空白
5.空白
三上の事件から数日後。澪は新たな事件に出会う。
「白崎。緊急の依頼だ」
社長の御堂が、険しい顔で澪を呼び出した。
「護衛対象が失踪した」
澪は驚く。御堂は資料を差し出す。
「依頼主は《裏社会の調停人、朝倉仁》。争いを避けるために動く珍しいタイプだ。だが、昨夜、彼が突然姿を消した」
「まさか、誘拐……?」
「まだ断定はできない。今は、このコンビニの防犯カメラに映っていたのが最後、ということだけが分かっている」
「すぐ、向かいます」
澪は頼もしく、頷いた。
コンビニ前。澪は防犯カメラの本体を見上げる。
――ここか。
澪は周りを見渡す。何も変哲もない景色。
――一体、どこに?
「みぃおぉさんっ!」
背後から声がした。澪は思わず、振り向き、構える。
「え!」
そこには朝倉がいた。
「朝倉さん、一体どこにいたのですか?」
「ふふふ。ちょっとねぇ」
朝倉はへらへらと笑う。
「ついて来て」
朝倉は澪の右手を引く。
「え」
「いいから、いいから」
朝倉はずんずん進む。数分歩くと、とある施設に着いた。
「ここは?」
澪は建物を見上げる。
「児童養護施設。僕のふるさと」
「え!?」
「ふふふ。驚いた?」
朝倉はふわっと笑う。笑い方がいくつもある。きっと、利害のある大人に取り入るためだろうか。
「見て。あの人が桐生先生」
初老の男性が子供たちと手をつないでいるのが見えた。
「園長先生?」
「うん。僕の恩師」
朝倉は目を細めた。
「僕がさ、逮捕されたり、殺されたりしたら、ここの子供たちを守ってよ」
「それは、どういう」
「僕、ここの運営資金を稼ぐために、調停人を始めたんだよねぇ。ほら、僕って、《人たらし》だからさぁ」
今度はくすくすと笑う。
――この人の素とは何だろうか?
もう、後戻りはできない癖。どれだけ、辛かったのだろう。
「さぁ、最後の調停に行きましょうか」
朝倉は呟く。
「僕、逮捕されるんでしょ?」
「えぇ」
「そうなったら、この子たちに一銭も入らない」
「まさか!」
「守ってほしいのは、僕が自殺じゃなく、失踪でもなく、今日殺されたという証拠」
澪は感情を撃ちぬかれた。
――こんなにも自己犠牲を出来る人物がいるのか。
「いけません」
澪は止める。
「もう、これしかないんだ」
朝倉は涙を流す。
――嘘も方便。ならば、この涙も嘘だ。
澪は考える。この人が生きて罪を償う方法を。
「では、行きましょう」
澪は心に決める。この最後の戦いに勝てばよい。
――生きて警察に引き渡す。
そう誓った。
廃工場。最後の調停はそこで行われる。
「待っていたぞ。朝倉」
鳥居組の若頭、春日が出迎える。
「おや、隣にいるのは?」
「助手です」
「ほう。助手を雇ったのか。珍しいね」
春日は微笑んだ。
「とっとと、始めろや」
金井組の高松が叫ぶ。
「おやおや、せっかちですね」
春日が軽口をたたく。
「いい加減にせぇ!」
高松が怒鳴る。
その怒りに根負けし、皆は手打ちを始める。
しかし、澪の心配とは裏腹に《手打ち》は問題なく終わった。
皆が解散する。この廃工場に朝倉と澪の二人だけが残った。
――一体、どういうことだ?
澪は困惑する。そして、朝倉が口を開いた。
「今、ここで僕が死ねば、他殺になる」
――まさか、犯人は!
澪は彼を見る。
「もちろん、澪さんですよ。犯人は」
「!」
「さぁ、どうする? 頼んでおいたのですよ。あの反社二組に。僕が死んだあと、他殺になるように。でも、自分の組の若い衆を殺人犯にはしたくない。だから、犯人は君」
朝倉は静かに笑う。
「朝倉! やめろ!」
そこへ初老の男性、桐生がやって来た。
「すべて聞いたぞ、朝倉」
朝倉の表情が一変する。
「自殺は自殺でも、一般人を巻き込むとは!」
桐生が叫ぶ。
「誰ですか?」
朝倉はニヤリと微笑む。
「朝倉…。そこまで…」
すると、隣に制服警官が現れた。
「朝倉仁だな。逮捕する」
――僕に勝利の女神は微笑まなかったなぁ。過去も今も。
澪はその背中を見送った。
――彼に幸多からんことを。
勝利の女神はいつか微笑むのだろうか。




