5
――暖を拾ってから、十四日目。
最後の二日間、ユウの胸は痛む一方だった。
「暖さん、見てください。見た目はそっくりにできました!」
「おー! ポテトフライ!」
ユウが最後の食事に選んだのは、ポテトフライに、唐揚げ、手作りピザに、サラダだった。
「え、てかピザあんじゃん! すげー!」
「これは発酵なしの簡単ピザです。和田さんに教えてもらいました」
「和田さん、神!」
「では、今日は私が――」
「いや、一緒に言おうぜ。はい、」
「「手を合わせてください。いただきます」」
もちろんユウはポテトに手を伸ばす。
ケチャップとマヨネーズも用意している。あの日と同じメニュー。
一口食べたユウは、苦笑いを浮かべた。
「やっぱり、お店のには敵わないですね」
「そうか? めっちゃ美味いけど」
暖は二本まとめてマヨネーズをつけて食べている。
あの日は気付かなかったが、暖はマヨネーズだけが好みらしい。
「お友達と仲直りはされましたか?」
「はは、ちゃんとしてるよ」
「良かったですね」
暖はピザを一枚取ると、感心したように呟いた。
「すげ〜、しっかりピザだ……」
そして一口かじると、「美味い」と笑った。
「……痛」
「ん?」
「……いえ、上手にできて良かったです」
ユウも一枚ピザを取った。
けれど、チーズが伸びに伸びて全く切れない。
腕をいっぱいに伸ばしたところで、暖に笑われた。
ユウもつられて笑った。
そしてユウが唐揚げに手を伸ばした時。
「晩御飯食べたらさ、いつも通り銭湯行こうぜ。で、ユウを送ったら行くな」
ユウは、止まりかけた手を動かして、唐揚げを一つ取り、口に入れた。
そしてこくりと頷いた。
口の中の唐揚げは、なかなかなくならなかった。
そしていつもよりほんの少し遅めに終わった夕食の片付けを二人でして、ユウは銭湯セットを肩にかけた。
昨日まで暖はユウのエコバッグを持っていたが、今日はもうあの大きなバックパックを背負っていた。
「久しぶりに背負うと、重いわこれ!」
「子ども一人なら入れそうですね」
「…………怖いこと言わないでくれる?」
銭湯への道は相変わらず軽口が続いた。
けれど、銭湯からの道は夜の気配も手伝って、とても静かだった。
アパートが見えてきた。
ユウはぼんやりと、その建物を見つめた。
「ユウ」
ユウはわずかに肩を揺らした。
左側を歩く暖を、返事の代わりに見上げる。
暖の柔らかそうな髪の奥に星空が見えて、ふと、始まりの時も見たなと思い出した。
「この空が、こんなに綺麗だったなんて、二週間前まで知りませんでした」
「うん」
足は止めない。
「あの日、連れ出してもらった時の空です」
「確かに星が凄かったな」
「暖さんが気付かせてくれました」
アパートの階段をゆっくりと上る。
一人の時は、防犯のこともあって早足で駆け抜けていた階段だ。
暖は以前、送った人が部屋の中に入るまでが、送ることだと言っていた。
鍵を取り出そうとしたユウより先に、暖が自分の持っていた鍵を使って扉を開けた。
そして、ドアの内側にあるマグネットフックに掛けた。それはいつもと同じやり取りで、ユウは毎回暖の早さに遅れをとっていた。
「今日も俺の勝ちだな」
ニヤリと笑う顔も、言い方も憎たらしさまで同じだ。
いつもはここで、『次はわかりませんので』とユウが言って二人で中に入る。
けれど、今日はお風呂に浸かりながら考えた台詞に変わる。
「暖さん。二週間ありがとうございました。とても幸せでした」
「…………うん」
ユウは笑顔でそう口にした。
そして暖もまた笑顔だった。
「もう、捨てられないでくださいね?」
「はは……そうなったらまた拾ってくれんの?」
「いいえ、もう拾いません。出て行かれる時が辛いので」
ほんの少しだけ二人は見つめ合うと、ほとんど同時に口を開いた。
「それでは――」
「じゃあ――」
笑い合う二人は、続きをお互い言うことなく、にこりと笑っただけだった。
そうしてユウは、中へ入った。
扉に背を預けると、階段を下る音がした。
しばらく目を閉じたままだったユウは、軽く息を吐くと部屋に入った。
そして、暖がいた時は気にならなかった衣装ケースが、部屋の隅でかなりの存在感を発揮していた。
「た、大変です……! 暖さん!」
ユウは窓を開けて通りを覗いた。
しかし暖の姿は、どこにもなかった。
「足……早すぎますよ……」
思わず笑ってしまった。
きっといつもはユウの歩調に合わせてくれていたのだ。
暖の匂いと気配が強すぎる部屋で、ユウは一人笑いながら泣いた。
――暖を拾ってから、三週間後。
ユウの部屋に忘れられた衣装ケースは、綺麗なカバーを掛けられてさながら棚のようになっていた。
その上には、ペットボトルで作った一輪挿しが飾られていた。
その隣には、新しく買ったクマのぬいぐるみが座っている。頭には、あのウサギの耳のカチューシャ。
クマなのかウサギなのか、よく分からなくなってしまったが、ユウは結構気に入っていた。
初めて一輪挿しを置いたときに、何かちょっと違うかもしれないとは思ったが、そのままにした。
そして、仕事を終えて家に帰り食事をする。
銭湯に行く時は走って行って、走って帰るようにした。
息を切らして、鍵を開け中に入ると一輪挿しが見える。
ほっと息を吐いて、部屋の明かりをつけた。
「今日は、和田さんからまた違う漫画を借りました」
ユウは、独り言を言うようになった。
返事はない。
それでも、声に出すだけで少し気持ちが明るくなることに気づいたから。
暖と出会って、ユウの生き方は変わった。
ユウが体育座りをして本を読もうとした瞬間――
インターホンが鳴った。
「……え、こんな時間にピンポン……ですか?」
さすがに怖いと思って、居留守を使おうと思ったが、電気でバレているだろう。
ユウは、音を立てずにドアへ近づいた。
そしてドアスコープから覗いて――
勢いよくドアを開けた。
「おわ!? びっくりした……!」
「暖さん!」
ドアを開いたままの姿勢で固まるユウの視線の先には暖。
そして、首から何かぶら下げている。
暖は、ゆっくりとそれを裏返した。
『ユウさん。
拾ってくれませんか?
彼氏として、無期限で』
ユウは、暖に抱きついた。
そして笑って言った。
「もう、一生捨てません!」
〜完〜




