37.似てたんだよな
あれから一週間が経った。
最初の数日は、正直かなりきつかった。
野営の火を囲んでも会話は続かない。
必要なことだけを言って、あとは黙る。
見張りの順番、水場の位置、寝る前の火の始末。
そういう実務だけは崩れなかったが、それ以外は沈んだままだった。
ミラのこと。
ナナのこと。
ユキトが見せた醜態。
あれを嫌だと思わなかった者は、たぶん一人もいなかった。
ユキト自身も、それは分かっていた。
だからこそ、あの竜の求愛を見た時、変に腑に落ちてしまったのだ。
自分は人間で、弱い。
竜たちが本来伴侶に向けるものへ、同じ形では何一つ返せない。
なら、今の自分にできることをやるしかない。
その時に出てきたのが、ひどく不器用な言葉だった。
どこかでデートしたい。
時期的に、リリウムがちょうどいいんじゃないか。
それは立派な覚悟表明でも、綺麗な償いでもなかった。
ただ、返せないなりに返そうとした、精一杯の不格好だった。
けれど、それでも伝わったものはあった。
少なくともヴォルカも、フローラも、ネムリアも、
あのままの重い空気で一緒にいることの方が嫌だった。
だから一週間。
移動と野営を重ねながら、誰からともなく少しずつ、空気を戻そうとしていた。
最初は短い返事だけだった。
次に、食事の時に一言増えた。
水が冷たいとか、風が強いとか、そういうどうでもいいことがぽつりと混じるようになった。
それから、誰かが振った話を、少し間を置いて誰かが拾うようになった。
元通りには程遠い。
でも、沈黙しかない状態ではもうなかった。
山道を歩くユキトの背中に、今日も三人の気配が続いている。
先頭は相変わらずユキトだった。
ぬかるみを踏み、枝を払い、崩れやすい場所を先に越える。
その背中を見ながら、ヴォルカが小さく言った。
「……今日の道、少し歩きやすいですね」
「昨日までの方がひどかったからな」
ユキトが前を向いたまま返す。
「これで歩きにくいって言われたら泣く」
ヴォルカは少しだけ口元を緩めた。
「泣くんですか」
「普通にへこむ」
「……少しだけ、見てみたいです」
「やめろ。そんな需要いらん」
その会話に、少し遅れてフローラが入る。
「今日は斜面が少ないですからね。昨日までよりは、確かに楽です」
「だろ?」
「ええ。もっとも、楽と言っても一般的な人間基準から見れば、十分に山道ですが」
「そこは言うなよ」
少し後ろを歩いていたネムリアが、うっすら目を開けた。
眠たげではあるが、足取りはもう前のように危なっかしくない。
背負われていた頃とはことなり、彼女はちゃんと自分の足で歩くことに慣れていた。
「……やまみち」
「今さらかよ」
「おなかすいた……」
「そっちかよ」
「だって……ずっと歩いてる……」
「寝ぼけながら歩くなよ」
「歩いてる……」
「知ってる」
それきり、また少しだけ沈黙が落ちる。
だが、前のような痛い沈黙ではない。
言葉が途切れても、すぐに空気が凍るわけではなくなっていた。
しばらく歩いてから、今度はユキトが口を開いた。
「着いたら、何食いたい」
ヴォルカが一瞬だけ目を丸くする。
質問が来ると思っていなかった顔だった。
「え……」
「いや、せっかく街なんだから。どうせなら野営飯じゃないもん食いたいだろ」
「……それは、そうですけど」
ヴォルカは少し悩んでから、小さく言った。
「甘いもの、でしょうか」
「やっぱそっちか」
「だ、だって祭りですし……」
「分かる」
フローラが静かに続ける。
「去年食べた花蜜の焼き菓子は、なかなか良かったですね」
「覚えてるんだな」
「印象に残っていましたので」
ネムリアが少しだけ顔を上げる。
「……あまいの」
「お前は聞いてなくてもそこだけ反応するな」
「食べる……」
「まだ着いてねえよ」
「先に決める……」
「食う気満々だな」
ユキトは少しだけ息を吐く。
たぶん、こういうのでいいのだと思った。
大した話ではない。
気の利いた会話でもない。
でも、返ってくる。
ちゃんと返ってくる。
それだけで十分だった。
さらに少し進んだところで、フローラが前方を見ながら言った。
「去年は、もっと風が冷たかった気がします」
「冬の終わりだったからな」
ユキトが答える。
「今年は少し遅いんじゃないですか」
「そうかもしれませんね」
ヴォルカが周囲を見回しながら言う。
「花の時期も、少しずれているんでしょうか」
「どうだろうな。去年より多い気はする」
「……ふえてる」
ネムリアがぼそりと言った。
「何が」
「花……」
ユキトは周囲を見た。
確かに山肌の色が、少しずつ変わっていた。
岩の隙間、斜面の草むら、木の根元。
小さな花がぽつぽつと増えている。
春が近い、というより、もうそこまで来ていた。
やがて山道の先が明るく開けた。
木立が途切れ、視界が抜ける。
その先に、花の街リリウムが見えた。
白い建物が並び、そのあいだを縫うように色とりどりの花が揺れている。
道沿いにも、窓辺にも、広場にも、あちこちに花がある。
山の色からそのまま春が流れ込んで、街になったみたいだった。
ヴォルカが、思わず小さく息を呑む。
「……わあ」
その声が、あまりに素直だったので、ユキトは少しだけ笑った。
「相変わらずそれっぽい街だな」
フローラも目を細める。
「ええ。去年と同じようで、でも少し違います」
「何が違うんですか……?」
「人の数でしょうか」
確かに、去年より賑わって見えた。
街へ近づくにつれて、祭の音が聞こえてくる。
笛の高い音。
弦を弾く軽やかな音。
打楽器の跳ねるようなリズム。
どれも遠くから流れてきて、風に混じって山道まで届いていた。
ネムリアが耳を澄ますように少しだけ顔を上げる。
「……音」
「祭りだからな」
「にぎやか……」
「寝るには向いてねえな」
「……むぅ」
ユキトたちはそのまま山道を下り、街へ入った。
近づけば近づくほど、花の匂いと人の気配が濃くなる。
去年と同じ街のはずだった。
けれど、中へ入った瞬間、ユキトはわずかに眉を寄せた。
視線が多い。
祭りだから、人は多い。
珍しい顔なら見られる。
それは分かる。
だが、それだけではない。
通り過ぎる時、店先の会話が一瞬だけ止まる。
こちらを見て、すぐ逸らす。
掲示板の前に立っていた男が、仲間に何か言いかけてやめる。
屋台の女店主が笑顔のまま、ほんのわずかに目だけ細くする。
敵意ではない。
でも、知っているような反応だ。
「……なんか、去年より人多くないですか」
ヴォルカが周囲を見ながら言う。
「多いな」
「祭りだからでしょうか」
「たぶんそれもある」
ユキトは曖昧に返す。
違和感の正体はまだ掴めない。
だが、ただ祭で賑わっているだけとも思えなかった。
それでも、街の明るさそのものは確かにあった。
屋台からは甘い匂いが漂い、花びらを散らして遊ぶ子供たちが走っていく。
楽師たちは通りの一角で演奏していて、その音が風に乗って届く。
去年と同じような春の空気が、ちゃんとそこにはあった。
ネムリアが小さく鼻をひくつかせた。
「……あまいの」
「早いな」
「さっきから言ってる」
「知ってる」
ヴォルカが少し困ったように、それでも前より自然な顔で言う。
「着いたばかりなのに、食べ物の話ばかりですね」
「大事だろ。旅の満足度の七割は飯だぞ」
「そんなにですか」
「八割かもしれん」
「増えました」
フローラの静かな突っ込みに、ユキトは肩をすくめた。
「細かいことは気にするな」
そんな風に、たどたどしくでも会話は続く。
それから、少し遊んだ。
花冠を見て、焼き菓子を買って、屋台の前で足を止める。
ネムリアは案の定、甘いものばかり見ていたし、ヴォルカは人の多さに緊張しながらも去年よりは少しだけ視線を上げていた。
フローラは花飾りの意味や並び方を静かに見ていて、ユキトはその横で適当な軽口を叩いた。
笑うほどではない。
はしゃぐほどでもない。
でも、四人で同じものを見て、同じ方向を向いて歩いていた。
その最中にも、違和感は消えなかった。
屋台で菓子を受け取る瞬間、店主の視線が一拍だけ止まる。
通りすがりの男たちがこちらを見て声を落とす。
掲示板の前には妙に人が集まっていて、誰かが紙を読んでは横目でこちらを見る。
最初は祭りだからだと思った。
人も多いし、三人が目立つからかもしれない。
そう流しかけたが、重なると無視しきれない。
「ちょっと待ってろ」
ユキトが低く言った。
ヴォルカがすぐに顔を向ける。
「え?」
「すぐ戻る」
短く言って、人混みを抜ける。
掲示板には祭の案内や露店の配置に混じって、固い文面の紙が数枚貼られていた。
そのうち一枚の端に、見覚えのある王都の紋章が入っている。
ユキトは目だけで読む。
人数。
特徴。
周辺住民への通達。
発見時の報告先。
不用意に刺激するな、という妙に慎重な言い回し。
名前はない。
だが自分たちのことだと分かるには十分だった。
「……ああ」
小さく息を吐く。
だからこんなに見られていたのか。
そこで、さらに気づく。
掲示板から少し離れた路地の影。
鎧の端。
立ち方。
祭りの客に混じっているふりをしているが、あれは衛兵だ。
向こうも、気づかれたと思ったのだろう。
目が合う前に、するりと姿を引っ込めた。
その一瞬だけで十分だった。
「そっか」
小さく、誰にも聞こえない声で呟く。
「俺らのこと、王国にバレたのか」
だが同時に、それ以上のことも読めた。
今すぐどうにかする気ではない。
少なくとも、この平和な祭りの真ん中でドラゴン三体を相手に何かするつもりはない。
今は監視。
追跡。
そして、これから接触してくるはずだ。
そこまで分かった瞬間、妙にすとんと腹に落ちた。
もう人として生きるのは無理だろ。
驚きはない。
ああ、ここまでか、という諦めに近い納得だけがあった。
三人のところへ戻る。
ヴォルカが真っ先に顔を上げた。
「何か、ありましたか……?」
ユキトはほんの少しだけ、優しく笑った。
「今日は全部使う」
三人の空気が止まる。
「……え」
ヴォルカの声がかすれる。
「最後の金だ。今日はもう、ケチらねえ」
フローラが静かに目を伏せる。
ネムリアも、眠たげなまま黙った。
ヴォルカだけが、少しだけ縋るように言う。
「で、でも……その、今後の資金は……?」
気づいていないわけではない。
分かっている。
分かっているのに、聞かずにいられなかった。
人として生きる時間が、楽しかった。
ちゃんと食べて、ちゃんと眠って、街を歩いて、祭りへ来て。
そんな当たり前みたいな時間が、思っていたよりずっと幸せだった。
だから、ほんの少しだけ希望にすがった。
その問いに、ユキトが答えるより先に、フローラが口を開く。
「ヴォルカ」
静かな声だった。
「……聞かなくても、分かっているはずです」
ヴォルカの肩が小さく震える。
「……あ」
それだけで十分だった。
ユキトは視線を逸らし、ぶっきらぼうに言った。
「今はもういい。最後くらい、ケチらず遊ぶぞ」
その“最後”という響きを、誰も口にしなかった。
でも全員が聞いていた。
それからは、本当に豪快に遊んだ。
花蜜の焼き菓子を買って、果実水を飲んで、屋台の串をつまんで、花飾りを見て回る。
ヴォルカは最初こそ戸惑っていたが、ユキトが本当に惜しまず金を使うので、途中から止める気力をなくした。
フローラも止めなかった。
ネムリアは堂々と満喫していた。
「……しあわせ」
「お前は分かりやすいな」
「甘いの、あると、しあわせ」
「単純で助かる」
ヴォルカは小さく笑ったが、笑ったあとで少しだけ目を伏せた。
それでも、その後また顔を上げた。
せめて、この時間くらいはちゃんと見ておこうと思ったのだろう。
祭りの終わりが近づく頃になって、四人はようやく気づく。
去年より、明らかに規模が大きい。
人の数も。
屋台の数も。
飾りも。
花火の台も。
「……去年より、かなり派手ですね」
フローラが静かに言う。
ユキトも周囲を見回した。
「だな」
その時、近くの屋台で交わされた会話が耳に入った。
「今年はやっぱりでかいな」
「そりゃそうだろ。去年、今代勇者様が立たれた日だからな」
「節目だもんなあ」
「今日は特別だ」
その一言で、空気が止まった。
誰もすぐには口を開かない。
けれど、四人の中で同じものが、同じ速さで繋がった。
――今日は、あのジジイの命日だったか。
去年の祭り。
去年の死。
世間にとっては、今代勇者が立った日。
でも、自分たちにとっては違う。
通りの向こうでは、祭りの熱気が少しずつ夜へ寄っていた。
人の流れが広場の方へ集まり始め、屋台の連中もどこか落ち着かない。
まだ始まってはいない。
けれど、もうすぐ何かが上がるのだと分かる空気だけは、街じゅうに満ちていた。
ヴォルカがゆっくり顔を上げる。
フローラも静かに視線を動かす。
ネムリアは眠たげなまま、珍しくはっきりと目を開いていた。
ユキトも何も言わず、その三人を見る。
言葉はいらなかった。
顔が合う。
それだけで、全員の考えていることが分かった。
行くんだな、と。
去年、全部が終わった場所へ。
そして、何かが始まった場所へ。
ユキトは周囲の気配を探る。
監視はまだある。
はっきりと姿を見せないだけで、消えたわけではない。
その時だった。
ネムリアが、ぼそりと呟く。
「……今」
その一言だけだった。
でも、それで十分だった。
ユキトは即座に進路を切る。
ヴォルカも迷わずついてくる。
フローラは自然な足取りのまま少し後ろへずれ、視線を切る位置に入る。
祭りの人混みが一瞬だけ揺れた。
視線が滑る。
目の前の誰かを見ていたはずの意識が、ほんのわずかにずれる。
誰かが「あれ?」と思う、その半拍の隙を縫って、四人は流れるように通りを外れた。
説明はいらなかった。
ネムリアが何をしたのか。
どれだけ持つのか。
どこまで見えているのか。
そんなものは、もう確認し合う必要がない。
一週間。
戻そうとしてきたのは、空気だけじゃなかった。
こういう時に、何も言わなくても動けるところまで、もう戻っていた。
笑い声と音楽を背に、四人は路地を抜ける。
屋台の灯りがひとつ、またひとつと遠ざかっていく。
石畳の細い道を折れ、花壇の脇を抜け、人気のない坂を上る。
祭りの喧騒は背中側へ沈んでいき、代わりに夜の風と、草花の擦れる音だけが残った。
やがて、月明かりが白い石の道を照らし始めた。
花の神殿は、夜の方が静かだった。
白い石段。
月の光を返す柱。
風に揺れる花々。
祭りの音は、ここまで来ると風の向こうだ。
去年、あれほどのことが起きた場所とは思えないほど静かだった。
四人は石段の途中で足を止める。
誰も、すぐには喋らなかった。
そして――
ドォン――
低い音が、夜の空気を震わせた。
少し遅れて、木々の向こうの空が赤く染まる。
花火だった。
木々の向こう、リリウムの方角に咲いた光が、遅れて白い石に反射する。
一輪。
二輪。
咲いては消えて、また次が上がる。
ユキトはそれを見上げたまま、しばらく動かなかった。
赤。
青。
金。
夜空に広がって、すぐにほどける光。
それを見て、ふと、思い出す。
――そういえば去年も、同じことを思ったんだった。
花火の光が、ジジイが消えた時の光に少し似ている、と。
今、それを思い出している自分に、少しだけ驚く。
去年もそう思った。
今年は、その“そう思ったこと”自体を思い出している。
「……似てたんだよな」
ぽつりと漏れた声は、独り言みたいに小さかった。
ヴォルカがわずかに顔を上げる。
「ユキトさん?」
ユキトはすぐにはそちらを見なかった。
花火を見たまま、少しだけ眉を寄せる。
「いや」
短く言って、それから続ける。
「去年も、花火見た時に思ったんだよ」
「ジジイが消えた時の光に、少し似てるなって」
ヴォルカは小さく息を呑む。
フローラも静かに夜空を見上げた。
ネムリアは眠たげな顔のまま、でも珍しく目を閉じてはいなかった。
もう一発、花火が上がる。
白い光が大きく開いて、夜空を染める。
一瞬だけ、石段も、花も、四人の横顔も白く照らした。
ユキトの喉が、わずかに詰まる。
同じではない。
あの時の光の方が、もっと眩しくて、もっと理不尽で、見ているだけで腹が立つような光だった。
でも。
それでも少しだけ、思い出してしまうには十分だった。
「……重いもん残しやがって」
今度の声は、花火に向けたものではなかった。
返事はない。
当たり前だ。
遠くで歓声が上がる。
祭りの真ん中では、きっとみんな笑っている。
それでもここだけは、少し時間が止まったみたいに静かだった。
ヴォルカが、おそるおそる口を開く。
「私も……少し、思い出します」
その声は小さい。
「光、でした」
「眩しくて、怖くて……でも、最後の顔だけは、ちゃんと見えました」
フローラが静かに目を伏せる。
「私は、言葉ですね」
「信じる、と」
「そう言っていたことだけは、今でも妙にはっきり覚えています」
ネムリアがぼそりと呟く。
「……ここ、まだある」
短いその一言だけが、妙に刺さった。
ユキトはもう一度夜空を見上げる。
去年、自分はこの光を見て、あのジジイが消えた時のことを思った。
そして今、その時そう思ったこと自体を、ようやく思い出している。
変な話だ、とユキトは思う。
忘れたわけじゃない。
でも、ちゃんと抱えたままでもなかった。
たぶんずっと、どこかに引っかかったままだったのだ。
今みたいに、似た光を見るまで、思い出せないくらいの深さに沈んでいただけで。
「……縁起悪いな」
小さく吐き捨てるように言う。
けれど、その声はひどく弱かった。
フローラがわずかに目を細める。
「でも、忘れてはいなかったのでしょう」
ユキトは答えない。
ただ一つ分かるのは、今年もまたここに来て、また同じように光を見ているということだけだった。
遠くで花火が開く。
そのたびに、白い神殿跡が一瞬だけ照らされて、すぐに闇へ戻る。
まるで去年の名残が、まだここに薄く残っているみたいだった。
ユキトは懐の上から、無意識にペンダントを押さえた。
冷たい感触が、布越しに伝わる。
「……行くか」
長く立ち止まりすぎると、たぶんまた沈む。
だから、ぶっきらぼうにそれだけ言った。
ヴォルカが小さく頷く。
フローラも静かに歩き出す。
ネムリアは最後にもう一度だけ夜空を見て、
「……きれい」
と呟いてから、ユキトの後についてきた。
四人は花の神殿をあとにする。
背後では、また一つ花火が咲いた。
今日は特別だと、街は祝っていた。
でも自分たちにとっての特別は、あの光の向こうにある。
去年、自分がそう思ったことを思い出した、その光を背にして。
先代勇者の命日を、ようやく胸に落としながら。
そして神殿を離れた瞬間、もう次に考えるべきことは決まっていた。
帰る場所。
残っている道。
人の街の外で、生きるための話。
祭りは終わった。
次は、現実の番だった。




