崩れ落ちるビルの中で
0.プロローグ
民間警備保障会社に勤めるボディガード、白崎澪は、今日もまた《悪役の部下》として現場に立っていた。
雇い主は裏社会の実業家、黒石淳也。彼は敵対組織に追われ、澪はその護衛として、雇われたばかりだった。
だが、澪には《いつものパターン》がある。
――悪役の部下になる。――その後、雇い主は逮捕される。――そして、澪は解雇される。
それでも、澪は、依頼を受けた以上は全力で守る。それが彼女の矜持だった。
1.崩れ落ちるビルの中で
敵対組織との衝突は、廃ビルの最上階で起きた。
「白崎、とっとと片付けろ」
黒石は澪に命じる。澪はサイボーグ。多勢に無勢でも、人工の肉体で圧倒できる。
銃弾が飛ぶ。澪はそれを、全面で受け止める。
――絶対に守る!
澪は人工皮膚が剝がれても、戦い続ける。
――なるほど、この子はバカなんだなぁ。
黒石はふと守られながら、そう思う。そう、幼いころから正義だけを貫いた、今は亡き弟と澪を重ねた。
すると、遠くから、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
「はははっ。ここまでか」
黒石は笑う。そして、涙を流した。
「年貢の納め時か」
弟との記憶が涙腺を緩めさせた。もう、すべて諦めよう、と。
「白崎、よくやった」
敵を全滅させた澪に、黒石は言葉をかける。そして、口角を上げた。
「最後まで、面白かったよ。君は」
軽く拍手をしてみせる黒石。そこへ、警察がやって来る。そして、黒石は逮捕されていった。
――また、解雇かぁ。
澪は慣れた様子で、彼の背中を見送った。
「また、解雇か」
幼なじみの医師、相馬優斗は澪の腕に保護テープを巻きながら、ため息をついた。澪はサイボーグ、よって、適切な治療さえすれば、人間の二倍の速さで治癒する。そう、人工皮膚も、人工骨も。人工補綴の分野だ。
「どちらにしても、怪我して帰って来るんだね」
優斗は微笑む。白い羽根が舞うようだ。
――天使かよ。
澪はそう思う。
「まぁ、…ごめん」
澪は頬を染める。
「えっ! 責めてないよっ!」
慌てる優斗。そして、手を止めて、澪の顔をじっと見る。
「……」
「どうしたの?」
「大丈夫?」
優斗の眉尻が下がる。心配性な彼はとても大切な澪を気にかける。
「…うん。大丈夫」
澪は視線を、包まれた両手に向けて、答える。本当は耳まで熱い。だけど、サイボーグだから、鼓動も速くならない、頬も耳も熱くはならなかった。
澪は、少しだけ目を伏せる。
「安心した」
優斗は微笑む。澪の様子を見て。でも、それは強がり。
危険な仕事をする澪の支えになりたかった。
「たまには、怪我しないでね」
苦笑する優斗に澪は笑顔で答える。
「ありがとう」
会社に戻ると、社長の御堂修一が腕を組んで待っていた。
「白崎、黒石氏から連絡があった」
「え!? もう拘置所に!?」
「そうだ。『白崎澪は最高の部下だった。わが人生に悔いなし、と伝えてくれ』だそうだ」
澪は思わず目を丸くした。
「まさか、あの極悪非道にそこまで、言わせるとはなぁ」
社長が笑う。
「お前は、《悪役の部下》が似合うなぁ。まぁ、最後は解雇なんだがな」
社長は続ける。
「お前に必要なのは、ある意味、《感情》なのかもしれない。嫌なことは嫌と言えばいいんだ。どうする? 次の依頼を受けるか?」
「はい!」
澪は頼もしく、頷いた。
数日後。新しい依頼が舞い込んだ。また《悪役》の護衛らしい。澪は苦笑しながら装備を整える。
「行ってくるね、優斗」
「うん。気を付けて」
優斗は微笑んだ。




