69.人として生きる
あの夜から、さらに一年が過ぎた。
家の空気が大きく壊れたわけではない。
翌日、カイトはヨルカに謝った。
ヨルカが悪いわけではなかったこと。
あの言い方は、自分が悪かったこと。
それだけは、どうにか言葉にした。
ヨルカはかなり動揺していた。
それでも、最後には小さく頷いてくれた。
父とも、そのあと何度か話した。
謝られた気もする。
あるいは、謝るような形にならないまま、いつもの軽口に戻っただけだったかもしれない。
ただ、カイトの中には残っていた。
言いたいことがあった。
まだ途中だった。
それを、終わったことにされた。
その感覚だけは、一年経っても完全には消えなかった。
シロネコ島の暮らしは続いた。
ユキト達は朝になれば起き、食べ、働き、夕方には家へ戻る。
畑はさらに広がり、果樹の枝は去年より太くなった。家の周りの土も落ち着き、風の通り道や水の流れも、もう何度も直されて暮らしに馴染んでいた。
その中で、アリシアとヨルカは竜としての訓練を始めていた。
アリシアはフローラから結界と浄化、そして魔法を学んだ。
力を外へ出すのではなく、まず自分の内側で抑えること。
守る範囲を広げる前に、何を守るのかを決めること。
竜化した時の視界、身体の重さ、魔力の流れ。
フローラは優しかったが、甘くはなかった。
「力が強いことと、正しく使えることは別です」
その声は穏やかなのに、よく通った。
アリシアは黙って頷き、何度も同じ失敗を直していく。
涼しい顔をしているようで、額には汗が滲んでいた。
ヨルカはヴォルカから火の扱いを習った。
火力を出すより、出さない方が難しい。
怒った時に燃やさないこと。
怯えた時に暴発させないこと。
尾の位置、角の向き、踏み込みの重さなど体術を教えた。
「怖いと思った時ほど、まず息をしてください」
ヴォルカはそう言って、ヨルカの背に手を置いた。
ヨルカは何度も頷いた。
臆病なのは変わらない。
けれど、火を怖がるだけではなく、少しずつ自分のものとして扱おうとしていた。
ネムリアは二人の訓練を、眠そうな顔で眺めていることが多かった。
けれど時々、妙なところで気づく。
「ありしあ、そこ、ちょっとこわばってる」
言われたアリシアが驚く。
フローラが見ると、確かに指先に余計な力が入っている。
「よるか、火、まえじゃなくて、したににげてる」
ヨルカが慌てて足元を見る。
焦げかけた土が、細く煙を上げていた。
カイトは、それを少し離れた場所から見ていた。
最初は痛かった。
アリシアが進む。
ヨルカが進む。
二人は少しずつ、自分の中にある竜を覚えていく。
そのたびに、自分だけが同じ場所に残されている気がした。
けれど、その痛みも一年続くと、少しずつ鈍くなる。
毎日裂けるほど痛いままでは、生きていけない。
だからカイトは、考えるのをやめた。
自分は、そっち側ではない。
なら、人間として生きればいい。
そう思うことにした。
ユキトは、そんなカイトたちに勉強も教えた。
この世界では見慣れない数字。
十進法。
四則演算。
簡単な帳簿の付け方。
物の値段と重さ。
保存食を買う時の計算。
港で騙されないための見方。
「俺の世界だと、これくらいガキでもやるぞ」
ユキトは得意げに言った。
カイトは眉を寄せる。
「父さん、真面目に勉強してたの?」
「してねえ」
即答だった。
「じゃあ偉そうに言うなよ」
「いや、俺が真面目にやってなくても、俺の世界の教育水準が高かったのは事実だからな」
「そういうところ、本当に腹立つ」
「でも計算できねえと損するぞ。商人は笑顔で金を抜くからな」
ユキトはそう言って、板に数字を書いた。
腹は立つ。
けれど、分かりやすかった。
ユキトの教え方は妙に実用的だった。
ただ数字を覚えろとは言わない。
港で買い物をする時。
船賃を払う時。
荷を運ぶ仕事を請ける時。
報酬を分ける時。
どこで使うのかを、いちいち話す。
「たとえば、お前がアストロ・ベイで何か買うとするだろ」
その名前が出るたび、カイトは少しだけ顔を上げた。
アストロ・ベイ。
島から一番近い、大きな港。
王国直轄の交易港。
船が何隻も並び、人が多く、知らない品物があり、夜には海に灯りが映る場所。
カイトは何度か行ったことがある。
けれど、それはいつも誰かに付き添われてのことだった。
自分の足で行ったわけではない。
自分の用事で滞在したわけでもない。
ユキトが船の話をすると、カイトは耳を傾けた。
地図を見る時間も増えた。
帳簿の計算も、最初より真面目に覚えるようになった。
ユキトはそれに気づいていたかもしれない。
けれど、何も言わなかった。
カイトも言わなかった。
ただ、島の外にあるものの輪郭だけが、少しずつはっきりしていった。
その朝も、いつもと同じように始まった。
庭先には薄い朝日が差していた。
海からの風はまだ熱を帯びておらず、足元の土は夜の湿り気を少し残している。
カイトはアリシアと向かい合っていた。
武器はない。
カイトは素手を選んでいる。
いつでも道具があるとは限らない。
それに、父のように防具だか武器だかよくわからない物に頼りたくないという気持ちもあった。
ユキトの盾はすごい。
それは分かっている。
痛みに耐え、受け流し、最後に一撃を返すためのもの。
けれど、父の象徴みたいで嫌だった。
だからカイトは、手足で戦うことを選んだ。
足運びはユキトから習った。
受け流しも、体のずらし方も、目線の置き方も。
ユキトは戦闘力1だ。
それでも、生き残るための技術だけは妙に持っている。
カイトはもう、父より速い。
力もある。
踏み込みも重い。
怖がらずに前へ出る胆力もある。
フローラは以前、静かに言ったことがある。
「人間として見れば、かなり優れています」
それは慰めではなかった。
フローラの見立ては、そういうところで甘くない。
だからカイトも、自分が弱いだけではないことは分かっていた。
だが、アリシアには届かない。
「行く」
カイトは短く言って踏み込んだ。
右足を出す。
肩を沈める。
腕を出すふりをして、足を狙う。
アリシアは半歩だけ下がった。
それだけで、カイトの間合いがずれる。
次の瞬間、手首を取られた。
視界が回る。
背中が地面に落ちた。
「っ……!」
息が抜ける。
空が見える。
白い雲が、何も知らない顔で流れていた。
アリシアが上から覗き込む。
「もう一回やる?」
余裕がある。
けれど、見下してはいない。
それが逆につらかった。
「やる」
カイトは起き上がる。
二度目も、三度目も、結果は変わらなかった。
カイトが踏み込む前に、アリシアはもう次の場所にいる。
こちらの動きを読んでいるだけではない。
こちらが動きたい場所そのものを、先に潰してくる。
力が強いだけじゃない。
竜だから頑丈なだけでもない。
間合いが深い。
判断が早い。
迷いが少ない。
そして、努力している。
それがカイトにも分かってしまう。
姉さんは竜だ。
そう思えば、まだ楽だった。
竜だから勝てない。
竜だから届かない。
自分とは違う側だから仕方ない。
だが本当は、それだけではない。
アリシアは自分よりずっと先に進んでいる。
積み重ねている。
自分が見ていないところでも考え、直し、強くなっている。
それを認めると、簡単には逃げられなかった。
何度目かに投げられたあと、カイトは起き上がらずに空を見ていた。
「カイト?」
アリシアの声がする。
「少し休む」
「うん」
アリシアはそれ以上、急かさなかった。
カイトは呼吸を整えながら、ぼんやりと考える。
もうすぐ十七歳になる。
この国では、成人として扱われる年齢だ。
いつまでも、家の子どもではいられない。
アリシアは竜として進んでいる。
ヨルカもそうだ。
自分だけが、いつか何かが起きるのを待っているのはもう嫌だった。
人間として生きる。
そう決めてから、少し楽になった。
だから竜になれなかった子どもとして、この島で待ち続ける必要はない。
まずはアストロ・ベイへ行く。
そこから、できれば船に乗る。
王国だけじゃない。
もっと遠くの街も見たい。
地図にない場所も見たい。
父が時々話す異世界のことは腹立たしい。
何でも知っているような顔をされると、なおさら腹が立つ。
けれど、知らないものを話している時の父の姿だけは、少し羨ましかった。
自分も見たい。
この島の外を。
母たちの庇護の外を。
父の言葉が届かない場所を。
カイトは空を見たまま、胸の奥で決めた。
俺は、この島を出る。
その時だった。
胸の奥が、熱くなった。
最初は、何度も倒されたせいだと思った。
背中を打った痛みが、遅れて胸まで響いているのかと思った。
違った。
骨の奥が軋む。
血が熱を持つ。
身体の輪郭が、内側から押し広げられるようにずれた。
「……っ」
息を吸おうとして、うまく吸えない。
空が遠くなる。
いや、近くなる。
視界が変わった。
「カイト?」
アリシアの声が、明らかに変わる。
その声で、カイトは自分に何かが起きていると気づいた。
手足の感覚が遠い。
指の先が違う。
爪がある。
地面に触れているものが、自分の手ではないように思えた。
背中が重い。
尾がある。
息を吸うだけで、匂いが増えた。
土。
海。
草。
アリシアの汗。
家の方から流れてくる湯の匂い。
全部が、一度に入ってくる。
カイトは混乱した。
だが、その混乱の中で、一瞬だけ強い喜びが走った。
来た。
俺にも来た。
俺も、そっち側だった。
母たちが望んでいた場所へ。
アリシアやヨルカが立っている側へ。
ようやく、自分も届いた。
けれど、その喜びは長く続かなかった。
カイトは、自分の前足を見た。
鱗があった。
緑ではなかった。
実母、ネムリアのような、濃い緑ではない。
夢に沈むような、淡い気配もない。
眠りの底に触れるような色ではなかった。
灰色だった。
「……なんだ、これ」
声は、言葉にならなかった。
喉の奥から低い音が漏れただけだった。
アリシアが息を呑む。
「カイト、少し待ってて!」
その声に、カイトは反射的に止まった。
アリシアとヨルカの竜化を見ていた。
だから分かる。
今は動かない方がいい。
分からないなら、待つ。
アリシアが家の方へ振り返った。
「母さんたち!」
その声は、普段のアリシアにしては珍しく鋭かった。
最初に来たのはフローラだった。
次にヴォルカ。
少し遅れてネムリア。
最後に、何事かとユキトが駆けてくる。
「何だ、どうし……」
ユキトの声が止まった。
誰も、すぐには何も言わなかった。
フローラの目が見開かれる。
ヴォルカが一歩前に出て、しかしそこで止まる。
ネムリアは、動かなかった。
その顔を、カイトは見た。
安堵がある。
確かにあった。
竜化した。
カイトも純竜だった。
それを見た母たちの顔に、ほどけるようなものが一瞬浮かんだ。
だが、それだけではなかった。
驚き。
戸惑い。
言葉を選ぶような沈黙。
特にネムリアの顔が違った。
眠そうな目は、いつもよりずっと開いていた。
けれど、喜びだけではない。
何か、恐れていたものが目の前に現れたような顔だった。
「……灰竜」
フローラが小さく言った。
その声は、風に紛れそうなほど低かった。
アリシアが、隣で呟く。
「……ありえない」
カイトには、意味が分からなかった。
灰竜。
それが何なのか分からない。
なぜ自分がそう呼ばれたのかも分からない。
ただ、母たちの顔が一瞬変わったことだけは分かった。
それからのことは、どこかぼんやりしていた。
フローラが近づき、落ち着いた声で呼吸を整えるように言った。
ヴォルカが周りの物をどけた。
ネムリアは少し遅れてから、カイトの鼻先に手を伸ばした。
「だいじょうぶ」
その声は柔らかかった。
「ここにいる。こわくない」
カイトは動かなかった。
怖くはなかった。
少なくとも、竜化そのものは。
けれど、母たちの顔が怖かった。
自分の鱗の色が怖かった。
その日の夜、家の中は妙に静かだった。
ヨルカは何度もカイトの方を見た。
話しかけたそうにして、でも結局何も言わない。
アリシアは普段通りに見えた。
けれど、視線がいつもより鋭かった。
ユキトは軽口を言おうとして、二度ほど失敗した。
三度目は何も言わなかった。
夕食のあと、カイトは母たちから話を聞くことになった。
居間には、フローラ、ヴォルカ、ネムリアがいた。
ユキトもいたが、少し離れて座っていた。
カイトは正面に座る。
自分に生えた角を触る。
今はもう人の形に戻っているが尻尾も残っている。
そして、あの竜化する感覚は残っていた。
尾があった。
爪があった。
鱗があった。
灰色の鱗が。
「まず」
フローラが静かに口を開いた。
「あなたは竜化しました。ですから、純竜であることは間違いありません」
カイトは黙って頷いた。
「竜化できる以上、寿命についての心配は大きく薄れます。人間のように短く生きるわけではありません。ある段階を越えれば、老い方も人とは違っていきます」
その説明は短かった。
けれど、カイトの胸には確かに落ちた。
自分は、置いていかれる側ではなかった。
アリシアも、ヨルカも、自分も。
母たちと同じ長い時間を生きる側だった。
安堵と同時に少し驚いた。
寿命が違うのは初耳だった。
だが、フローラの次の言葉で、その驚きとは別の重さを持った。
「私たちは、それが怖かったのです」
カイトは顔を上げる。
フローラは目を逸らさなかった。
「もし、あなたたちが非竜だったら。私たちだけが残り、子どもたちが先に大きくなり、先に老いて、先に死ぬかもしれなかった」
ヴォルカが手を握る。
「可愛くないからではありません。愛していないからでもありません」
その声は、少し震えていた。
「愛しているから、怖かったんです」
ネムリアが膝の上で指を丸める。
「あなたたちだけ、さきにいくの、やだった」
短い言葉だった。
けれど、いちばん重かった。
カイトは黙った。
今までは、自分だけが置いていかれるのだと思っていた。
アリシアが竜になり、ヨルカが竜になり、自分だけが何も起きない。
自分だけがそっち側に届かない。
そう思って苦しかった。
でも母たちは、別のものを見ていた。
子どもに先に置いていかれる未来。
カイトは初めて、それを自分のこととして想像した。
自分だけが老いない。
好きになった誰かの背中が、年ごとに小さくなっていく。
笑い方が変わり、歩く速さが変わり、手の温度が弱くなっていく。
子どもが、自分より先に大人になる。
自分より先に老いていく。
自分がまだ変わらない姿のまま、その終わりを見送る。
無理だ、と思った。
喉の奥が冷える。
俺には、そんな愛し方はできない。
カイトは膝の上の手を握った。
人間は選ばない。
そう思った。
そんな恐怖を背負いながら愛するなんて、自分にはできない。
大事な相手だからこそ、無理だ。
愛している相手を、先に失うと分かっていて選ぶなんて、自分にはできない。
その理解と同時に、別の感情が胸の底から上がってきた。
怒りだった。
母たちが怖かったことは分かった。
愛しているからこそ苦しんだことも分かった。
だからこそ、思ってしまった。
だったら、どうして父さんを選んだんだ。
カイトは、少し離れて座っているユキトを見た。
ユキトは何も言わない。
珍しく、何も言えない顔をしていた。
カイトは母たちへ視線を戻す。
そんなに怖かったなら。
子どもを失うことが、そんなに怖かったなら。
最初から、竜を選べばよかったじゃないか。
そうすれば、母たちもこんな顔をしなかった。
アリシアもヨルカも、自分も、純竜か非竜かなんてことで傷つかずに済んだかもしれない。
言葉にはしなかった。
言ってはいけない気がした。
けれど、胸の中には確かにあった。
なぜ、人間を選んだんだ。
母たちはユキトを愛した。
それは分かっている。
でも今のカイトには、その意味が分からなかった。
そこまでの恐怖を抱えるくらいなら。
子どもまで巻き込むくらいなら。
なぜ、そんな道を選んだのか。
居間に沈黙が落ちた。
カイトは一度息を吸い、別の問いを出した。
「じゃあ」
自分でも声が硬いと思った。
「俺は、何の竜なんだ」
フローラの顔がわずかに変わった。
カイトは続ける。
「アリシア姉さんは、フローラ母さんと同じ花聖竜なんだろ」
「ヨルカは、ヴォルカ母さんと同じ炎魔竜」
「なら俺は、ネムリア母さんと同じになるんじゃないのか」
ネムリアの肩が、ほんの少し揺れた。
「幻夢竜種」
カイトはその言葉を、自分で確認するように言った。
「幻と眠り。緑の鱗。眠らせる力」
「そういう竜になるんじゃないのか」
誰もすぐには答えなかった。
「なのに、灰色だった」
カイトは母たちを見る。
「灰竜って、何なんだよ」
フローラはしばらく黙っていた。
それから、慎重に言葉を選ぶように口を開く。
「私たちの方でも、結論は出ていません」
「結論?」
「正確でない憶測は、あなたに言えません」
それは正しい言葉だった。
たぶん、嘘ではない。
けれど、カイトにははぐらかしに聞こえた。
ヴォルカも否定しなかった。
ただ、つらそうに眉を寄せている。
ネムリアは何かを言いかけた。
唇が小さく動く。
でも、言葉にはならなかった。
そして結局、黙った。
その沈黙が、カイトには一番怖かった。
知らない顔ではなかった。
知っていて、言わない顔に見えた。
「……そう」
カイトはそれだけ言った。
本当は、もっと聞きたかった。
俺は何の竜なんだ。
なんで灰色なんだ。
母さんと同じじゃないのは、どうしてなんだ。
けれど、聞けなかった。
聞けばまた、別の説明で終わらせられる気がした。
正しい言葉で、丁寧に包まれて、肝心なところだけ届かないまま終わる気がした。
それに、答えを聞くのも怖かった。
もし、自分が何かおかしい存在だったら。
もし、ネムリアの子として普通ではないと言われたら。
もし、母たちですら答えを持っていなかったら。
カイトは立ち上がった。
「今日は、もういい」
その言い方に、ユキトが少し反応した。
以前なら、そこで何か言ったかもしれない。
終わりだ、と。
落ち着いてからにしろ、と。
今日はここまでだ、と。
だが、ユキトは何も言わなかった。
カイトはそれを見ないようにして、部屋を出た。
自分の部屋に戻っても、眠れなかった。
窓の外には夜の海が見える。
月の具合がよく、遠くの白砂がかすかに青く光っていた。
綺麗だと思った。
けれど、その綺麗ささえ、今は少し息苦しかった。
この島は嫌いではない。
家族も嫌いではない。
それでも、ここにいると、自分が何なのかをずっと家族の目で測られる気がした。
竜なのか。
人なのか。
何の竜なのか。
誰に似ているのか。
何を受け継いでいるのか。
ネムリアの子。
ユキトの息子。
竜になれなかった子。
そして今度は、灰色の竜。
もう全てが嫌だった。
カイトは窓枠に手を置く。
島の向こうに海がある。
海の向こうにアストロ・ベイがある。
さらにその先には、自分の知らない世界がある。
人間として出るつもりだった。
竜になれないなら、人間として生きればいい。
そう思っていた。
でも、竜になった今でも、それは変わらなかった。
カイトは思う。
俺はここを出る。
この島だけで終わりたくない。
父と母たちの子どもとしてだけ見られる場所ではなく、自分の力だけで立てる場所へ行きたい。
海の向こうを見ながら、カイトは静かに息を吐いた。
ただ、ひとつだけ分からない。
俺は、何の竜になったんだ。




