微笑む詐欺師
2.微笑む詐欺師
澪の次の依頼主は、裏社会で《微笑む詐欺師》と呼ばれる人物――霧島蓮だった。黒いスーツに淡い笑み。しかし、本当の気持ちを隠すかのように目元を覆う黒縁眼鏡をしていた。手持無沙汰にイギリス硬貨を触っている。
「白崎澪さん。あなたの噂は聞いています。人を守ることに関しては、最高の人材だと」
――サイボーグのボディガードだからですね。
心の声が聞こえそうだった。
「褒め言葉として受け取っておきます」
澪は微笑んだ。そう、黒に染まるように…、いや違う、巨悪になるように。
すると、霧島は手元のイギリス硬貨をピンと弾くと、くすりと笑った。
「俺が君を雇ったのは、逃げるためじゃない。《守りたいもの》があるからです」
澪は眉をひそめた。
「えぇ、私の罪は消えません。でも、せめて巻き込んだ人たちだけは守りたい」
その言葉は、悪役のものとは思えないほどだった。そう、彼は《微笑む詐欺師》。すべて、嘘なのだ。
――今度は誰を巻き込むつもりなんだろうか。
澪は感情を隠した。
霧島が守ろうとしていたのは、彼がかつて騙してしまった人々の証言者だった。敵対組織は霧島を黙らせるために証言者ごと消そうとしている。
澪は霧島と共に、証言者の女性、七瀬朱里を訪ねることにした。
「警察のSPが警護してますね」
澪は彼に言う。
「いや、敵対組織がそんなへまをするはずがない。必ず、七瀬を殺す」
「…尽力します」
澪は霧島と路地の陰から、七瀬の部屋を見上げた。すると。
「霧島ぁ! 久しぶりだなぁ!」
――まさか、敵対組織!?
澪は慌てて振り返る。そこには、一人の刑事がいた。
「絶対、ここに来ると思っていたぜ」
その刑事は、夏目俊彦。この詐欺事件の担当刑事だ。
「ここで、とっ捕まえてやる!」
「行くぞ! 白崎!」
霧島は白崎の手を引く。
「ちょっ、何で逃げるの!? あなたは捕まった方が!」
「証拠が無いんだよ! だから、あいつは俺を逮捕できない!」
「じゃあ、逃げなくても!」
「任意でしょっぴかれるんだよ!」
「任意でしょ!」
「抵抗すると、公務執行妨害の別件逮捕なんだよ!」
「逮捕されるんじゃない!」
「でも、数日拘留されて終わり! その間に七瀬が死ぬ!」
しばらく疾走し、刑事を振り切る。
「でも、彼女が証言するなら、彼女が証拠でしょ?」
「あいつ、俺の中学時代からの幼なじみなんだ。だから、証言を拒否してる」
「え!? でも、警察が警護を」
「唯一、俺を有罪にできる証拠だからな。あぁやって守ってるんだ」
「そうだったんですね」
澪は目を伏せる。そして、核心を突く。
「あなた、本当に彼女を守りたいの?」
「え?」
霧島の顔から笑顔が消えた。そう、《微笑む詐欺師》の素顔が見えた。
「あの極悪非道の詐欺師が、こんなことに情を動かされるとは思えない」
「君って、失礼だな」
霧島はいつもの微笑みに戻る。が、手元はイギリス硬貨を入れているポケットに。澪は彼の右手首を掴み、ポケットから引き上げる。イギリス硬貨が地面に落ちた。
「やめろ!」
思わず、霧島が叫ぶ。
「これがヒントだったんですね。この硬貨の製造年はあなたの誕生年。あなたの経歴をみれば、もう想像がつく」
「そうだ。俺の目的は、イギリスへの強制送還だ」
霧島はイギリス国籍。それにより、日本で犯罪を犯した場合はイギリスへ強制送還される。
「しかし、日本で服役しないといけないのでは?」
「それは知っている」
「逮捕されずに、イギリスに行った方が良いのでは?」
「ダメなんだ」
「なぜ?」
「父親はスコットランドヤードの警察官なんだ、だから」
澪はすべて理解する。霧島は罪を償ってから、父親に会いたいのだろう。
澪は決心する。
「分かった。七瀬さんを説得しよう」
「!」
「警察に証言してもらえるように!」
澪は頼もしく微笑む。
霧島はスマホを見つめる。澪は彼の肩を軽く叩く。
「……」
霧島が連絡先を開いた瞬間、背後から声がした。
「蓮くん!」
「七瀬!? どうして」
七瀬が息を切らして立っていた。全力で追いかけてきたのだろう。
「私、蓮くんのこと、守るから」
七瀬は涙をためる。そんな彼女を霧島は説得した。
「……」
七瀬は悲しそうだったが。
「待ちます」
そう一言、呟いた。そして、苦笑した。本当はもう会えないのに。
「白崎さん、俺、彼女と警察に行きます」
「はい。私が最後まで、護衛します」
『そこまでだ。霧島』
その声と共に銃弾が飛び交う。
「!」
澪は危険を察知し、二人の盾になる。そして、人工皮膚に弾丸がめり込む。
「白崎さん!」
七瀬が悲鳴を上げる。
「なぜ、SPがいない!?」
霧島は辺りを見渡す。
「SP? すべて倒したが?」
目の前に敵対組織の出世頭がいた。
「くっ。田辺」
霧島は彼を睨んだ。そんな会話の中、背後で澪は敵対組織の部下たちをなぎ倒していく。もちろん、人工の肉体によるごり押しだ。
――ちっ。出血が多い。また、優斗の説教だな。
澪は戦いながら、この状況を楽しんでいた。こいつも相当の《悪》である。
――戦闘道楽だろうか。
「さぁ、最後はあなただけだけど?」
澪は敵対組織の田辺を追い詰める。
「貴様、サイボーグか。なるほど、勝ち目はないようですね」
田辺は去って行った。すると、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
――終わった。
霧島はその場に座り込む。安堵の涙だろうか、霧島の頬を透明な雫が伝う。
「ありがとう」
「……」
澪はその声を聞き逃さなかった。そして、微笑む。
「私はあなたの部下ですよ」
そう、映画の中のように――決して死んだりしない。悪役の部下。
――霧島さん、幸多からんことを。
澪は一人、パトカーを見送った。
相馬医院。澪はそこにいた。優斗に保護テープを巻いてもらっていた。
「あぁ…。また、足りなさそう」
優斗が呟く。
「…ごめん」
「澪のせいじゃないよ」
優斗は微笑む。まるで、天使のように。その笑顔に感情を貫かれる澪。
「何で、怒らないの?」
澪は聞いてみる。少し目を伏せ気味に。
「僕が怒って、どうするの?」
優しいまなざしを向けられた。澪の感情を包むように。きっと、医師だからだろうか。いつも正しい言葉を選ぶ。
――これが、仁術か。
いつも澪は考えさせられる。この向けられた言葉の意味はなんだろうかと。優しさか情か。
「頑張っている澪が安心できるように、僕は頑張るよ」
優斗の優しさだろうか。
幼い頃、目を輝かせて探した、映画の中だけど。
決して負けない悪役を。
その時とは違う、このドキドキする気持ち。これが、ヒーローというものか。
圧倒的な優しさに感情を撃たれた澪であった。




