83 マリーとクッキーづくり
いざ作ろうと調理台の前に立ったところで、片手が塞がっていることに気が付く。
あ、これじゃ作れないや。
「あー、マリー。 指示は出すから作ってもらってもいいかな? 手が離せないや」
「お手本なしでも大丈夫?」
「大丈夫、結構適当でもおいしくなるし」
「それはちょっと複雑だけどわかったわ」
私は収納から小麦粉、砂糖、卵、バターを出す。
「これが今回使う材料ね」
「小麦粉以外全部王都では入手できない珍しい食材ですね」
アンドレさんがメモを取りながら食材を見ている。
「バターはちょっとした工夫で王都に運ぶことはできると思います。 必要であればあとで教えますよ。 卵に関してはカーミトの街で買うか、王都の近くでセーフコカトリスを飼育するしかないですね。 常温でもそれなりに日持ちはしますので、新しく飼育する場所を作るよりはカーミトの街で買った方が楽だとは思います。 まあ消費量とも相談しないと9ですけど。 砂糖は普通の黒糖でも大丈夫ですよ。 味は少し変わるでしょうけど、そこは好みの範囲でもありますし」
アンドレさんに材料の説明をしたので、次は道具を出す。
ボウルと篩とホイッパーとヘラと伸ばし棒と焼くときの天板、そして土魔法で自作した計りと計りようのお皿。
計りと言っても吊るすだけの簡単な天秤だ。
なので細かい調整は難しい。
「これは天秤ですか。 これを料理に?」
「お菓子作りは量目をちゃんと計らないと失敗しやすいんです。 逆に言えば量目や温度や焼き時間を同じにすれば同じ物が作れます」
「なるほど、感覚でやってはいけないという事ですか」
「慣れてくればダメって事はないですよ。 大きくずれなければ好みの調整範囲ですし」
オーブン代わりの窯はまだ使わないのであとで出せばいいかな。
今だしても邪魔になるし。
「じゃあマリー、まずは量を量るよ。 今回は卵2つ分くらいでいいかな。 卵2つをそのお皿に割ってくれる」
「わ、わかったわ」
マリーは慣れない手つきで卵を割ろうとするが、ひびを入れて割ることを知らないようだ。
「卵はこうやって軽くぶつけてひびを入れてから割るんだよ」
片手が塞がっているので右手だけで卵を割る。
マリーも真似しようとしてたけど、いきなりは無理なので両手でやるように言う。
「割れちゃったけどこれでいいの?」
卵は黄身が割れてしまったが、殻は入っていない。
初めてにしては上手だ。
「あとでかき混ぜるから大丈夫だよ。 それよりも初めてで殻が入らなかったのはすごいね。 力加減難しくてグシャってやる人もいるのに」
「そ、そうかな」
褒められたのが嬉しいようで、マリーが照れている。
「じゃあ次ね。 その卵のお皿を計りに乗せて、反対側にもお皿を乗せてそっちに砂糖を卵と同じ量になるように乗せて」
普通サイズの卵なら大体同量くらいで大丈夫でしょう。
砂糖の容器を出して、砂糖用のスプーンを渡してあげる。
メモリがずれたらだめだと思ってるのか、かなり慎重に砂糖を乗せてるね。
「この砂糖の量を増やすと甘くなりますけど、焦げやすくなるので最後焼くときに注意です」
マリーが量ってる間にアンドレさんにアドバイスをする。
甘い方が美味しいとか言って黒糖ドバっとされたら困る。
「そしたら卵のお皿に砂糖を合わせて、また同じ量になるようにバターを乗せて行って」
今度はバター用に刃の潰れているナイフを渡す。
アンドレさんは、マリーがやってる手順と私のアドバイスを熱心にメモしている。
「できたわ」
「よし。 じゃあ最後の量るもの、小麦粉ね。 今度は卵&砂糖の方をどかして新しいお皿を乗せて」
「えっと、卵と砂糖をどかして新しいお皿、と。 これでいい?」
「うん。 じゃあそのバターと同じ量の小麦粉を2回分ボウルに入れてくれる」
「2回? わかったわ」
2回だとちょっと少ないかもしれないけど多分大丈夫。
だと思う。
「1回・・・・・・2回。 これでいいの?」
「これで量るものは終わり。 次は全部混ぜるよ。 小麦粉以外を全部1つのボウルに入れてホイッパー、その先端が丸っこくなってる棒ね、それで全体に混ざるように混ぜて」
「わかったわ」
マリーが慣れない手つきでぐるぐると混ぜ始めた。
私は一回ホイッパーを借りて、デイジーを支えている手の指先でボウルを押さえ、ホイッパーの使い方をマリーに教える。
マリーは腕の疲れと格闘しながらキレイに混ざるまでかき混ぜていた。
慣れないと結構腕に来るよね。
「そしたら小麦粉を入れて今度はこのヘラで切るように混ぜて行ってね」
ボウルに篩を乗せ、揺らしながら小麦を入れていく。
ここでこねずに切るようにざっくり混ぜればサクッと柔らかめのクッキーができるけど、せっかく強力粉で作ったのでしっかりこねて薄く硬いクッキーを作りたい。
私が好きだから。
何度か手が滑って小麦粉が舞ってたけど、何とか生地ができた。
「いい感じだね、お疲れ様」
「本当に疲れたわ。 すごく腕に来るわねこれ」
「弾力のあるものをヘラでこねてたからね。 もっと大変なホイップクリームとかもあるよ。 材料がないから今は作れないけど、かなり美味しい」
「食べてみたいけど無いなら仕方ないわね。 それでこれはどうするの?」
「この生地は冷蔵で最低でも2時間以上寝かせる必要があるね」
「2じかん、ですか?」
私が時間を言うと、メモっていたアンドレさんが困惑した表情でこちらを見る。
あ、この世界時計とかないんだった。
自分はメニュー画面で見れるので気にしてなかった。
「えっと、朝お店が開く時間から昼食までの時間を3つに分けたうちの1つ分、ですかね?」
「なるほど。 最長でどれくらいまで保存ができますか?」
「そのまま冷蔵すると乾いちゃうので、ちゃんと密閉して冷凍できれば1ヶ月は持つと思いますよ。 私は使う分しか作らないので保存はしたことないんですけどね」
「なるほど」
「え、じゃあこれ夕方くらいまで作れないの?」
話を聞いていたマリーが残念そうにこっちを見る。
「基本的にはその時間が必要だけど、裏技があるんだよね」
「裏技?」
私は氷魔法を使ってボウルを冷却する。
これなら20分ていどでも使える。
「こうやって冷蔵より寒い状態で置いておけばかなり早くできるようになるんだよ」
「そんなことできるの?」
「冷凍庫があればそこに入れておくだけでも大丈夫だよ。 ただ、この時間短縮は完成品のおいしさにも影響します。 まあそこは好みなので、冷凍した方が好きな人もいれば冷蔵した方が好きな人もいると思います。 私はそこまでこだわりはないので、食べられればどっちでもいいですね」
マリーに説明した後、一応アンドレさんには冷凍と冷蔵の違いを軽く教えておく。
そして、メニュー画面で20分ほどたった辺りで冷却をやめる。
「よし、最後の型抜きをするよ。 準備ができたらその辺りの広い場所に小麦粉をかけて、生地を半分ほど置いて少し手で押して平らにして」
私の指示で生地を広げていくマリー。
押して伸ばしていくのが楽しいようで、笑顔で広げていく。
粘土遊びしてるようにも見えるね。
「少し広げたら全体に小麦粉をかけて、その棒で平らにしていこう」
土魔法で作った伸ばし棒だからくっ付かないけど、手順として打ち粉も教えておく。
今回は薄めのクッキーを作るので広めに伸ばしてもらう。
ちょっと時間がかかったけどいい感じに広がってきたので型を出す。
「この型を生地に押し当ててくり抜いて行ってね。 どの型を使うかはマリーの好きにしていいよ。 で、型を抜いたものをこっちの板の上に並べて行ってね。 この型は向きがあるから、少し分厚い方を上にして使ってね。 逆にすると指を切っちゃうから。 あ、今回はくっ付かない板を使ってますが板によってはくっ付くので油かバターを塗っておくといいです。 ただ動物性の脂だと匂いがきつくなっちゃうかもしれませんので、油を使うなら植物油の方がいいと思います」
マリーが星、花、三角、丸、ハートといろいろな型でくり抜いていく。
最初の半分が終わり、残りの半分を開始している辺りでかまどの用意をする。
オーブンレンジなんて作れないので、周りに火魔法を設置して中央で焼くタイプの窯にした。
そのまま窯を温めておき、板にクッキーがいっぱいになった所でかまどに入れて蓋をする。
とりあえずは薄いから12分ほど焼いてみて様子見かな。
焼いてる間にもう1枚天板を出し、型を抜いた生地を再度集めてもう一度型抜きをする。
何回か繰り返して生地が小さくなった物を、型を抜いたままの形で天板に乗せておく。
12分経ち、一度あけて様子を見る。
焦げてないし見た目も問題はなさそうだ。
匂いもいい感じ。
試しに1つ食べてみるが硬めのザクザクとした美味しいクッキーができた。
調理台にあった物を全部洗浄して収納し、焼いた方の天板を調理台に乗せる。
そしてもう1つの天板を窯に入れて蓋をする。
「はい、1つ目完成です。 熱いので気を付けて食べてくださいね」
真っ先に手を出したのはマリーだったが、あまりの熱さにすぐに手を引っ込める。
私は1つつまんで氷魔法で少し冷ましてマリーに食べさせてあげる。
「どう?」
「んー! なにこれ!? ザクザクして食感が楽しいしすごく香りがいいわ。 甘さも優しくてすごくおいしい」
気に入ったようですぐに手を伸ばすが、再度熱さですぐ手を引っ込める。
何をしてるのか。
マリー用に小皿を出して何枚か移して冷ましてあげる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
マリーが美味しそうにクッキーを食べ始める。
「皆さんもどうぞ。 冷まして常温で食べる物ですが、出来立てには出来立てのおいしさがありますよ」
私はみんなに食べていいよと言った後、1つつまんでデイジーの口元に持っていく。
少しそのまま待っているとデイジーが食べる。
何食べたかわかってるのだろうか?
口に入れて数回咀嚼したところで飛び起きる。
「んー! んー!」
口に物を入れて喋らないとはいい子だ。
美味しいのかはしゃいでいる。
調理台の前に踏み台を出してあげてデイジーをクッキーの前に降ろす。
やっと降りてくれた。
降ろしたデイジーは皆があちあちいいながらつまんで食べてる物を手掴みで普通に食べている。
この子は熱い物を触るのも平気なようだ。
驚いている料理人たちに続いて私も食べる。
食べていたら飲み物が欲しくなったので収納からリンゴの炭酸ジュースを出す。
デイジーにも用意してあげて、マリーは炭酸ありと無しどっちがいいか聞いたら、ありがいいと言うのでマリーの分も用意した。
「それは果汁・・・・・・ですか?」
私たちが飲んでる炭酸ジュースを見てアンドレさんが首を傾げている?
「果汁をシュワシュワさせたものですね。 この国にはこういうの無いんですか?」
前に王様は炭酸が気に入ったと言っていた。
つまり普段は炭酸を含む物が無いって事だ。
そうなるとビールとかも無いのかな?
あれも炭酸の飲み物だよね?
「私が知ってる飲み物だと水やお茶を覗けばほとんど出回っていませんが果汁と蜂蜜酒でしょうか。 牛乳も飲み物としてみれば牛乳もですが」
「ビールとかエール?はないんですか?」
「あるかもしれませんが私は知りませんね。 少なくとも王都にはないと思います」
もしかしたらどこかにあるかもしれないけど、それなら王様も知ってるよね?
という事は無いのかもしれない。
各種麦を使うのとホップとかいうものを使うというのは聞いたことあるけど、詳しくは知らない。
あれ、蜂蜜酒って炭酸無いのかな?
蜂蜜を醗酵させるんだから炭酸ありそうだけど。
ただ出回ってないだけなのかな?
気になるようなのでアンドレさんと他の料理人たちにも炭酸ジュースをあげる。
「うちで採れたリンゴで作った炭酸ジュースというものです。 慣れるまではちょっとびっくりするかもしれないので、ゆっくり飲んでください」
美味しそうに飲んでる姫2人を見て、みんなも恐る恐る飲み始める。
「ほう。 なかなか爽快感のある飲み物ですな。 それにすごく美味しい」
「これの作り方は他のと合わせて王様に教えてあるので、王様が作りたかったら話が来ると思いますよ」
「そうですか、その時が楽しみです」
炭酸ジュースを味わいながら口元が笑っていた。
アンドレさんも気に入ったみたいだ。




