オーディションの結果
佐々木節子が帰った頃、美琴は部屋に籠もっていた。
そんな時、黒川のオーディションの結果が届く。
一次通過という、嬉しい結果だった。
橘家にあるパソコンは、誰でも自由に使えるようになっていた。
その日も村瀬がパソコンを使っていると、メールの受信通知に気づいた。
「ん?」
何気なく画面を確認すると、黒川宛てのオーディション結果のメールだった。
村瀬は内容を確認する。
「……一次通過?」
思わず声が出た。
「黒川、やったじゃん」
ところが、肝心の黒川は、よろずやの仕事で外出していた。
「黒川は… ああ、仕事中だったな。」
村瀬はそう呟くと、恒一と和子のいるところへ向かった。
「恒一さん、和子さん!」
少し離れたところにいる二人にも聞こえるように、村瀬は声を張った。
「黒川のオーディション、一次通過したって!」
「まあ!」
和子が嬉しそうに声を上げる。
「本当か!」
恒一も顔をほころばせた。
村瀬はさらに声を大きくした。
「一次通過だって! 黒川、やったぞ!」
その声は、静かな家の中に響き渡った。
そして――美琴の部屋にも、しっかりと届いていた。
その声を聞いた美琴が、勢いよく部屋の扉を開けた。
「本当!?」
みんなが振り返る。
「黒さん、一次通過したの!?」
その瞬間――
「わっ!」
美琴は何もないところで足をもつれさせ、床に派手に転んだ。
「……っ!」
しばらく動かない。
どうやらかなり痛かったらしい。
「……」
美琴は床に手をついたまま、必死に痛みをこらえている。
「……痛すぎる……」
小さく呟いたものの、何事もなかったように立ち上がろうとする。
そんな美琴を見て、村瀬が呆れたように言った。
「全く何で何もないところで転ぶんだよ」
と、村瀬が手を差し出す。
「怪我してないか?」
「そんな事よりも黒さんの事、本当!?」
美琴は痛みに顔をしかめながらも、黒川のオーディション結果が気になって仕方がなかった。
「メールが届いてたんだ。一次通過の結果だった」
村瀬がそう言うと、美琴の顔がぱっと明るくなった。
「おばあちゃん、今日はご馳走にしなくちゃ!」
美琴は嬉しそうに和子に駆け寄った。
さっきまで痛そうに顔をしかめていたのも忘れたような笑顔だった。
「ところでさ」
村瀬がみんなを見回す。
「黒川、最近何かあった?」
「何で?」
美琴が不思議そうに村瀬を見る。
「いやさ、今まで渋い服装だったのが、最近は明るい色の服を着るようになったし、メガネも掛け始めたんだぜ?」
村瀬が不思議そうに首を傾げる。
「ええ!? 全然気づかなかった」
美琴が驚いたように目を丸くする。
「まさか……女ができたとか?」
村瀬はニヤッと笑った。
「ええ!?」
美琴はさらに目を見開いた。
「はいはい、話は後にして。美琴、準備しないと夕飯に間に合いませんよ」
和子が笑いながら、話を切り上げるように言った。
その日の夕食は、いつもより少し豪華だった。
この先、二次、三次、最終選考までオーディションは続いていく。
それでも、一次通過というだけで、橘家の面々は自分のことのように喜んでいた。
美琴はふと、村瀬が話していたことが気になった。
そして、黒川の姿をじっと見てみる。
確かに、以前とは少し違っていた。
伊達メガネまで掛けていて、ぱっと見では悪役俳優には見えない。
むしろ、どこにでもいそうな優しそうなおじさんに見えた。
「な、前と違うだろ?」
村瀬がそう言いたげに、美琴へ目配せしてきた。
聞きたい。
でも、聞けない。
美琴と村瀬は顔を見合わせながら、小声でコソコソ話していた。
「……」
「……」
そんな二人の様子に気づいた黒川が、怪訝そうに眉をひそめる。
「なんだよ?」
「なんだ、なんだ?」
二人の様子に気づいた他の面々も、次々と話に入ってくる。
「何の話してるんだ?」
「黒川、何かあったのか?」
いつの間にか、みんなが黒川と美琴、村瀬の周りに集まっていた。
美琴は少し気まずそうにしながら、みんなに言った。
「いや、村瀬さんが黒さん、最近オシャレになったって言うからさ。何かあったのかなーってね」
そう言って、ちらっと村瀬を見る。
黒川は村瀬をじろりと睨んだ。
「え? 俺は悪くないだろ」
村瀬は慌てて両手を上げた。
美琴は黒川の視線を感じると、さっと村瀬の後ろに隠れた。
「……美琴、隠れきれてないぞ?」
「もうっ 村瀬さん小さすぎ!」
「おい それは言っちゃだめだろ 俺は傷ついたぞ」
黒川は大きくため息をついた。
「……ちょっとした気分転換なだけだ、何もない」
そう一言だけ言うと、黒川はそれ以上何も語らなかった。
和子が苦笑しながら、みんなを見回した。
「はいはい、そろそろおひらきにしましょう」
その一言で、みんなもそれぞれ散っていき、その場はようやく収まった。




