美琴の縁談
軽トラックが庭へ入ると、一匹の白い大型犬が勢いよく駆け寄ってきた。
「ただいま、シロ。」
美琴が笑って頭を撫でると、シロは嬉しそうに尻尾を大きく振り、美琴の腕へ鼻先を押しつける。
縁側では三毛猫のさくらが気持ちよさそうに丸くなり、その隣では白猫のユキが毛づくろいをしていた。
黒猫のクロだけは少し離れた柱の陰から、美琴たちを静かに見つめている。
美琴は小さく笑うと、軽トラックの荷台へ向かった。
コンテナを持ち上げようとすると、颯太が黙って一つ担ぐ。
言葉はない。
それでも二人の息はぴったりだった。
最後のコンテナを納屋へ運び終えると、美琴は軽く背筋を伸ばした。
「よし、終わり。」
颯太は小さく頷く。
家の中から、炊きたてのご飯と味噌汁の香りが漂ってきた。
「お腹すいた。」
玄関を開けると、台所から和子の声が聞こえた。
「おかえり。」
居間では恒一が新聞を畳みながら顔を上げる。
「おかえり。今日も早かったな。」
「七時には売り切れちゃった。」
「それは何よりだ。」
美琴は手を洗い、食卓へ目を向けた。
焼き鮭。
だし巻き卵。
ほうれん草のおひたし。
畑で採れたきゅうりの浅漬け。
炊きたてのご飯に、湯気の立つ味噌汁。
どれも和子の手料理だった。
思わず頬がゆるむ。
美琴は居間へ向かって声を張った。
「ご飯できてるよー! みんな、早く降りておいでー!」
二階から、ドタドタと足音が聞こえ始める。
◇ ◇ ◇
朝食を終え、美琴が流しで食器を片付けていると、
「和ちゃーん、いる?」
庭先から聞き慣れた声が響いた。
美琴は手を拭き、玄関へ向かう。
玄関を開けると、薄い藍色の着物に日傘を差した女性が、にこやかに立っていた。
「節子さん。こんにちは。」
「こんにちは、美琴ちゃん。和ちゃんいるかしら?」
「いるよ。どうぞ。」
節子は「お邪魔します」と靴を脱ぎ、慣れた様子で廊下を歩いていく。
「和ちゃん。」
台所にいた和子が振り返る。
「あら、節ちゃん。」
「ちょっと二人に話があるの。」
和子は節子の表情を見ると、小さく頷いた。
「恒一さん、奥へ行きましょう。」
三人は奥の間へ入り、襖が静かに閉まる。
美琴は流しへ戻り、再び食器を片付け始めた。
しばらくして襖が開き、和子が顔をのぞかせる。
「美琴、ちょっとおいで。」
美琴は洗っていた茶碗を静かに置き、手を拭くと、黙って奥の間へ向かった。
美琴は静かに襖を開けた。
節子がにこやかに座っている。
その向かいには和子と恒一。
けれど、二人の表情はどこか浮かない。
美琴は和子を見て、次に恒一へ目を向けた。
二人とも、何か言いづらそうに視線を合わせている。
その空気だけで十分だった。
美琴は何も言わず、静かに腰を下ろす。
節子はそんな三人を見回しながら、ふっと笑みを浮かべた。
「そんな顔をしなくても大丈夫よ。」
その一言に、和子と恒一は苦笑いを浮かべる。
美琴だけは表情を変えないまま、節子へ視線を向けた。
次の瞬間だった。
畳へ両手をつき、深く頭を下げる。
「……節子さん、すみません。」
静まり返った奥の間に、美琴の落ち着いた声だけが響く。
「私は、お見合いを受ける気はありません。」
「これから先も、ずっとです。」
ゆっくりと顔を上げる。
その瞳には、うっすらと涙がにじんでいた。
それでも美琴は涙をこぼすことなく、まっすぐ節子を見つめる。
節子はその表情をじっと見つめる。
やがて、そっと目を細め、小さく頷いた。
「……そうなの。」
優しい声だった。
「それじゃ、この話は忘れてちょうだい。」
部屋に流れていた張りつめた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。
和子は静かに息をつき、恒一もほっとしたように肩の力を抜いた。
美琴は小さく頭を下げた。
「では、私は仕事がありますので。」
そう言うと静かに立ち上がり、部屋を後にした。
襖が静かに閉まる。
しばらく誰も口を開かなかった。
やがて節子は小さく息をついた。
「……この話は終わりにしましょう。」
和子は静かに頷く。
節子は湯呑みに手を伸ばし、一口お茶を飲んだ。
「それよりね。」
少し表情を和らげる。
「今朝、山本さんが朝市に来てなかったのよ。」
「あら……。珍しいわね。」
「そうなの。一度も休んだことがない人だから、気になっちゃって。」
「これから様子を見に行ってみようと思うの。」
「私も一緒に行こうか。」
「ありがとう。でも、まずは私が行ってみるわ。」
「何でもなければいいんだけどね。」
「そうね。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑みを交わした。




