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トゥエルブ・セレクション  作者: 上川央離
第2章 選抜始動編
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第39話 落差

 十二将学園グラウンド。寅琳さんと初めて会ったこの場所は、我が校の野球部の練習場である。


「あれ、虎城だ。結局、野球部に入部することにしたのか?」


「鈴木やん。ちゃうねん。俺は色んな部活動で活躍するんや!」


「あっそう……一神くんは見学?」


 グラウンドのベンチに近づけば、寅琳さんのクラスメイトであろうか、鈴木という生徒が話しかけてきた。

 俺は初対面であるにも関わらず、なぜ名前を覚えられているのやら、思わず苦笑いしてしまう。


「うん。俺は兼部できないから体験入部もしないけど、野球が見たくなって」


「そっか、うちの野球部強いもんな。大我(たいが)……うちのピッチャーとかさあ、女子に人気だし……」


 それは、強さとか関係なくないか。鈴木くんはマウンドの方を見て恨めしげに呟く。

 俺もその方向を見てみれば、確かに女子ウケの良さそうなイケメンがいた。現に、彼目当ての女子の集団が俺の横で応援している。 


 寅琳さんも彼を見て、好戦的に笑った。 


真珠(ますみ)……!」


「え、寅琳さん、彼と知り合いなんですか?」


「ああ、アイツやで。ブタを2組で人気にしよった人間は」


「あの人がですか!」


 なんだ。同級生だったのか。鈴木くんが大我と言い、寅琳さんが真珠と言っていることから、フルネームは真珠大我(ますみたいが)か。


「ああ、あれか。ブタの人形。ばあちゃんにもらったのをずっと大事にしてるんだよな。しかもよ、あいつブタの貯金箱持ち歩いてんだぜ、おかしいよな?」


「へえ……」 


 澄ました顔した顔の良いピッチャー。しかし鈴木くんの話を聞く限り、真珠くんとやらは多分……面白い人っぽい。

 なるほど、これもギャップというわけか。


「なあ鈴木、俺が真珠の投げる球打てたら、すごいんよな」


「ん? ああ、初心者が打てたらすごいな。打てるわけないけど」


「へえ……」


「え? 寅琳さん?」


 あれ。寅琳さん、何をする気だ? 聞く間もなく彼はベンチから立ち上がり、マウンド方面へと駆け出した。


「真珠ぃ! 俺と勝負しろや!」 


「ちょっ、寅琳さーん!?」


 練習しているところに乱入していく。よくない。よくないぞあの猛獣。彼は亥寧さんのことを言えないんじゃないのか。


「虎城。野球部に入ることにしたの?」


 すごい。真珠くんは全く動じていない。それにしても寅琳さんは大胆不敵すぎる。

 でも、このグラウンドで、誰よりも注目を集めているという事実だけは確かだった。


「いや? 俺はいろんな部活動で、お前以上に活躍するつもりやねん」


「何それ。野球部で活動するくせに、正式に入部しないってこと?」


「野球部は結構見学しとったし、最初はここかなー思て」


「……本気じゃないやつは、本気の人以上に活躍なんてできないよ。中途半端な気持ちなら、やらない方がいい」


 真珠くんは、冷たい瞳で寅琳さんを見据えていた。


 そうなんだよな。人気を得たいという不純な動機がある者と、真剣にやりたい者の物事の向き合い方は違う。これは、何にでも言えることだ。

 

 俺の記憶の人間は、様々な部活動の助っ人をしていた。でもそれって、心から本気でその部活動だけで勝負していた人にとっては、よく思われていなかったのかもしれない。

 

 ああやっぱり、人間って、難しいな。


「ええなあお前! 陽力が満ち溢れとる!」 


「ようりょく?」


(寅琳さん……!)


「なあ、一神くん。虎城のやつ何言ってるんだ?」


「さ、さあ……俺にも、わかんない……」 


「お前の投げる球、打てんかったら俺は野球部に関わらへん。俺が気に食わんなら、俺を打ち破ればいい。できるんやろ、真珠はん?」


「……わかった。相手するよ、虎城」


「そうこなくっちゃなあ!」


 さて、とんとん拍子に話が進んでいるようだが、真珠くんのことを野球漫画の主人公と仮定しよう。その場合における寅琳さんの立ち位置。


 それは……通称「噛ませ犬」。いや……この言葉、戌慈さんに失礼かな。


 主人公に突っかかってはメタメタにされる。そんな不良ポジションにしか見えないのだ。


 そうこう頭を悩ませているうちに、寅琳さんはバッターボックスに立っていた。雰囲気だけは一丁前だ。


「無茶だな。あんなバッティングフォームで打てるわけない」


「うう……」


 真珠くんを見据え、迎え打とうとするその姿だけは、歴戦の猛者に見える。だが同じくらいの気迫が、真珠くんにはあった。


「じゃあ、いくよ」


 真珠くんは振りかぶり、左手からボールを放つ。空気を切るような凄まじいスピードで、一直線にキャッチャーミット目掛けて飛んでいく。

  寅琳さんは、バットを振らなかった。ストライクだ。


「へえ、速いなあ。まあ、イノシシの突進よりは遅いけど」


「次、いくよ」


 なぜだ? 寅琳さんにバットを振る気が見受けられない。今度はあからさまで、バットすら握っていない。


 ただキャッチャーのミットにボールが収まる瞬間を、黙って見ているだけだった。はっ、まさか。


「寅琳さーん! 3回目までに打たなきゃダメですよ! 次で打てなかったら三振で負けですよ!」


「んなことわかっとるって! なめとんのか!」


「なんか虎城って、一神くんにあたり強くね?」


「は、はは……」


 ルールをわかっている? じゃあ、なぜバットを振らない。あと1回のチャンスに、何が策があるというのだろうか。


 寅琳さんは視線とバットを俺の方に向けた。


「俺は狡賢くもないし、地道に何かを続けるのも向いとらん。せやけど、誰よりも本気やで」


「……よくわからないけど、投げるよ」


「ああ、来いや!」


 この投球を打つことができなかったら、寅琳さんは負けて、野球部には関わらなくなる。

 とはいえ、野球部以外にも部活動はたくさんある。何も、野球部にこだわらずともいい。


 だが、目の前の寅琳さんの鬼気迫る姿を見ていると、負けてほしくないと思った。


 この場の人間は、彼が真珠くんの投球を打てるとは思っていない。ならば、俺だけが信じていよう。


「寅琳さん、打て!」


 カキン! 寅琳さんが振ったバットは、確かにそう高い音を立てた。


「嘘だろ!? 打った!?」


 ボールは、空高く飛んでいく。

 そして、真珠くんのミットにピッタリと収まったのである。真珠くんは表情を崩して、驚いたように手元を見つめていた。


 他方寅琳さん。彼は悔しそうに笑って、持っていたバットを放り投げていた。


「……試合やったらアウトなんやろ? お前の勝ちや。じゃ、俺は野球部に関わらへんってことで」


 ヘルメットを外して大きく伸びをした寅琳さんは、俺たちのいるベンチの方に向かおうとしたのだろう。

 しかし、その行く手を阻んだのは、例のピッチャーであったのだ。


「虎城寅琳、お前は野球部に入らなきゃダメだ」


「は? せやから俺は野球部に入らんて」


「俺は甲子園に行きたいんだ。お前はいい選手になる素質がある」


「甲子園……? ああ、ネズミが自慢しとった人間界の建物か……って近いねんお前! 人間風情が俺を誰やと思っとるんや!」


「野球部に入れ、虎城!」


「こいつ……」


 真珠くんは寅琳さんの手を掴み、強気で彼を野球部に引き入れようとしていた。あまりの剣幕に、寅琳さんですら多少のたじろぎを見せる。


「ちょっ、ちょっと落ち着いてください!」


「君は……」


 この先の展開を危惧して、俺は2人に近づく。十二支と人間は揉めてはいけない。この場の主導権を握って、穏便に解決するんだ。


「俺は7組の一神セレン。寅琳さんの所属する動物愛好部の部長をしています。その、一旦彼を離していただけないでしょうか」


「ああ……すまない。つい熱くなってしまった」


 真珠くんは俺の言葉で、掴んでいた寅琳さんの手を離した。彼が常識人で助かったと息をつく。

 まあそれも一瞬のことで、今度は寅琳さんが口を開いた。


「真珠。俺は動物愛好部に入っとる。俺にはトラを世界で1番の人気者にする目的があんねん。せやから、お前が望むように本気にはなれへん。俺は野球部を利用するつもりでいたしな」


 彼なりに、人間に真摯に向き合っているのだろう。そのことはわかった。

 ただ問題は、彼の頭と尻にトラの片鱗が現れてしまっていたことだった。


「ちょっ、寅琳さん!?」


「耳と、しっぽ……?」


「わー! すみません! 話はまた今度でー!」

 

 これ以上目立つのは得策じゃない! 俺は懸命に寅琳さんをグラウンドから引きずって、人気のない体育館裏へと連れていった。

 

「何してるんですか寅琳さん!」


「あいつを黙らすためにおどかそー思て」


「目の前で動物化したら、ごまかしが難しいんですよ!」


「動物愛好部だけができる手品ですー言うて」


「俺はできませんよ!」


「そこ? まあええやんか。ある程度目立つことはできたし、おもろかったわ。お前は考えすぎなんとちゃう?」


「うっ、そうですかね」


 彼を見ていると、俺が気にし過ぎなのかと思ってしまう。実際真珠さんの投球を打った寅琳さんは格好良かった。

 それこそ、真珠くんが一目置くほどに。


「……寅琳さん。あの、何しているんです?」


「んー、五行操作?」


「はい?」


「ほー、ネズミの言うとおりスッカスカやなー」


 寅琳さんは、近くのシロツメクサの群生に寝そべり、何やらぶつぶつと呟いている。

 五行操作とはいったい何をしているのか。気になって近づいてみれば、彼は草を編んでいるようだった。


「よし、できた! ほれ、セレンはんにおまじないや。あんま細かいこと気にしてもしょうがないで?」

 

「これは……」


「今日はおおきに~」


 寅琳さんが俺に向かって投げてきたのは、精巧に編まれたシロツメクサの花冠であった。 


「……ギャップ」


「ギャ? なんて?」


 恐るべし虎城寅琳。もう彼は俺が手伝わずとも、1人で人気を集めてしまえそうな。そんな気がした。

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