消えた依頼主
3.消えた依頼主
澪のもとに届いた次の依頼は、いつもと違っていた。
依頼主の名は、城ヶ崎透。裏社会の情報屋として知られ、敵も味方も多い男だ。だが、――。
依頼書には、こう書かれていた。
『僕は今日、姿を消します。白崎澪さん。どうか僕の代わりにある人物を守ってください。あなたにしか頼めない。城ヶ崎透』
「ということだ。今回の保護対象者は彼の妹だ」
御堂は澪に資料を渡す。
「もう夜だ。危険な奴らが闇に紛れて、行動を開始するかもしれない。すぐに彼女の自宅に向かってほしい」
「はい!」
澪は頼もしく返事をすると、彼女のもとへと向かった。
「兄貴、いなくなったの?」
郊外の小さなアパートで澪を出迎えたのは、鋭い目つきの女子高生、玲奈だった。
「えぇ。でも、あなたを守るために私を雇われたみたいです」
玲奈はため息をついた。
「ったく、自業自得だよ。あんな奴」
彼女は目を伏せて言う。
「情報屋なんかやるから、こんなことになるんだ。でも――」
「?」
「これは家族愛じゃない、同情ということにしておいてくれ。仕方ない野郎だが、兄貴を探す」
「分かりました」
澪は頷いた。
玲奈を保護して数時間後。二人は色々探し回る。が、城ヶ崎は見つからない。そして、澪は気付いた。――誰かが、つけて来ている。
澪は玲奈の手をひき、走る。そして、角を曲がる。
追跡者も走る。そして、彼も角を曲がった。しかし、そこには澪が立ちふさがっていた。
――しまった。と追跡者は困惑する。
「どうも、刑事さん」
「どうして、分かった?」
刑事、夏目は堂々とした態度で聞く。
「あなたの尾行が下手なだけですよ」
澪は微笑んでみせる。
「白崎さん、きついですね」
目線を逸らす夏目。
「どうして、私たちを尾行していたのですか?」
澪は腕を組んで、自分を大きく見せる。
「あぁ、俺も城ヶ崎を探していてな」
夏目は頭をかく。
「まさか…S」
澪は呟く。
「何? Sって」
玲奈が澪の背に隠れながら、彼女に聞く。
「スパイって意味だ。城ヶ崎は情報屋であり、俺の協力者だったんだ。今回、命を狙われたのは俺のせい。俺の協力者だとバレたんだ」
夏目が代わりに答えた。
「! そんな!」
玲奈は顔を手で覆う。
――裏切者か、生きて帰れないかも。
澪は表情を険しくした。
「夏目刑事。城ヶ崎さんが行きそうな場所知ってますか?」
「俺が聞きたいよ」
夏目は腕を組んで、澪と玲奈を見る。そして、玲奈に話す。
「妹さんだろう? 思い出の場所とか知らないか?」
「……えーっと」
玲奈は考える。
「たぶん、お盆休みに行った母方の実家かも。でも、もう家は取り壊されて更地ですが」
玲奈は答える。
「うーん、弱いな」
夏目は呟く。
「それでは、実家近くの防犯カメラを調べてみては? 今はAI解析で、大量のデータを処理できるでしょ?」
澪は提案する。
「分かった。今、手配する」
数分後、データが送られてきた。
「コンビニ?」
夏目は呟く。
「何か、分かりましたか?」
澪は聞く。
「城ヶ崎はこのコンビニに立ち寄っている」
夏目は端末の画面を見せる。
「これは…」
澪はあることに気付いた。
城ヶ崎がガムコーナーのところで、自分の持っていたガムをこっそり商品棚に並べていた。
「もしかしたら、これにヒントが!?」
夏目も気付いて、驚く。
三人はそのコンビニへと向かった。そして、ガムコーナーの中を探す。
「あった! これ!」
包装紙の中を見ると、そこにはUSBフラッシュメモリが入っていた。
「もしかして、これって…」
「証拠のデータか!?」
「きっと、今まで情報屋として活動していたときの情報のすべてなんじゃ…」
「これは警察で預からせてもらう」
夏目はUSBメモリを澪から受け取る。
「あの!」
玲奈が夏目に話しかける。
「どうした?」
「そのUSBメモリの中に兄の情報はありますか? もしかしたら、行き先が分かるかもしれないです」
「なるほど。分かった、今、解析させる」
夏目は情報端末にUSBメモリを挿す。
「この旅客機の情報、他の情報と違って、ただのネットの引用」
「確かに」
夏目は頷く。
「玲奈さん。思い出で、どこかに旅行に行かれましたか?」
澪は玲奈に聞く。
「航空機に乗ったことはありませんが、…兄は空港の地上スタッフになりたがっていました」
玲奈は不安そうに答えた。
「ということは、潜伏先は空港?」
夏目は考える。
「でも、なぜそんな場所に? 人も多いはずじゃ」
玲奈は心配する。
「ひとまず、空港に向かいましょう」
三人は空港へと向かった。
空港内。
「こんな人混みじゃ、分からんぞ」
夏目は辺りを見渡す。すると。
「夏目ぇ!」
背後から声が聞こえてきた。三人は思わず振り返る。そこには、黒ずくめの男たちがいた。
「お前ら! 緑青組!」
夏目は表情を険しくする。
「えぇ!?」
――反社!?
澪と玲奈は驚く。
「まさか、ここで会うとはなぁ」
緑青組の森口が一歩前に出てくる。
――まさか、城ヶ崎と玲奈さんを殺しに来た?
澪は身構える。
「嬢ちゃん、そう警戒すんな。妹は殺さねぇよ」
森口は笑う。
「行くぞ!」
緑青組は空港の奥へと走っていく。
「白崎、俺らも行くぞ!」
夏目は走り出す。
「え! ちょっ! 玲奈さんも行きましょう」
「はい!」
二人も走り出した。
「おらぁ! 城ヶ崎出てこい!」
森口が叫ぶ。すると、今度は空港の奥から別の反社《刃金組》が出てきた。
「おう、お前らも城ヶ崎、探してんの?」
刃金組の剣持だった。
「何や、剣持も探してるんか」
「まぁな」
二人は情報を交換している。それを澪は黙って見ていた。背後に玲奈を庇って。
「なぁ、白崎。お前は玲奈さんを連れて逃げろ」
夏目は小声で澪に耳打ちする。
「ここは危険だ。城ヶ崎は俺が必ず、生きて逮捕する」
「しかし!」
「お前の任務は彼女を守ることなんだろう? 城ヶ崎の命じゃない」
「それは…」
澪は夏目の核心を突く言葉に、反論できなかった。
「いいえ! 私は帰りたくない!」
玲奈は堂々と言い放つ。
「玲奈さん。だから、ここは…」
「あのバカ兄貴に説教してやる!」
「えぇ…」
夏目は玲奈の勢いに負けた。
「いた! 城ヶ崎だ!」
遠くから叫び声が聞こえてきた。
「なにぃ!?」
皆は一斉に振り返る。向こうに走って逃げる城ヶ崎が見えた。
「兄貴!」
玲奈は思わず、追いかける。
「玲奈さん! 待って!」
澪と夏目の二人も追いかける。
「おらぁ、城ヶ崎。どこに逃げるんや?」
城ヶ崎はあっけなく捕まった。反社二組に。
「俺らの情報はどこや?」
森口が優しく聞く。
「……言えません」
「何やてぇ?」
笑顔のまま、声にドスが入る森口。
「兄貴!」
玲奈たちが駆けつける。
「なんや、妹さんかいな。ここからは危険や。関わらん方がえぇ」
森口が忠告する。
「情報なら、ここよ」
澪はUSBメモリを手に持つ。
「なにぃ!?」
その場の全員が叫んだ。
「白崎、一体何を!」
夏目が度肝を抜かれる。
「お嬢ちゃん。話、早いやんけ」
森口と剣持はじりじりと近づく。
「お前ら! 全面抗争や!」
反社二組の部下たちが一斉に襲い掛かる。しかし、誰も澪には敵わなかった。
「えぇ…」
夏目は驚く。
「白崎さん! 大丈夫ですか!? こんなに血が!」
人工皮膚が所々、剥がれている澪を心配して、駆け寄る玲奈。とても不安そう。
「大丈夫。私はサイボーグですので」
澪は微笑んだ。
「ところで。バカ兄貴! 何やってるんだよ!」
玲奈のパンチが、城ヶ崎の腹部にクリティカルヒットする。
「痛い」
しゃがみ込む城ヶ崎。とても情けない。
「母さんに心配させたまま、…!」
「すまん」
城ヶ崎は小さな声で謝る。
「兄貴。私は待たないよ。海外に行ってボランティアやるし」
「え」
城ヶ崎は玲奈を見上げる。
「お前を死なせなかったのは、ただの同情だ。それでいいだろ」
玲奈はそう言い終えると、去っていった。
――玲奈さん、強いなぁ。
澪は玲奈の後姿を見ていた。
「うぅ」
一方、隣からはすすり泣く声が聞こえた。城ヶ崎だ。
「俺、頑張る」
「よし。行こうな」
夏目は城ヶ崎を連行した。もちろん、警察の援軍は反社二組も連行していった。
相馬医院。
「これは、傷が深い」
優斗は思った以上の深手の澪に驚きを隠せない。
「今回は、二十人以上、一気に相手したから…。ごめん」
澪は申し訳なさそうにする。
「謝らないで。澪が頑張った証拠でしょ?」
優斗は微笑む。そして、続ける。
「澪が頑張ったご褒美に、今度、僕が焼き肉食べ放題をおごります」
「えぇ!? いいの!?」
澪は目を輝かす。
「ふふふ。楽しみにしててね。その代わり、頑張って、怪我も治しましょ」
「はい!」
二人は微笑み合った。




