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とりあえず、一日だけ拾いましょうか?  作者: 灯影


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 ――暖を拾ってから、十一日目。


 休み二日目。


 ユウは大型テーマパークのゲート前にある料金表を見て、震えていた。


「……まさか、こんなにも高いのだとは知りませんでした……昨日の朝に分かっていれば、お断りしていたのに……」

「ユウさん。ここまで来てそれはいけないなぁ?」

「だから頑なに、どこのテーマパークか秘密にしていたのですね……」

「ほら、拾ってくれた日に言ってたじゃん。もうすぐ二十歳になるって。誕生日がいつかは知らないけど、今日は俺からの誕生日プレゼントってことで!」


 暖はにっと笑った。


「だから今日は一日、奢られて、はしゃぎなさい。はい、これつけて」


 そう言って暖がユウの頭につけたのは、ウサギの耳がついたカチューシャだった。

 ユウがあまりの金額に現実逃避していた時に、こっそり購入していたのだ。


「え……え?」


 ユウは、頭につけられたウサギの耳にそっと触れた。


「ユウ、こういう時は素直にありがとうって言えばいいんだよ。チケットはもう買ってあるし」

「……ええっ!?」

「ネットで買っといたから」


 暖は少し屈んで、言葉をなくしたユウに笑いかけた。


「強引だとは思ったけどね? なんか楽しいこと、俺がユウとしたくてさ。だから貰ってくんない? 『一日ウサギの国のプリンセスになれる』っていう、俺特製のバースデーチケット」

「…………プリンセスでないと、ダメなのですか?」

「じゃあ、ウサギの国のユウさん」

「……プレゼント、ありがとうございます。戸惑いが大きいだけで、嬉しくないわけではありません。そこだけは誤解しないでください」


 ユウは真剣な顔で暖に詰め寄った。

 すると暖は、嬉しさと楽しさが混ざったような――そんな表情で笑った。



 ユウは一度楽しむと決めたら、それを崩さない。

 ユウが必ず行きたいと言ったアトラクションは、まさかの本格派お化け屋敷だった。

 日本家屋を模した大きな建物を丸ごと使ったウォークスルー型で、おどろおどろしい雰囲気を纏っている。

 気のせいか、ここだけ空気が冷たく感じられる。それが余計にユウをワクワクさせた。


「暖さん……興奮が止まりません」

「ぶふっ!」


 二十分ほど並んだだけで、すんなりと二人の番がやってきた。

 そして意気揚々と中に入っていったユウは、十数分後には悲鳴を上げていた。

 しかし悲鳴は一つではない。


「ユウさん! お化け屋敷好きなんじゃないのかよ!」

「す、す、す、好きと、得意は同列ではな……きゃー! う、後ろー!」

「うわー!! 生首!」

「口にしないで!」


 それからしばらくして。

 屋敷から出てきた二人は息も絶え絶えだった。


「……暖さん……休憩、しませんか……?」

「まだアトラクション一つ目だけど、賛成」


 近くのベンチに腰を下ろした二人は、静かに息を吐いた。

 そして、ゆっくりと顔を見合わせて――笑った。


「もうさー! めっちゃ怖かったっつーの!」

「私もです! とても怖くて楽しかったです!」

「そこは同列になんの?」

「はい! 怖いからこそ楽しいです」


 またひとしきり笑うと、少し静かな時間が流れた。

 ユウはしばらくぼーっと前を歩く人波を見ていた。

 そしてふと自分の左側に座る暖に視線を移す。

 少し開いた膝に肘を預け、前屈みになっている。風が吹くたびに、柔らかな髪がわずかに揺れた。


「暖さんは、飾らないところが女性から好まれるのでしょうね」

「えー? 俺、あの人たちの前ではこんなんじゃなかったよ」

「あの人たち、というのはお友達の、彼女さんたちのことですか?」

「そーそー、俺の顔が良いんだってさー」


 前を向いたまま、うっすらと笑う暖に、ユウは首を傾げた。


「どこか……自嘲めいて聞こえますが」

「うーん、そうなのかもねー……おかげであいつらには怒られるし」

「暖さんのお顔が好きというのなら、好きにさせておいたらいいのではないでしょうか」

「……んん!?」


 暖は驚いたようにユウを見た。

 そしてユウはその視線をまっすぐに受け止めた。


「他人が、〝何かを好き〟だと思う気持ちは変えることができません。それはその人の嗜好ですので。ですが、それが不快だと伝えることは自由です」


 暖はユウを見つめたまま、黙っていた。


「もしや、暖さんは……自分を不快にさせた女性たちのことで、お友達に怒られて、拗ねているのでしょうか」

「……なんか、俺子どもみたいじゃない?」

「大事な人の前では、みんな子どもでいいじゃないですか」


 暖の瞳が揺れた気がした。


「……ユウの前でも?」

「そうなら、嬉しいです」


 ここでふと、暖の真似をしてみようかと、ユウは考えた。

 そして――ニヤッと挑戦的に笑ってみせた。


「ぶーっ! ははははは! ユウ、似合わねー!」


 その結果、暖はお腹を抱えて笑った。


「……暖さんの真似をしたのですが」

「そーだと思った! あははは!」

「……」


 暖はいつものように明るく笑うと、立ち上がった。


「よし! そろそろ次行こうぜ!」

「次は暖さんが乗りたいものでいいですよ」


 ユウもゆっくりと立ち上がる。


「じゃあ絶叫系いく?」

「一回転しないやつがいいです」

「仰せのままに、ウサギの国のユウさん」


 二人は並んで次へと向かった。


 ***


 家に着いたのは二十時を回った頃だった。昼食も夕食もテーマパークで済ませてきたので、あとは銭湯に行くだけだ。


「すぐにお風呂に行きましょうか」

「だなー。ここで一回ゆっくりすると、尻が重くなりそう」

「腰、じゃないんですか……?」

「俺の爺さんが尻って言ってたような……?」


 そんな軽口を交わしながら銭湯へ向かった二人は、帰宅するなりリビングのカーペットの上に倒れ込むように寝転んだ。


「あーーーー! つっかれたーー!」

「……ですね。このまましばらく動きたくないです」

「洗濯物は明日コインランドリー行くか」

「はい……一日くらいありです」


 うつ伏せになっていた暖が、ユウの方へと寝返りを打った。


「明日は家でゆっくりもいいな」


 ユウはうつ伏せで顔だけ暖の方へ向けた。


「いいんですか? 明日になればまた復活しますよ」

「んー、じゃあ明日の気分で決めようぜ」

「そうしましょう」


 そうして、しばらく動かずぐったりしていた二人は、気づけばそのまま眠っていた。



 ――暖を拾ってから、十二日目。


「ぅわああ……!」


 暖の叫び声で、ユウは朝を迎えた。


 ゆっくりと目を開けると、上半身を起こした暖が、ぼんやりとした視界に映った。

 どうやら、かなり驚いているらしい。


「あー……、おはようございます……朝からすごい声出ますね」

「いや、おはよう!? いつのまにか寝てたわ! ごめん!」


 まだ体を起こす気分ではないユウは、寝転んだまま返事をした。


「それなら私もごめんなさい、ですね」

「……今、『ヘラ』って効果音が聞こえそうな笑い方だったぞ」

「へらへらへら」

「それは違う」



 それからしばらくして、ようやく体を起こしたユウ。

 朝ごはんの支度をしていると、普段は静かな暖のスマホが、珍しく着信音を響かせた。


 ユウはそこでようやく、暖が自分の前では極力、スマホを触っていないことに気付いた。


「ちょっとごめんな」


 そう言って暖は電話を受けつつ、家の外に出た。

 ユウは直感で、お友達からだと感じた。


 ――そういえば、そろそろ二週間ですね……私としたことが、忘れていました……


 そして、朝ごはんが出来上がる頃には、暖はすでに戻ってきて、いつものように箸を並べていた。


「ぉわ! どした、魚めっちゃ焦げてんじゃん! これはこれで香ばしそうでアリだけど」

「……もうすぐ二週間だということを、忘れていた自分に驚いていたら、こうなりました。すみません」

「いや大丈夫、美味そう。にしても、もう二週間かぁ、早いなー」


 暖はお茶碗にご飯をよそうと、ユウの前に置いた。


「あと二日、ですね」

「最後の日はパーティでもする?」

「ふふふ、考えておきます」


 朝食を終えた二人は、激安スーパーに買い物へ行った。そこでユウ一人なら滅多に買わないお菓子やアイス、ジュースをたくさん買い込んで、家に戻った。

 今日は映画三昧にしようという話になったのだ。

 テーブルの上に乗り切らないお菓子は、床に置いた。タブレットも用意して、準備は万端だ。


「暖さん、タブレットまで持ってたのですね……すごいです」

「あー、仕事柄ねー。あった方が便利なんだよ」

「なるほど」


 暖はポテトチップスの袋を縦に裂いて、大きく広げた。お皿のような出来栄えに、ユウは小さく拍手をした。


「ポテトといえば、ユウのポテトフライ愛だよなー」


 ははっと、軽く笑いながら、暖はタブレットで映画を調べていく。


「油を特売の日に買って作ろうと思います」

「家で作るの、案外難しそうだよな」

「同じにはできないでしょうね」


 二人が一本目に選んだのは、ホラー映画だった。


「これ、暖さんなら一番最初にやられますよ……」

「音に反応して襲ってくるって知ってたら、さすがの俺も黙りますよ?」


 ユウはポテトチップスを一枚取ってかじった。パラパラと欠片がこぼれ落ち、ユウは慌てて拾った。そして、手に残ったポテトチップスを一口で食べた。


「ポテチはうまいけど、手が汚れるのとくずが落ちるのが残念だよな」

「諦めて後から掃除します」

「手伝いまーす」


 二人はそこからしばらく映画に釘付けだった。

 部屋の明かりを消しているため、映画の光だけが二人の顔をぼんやりと照らしていた。


「こんなさ。一人みたいな世界、俺なら耐えらんないわ」

「私は……どうでしょう……今ならきっと耐えられません」

「今なら? じゃあ前は違うの?」

「以前の私なら、そういうものだと納得して、淡々と生きていくかもしれません」


 二人はタブレットから視線を外さないまま、話を続けた。


「淡々とって言葉が、似合うようで似合わないよな」


 暖はくすりと笑った。


「似合うと言われるかと思いました」

「いーや、似合わないねー」

「……ですか」


 しばらくして映画が終わると、二人は盛大に息を吐いた。


「あーー、なんか思ってたホラーと違ったなー!」

「分かります。ただ怖いだけじゃなかったので、違う疲れがありますね」

「電気つける?」

「お願いします」


 まだ昼前なので、カーテンを閉めていても真っ暗ではない。

 暖は電気のスイッチまで難なくたどり着くと、明かりをつけた。

 部屋が明るくなった途端、ユウはほっと息を吐いた。


「人は暗い中では生きていけませんね」

「明かりって、人類が最初に手に入れた文明みたいなもんだしな」

「ざっくりですね」


 それから二人は、コメディ、医療系と立て続けに観ていった。

 三本目を見終わる頃には、すっかり午後になっていた。さすがに二人とも疲れてきたので、一度長めの休憩を取ることにした。


 しかしそこでユウは重大なことを思い出した。


「……はっ! 暖さん、大変です!」

「お!? どーした!?」

「洗濯物を忘れていました!」

「…………あー! コインランドリー!」


 二人は玄関の隅にきちんと用意されたままの袋を見つめた。


「俺行ってくるわ」

「じゃあ私は、その間にお掃除しておきますね」

「よろしく〜。じゃあ行ってくるわ」

「いってらっしゃいです」


 バタンと、扉が閉まる音がした。

 そして鍵をかける音。

 予備の鍵は、初日に渡してあった。


 ユウはしばらく玄関の扉をじっと眺めていた。


 それから一時間もしないうちに暖が帰ってきた。


「ただいま〜、洗濯物ほっかほか。ほっかほかついでに弁当買ってきた」

「おかえりなさい。ありがとうございます」


 二人は遅い昼食を食べ、また映画を観た。そして二本観たところでさすがにお開きにして、銭湯へ出掛けた。


 ユウは帰ってくると、明日の仕事の持ち物をチェックした。

 明日、明後日と、仕事に行けば木曜の休みがやってくる。

 そしてその時には暖はいない。


 ユウは、ぎゅっと締め付けるように痛む胸を押さえた。

 どうしてこんなにも痛むのか、自分でも分からなかった。



 

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