文月を救い出せ、紅たちの恩返し⑦
十器聖、冬待来無VS生徒会会計、しいな菜の花
冬待来無、彼女もまた、多くの者が彼女の力量を知らせずにいる未知の存在。
力量は未だ不明、どれほどの才能を有しているのかも不明。
「しいな、君、一応生徒会メンバーなんだろ」
「ああ。うちは生徒会会計、しいな菜の花」
「そうか。なら鍵渡すから、とっとと最上階目指して進みなよ」
「は!?」
冬待は鍵を取り出し、それをしいなへと投げた。それを受け取り、しいな、は困惑する。
「冬待はん、これはどういうことですか?」
「私は決闘になんて興味ないんだよ。噂では底知れぬ才能を持っているとか、怒らせたらヤバイとか色々言われてるけど、私はそこまで才能があるわけじゃないんだよね。だからきっと生徒会に選ばれた君と戦えば、私は負ける」
「だが……」
「しいな、全知を倒してくれないか」
冬待は優しい声で言った。
「あいつはさ、確かに私たち十器聖でもつけ入る隙がないくらいに完璧で天才だ。だけどあいつは常に退屈している。そしていつからかその退屈を守ろうとやけになっている。きっと全知は救われたいんだ。その退屈から。だからさ、しいな、全知を救ってくれ」
「冬待、本気なのか」
「私は常に本気だよ」
しいなは冬待から渡された鍵をしばらく見つめる。
それが本物であったのなら、一体なぜ冬待は鍵を簡単に渡したのだろうか。それが分からないから。
「しいな、早く行ってくれ。既に十一時二十分、日付が回る前に頼んだよ」
「わ、分かった」
動揺しつつも、しいなは鍵を持って部屋を後にする。
一人になった部屋で、冬待は呟く。
「冬無、君はもう戻っては来ないのか」
冬を待つ彼女のもとに、冬は訪れない。
どれだけ冬を待ちわびても、もう冬は戻っては来ない。
過ぎ去った冬は、二度と戻らぬまま。
十器聖、木栖美入中琥VS紅橙霞
「紅、もう既に二十分を回ったぞ。早く私を掴まえないと、君の親友の文月は助からない」
それを聞き、紅は言う。
「文月はまだ親友じゃねー。友達だ」
「そんな悲しい発言、文月が聞いたら泣いちゃうぜ」
「お前は文月のことを何も分かっていない。だからそんな口をお前は利ける」
「他人のことを分かる奴なんて一人もいない。たとえ他人の心を読める超能力者であれ、感情までは理解できない。感情と心は常に同じとは限らないから。なのにお前は文月を理解しているとでもいうのか。他人を理解しているとでもいうのか」
「完全に理解できているわけじゃない。だけど私は文月を見てきた。いろんな文月を見てきた。だから私は知っている。
文月からはいろんなものを感じる。多くの性格や感情が眠っているような。でも結局、文月自身の中身はひとつなんだ。逆行の時にこそ笑って、何でも乗り越えようとしてしまうカッコいいヒーローだって」
「ヒーロー?」
「私は文月を救いたい。そしてもっと知りたい。だから絶対、お前を掴まえてやるんだよ」
紅はプールの中を泳ぎ、逃げ回る木栖美入を追いかける。
長年競泳から身を置いていた紅に対し、木栖美入は泳ぎ慣れている。それでも、紅は諦めたりなんてしなかった。
どれだけ速く泳がれても、紅は必死に木栖美入を追いかける。
「どうして……」
「文月を救うんだ。絶対に文月を救うんだ」
紅に、木栖美入は動揺していた。
「ただの友達のためだけに、そんなに頑張るなんて……」
「頑張るんだよ。友達のために、文月のために」
少しずつではあるが、木栖美入は追いつかれ始めていた。
「木栖美入、君たち十器聖は私を怒らせた。だからもう、私たちを止めることなんてできやしない」
その足は速く、眼光は真っ直ぐに木栖美入を捉えている。
世界記録並みの速さで泳ぐ木栖美入を、紅は懸命に追いかける。その差は徐々に縮まっていき、もう目と鼻の先だった。
「お前が私を掴まえられるわけ……」
「これが絆の力だ」
紅の手は木栖美入の足に触れた。
木栖美入は泳ぐ手を止め、水面に横たわる。
「負けたネ♡」
木栖美入はあっさりと負けを認めた。
「こりゃ、勝てないネ……」
「木栖美入、鍵を持っているか?」
「私は持っていない……かもネ♡」
「そうか」
「でも、きっと君の仲間なら鍵を手に入れられるよ。十器聖の私を倒してしまうんだ。だからきっと、君たちなら勝てるよ。あの"全知"にも」
「全知か。結局奴を倒さない限り、文月を救えないんだろ」
「ああ。でも彼は傲慢だからね、もしかしたらそこが君たちが勝つ王手になるかもしれない」
「ん?」
「まあとにかく、私に勝ったんだ。全知を倒して文月を救ってこい」
「ああ」
紅は部屋を後にし、最上階へ向かった。
そこには全知がいた。全知は屋上へ続く階段の前に座り込み、私を見ていた。
既にそこには私だけでなく、十器聖に勝利したのか、卓城晃太郎と蒼姉弟と黒影響、しいな菜の花がいた。
「時刻は十一時三十分、よく来たね。君たち」
全知は笑みを浮かべて言った。
「ではこれより、最後の決闘を始めようか。最後の決闘は君たち六人VS僕だ。是非とも僕の退屈を壊さないでくれよ。一般人諸君」




