白熱の生徒会選挙①
六月七日。
その日、ある戦いの狼煙があげられた。
私はいつものように学園へ入り、寮へと向かう。この学園には百以上の住居が建てられており、アパートやマンション、一軒家など様々だ。
この学園へ入るなり、成績に応じて部屋が与えられるわけであり、私はどういうわけか一軒家へ住む権利を与えられている。
この一軒家は広く、それに防音機能も備わっており、エアコンもあって快適だ。このような空間をこの学園へ入ると無料で使える、少しおかしな話だが、必要以上に詮索する意味もない。
私は快適な部屋のソファーの座り、小説を片手にラムネ瓶を手にする。
全く、本当に素晴らしい世界だ。
勉強する者は報われ、勉強ができない者は報われない。まあ人それぞれに"報われた"の概念はあるのだろうが、私にとって今が一番報われていると思っている。
本当に素晴らしい、素晴らしき世界だ。
ーー世の中にはどれだけ頑張っても報われない者がいるんだよ。例えばーー
駄目だ。これ以上は考えるな。
過去のことを思い出し、呆然としていた。小説を読む気も失せ、私はカーテンを開けて街を眺める。
相変わらず広い街だ。これがただの学園の敷地とは思えないほど。
この街に来て初めて見るが、選挙カーらしきものが走っている。その選挙カーの上には一人の女性がマイクを持ち、何やら訴えかけている。一体あれは……
私は好奇心をくすぐられるがままに窓を開け、外へ出た。防音だったため聞こえなかった音が、今私の耳に届く。
「私は、生徒会長に立候補した暁莉道です。どうか私へ一票を」
まさかとは思うが……生徒会長へ立候補するためだけに、あの選挙カーでこの街に演説をしに来ているのか。
大がかりすぎるだろ。
「私が生徒会長となった暁には、この学園をより豊かにするために、弱者救済制度をーー」
「ーー文月、」
その声に驚き、私は変な声をあげて振り向いた。
そこには宿木先生がおり、変な声を出した私を無表情に見つめている。さすがに恥ずかしくなったものの、聞こえてなかったのだろうと自分自身へ訴えかけ、自分を偽り、平然とした姿勢で返答をする。
「どうしましたか?宿木先生」
「君はこの学園に来てからまだ数ヵ月。だからこの学園のシステムもまだ完全には理解していないだろう」
「ええ。そうですね」
「今回ばかりは口頭で教えなくてはいけないと思ってな、」
「生徒会選挙のことですか」
「察しが良いな。生徒会選挙について、話しておかねばならぬことがある。生徒会選挙では、それぞれの役職への候補者の中から必ず一人ずつに投票をしなければいけない」
「義務ですか」
「ああ。民主主義というやつだ。君たち優秀な者の票が生徒会を決める。この学園の方針を決めると言うわけだ」
「気になってこの学園の生徒会選挙について調べてみましたが、大がかりすぎます。まるで国家ですね。なぜこの学園はここまで大がかりなことを?」
「あまり詮索はしないでもらいたいね。君たち頭の良い者たちは時として我々にとって敵となる。だからくれぐれも敵にはならないでくれよ」
「見当しておきます。話を戻しましょうか。生徒会選挙、その事について、もう少し私へ話しておきたいことがあるのではないですか。その程度の内容ならば口頭でなくても理解できますし」
「察しが良すぎるな。では話そうか。この生徒会選挙で、勝たせてほしい人物がいる」
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生徒会選挙が始まってから数日、生徒会長へ立候補していた六名の内、二名が辞退していた。
その原因はいったい誰なのか、それに関して学園内では不穏な噂が飛び交っていた。
幾つもの噂が飛び交う中で、全知は最も有力とされていた説を唱えていた。
「恐らくだけど、生徒会長立候補者の中にいると思うよ。この二人を生徒会長戦から引きずり下ろした何者かが」
全知は生徒会長へ立候補した人物について記されている紙を見て考えていた。
「全く、誰かを蹴落とそうだなんて、随分と物騒な話だ。正々堂々と戦えないのか」
全知は呆れるようにため息をこぼし、窓越しに外を眺めた。
外には生徒会メンバーに立候補している者たちが試行錯誤して支持率を伸ばそうとしていた。
そんな彼らを全知は見下す。
「基本、十器聖は生徒会メンバーに入ることはできない。だが今回のような場合は別だ」
「では、私を呼んだ理由というのは」
「ああ、是非とも君に生徒会長となっていただきたい。やはり生徒会長には、生徒会長に相応しい者がなるべきだしね。良いかな?戸賀狂嫁」
「ええ。任せてください。私が生徒会長になり、そのような輩を倒してみせましょう」
「任せたよ」
全知は戸賀へ期待の眼差しは向けはしなかった。
ただ彼女へ命令を下すだけで、成果を期待しているようには見えなかった。それを戸賀は感じていた。
全知から漂うのは、他人を信用していない、そのような冷めきった視線。
任せたよ、そこに期待の意はない。
戸賀はただそっけなく返事を返し、部屋を後にするのみ。
そこへ入れ違いに、その部屋に隠れていた宿木が姿を現す。
「他人は利用するのみ。全知、相変わらず君のやり方は」
「良いではないですか。駒というのは、使わなければ意味がない。たとえ、どんな結果になってでも」
全知を見て、宿木は思う。
この少年は、若すぎる。
何を代償にし、今の彼に至ったのだろうか。若すぎるが故、それほどの冷めきった心を持っていることに、宿木は恐怖を覚えていた。
「この学園全てが僕にとっての駒なのです。そして当然、あなたもですよ。宿木先生」
「君は、恐いな」
「良いですね。恐いという感情を持てているのは。僕はもうとっくに忘れてしまいましたから。恐さも、優しさも……」
「君は……」
「今は生徒会選挙についてです。引き続き調査を頼めますか。宿木先生」
「さっきのを聞かされた後でか。まあ良い。今回ばかりは私も他人事ではないからな」
「下手をすれば、この学園は乗っ取られる。この学園に馬鹿はいない。それ故、本当に困ったものです。生徒たちには」
全知はそう嘆くと、再びため息を見せる。
「全く、面白くないな」