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トゥエルブ・セレクション  作者: 上川央離
第2章 選抜始動編
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第38話 虎の尾

 時は放課後。俺は本日の当番である寅琳さんを迎えに、1年2組へと向かっていた。

 教室の近くの廊下の時点で何やら騒がしい声が聞こえ、俺は教室の中をこっそり覗いた。

  

「トラくんっ! ブタの話やめさせるには、どうしたらいい!」


「知らん。そういうんはセレンに聞きや。まあ今日は俺の番やけどな」

 

「むー! トラくんのいじわるっ!」


(け、ケンカしてる……!?)


 部活動に行っているのか、幸い生徒はほとんど出払っているようで、教室内は彼らの話し声があるだけだ。


 それにしても、亥寧さんが怒っている姿を初めて見た。頬を膨らませて、軽く地団駄を踏んでいる。思ったより可愛らしい怒り方だ。

 一方適当にあしらうだけの寅琳さん。彼の姿からは亥寧さんへの扱いの慣れを感じさせる。


「2人とも。どうしてケンカしてるんです?」


 隠れて見ていては、ケンカが激化してしまうかもしれない。そう思って、勇気を出して声をかけてみた。

 しかしその瞬間に亥寧さんが反応して、一気に距離を詰められしがみつかれてしまった。

 

「セレン~! おれ、ブタに負けたくない!」

 

「うおっ、ぶ、ブタ……?」


「ネズミにとってのネコちゃんみたいなもんやで。因縁の相手ってやつやんな」


「因縁の相手……」


 ブタ、豚といえば……イノシシが家畜化された動物だ。

 日本で十二支の12番目はイノシシとされるが、諸外国ではブタを指すことが多い。

 確かにそのことを思うと、並々ならぬ因縁はあるような気がする。


「モヤモヤする! ネズくんは、ネコちゃんと戦ったんだよね! なら、おれもブタを倒しに行っていい!?」


「えっ!? 亥寧さん、それはさすがに……」 


 笑顔で恐ろしいことを考えている。彼が笑っていると毒気が抜かれてしまって、どんなことも肯定しそうになって危うい。


「落ち着けや。戦いを挑んだとして、得があるんはブタだけやで? 加点されるんは、十二支以外の動物だけなんやから」


 対比的に寅琳さんは冷静に状況を見ている。この前2人して掴み合っていたとは思えない。

 しかしイノシシはやはり止まれないのだろうか、寅琳さんの忠告は無視された。


「わは! そんなの関係ない!」


(亥寧さーん!?)


「はあ……セレンはん、もうコイツは手遅れや。今日は俺の番なんやから、ほっといてはよ部室行こ」


「え、でも……」


 強引に寅琳さんに手を引かれる中、教室にポツンと置いていかれる亥寧さんの姿が、どうにも寂しそうで。


「が、亥寧さん! それがあなたの望みなら、俺、できる限りで協力しますよー!」


 そう、言ってしまったのである。


「はあっ!? おまえ本気か!?」


 当然、寅琳さんに信じられないものを見るような目で見られる。わかってはいる。ただ、十二支の悲しそうな顔は見たくないのだ。


「ほんとー? わはっ、ありがとうセレン! じゃあまた明日ー!」


 実際、笑顔に戻った亥寧さんの顔を見て、俺は安心してしまっていた。


 さて、寅琳さんと一緒に2組を出て、部室に向かっているわけだが。


「あの、寅琳さん……視線が痛い」


「おまえ、結構アホやんな。でも、そうか……イノシシのこと、ちゃんと知らんもんな」


「な、何ですか。その感じ……」


 確かに十二支のことは詳しく知らない。含みのある感じで言われると、不安が募る。


「俺は知っとる。アイツは一度決めたことは曲げへんし、気に食わんものは潰さんと気が済まん。純粋さを装った、戦闘狂やねん」


「せ、戦闘狂……?」


 さっきのこともあり、説得力があるから困る。俺はとんでもないことを彼に約束してしまったのでは……?


「俺は支合のせいで昔から散々な目に合っとんで。何かアイツが問題を起こせば、止めるのは俺やし」


「え、支合にそのような役割があるんですか?」


「前にも言うたけど、支合は2人でひとつ。ネコちゃんとネズミが戦ったとき、ウシが来たやろ? 支合の危機は自分の危機、そう思うように神にいじられてしもたんや。どや、記憶にあるか?」


「記憶の方は、すみません……でも、教えてくれてありがとうございます」


 そうか。支合という単語のことは、もう知った気でいた。

 だけど彼ら十二支の間でどのように使われていたのかは、詳しいことを聞かないとわからない。

 

「ま、聞きたいことがあればその都度聞きや。積極的にいかんと、思い出すもんも思い出せへんで」


 その言葉に、昼間考えていたことが頭に浮かぶ。

 気になっていることを知ることは、記憶を思い出すきっかけになるかもしれない。

 それに、積極性。十二支のことを頼りにしすぎていて、今の俺に欠けているものだ。


「はい。あの、さっそく気になることはあるんですけど」


「ん、なんや?」


「寅琳さん、この前バスの中でまじないと呪い、五行は使える兆しがないって言ってましたよね。あれって結局のところ、どういうことだったんですか?」


 素直に疑問に思ったことをぶつける。しかし、寅琳さんは首をかしげていた。


「そんなこと言うたっけ?」


「い、言いましたよ!」


「んー? まあ、あんとき使えんかったのは確かやな。陽力はすっからかん。人間になったばっかで、勝手がわからんかったしな」 


「今は、使えるんですか?」


「こんな風に、耳と尻尾を出しとけばちょっとはな」


 寅琳さんから、猛獣にしては可愛らしい耳と、特徴的な縞模様のしっぽが生える。


 ああ、やっぱり、中途半端な動物化が十二支の力を取り戻す……いやいや待て待て、ここは廊下だ。


「寅琳さんっ! ここじゃ誰か来るかわかりませんって!」


「目立てばええやん」


「なぜっ!?」   


 見てくれと言わんばかりに手を広げる寅琳さんに、俺は焦る。周りを気にしていると、向こう側からやってきた女子生徒2人と目が合ってしまって、血の気が引いた。


 しかし寅琳さんは、堂々と見せつけていた。


「虎城じゃん。何で耳生えてんの、ウケるー」


「トラのコスプレー?」


萌井(もい)的楽(まとら)やん。こすぷれはよーわからんけど。カッコいいやろ?」


(生徒の名前をちゃんと覚えている……!)


「ねえ、触ってもいい?」


「しっぽまで生えてる! クオリティたかー」


 俺はこの状況を、震えながら見守っていた。この空間に入れる気がしなかった。


 さすが陽。陽キャさえ惹きつけるということなのか。

 ギャル風の女子生徒2人に挟まれても動ずることなく、むしろ親しげな様子だ。


「ええか、今2組ではやけにブタが人気やけど、時代はトラやねん。世界で1番強い動物やし、強運やし……」


「わーすご、ホントに生きてるみたいなしっぽー」


「ねー、耳もピコピコ動いててかわいー」


「…………」


(寅琳さんが黙ってしまった!?)


 助け舟を出すべきか。寅琳さん、目が据わってきてとても怖い。

 恐れを知らないのはどうやら彼女たちも同じようで、ペタペタと彼の耳や尻尾を触っている。


「なあ、あんたら。トラを可愛いと思ったんか?」


 寅琳さんは沈黙の後、不服そうに2人に問いかけた。彼女たちは目を合わせて、うなづき合う。


「虎城はかわいい」


「ねー、虎城って顔整ってるよねー。みんなからはいじられてるけど」 

 

「いじられてるのは余計や!」


 2組の生徒と寅琳さんは、知らぬ間に随分と仲良くなっていたようだ。

 見た目から不良だと敬遠されそうだが、まさかいじられるまでになっていたとは。

 

 その後女子生徒2人は、部活動に行かなきゃと俺たちの元を去っていった。

 俺は結局、2人から話しかけられなかった。話しかけなければいけない状況にならなかったことに、寅琳さんのコミュニケーション能力の高さを感じる。


「寅琳さん、無茶しますね……」


「危険を伴ってこそ、得られるものはあるやろ? 俺がこの姿を見せんかったら、アイツらはトラを意識することもなかったんやから。それにバレんかったしな」


「なるほど……参考になります」


 虎穴に入らずんば虎子を得ず、というわけだ。


 子音さんには、半端な姿にはあまりならない方がいいと言ってしまった。しかし、見せ方次第では人気を得る武器になりうるかもしれない。

   

「でもなあ、セレンはん……なんや俺、人間からかわいいってばっか言われる気がするんやけど! かわいい路線で攻めるべきなんか!?」


「う、うーん…… まあ、さっきの女子生徒とかには、かわいさを見せた方が効果的かもですね」


「何でや!? トラはかっこいいもんやろ?」


「だからです。人間というものは、印象と実際の落差に心惹かれるんです。トラは猛獣で恐ろしいイメージがありますが、動物園で見る限りは、日向ぼっこしていたりとネコみたいなところがあります。そこがかわいいところです」


「んなっ、俺をネコちゃんと一緒にすんなや!」


「まあ、寅琳さんの言う人気者作戦においては、動物のトラの印象は関係しないですよ。安心してください」


「……せやった。俺を人気者にしてくれるんやったな。口だけやったらすまへんからなあ」 


 俺も、口だけにするつもりはない。寅琳さんの期待に応えられるよう、全力を尽くすだけだ。


「もちろんです。とはいえ、寅琳さんの能力にかかっているのは前提です。具体的な内容は部室で説明しますね」


 動物愛好部の部室。ホワイトボードに俺は、自分の考えた寅琳さんを人気者にするための策を書いていく。


「これからあなたにしてもらうことは、運動部の助っ人です」


「助っ人? 部活動には入らんくてええんか?」


「寅琳さんは、いろんな部活動に興味があって、決められないと言ってましたよね。なら、全部やってしまえばいいんです」


「へえ、そないなことできるんか?」


「はい。俺の記憶の人間は、特定の部活動に入らず、いろんな部活動の助っ人として活躍してました。確実に成績を残すので、周りからの信頼が厚かったみたいなんですよ」

 

「ふーん、俺もそいつみたいに、活躍しろってことやんな」


「はい。寅琳さんの運動能力については、信頼しています。ですが問題は、競技にはルールがあることです。いろんな部活動に助っ人として参加する以上、ルールを覚えなければまともに活躍できません」


「万能の双璧をなめんなや。できんことなんてないで」


「万能の双璧……」


 あ、双璧シリーズだ。万能、というと言葉の意味どおり何でもできる、ということだろうか。


 寅の向かい干支は申。なるほど、申弥さんのまじないには、万能さは滲み出ている。


 寅琳さんは、どうなんだろう。彼のまじないは知らない。

 だけどトラって、ライオンのように群れではなく単独行動するし、ネコ科にしては水が得意という一面もある。


 動物としての生態も、影響しているのだろうか。興味深いと思うことばかりだ。


「セレンはーん、気になることがあるなら教えたるから、1人の世界に行かんといてー」


「はっ、すみません。今は寅琳さんの部活動の件が優先なので、続けますね」


 まずは、寅琳さんのことだ。彼が人間の運動競技とか、どれくらい理解しているのかわからないけど、できることを探そう。


「では、寅琳さん。見学した部活動の中で、1番最初にやりたいとすれば、何ですか?」


「んー、アレや。ウシとセレンはんが俺に会ったときの……」


「野球ですか……結構ルールは難しいんですよね……」


「難しいんか? 球打って走るだけやん。あ、投げたり捕ったりもか」


 人間は、小さい頃から様々なスポーツに触れる。体育の授業の中で、友達と遊んでいく中で、そのルールを理解していくのだ。

 しかし寅琳さんには、その経験がない。


「ほな、行こか」


「えっ、どちらに」


「なんにせよ、俺は人間の球遊びの決まり事なんか知らん。グダグダ悩むより、実際にやった方がええやろ。俺ならできる気もするし」


 俺ならできる気がする。言ってみたいものだ。しかしその姿勢は見習うべきだ。あれこれ悩むより、挑戦した方が得るものは多い。


 実際、寅琳さんは体現している。自ら食堂のおばちゃんに話しかけていたし、クラスメイトの名前をしっかり覚えて馴染んでいる。


 ポークソテーはきれいに食べられない。 

 でも彼はもうすでに、人間らしくこの学園の生徒として過ごし始めているんだ。


 なら、その彼の勢いを、俺は信じる他あるまい。


「わかりました……では、グラウンドに行きましょう!」  

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