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91.さようなら

「あなたも、あの男と同じだ」


そう言ったあと、アリシアは自分の声が震えていたことに気づいた。


だめだ。


これ以上ここにいたら、崩れる。


泣くかもしれない。

手を伸ばしてしまうかもしれない。

どうして私ではないのかと、みっともなく問い続けるかもしれない。


そんな姿を、カイトに見せたくなかった。


アリシアは、ヨルカが消えた時の赤黒い光を思い出す。


竜化しようとした瞬間、この世界から弾き返された妹。


なら、自分も帰れる。


「……今は」


アリシアは顔を上げた。


「あなたの顔を見たくありません」


カイトの表情が止まる。


「アリシア」


「来ないでください」


アリシアの拒絶と共に竜の気配が、夜の校庭に満ちた。


カイトが一歩踏み出す。


「何するつもりだ」


アリシアは答えなかった。


ただ、ほんの少しだけ唇を震わせる。


そして、顔を上げないまま言った。


「さようなら」


それは別れの言葉というより、自分をこれ以上壊さないための線だった。


次の瞬間、世界が反応した。


白い光が校庭に落ちる。

竜になろうとしたアリシアの身体を、この世界が拒絶する。


消える直前、アリシアはカイトを見なかった。


見てしまえば、きっと崩れる。


だから顔を背けたまま、光に呑まれた。


光が閉じる。


校庭に残ったのは、抉れた土と、散らばった本と、三人分の呼吸だけだった。


アリシアはいなかった。


誰も、しばらく動けなかった。


最初に膝から力が抜けたのは、リオだった。


倒れたわけではない。


ただ、立っていられなくなったように、その場にしゃがみ込む。


「……本当、だったんだ」


声は震えていた。


シオンは答えなかった。


答える必要がなかった。


彼女も見た。


光の向こう。


異世界。


シロネコ島の家の前の風景。


石造りの家と、花壇と、海へ続く斜面。


この世界ではない。


けれど、カイトたちにとっての帰る場所。


そして、アリシアがこの世界のものではない力で消えていく瞬間。


もう、狂言では済まなかった。


カイトは、足元に散らばった本を見下ろしていた。


ページが破れている。


表紙が泥に汚れている。


校庭の白線は裂け、地面は大きく抉れていた。


さっきまでここにいた姉の気配だけが、まだ残っている。


喉の奥が乾いていた。


言わなければならないことは、いくらでもあった。


けれど、どれから言えばいいのか分からなかった。


それでも、黙ったままではいられなかった。


「……俺に分かる範囲では」


カイトは、ゆっくり口を開いた。


リオとシオンが、こちらを見る。


その視線が痛かった。


痛いのに、逃げることはできなかった。


「アリシアが言ったことは、事実だ」


リオの肩が小さく震えた。


シオンは唇を噛んだ。


カイトは続ける。


「俺は、この世界の人間じゃない」


自分で言葉にした瞬間、それがひどく遠い話のように聞こえた。


でも、遠い話ではない。


今ここにいる自分の話だった。


「異世界で生まれた。竜だ」


リオが息を呑む。


シオンの目が、ほんの少し細くなる。


「ユキトの息子で、アリシアは俺の姉だ」


その言葉が、夜の校庭に落ちた。


誰も笑わなかった。


誰も否定しなかった。


できるはずがなかった。


二人は見てしまった。


この世界の常識では説明できないものを。


カイトは、拳を握る。


「父さん……ユキトは、異世界で生きてる」


言ってから、少しだけ顔を歪めた。


「腹が立つほど元気にしてる」


リオの表情が揺れた。


怒ればいいのか。


安心すればいいのか。


悲しめばいいのか。


きっと、彼女自身にも分からないのだろう。


シオンも同じだった。


平静を保とうとしている。


けれど、その平静は薄い氷のように見えた。


「父さんには、向こうで家族がいる」


カイトは言った。


「妻がいて、子どもがいる」


リオの顔が痛そうに歪む。


シオンの指先が震えた。


「俺とアリシアは、その子どもだ」


言葉にするたび、父の人生がこの世界に影を落としていく。


ユキト。


この世界では、リオとシオンが愛していた男。


けれど異世界では、妻がいて、子どもがいて、帰る家がある男。


その事実は、たぶん何より残酷だった。


「ただ、全部を知ってるわけじゃない」


カイトは、そこだけははっきり分けた。


知らないことまで知っているふりはできなかった。


ここで曖昧にすれば、また誰かの人生を歪める。


「ユキトが竜なのかは分からない」


シオンが、わずかに眉を動かした。


「アキトが何者なのかも、俺は詳しく知らない。祖父だとは聞いてる。でも、アッシュと同じ人物なのか、竜なのか、そこまでは知らない」


アキト。


銀河竜アッシュ。


その名前が出た瞬間、彼女らの顔から色が引いた。


カイトは、それみてこれ以上踏み込まなかった。


知らないことは、知らない。


今は、それしか言えない。


「でも」


カイトは二人を見る。


「異世界は本当にある」


夜風が吹いた。


散らばった本のページが、ぱらぱらとめくれる。


「俺はそこから来た」


カイトは、逃げずに言い切った。


「俺は、ユキトの息子だ。ユキトじゃない」


沈黙が落ちた。


校庭の向こうで、どこかの部活動の忘れ物らしいボールが、風に押されてころりと転がった。


その小さな音さえ、ひどく場違いに聞こえた。


カイトは息を吸う。


ここから先は、言い訳では済まない。


自分の罪の話だ。


「俺がここに来たのは、父さんが残した二股を清算するためだった」


リオが顔を上げた。


シオンの視線が鋭くなる。


カイトは、その目から逃げなかった。


「本当は、すぐに言うつもりだった」


喉が詰まりそうになる。


それでも続けた。


「俺はユキトじゃない、もう帰ってこないって」


リオの唇が震える。


「君たちとは付き合えない」


シオンの目がわずかに揺れた。


「そう言って、終わらせるつもりだった」


言葉にした瞬間、胸の奥が痛んだ。


思い出す。


夕方、リオが駆け寄ってきたときの顔。


袖を掴んで、逃がさないようにして、それでも泣き出しそうな顔で笑ったこと。


シオンが平静を装いながら、奥歯を噛むようにして安心していたこと。


あれを壊せなかった。


「でも、言えなかった」


カイトの声が、少し低くなる。


「二人が俺に向けてくれたものを、踏みにじりたくなかった」


リオが目を伏せた。


シオンの指が、制服の袖を掴む。


「帰ってきたんだって、信じようとしてくれたことも」


「それでも俺を責めずに、隣にいようとしてくれたことも」


「何があったのか聞きたいはずなのに我慢してくれていたことも」


「全部、俺には分かってた」


カイトは、自分の弱さを一つずつ吐き出していく。


「それが俺の弱さだ、本当にごめん」


それは優しさではなかった。


少なくとも、優しさだけではなかった。


二人を傷つけたくない。


泣かせたくない。


その気持ちは確かにあった。


でも、それと同じくらい、自分がその痛みを背負うのが怖かった。


二人の優しさを踏みにじりたくないという顔をして、本当は、その優しさに甘えていた。


「一緒に過ごすうちに、知った」


カイトはリオを見る。


「リオが、ちゃんと頑張ってること」


リオの肩が揺れる。


「明るいだけじゃなくて、無理して笑ってること」


それから、シオンを見る。


「シオンが、何かに怯えてること」


シオンの表情が固まる。


「平気な顔をして、ずっと不安を抱えていたこと」


カイトは奥歯を噛んだ。


「それに、二人とも本当はお互いが嫌いだったはずなのに」


リオとシオンの視線が、ほんの一瞬だけ交わる。


「俺のために、歩み寄ろうとしてくれた」


それは、嘘ではなかった。


ぎこちない会話。


探り合うような沈黙。


それでも、同じ場所にいようとしてくれた時間。


あの時間を、全部偽物だったとは思えない。


「穏やかな時間を作ろうとしてくれた」


だから、苦しかった。


だから、言えなかった。


だから、逃げた。


「俺は、思ってしまった」


カイトは、自分自身を責めるように言う。


「このまま父さんのふりをしていれば、誰も傷つかないんじゃないかって」


リオの顔が歪んだ。


シオンが視線を落とした。


「好きになろうともした」


その一言で、二人の息が止まった。


カイトは続ける。


「そうすれば、全部うまくいくと思った」


リオの目が赤くなる。


シオンの指先が白くなるほど握られる。


「俺が君たちを好きになれば」


声が震えそうになった。


でも、止めなかった。


「俺がカイトでいることを諦めて、ユキトとして生きれば」

「いつか本当に、君たちを好きになれると思った」


都合のいい考えだった。


父のふりをして。


父の恋を引き受けて。


そのうえで、いつか自分のものに変えられるかもしれないと思った。


「誰も壊れずに済むんじゃないかって」


ひどい話だった。


優しさのふりをした逃げだった。


「でも、違った」


カイトは首を振る。


「今、はっきり分かった」


アリシアが消えた。


リオとシオンは見てしまった。


異世界を。


ユキトの真実を。


そして、カイトが隠していたものを。


もう戻れない。


戻してはいけない。


「そんな気持ちのまま君たちと付き合い続けるのは、不誠実だ」


リオが唇を噛んだ。


シオンの目が、静かに揺れる。


カイトは二人の前に立った。


逃げ場はなかった。


逃げるつもりもなかった。


「だから、ここではっきり言う」


声が震えそうになる。


それでも、言った。


「俺は、リオ、シオン、君たちを選ばない」


リオの目が見開かれた。


シオンの表情が、わずかに固まった。


カイトは続ける。


「ユキトの代わりとしても」


一つ。


「カイトとしても」


もう一つ。


「俺は、君たちの隣には立てない」


胸の奥が焼けるように痛かった。


でも、言わなければならなかった。


今度こそ、自分の口で終わらせなければならなかった。


「ごめん」


カイトは頭を下げた。


「もっと早く言うべきだった」


土の匂いがした。


「君たちが傷つく前に、終わらせるべきだった」


夜風が、制服の袖を揺らす。


「俺は、優しさのふりをして、ずっと逃げてた」


リオは何も言わなかった。


シオンも何も言わなかった。


沈黙が、謝罪よりも重く落ちている。


「本当に、ごめん」


その謝罪は、二人を引き止めるためのものではなかった。


許されるためでもなかった。


ただ、終わらせるための言葉だった。


最初に息を吐いたのは、リオだった。


震えるような息だった。


笑おうとして、失敗した顔をしている。


「……ずるいよ」


声は掠れていた。


「先に言われたら、私、怒れないじゃん」


カイトは何も言えなかった。


「怒りたいのに」


リオは両手で顔を覆った。


「最低だって言いたいのに」


指の隙間から、赤くなった目が見える。


「ちゃんと、言ってくれたんだって思っちゃうじゃん」


それは責めているようで、責めきれていない声だった。


だからこそ、痛かった。


「リオ」


「呼ばないで」


リオの声が少し強くなる。


カイトは止まった。


「今その声で呼ばれたら、私、また甘えたくなる」


彼女は顔を上げた。


目元は赤い。


けれど、涙は落としていなかった。


「私、ユキトが好きだった」


カイトは黙って聞いた。


「顔が好きだった。軽いところも、むかつくところも、全部好きだった……」


声が揺れる。


それでも、リオは言葉を止めなかった。


「ちゃんと、自分で好きになったんだって思ってた」


本気だった。


そう言わなくても分かった。


軽い好意ではなかった。


ただの顔の好みでもなかった。


リオはリオなりに、本気でユキトを好きだった。


「でも、今は分かんない」


その言葉を口にした瞬間、リオの顔が痛そうに歪んだ。


「それが本当に私の気持ちだったのか」


カイトは拳を握る。


「ユキトの顔とか、父親の影とか、そういうものに引っ張られてただけなのか」


リオは唇を噛む。


「分かんないんだよ」


風が吹く。


リオの髪が揺れる。


いつもなら明るく見えるその髪が、今は頼りなく見えた。


「それに」


リオは傷ついた瞳でカイトを見つめた。


「カイト君は優しい」


初めてだった。


リオが、彼をはっきりカイトと呼んだ。


その名前は、ひどく静かに落ちた。


「ユキトじゃないんだって、今なら分かる」


リオは笑おうとした。


やっぱり、失敗した。


「ユキトなら、きっとこんな顔はしない」


カイトの胸が痛む。


「だから、ちょっと安心しそうになった」


リオの声が小さくなる。


「この人なら、私をちゃんと見てくれるかもって」


カイトは言葉を失った。


「でも、それって最低だよね」


「最低じゃない」


反射的に言った。


リオは首を振る。


「最低だよ」


今度は、はっきりしていた。


「ユキトを失った穴に、カイト君を入れようとしてるだけかもしれない」


その言葉は、リオ自身を傷つけていた。


でも、彼女は逃げなかった。


「この気持ちが本物なのか、寂しさなのか、血のせいなのか、自分でも分からない」


カイトは何も言えない。


言えば、きっと彼女は揺れる。


揺らしてしまう。


「そんな状態で好きって言ったら、あなたにも、私にも嘘になる」


リオは、ゆっくり立ち上がった。


足元はふらついていた。


それでも、自分で立った。


「だから」


彼女はカイトをまっすぐ見る。


「……私もあなたを選ばない」


カイトは息を止めた。


「……私もあなたの隣には行けない」


それは、拒絶だった。


でも、カイトの言葉に対する答えでもあった。


彼が選ばないと言った。


リオも、自分の足で選ばないことを選んだ。


「ごめん」


リオは言う。


「私、ちゃんと自分の気持ちが私のものだって言えるまで、誰の隣にも立てない」


目元が赤いまま、リオは少しだけ笑った。


今度は、ほんの少しだけ成功していた。


「……さよなら、カイト君」


その名前は、別れのための名前だった。


「ユキトじゃなくて、カイト君に言うね」


それだけ言って、リオは背を向けた。


走らなかった。


逃げなかった。


泣き崩れもしなかった。


ただ、震える足で校庭を出ていく。


カイトは追えなかった。


追えば、また彼女を縛ることになる。


リオの背中が校門の方へ遠ざかっていく。


やがて、夜の中に溶けるように見えなくなった。


残されたシオンが、静かに息を吐いた。


カイトは彼女を見る。


「……シオン」


「お願いです、優しくしないでください」


即座に遮られた。


シオンの声は、いつも通り丁寧だった。


だが、薄い膜の下で何かが壊れかけているのが分かった。


「今の私に優しくしたら、私はきっと、あなたに縋ります」


カイトは動けなかった。


シオンは視線を落とす。


「……ありがとうございます」


予想していなかった言葉だった。


カイトは、何も言えない。


シオンは続けた。


「先に、終わらせてくれて」


その声は静かだった。


静かなぶん、痛かった。


「あなたが曖昧なまま優しくしていたら」


シオンは自嘲するように笑う。


「私は、たぶん都合よく解釈しました」


カイトは黙っていた。


「ユキト君ではないと分かっていても」


シオンの指先が震える。


「あなたを、あの人の代わりにしてしまったと思います」


「俺は……」


「分かっています」


シオンは顔を上げた。


「あなたはカイトさんです」


リオよりも硬い呼び方だった。


距離を置くための名前。


ユキトではない彼へ向けるための名前。


「ユキト君ではありません」


その声は静かだった。


静かなぶん、確かだった。


「だからこそ、私はあなたに縋ってはいけない」


夜風が髪を揺らす。


薄紫の髪が、街灯の下で淡く光っていた。


「私は、ユキト君を愛していると思っていました」


シオンは言う。


「けれど、今は分かりません」


彼女の笑みは、笑みではなかった。


壊れないために形だけ作った表情だった。


「私が欲しかったのは、ユキト君だったのか」


一つずつ、胸の内を切り開くように言葉が落ちる。


「逃げない男だったのか」


カイトは答えられない。


「私を捨てない誰かだったのか」


シオンの声が、少しだけ低くなる。


「それとも、母のように取り残されないための檻だったのか」


その言葉は、シオン自身に深く刺さっていた。


彼女は、父を憎んでいた。


母を傷つけた男を、軽蔑していた。


逃げた男を。


残された側の痛みを理解しようともしなかった男を。


「私は、父を憎んでいました」


シオンの声が冷える。


「母を傷つけた男を、心の底から軽蔑していました」


カイトは黙って聞いた。


「なのに」


シオンの喉が、小さく震える。


「その父の残した何かの上で、私は恋をしていたのかもしれない」


指先が震えていた。


彼女はそれを隠すように、両手を握った。


「憎んでいた父の手の上で、まだ踊っていた」


カイトの胸の奥が冷えた。


アリシアはリオとシオンを傷つけた。


それは間違いない。


けれど、壊したのはアリシアだけではない。


その下に、もっと古いものがあった。


アキト。


ユキト。


逃げた者。


残された者。


名前も知らないまま生まれ、数えられなかった子どもたち。


その積み重なったものが、今ここで二人を刺している。


「そう思った瞬間」


シオンは、ゆっくり息を吸う。


「私の恋は、私のものではなくなりました」


カイトは何も言えなかった。


違うと言えば、彼女を楽にできるかもしれない。


でも、それは嘘になる。


彼女の恋が本物ではなかったとは言えない。


けれど、完全に自由なものだったとも言えない。


誰にも分からない。


本人にさえ、今は分からない。


「私も、あなたを選べません」


シオンは、はっきりと言った。


「今の私があなたの隣に立てば、それは愛ではなく依存です」


その声は細いのに、折れていなかった。


「私は、それを愛とは呼びたくありません」


カイトは唇を噛んだ。


シオンは一歩下がる。


「あなたが先に言ってくれて、よかった」


その言葉は、感謝ではあった。


でも、救いではなかった。


「そうでなければ、私はきっと、あなたを逃がさなかった」


カイトの息が止まる。


シオンは、ほんの少しだけ表情を緩めた。


疲れた顔だった。


諦めにも似ていた。


でも、そこには小さな自覚もあった。


自分が何をしようとしていたのか。


自分が何を愛と呼ぼうとしていたのか。


それを知ってしまった顔だった。


「さようなら、カイトさん」


リオよりも硬い呼び方。


だが、それもまた、ユキトではない彼へ向けた別れだった。


シオンは踵を返す。


去っていく背中は、いつもより小さく見えた。


それでも、彼女は振り返らなかった。


カイトは、やはり追えなかった。


校庭に一人残される。


アリシアはいない。


リオもいない。


シオンもいない。


父の二股は、終わった。


今度こそ、カイト自身の口で終わらせた。


けれど、それで誰かを救えたわけではなかった。


リオは、自分の恋を信じられなくなって手を離した。


シオンは、自分の愛を依存と切り分けるために離れていった。


清算と呼ぶには、あまりにも苦い終わりだった。


カイトは、ゆっくり膝をついた。


地面に手をつく。


土が冷たい。


「……何も、できなかった」


声は誰にも届かない。


いや。


違う。


何もできなかったわけではない。


言うべきことは言った。


逃げずに終わらせた。


それでも、誰かを救えたわけではない。


二人は最後に、自分をユキトではなくカイトと呼んだ。


それは救いではなかった。


別れのための名前だった。

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