛇足っすねえ」
「ねー、人間の足が生えたままなんだよね。要らないのに。それはそうとサルくんは尻尾が生えたくらいでほとんど変わらないねえ」
「はあ? 全然違うが?」
「ふ、2人とも、ちゃんと相手の行動を見た方が……!」
緊張感がない。2人は鷹揚に構えて、相手の出方を伺っている。六神ドレンは瞬間移動を使っていたし、逃げられる可能性だって高いのに。
「圭、まじないを使え」
「い、今!?」
「早くしろ!」
申弥さんの顔が明るくなった。だけど、発動させていいのか。まじないは、相手にとって利点のある術。こちらにとっては、呪いも同然なのだと習ったばかりだ。
「ほ、ほーい……蛙式呪法、蛙鳴乞雨!」
頬に何かが当たって、俺は空を見た。今日は晴れの予報だったが、空模様が怪しくなっていた。
そう思うのも束の間で、雨はいきなり本降りになった。
「お、雨を降らせるまじない……いや、それだけじゃないな。水五行の強化か?」
「……ごめんサルくん、僕、寒くて動けないかも」
「は!?」
「巳乃さん! 大丈夫ですか……冷たっ!」
巳乃さんはしゃがみ込んで丸まっていた。
駆け寄ると震えているのが見て取れて、手に触れるとひんやりとした感覚があった。
「どうやら神様にかけられちゃった呪いだね。僕、体温が調節しにくいままみたい。ほら、あれだよ。変・温・動・物」
「……爬虫類はめんどくせえな!」
「え? なんかいい感じ? な、モクレン様。もしかしてオイラ、ヘビに勝てちゃったりする?」
「妙だな。弱すぎる……カエル、ナメクジ。戦う気があるなら、お前ら2人がかりでやれ」
「チッ……ヘビさん。俺、この場に1匹呼びます!」
「うん。お願い」
「こいつには頼りたくないけど、仕方ねえ! 猿式呪法、猿狙倣影爪・戌!」
戌慈さんのまじないだ。自らが来てほしい人物を、召喚するもの。白光が犬の形を成して、遠吠えする。
その遠吠えが呼んだのであろうか、空がピカッと光り、稲妻が俺たちのすぐそばに落ちた。
落雷場所に現れたのは、不機嫌そうな辰幻さんであった。
「実験の途中だったのだが?」
「し、辰幻さん……!」
「すんません辰さん……俺、実験台でも何でもなるっす……なんで、助けてください」
「貴様だけでも十分だと思うがな。サルよ」
「いやいやいや。ヘビさんに相生やらされたせいでカツカツなんすよ。場は水五行が有利だし、ヘビさん守りながら俺が出来ることなんて、せいぜいイタチのまじないでこの場から離脱するくらいっす」
「く……それではせっかくの機会が勿体ない、ということか。ヘビよ、油断したな。貴様にかかる呪いが判明したのは、僥倖ではあるが」
「師匠……!」
巳乃さんは辰幻さんを拝んでいた。俺の上着を貸し、身を寄せ合っていたおかげだろうか、一応彼の震えだけは止まっているようでよかった。
「あ、辰さんも変温動物だとか言いませんよね?」
「戯言を。吾輩を誰だと心得る」
「そっすよね。じゃ、お願いしまーす」
「さて……吾輩の実験の邪魔をした代償を払わせてやろう」




