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12.グランデル北鉱山・第五区画

鍛冶屋を出た時、ユキトの腕にはもう新しい盾があった。


小型のガントレット型。

普通の盾より防御範囲は狭い。

その代わり、腕そのものの延長みたいに扱える。


まだ慣れない重みが、じわりと前腕に乗っている。


「……重いな」


「そりゃそうでしょう」


フローラが静かに言った。


「普通の盾ではありませんから」


ヴォルカはちらちらとその盾を見ていた。


「でも、なんだかユキトさんっぽいです」


「どういう意味?」


「その……」


ヴォルカは少し迷ってから言う。


「痛そうです」


「ひどくない?」


ネムリアが後ろでぼんやり呟く。


「……痛いの前提」


「それはそう」


ユキトは盾を軽く持ち上げてみる。


やはり、まだしっくりは来ない。

けれど、可能性だけは感じた。


親父に言われた通り、これは今すぐ使いこなせるような代物じゃない。

受けて。

耐えて。

流して。

打ち返す。


全部できて初めて意味がある。


「まあ、練習しながら稼ぐしかないか」


そう言って、ユキトは鍛冶屋の前から歩き出した。


「どこへ?」


ヴォルカが聞く。


「ギルド」


「さっそくですか?」


「さっそく」


フローラは少しだけ目を細めた。


その足取りに、迷いがなかったからだ。


鍛冶屋を出た足で、四人はそのまま冒険者ギルドへ向かった。


鉄の街グランデルのギルドは、以前いた町よりもずっと広かった。

鍛冶都市というだけあって、冒険者も職人も商人も多い。

空気は熱く、鉄の匂いと酒の匂いが混ざっている。


中に入ると、依頼掲示板の前にはすでに何人も集まっていた。


ユキトはその一角へ進み、Dランク用の依頼札を見上げる。


「さて」


ヴォルカも横から覗き込んだ。


「結構ありますね」


グランデル周辺は鉱山迷宮が多いぶん、依頼の種類も多かった。


南街道の護衛補助。

鉱山資材運搬の護衛。

鉱山労働者の避難誘導補助。

下水路の害獣駆除。

旧坑道の巡回補助。

そして。


グランデル北鉱山・第五区画

坑道内魔物排除


その札だけ、報酬が一段高かった。


ユキトがそれを見て、指先で札の端をつまむ。


受付の方から、見ていたらしい嬢が声をかけてきた。


「そちらですか?」


「うん」


ユキトは札を取る。


受付嬢は少しだけ表情を曇らせた。


「規定上、Dランク冒険者でも受注可能です」


「じゃあ問題ないな」


「ただ……おすすめはしません」


ヴォルカが不安そうに受付嬢を見る。


「何かあるんですか?」


受付嬢は説明する。


「元々はそこまで危険な区画ではなかったんです」


「ですが最近、坑道の奥に上位個体が居着いた可能性があります」


フローラが静かに目を細めた。


「上位個体」


「はい。鉱石を餌にしている大型の魔物が目撃されています。それに引き寄せられるように周囲の群れの動きが変わっていて、坑道内での奇襲や落石事故が増えています」


ユキトは札を見下ろしたまま、黙って聞いていた。


受付嬢は続ける。


「狭い坑道ですので、地形をうまく使えないと危険です」


「先週も、経験の浅い冒険者が二組、途中撤退しています」


「今の実態としては、Dランクでも上位の者向けですね」


ヴォルカが小さく息を呑む。


「じゃあ、もっと安全な依頼の方が……」


「別に遠回りしても、大会までに事故がなければ間に合いますし」


受付嬢も頷いた。


「はい。南街道の護衛や第三坑道の巡回補助なら、危険度はかなり落ちます」


ヴォルカがニコリ笑みを浮かべた。


「新しい装備に慣れる意味でもそっちにしませんか?」


だがユキトは、札を戻さなかった。


彼の目は、北鉱山の依頼書に向いたままだった。


内心では、ずっと同じことを考えていた。


彼女たちは強い。


ヴォルカは、あのレイナよりずっと強い。

フローラも、きっとそうだ。

ネムリアですら、自分には見えないものを見ている。


自分だけが、明らかに格下だった。


それは別に今日始まった話じゃない。

最初からそうだった。


戦闘力一。

弱い。

守られる。

支えられる。

置いていかれる。


それでも隣にいたいと思うなら。


少しでも、自分で誇れるものを持たなければいけない。


せめて、自分で自分にだけは言えないといけない。


――こいつらの隣にいても、おかしくないくらいには、俺は足掻いてるって。


レイナの言葉も、まだ胸に残っていた。


首が飛べば終わりだ。


その通りだった。


だからこそ、遠回りしている暇はない気がした。


安全な道を選べば、きっと今の自分のままだ。


ユキトは札を受付に差し出した。


「これでいい」


受付嬢が少し困ったような顔をする。


「規定上は問題ありません」


「でも、本当にいいんですか?」


ユキトは短く答えた。


「いいよ」


それだけだった。


ヴォルカはその横顔を見ていた。


正直、理解できなかった。


どうしてそんなに急ぐのか。

Dランクになったばかりなのに。

新しい盾だって、まだ今日受け取ったばかりなのに。


もっと安全な依頼で慣れてからでもいいはずだ。

少しずつ、順番に進めばいいはずだ。


それなのに、この人はあえて険しい方を選ぶ。


怖くないわけがない。

痛くないわけがない。

負けたばかりなのに。


――どうして。


ヴォルカはそう思っていた。


でも同時に、少しだけ分かる気もしていた。


この人はいつもそうだ。


怖がる。

弱い。

痛い目も見る。


それでも、逃げることを恥じる。


守られるだけでいることを、たぶん誰より嫌っている。


その在り方は、不器用だった。

無駄も多い。

見ていて危なっかしい。


でも。


「……なんか」


ヴォルカは心の中で、そっと呟く。


――かっこいいな。


今まで“守る相手”として見ていたものが、少しだけ違って見えた。


男の人として、かもしれない。


そんな自分に気づいて、ヴォルカは少しだけ視線を逸らした。


フローラは、そんなヴォルカの横顔も、ユキトの背中も、両方見ていた。

だが何も言わない。


受付嬢は最後に一度だけ確認した。


「グランデル北鉱山・第五区画、坑道内魔物排除」


「受注でよろしいですね?」


「うん」


「……分かりました」


受付嬢は手続きを進める。


依頼札の控え。

簡易地図。

危険箇所の注記。

最近の目撃情報。


それらを受け取ったユキトは、その場でざっと目を通した。


坑道は複雑ではない。

だが道幅が狭い。

第五区画のさらに奥で、最近負傷者が集中している。


「大型個体の可能性が高いですね」


フローラが紙を見ながら言う。


「数よりも、一撃が重い相手かもしれません」


ユキトは盾を軽く叩いた。


「じゃあちょうどいい」


「よくないです」


ヴォルカがすぐに言い返す。


ネムリアがぼんやりと付け足す。


「……死なないでね」


「軽いな」


「重い話、ねむい……」


そうして四人は、その日のうちに北鉱山へ向かった。


グランデルの北鉱山は、町からそう遠くなかった。

山肌に開いた巨大な坑道口。

周囲には荷車の轍と、鉱夫たちの使う休憩所。

だが第五区画に近づくにつれて、人の気配は薄くなっていく。


坑道の中は冷えていた。


鉄と石と湿気の匂い。

足音が妙に響く。

ところどころに木の支柱が立ち、脆そうな天井を支えている。

地面には砕けた鉱石の屑。

壁には黒ずんだ金属脈。


「狭いですね……」


ヴォルカが小声で言う。


「はい」


フローラが頷く。


「ユキトには悪くない地形です。包囲されにくい」


「その代わり、前後の圧が強くなる」


ユキトが言う。


「あと落石は洒落にならん」


ネムリアがフローラの背で揺れながら呟く。


「……上、たまに見る」


「了解」


少し進んだところで、物音がした。


カツ、カツ、と硬い爪が石を叩く音。


暗がりから飛び出してきたのは、小型の獣型魔物だった。

鼻先が尖り、前脚だけ異様に太い。


「アイアンモールですね」


フローラがすぐに判断する。


「鉱石を齧る魔物です。突進が強いので注意を」


「それ、今言うの?」


ユキトが言った瞬間、アイアンモールが低く唸って突っ込んできた。


速い。


ユキトは盾を前に出す。


ゴッ!!


重い。


思った以上に重い。


「っ……!」


衝撃が腕を貫き、肩まで響く。

足を踏ん張る。

だが受け流しが甘く、体が半歩持っていかれた。


「うわ、重っ……!」


その瞬間、盾の感触が変わった。


ずしり、と。


さっきまでとは違う重みが前腕に乗る。


「……溜まった?」


「一定以上の衝撃には反応するようですね」


フローラが冷静に言う。


「冷静だな!」


だが次の瞬間、横の暗がりから小柄な影が飛び出してきた。


ピッケルゴブリン。


粗末な鉱山道具を振り回しながら、わらわらと寄ってくる。


「またかよ!」


ユキトが盾を振るう。


だが。


ガントレット盾の防御範囲は狭い。


普通の盾の感覚で守ろうとして、普通に肩を掠められる。


「痛っ!」


さらに小さい打撃は盾に蓄積されない。

鬱陶しいだけだ。


「軽いのは溜まらねえのか!」


親父の説明が脳裏をよぎる。


軽い攻撃では反応しない。

一定以上の衝撃のみ蓄積。


つまり、この盾は雑魚相手には万能じゃない。


むしろ細かい攻撃には、前より扱いづらい。


「最悪だな!」


ヴォルカがたまらず一歩出かける。


「ユキトさん――」


「前出るな!」


ユキトが即座に言う。


「支援だけ!」


ヴォルカはぐっと踏みとどまる。


その時、またアイアンモールが突っ込んできた。


ユキトは今度こそ足を意識する。


腕だけで受けない。

腰を落とす。

半歩引く。

衝撃を流す。


ゴンッ!!


重い。


だが、さっきよりはマシだった。


その代わり、盾がまた重くなる。


「うわ、ほんと重くなってくな……!」


「それ、まだ打たないんですか?」


ヴォルカが聞く。


「打ち方分かんねえ!」


ユキトはほとんど怒鳴るように返した。


試しに、一体のピッケルゴブリンへ拳を打ち出す。


パンチみたいに。


だが雑だった。

体重が乗っていない。


衝撃は散る。


ゴブリンが少しよろめいただけで終わった。


「しょぼっ」


「雑に振ると散る、でしたね」


「親父の言う通りかよ……!」


ピッケルゴブリンがまた回り込む。


そこへヴォルカの小さな熱線が走る。


ボッ。


地面の鉱石屑だけを一瞬熱し、ゴブリンの足を止める。


「今です!」


「ナイス!」


ユキトが盾で突き飛ばす。


そのまま壁際へ追いやる。


狭い坑道では、それだけでも十分意味がある。


少しずつ、形が見えてきた。


この盾は、全部を守るためのものじゃない。

重い一撃を受けて。

それを抱えて。

最後に、一発を返すためのものだ。


なら。


細かい敵はヴォルカの制限で止める。

重い相手だけ、自分が受ける。


ユキトは息を吐いた。


「ヴォルカ、軽いの止めろ」


「はい!」


「フローラ、重いの来たら声くれ」


「分かりました」


「ネムリアは上」


「……うえ、みる……」


不格好だった。


でも、四人で戦っていた。


やがて第五区画の奥で、さらに重い気配が現れた。


坑道の影から現れたのは、鉱石を食って体表を硬くした猪型の魔物だった。


鉱喰いブルータスク。


巨体。

低い重心。

壁を擦るたび火花が散る。


ユキトはその姿を見て、小さく息を呑む。


「……でかいな」


フローラが静かに言う。


「おそらく、最近の難度上昇の原因ですね」


ヴォルカが緊張した顔になる。


「どうします?」


ユキトは盾を構えた。


重い。

すでに腕が痺れている。

でも、逃げる気はなかった。


「受ける」


「正面からですか!?」


「正面からじゃないと、この盾の意味がない」


それが、今の自分の選んだ道だと、ユキトは思った。


ブルータスクが突進してくる。


坑道が狭い。

避け切れない。


ユキトは足を開き、腰を落とした。


盾を前へ。

腕だけじゃなく、全身で受ける。


「っ――!!」


轟音。


骨まで響く衝撃。


足が滑る。

肺の空気が押し出される。

けれど、耐えた。


盾が、さらに重くなる。


腕が痺れる。

感覚が曖昧になる。


でも、今だと分かる。


見えない。

数値も出ない。

それでも、腕の重さと痺れで、もう十分溜まっていると感覚が告げていた。


ユキトは一歩踏み込む。


半身になる。


拳を引く。


親父の声が頭に蘇る。


雑に振るな。

体重を乗せろ。


ユキトは全身の重みを乗せて、ガントレット盾を打ち込んだ。


パンチみたいに。

地面を踏みしめて。

逃がさずに。


ドゴッ!!


鈍い爆発音。


今度は衝撃が散らなかった。


溜め込んだ重さが、そのまま打撃になってブルータスクの頭部へ叩き込まれる。


巨体がぐらりと揺れる。


「入った……!」


ヴォルカが目を見開く。


ユキトはそのまま膝をつきかけた。


「うっ、腕……!」


痺れがきつい。

連発は無理だ。

親父の言っていた通りだった。


だが、効いた。


確かに効いた。


フローラの回復が飛ぶ。


「今のです」


ヴォルカがすぐに動く。


小さな火で進路を切り、ブルータスクの動きを鈍らせる。


ネムリアがぼんやり呟く。


「……左、ひび」


ユキトが見る。


確かに、さっきの打撃で甲殻にひびが入っていた。


「よし」


息を吐く。


「もう一回だ」


その声は、さっきより少しだけ強かった。


グランデル北鉱山の坑道に、四人の足音が響く。


不格好で。

未完成で。

でも確かに前へ進む音だった。

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