エピローグ 後日談
――ユウが初めて暖の家に遊びに行った時。
玄関を開けた瞬間に、友人三人が綺麗に並んで土下座していた。
「……っ!?」
「…………何やってんのお前ら」
暖が呆れた様子で、見下ろしている。
三人のうちの一人が顔を上げた。
「え!? こんなに綺麗な子だったの!?」
「おっまえ……」
暖の声に、ハッと本来の目的を思い出した友人が、もう一度勢いよく頭を下げた。
「この度は――」
「「「申し訳ありませんでしたー!」」」
「……え、え?」
ユウは面食らってしまった。
とりあえず、こんな経験は一度もないのでどうしたらいいか分からず、暖の腕をちょんちょんと突いた。
「あの……どうしたら……?」
「なに今の〝ちょんちょん〟って! やば、もっかいやって!」
「ちょ……暖さん! 人前です!」
ユウの腰に両手を回して抱き寄せる暖を、ユウは必死に突っ張った。
「じゃあ後でやって!」
「……そっちのことじゃありません〜!」
暖を引き剥がすことに成功したユウは、居住まいを正して三人の前に正座した。
もちろん靴は脱いだが、場所は土間のまま。
これには暖も友人たちも慌てたが、「玄関の床はフラットでとても綺麗ですし、室内の床と何も変わりません」と、言い放った。
そして、膝の上に両手を重ねると、にこりと微笑んだ。
「初めまして、吉野ユウと申します。公園に捨てられていた暖さんを、拾わせて頂きました」
「うわー! 本当にご迷惑をお掛けしましたー!」
友人たち三人は、ぺこぺこと何度も頭を下げた。
これでは収拾がつかない、とユウは同じく隣に座った暖に視線を送った。
「ん? なに、キスする?」
小首を傾げてにっと笑う暖に、ドキドキしながらもユウはぺちっと暖の膝を叩いた。
「もう……暖さん‼︎」
「ははははは! 冗談だって〜半分は。おい、お前らがそこにいると、ユウが中に入れねぇんだよ。散れ!」
「え、酷くない!?」
「俺らも混ぜてよー!」
「一緒に遊ぼうよ〜」
三人は立ち上がると口々にそう言ったものの、最後には「ゆっくりしてってね〜」とユウに手を振って、廊下の奥へ消えていった。
どうやら、本気で邪魔をするつもりはなかったらしい。
一気に静かになった空間に、逆に戸惑うユウ。
暖はそんな彼女の腰に手を添えると、「俺の部屋、こっち」と、さりげなく誘導した。
暖が扉を開けた瞬間、ユウはその先に広がる部屋の大きさに呆気に取られた。
「……暖さん」
「はい、ユウさん」
「私の家、入りそうです……」
「あはははは! 流石に入んないって!」
暖は否定したが、寝室とリビングは確実に入るだろうと、ユウは震え上がった。
「ひえ……」
「あはは、可愛い反応してくれんねー」
「お一人ですか……?」
「え?」
「間違えました、一人部屋ですか? と言いたかったんです」
「はは、緊張してんなー!」
そう言って暖は部屋をぐるりと見渡した。
「ここは、一人部屋。俺たち四人でアプリ開発の会社立ち上げたんだよ。だからちゃんと自立して、自分たちで稼いだお金でやりくりしてます」
ユウは驚きすぎて、開いた口が塞がらなかった。
暖は、そんなユウをじっと見つめている。
その瞳がどこか不安げに揺れて見えるのは、気のせいだろうか。
ユウもお金の怖さは知っている。
けれど、ユウの口から出た言葉は、素直なものだった。
「……とても、尊敬します……お友達の方々も」
それしか、言葉にならなかった。
きっとユウの知らない苦労をしてきた結果だと思うと、尊敬しかない。
そして、ユウがそう言った瞬間――バタンと扉が開いた。
そして雪崩れるように三人が入ってきた。
「ありがとう〜! 本当に今の言葉救われる……」
「超嬉しい……ヤバい!」
「俺泣きそう……」
まだ立ったままだったユウはあまりの驚きで固まった。
ある程度予測していた暖は、手と足を使って早々に追い出した。
「ごめんな、あいつらまじでうるさいから」
暖がユウの手を引いてソファへ連れて行った。
「膝の上座る?」
きっと暖は冗談半分、本気半分で言ったのだろう。
挑発的な目が物語っている。
しかしユウは、最近読んだ少女マンガを思い返していた。
――高校生のカップルでさえ、お膝の上に座ってましたよね……で、あれば私も……
「座りたいです」
「……ええ!? え、いいの!?」
「はい」
ユウが頷くが早いか、ふわりと体が浮かんで、あっという間に膝の上に乗っている。
「すごい……早業ですね」
「ヤベ……マジで嬉しいんだけど……俺、高校生かよ」
小さくそう言って笑う暖の頭を、ユウはぎゅっと抱きしめた。
「……そんなことされると、いい子でいられなくなるんですけどー?」
自分の体から声がしているようで、ユウはゾクと震えた。
「いいですよ。大事な人の前ではヤンチャな子どもで――」
最後まで言い終える前に、暖の唇が重なった。
触れた唇は驚くほど柔らかくて、息の仕方すら分からなくなる。
経験のほとんどないユウは、ただ必死に暖に縋りついた。
ユウの頭が真っ白になりかけた時。
暖がぴたりと動きを止めた。
そしてユウを優しく横に座らせると、自身はゆらりと立ち上がった。
「暖さん?」
ユウににこりと微笑んでから、迷いなく扉に向かい、拳を扉に叩きつけた。
「わ……っ!」
驚くユウ。
しかし驚いたのはユウだけではなく――
「うわ! ほらバレたじゃん!」
「お前が行こうっていったんだろ?」
「びびった〜、あいつドア殴ったんじゃね?」
ユウは、思わず噴き出していた。
「おい、お前ら。三秒以内に立ち去れ。でないと――ピーー」
「え!? 今、ピー音しなかった!?」
「三」
「おい、本気でやられるぞ!」
「二」
「逃げろ!」
「一」
途端、廊下の向こうで扉が激しく閉まる音がした。
そして、物音が一切しなくなった。
暖は戻ってくると、今度はちゃんと横に座った。
それから頭を後ろに預けて、腕で目を隠す暖。
「あー……あいつら来なかったら、ヤバかった……正直助かった……」
「……? ヤンチャになりすぎちゃうんですか?」
「あはは……ある意味そうでーす……」
小首を傾げるユウを、腕の隙間から覗いて暖が笑った。
「……なぁ」
「なんでしょう?」
「なんで、家出てから一週間も掛かったのかって思った?」
ユウは首を横に振った。
「いえ、むしろあそこで縁が途切れてなかったのかと、嬉しくなりました」
にこりと微笑むユウに、暖は破顔した。
ユウは最初から暖の笑顔が好きだった。
無邪気なものも、意地悪なものも、挑戦的なものも――全部、ユウを幸せにするもの。
「暖さん」
「んー?」
「愛おしいって、気持ち。初めて知りました」
暖は今度は両手で顔を覆って、「勘弁して……」と呟いたのだった。




