朝市
まだ朝焼けが空を淡く染め始めた頃。
橘家の庭先では、美琴が収穫したばかりの野菜をコンテナへ並べていた。
ナスにキュウリ、トマト、ピーマン。
土を軽く払いながら、大きさごとに手際よく仕分けていく。
玄関の引き戸が静かに開いた。
眠そうな表情の青年が一人、庭へ降りてくる。
居候の一人、颯太。
事情があって橘家で暮らしている最年少の青年だ。
口数は少なく、必要なこと以外ほとんど話さない。
だが、一度頼まれたことは最後まで黙々とやり遂げる。
美琴は振り返りもせず言った。
「颯太、それ荷台。」
「……。」
颯太は小さく頷くと、コンテナを抱え上げる。
荷台へ運び、空いた手で次のコンテナを受け取る。
美琴が渡し、颯太が積む。
それだけで作業は途切れることなく進んでいく。
二人の間に余計な言葉はない。
長い付き合いが生んだ、ごく当たり前の朝の風景だった。
縁側では祖父と祖母が湯飲みを片手に二人を見守っている。
「忘れ物はないかい。」
祖母の問いに、美琴が軽くポケットを叩く。
「大丈夫。」
祖父が静かに頷いた。
「気ぃ付けてな。」
「行ってきます。」
美琴が軽く手を上げる。
颯太は祖父母へ小さく一礼すると、運転席へ向かった。
軽トラックは朝靄の残る町へゆっくりと走り出した。
毎週水曜日。
町の朝市は午前六時に始まり、八時には店じまいとなる。
まだ朝の涼しさが残る広場には、採れたての野菜や果物が並び、開店を待っていた人たちが次々と店先へ足を運んでいた。
橘家の店にも、いつもの常連が集まり始める。
「美琴ちゃん、おはよう。」
「おはよ。」
「今日はナスある?」
「あるよ。今朝採ったばっか。」
「じゃあ五本もらおうかな。」
「はいよ。」
美琴は手際よく袋へ詰める。
その横では颯太が無言で袋を手渡し、空いたコンテナを荷台へ運んでいく。
「美琴ちゃん、トマト二袋。」
「はい。」
「ありがと。」
「毎度。」
次から次へと客がやって来る。
美琴は手を止めることなく袋詰めを続け、颯太は黙々と品物を補充していく。
言葉は交わさない。
それでも二人の動きが止まることはなかった。
しばらくすると、一人のおばあさんが店先へやって来た。
「美琴ちゃん、キュウリ一本だけもらえる?」
「一本で足りる?」
「今日は私しか食べないからねぇ。」
美琴はコンテナの中を見回し、少しだけ曲がったキュウリを一本手に取る。
「じゃあ、これも付けとく。」
そう言って袋へそっと入れた。
「え、いいの?」
「ちょっと曲がってるだけ。味は変わんないし。」
おばあさんは嬉しそうに笑う。
「ありがと。漬物にするから十分だよ。」
「また来週ね。」
「うん。また来るよ。」
袋を抱えたおばあさんは、何度も振り返りながら帰っていった。
それから三十分もしないうちに、コンテナは次々と空になっていく。
美琴は最後の袋を手渡した。
「毎度。」
「また来週。」
客を見送ると、荷台には空になったコンテナだけが残っていた。
時計を見る。
まだ七時を少し回ったところだった。
「今日も早かったねぇ。」
聞き慣れた声に、美琴が振り返る。
そこには、近所でも有名な世話好きのおばちゃんが、にこにこと笑いながら立っていた。
聞き慣れた声に、美琴が振り返る。
淡い色の着物に日傘を差した女性が、ゆっくりと歩いてくる。
「あ、おはよ。」
「おはよう、美琴ちゃん。」
おばちゃんは売り切れた店先を見回し、穏やかに微笑んだ。
「もう終わっちゃったのね。」
「うん。今日はちょっと早かった。」
「そう。」
おばちゃんは軽く頷くと、美琴のそばまで来た。
「ねぇ、美琴ちゃん。今日和ちゃんいる?」
「うん、家にいるよ。」
「よかった。」
美琴はコンテナを荷台へ載せながら首をかしげる。
「なんかあった?」
「うん。」
おばちゃんはさらりと言った。
「縁談を一つ持ってきたの。」
美琴の手がぴたりと止まる。
一拍置いて、何事もなかったように次のコンテナへ手を伸ばした。
おばちゃんはそんな様子を見て、小さく笑う。
「それじゃ、お昼前に寄らせてもらうわ」
返事はない。
美琴は黙ったまま荷台の整理を続ける。
おばちゃんは日傘を少し傾け、美琴の顔をそっと覗き込んだ。
「和ちゃんに言っておいてね?」
美琴は観念したように小さくため息をつく。
「……はい。」
「ふふ。」
おばちゃんは満足そうに笑うと、日傘を揺らしながらゆっくりと歩いていった。
その後ろ姿を見送りながら、美琴はもう一度、小さく息を吐いた。




