別れの時
あの戦いから三日が経過し、連合国軍として今回の件に協力してくれていた騎士達は本日ウィレンツィア王国を去ることになった。
しかし負傷者の中でも重傷の患者は、引き続きウィレンツィア王国で治療を行うことになっている。医師の許可が降りてから、自国に戻ることになるだろう。
そのためオートレア王国の医師が数名、重傷の患者が回復するまでウィレンツィア王国に残ってくれることになった。
オートレア王国の医師の他に、サンスタシア帝国の騎士達も数十名ウィレンツィア王国に残ってくれることになっている。
ドルシグ帝国本土を叩いた今心配はいらないだろうが、万が一再び攻め入られるようなことがあった場合、ウィレンツィア王国の騎士団はヴォルターをはじめ生き残っている騎士達が数名しかおらず、対処のしようがないのが現状だ。
そこで、サンスタシア帝国の騎士達が当面のウィレンツィア王国の警護と共に、新たな騎士を育成する期間も含めて、二年程ウィレンツィア王国に留まり尽力してくれることになっている。
ちなみにドルシグ帝国が今後どうなるかというと、エダルシア王国の監視下に置かれることになった。位置的にはサンスタシア帝国の方が距離は近いのだが、若きテオドール帝に自国以外のことも任せるのは大変だろうというエダルシア王国のガルーラ国王陛下の計らいだそうだ。
今後はエダルシア王国から騎士や文官などが派遣され、ドルシグ帝国内を改善していくのだという。
イリスは前国王に代わって挨拶を述べるために、陸路を戻るエダルシア王国騎士団の元に向かった。
王城の前庭に集まっていたエダルシア王国騎士団の騎士達は、イリスの姿を見つけるなり歓喜に沸いた。
「イリスちゃん!」
「今回は本当にお疲れ様!」
「大変だったね。これからも困ったらいつでも呼んでね」
それぞれが思い思いにイリスに声を掛けてくるのでその半分も聞き取ることはできなかったが、イリスは騎士達に向かって微笑みを返した。
それに対してまた大きな歓声が上がったのだが、イリスはそれを軽く流して王太子であるエイリークと騎士団長であるオリバーの元へと向かった。
ドルシグ帝国本土を陥落させたエダルシア王国騎士団は事後処理のためドルシグ帝国に留まっているのだが、騎士団を率いていたオリバーは今回の件を報告するために一旦エダルシア王国に戻るそうで、ウィレンツィア王国にいたエイリーク率いる騎士団と合流していたのだ。
「エイリーク殿下、オリバー騎士団長、この度は御尽力頂き、本当にありがとうございました」
「八年前のことは、父である国王もひどく悔いておりました。今回、貴国が本来あるべき姿を取り戻すことが出来て、何よりです」
騎士団の最前列にいたエイリークとオリバーに対して礼を述べると、そつなく言葉を返したエイリークの隣で、オリバーは何故か慌てふためいていた。
「いえ、こちらこそ、……その、申し訳ない……お前達!その軽口を慎め!!」
とうとう耐えきれなくなったオリバーが後ろを振り返り、居並ぶ騎士達に怒声を飛ばす。
だが当のイリスは、エダルシア王国の騎士達の気持ちが嬉しかった。
ウィレンツィア王国の王女だから助けに来てくれたのではなく、イリスという人物を慕って助けに来てくれたのだということが伝わってきて、嬉しかったのだ。
「私のことを想って怒って下さっているのでしたら、私は構いませんよ?私のことはこれからも『イリス』と呼んで下さい」
「だが……」
戸惑うオリバーを余所に、後方に控えていた騎士達はその言葉に歓喜に沸いた。
「ほら~団長、イリスちゃんもこう言ってますし~」
「本当に、何かあればまたいつでも呼んでくれよな」
「っていうか、何かあればいつでもエダルシアにおいでね」
「何かなくてもエダルシアに来ていいよ」
「また手合わせをお願いしたいです」
「はぁ……王女様だったなんてなぁ」
「天使は王女だった……。流石天使、格が違う」
「「「そう、俺達の天使!!」」」
思い思いに声を上げる騎士達に、イリスの向かいで俯いていたオリバーがわなわなと震え出す。
あ、と思った瞬間には遅かった。
「お前ら―!!!!!」
怒り心頭のオリバーに追い立てられ三々五々逃げ惑いながら、口々に別れの挨拶を述べて走り去っていく騎士達の姿に苦笑が漏れる。
イリスをイリスとして最後まで扱ってくれるその姿を、本当に嬉しく思った。
その隣で、医師団を引き連れたマルグリットが呆れ顔でわざとらしく溜息を吐いていた。
マルグリット達はサンスタシア帝国から船で帰国予定なので、港まではサンスタシア帝国騎士団と行動を共にする予定になっている。
「まったく。エダルシア王国の騎士達は、ガーランド陛下が居らっしゃらないと困ったものね」
「いつもは、ガーランド国王陛下がいずともとても頼りになるんですよ」
「……どうだか」
イリスの言葉を半信半疑といった感じで受け流しながら、マルグリットは視線をイリスに戻した。
「治療の目途が立ったので私達も帰国するけれど、何かあれば残していく医師達を頼ってちょうだい。腕は確かだから、安心して」
「ありがとうございます。……マルグリット王妃陛下」
何と呼ぶべきかを悩んだ末、イリスは国の代表としての立場から敬称を付けて礼を述べると、マルグリットは寂しそうに微笑んだ。
「まったく、エダルシアの連中がうらやましいわ。今回は仕方がないけれど、今後はそんな畏まった言葉遣いはなしにしてちょうだいね」
急に口調の変わったマルグリットに驚いて顔を上げると、悪戯っぽく微笑みながらこちらに向かって両手を広げるマルグリットと目が合った。
「勿論です!」
迷わずその胸に飛び込み、顔を埋める。
マルグリットに抱かれ、イリスは暫し母の胸に抱かれているような温かな気持ちで満たされた。
マルグリットとオートレア王国の医師団の次に、イリスはその後方に控えるサンスタシア帝国騎士団の下に向かった。
ウィレンツィア王国に暫く留まってくれる数十名を除いた、帰還する騎士達に向き合う。
居並ぶ騎士達の最前列に立っていたアイザックが、イリスと向かい合うと静かに口を開いた。
「イリス……」
「……はい」
上手く笑顔を作れている気はしなかったが、イリスは何とか笑顔を取り繕って返事を返す。
アイザックも何処かぎこちないながらも言葉を続けた。
「我々は本日、国に戻る」
「はい」
「……だが」
そこで言葉を区切ったアイザックは、視線を左右に彷徨わせた後、気まずそうに頭を掻いた。
「何かあればすぐに駆け付ける。いつでも連絡を寄こしなさい」
「!」
それがサンスタシア帝国騎士団を取り纏める軍総司令官としての言葉ではないことに気付き、イリスは思わずアイザックの胸に飛びつくようにして抱き着いた。
「イリっ、」
「手紙を書きます。父さんにも、おばあちゃんにも」
部下の騎士達が後ろに居並ぶ中イリスに抱き着かれて戸惑うアイザックが可笑しくて、イリスは尚もぎゅうぎゅうとその身体に抱き着いた。
急に飛び込んできたイリスに驚きはしたものの、アイザックは呆れたように溜息を吐いた後、優しくイリスの頭を撫でてくれた。
「王女がこんな姿では、皆に示しがつかないぞ?」
「今だけだから、大丈夫です」
抱き着いたまま顔を上げて抗議すると、困ったように笑うアイザックと目が合った。
そうして別れを惜しみつつ、サンスタシア帝国の騎士達も国に向けて戻って行った。
「さ、ここから復興に向けて頑張りましょうかね」
「やることは山積みだ。休んでいる暇はないぞ」
連合国軍の中で最後に出立したサンスタシア帝国の騎士団を無事に見送ると、後ろに控えていたロイとレオンが声を掛けてきた。
二人はウィレンツィア王国復興の為に残ってくたサンスタシア帝国の騎士の中の一人だ。二人には本当に感謝しかない。
「待って。やることの前に、どうしても行きたい場所があるの」
「?」
予想外の言葉に首を傾げる二人を余所に、イリスは二人に向かって頭を下げた。
そうして周囲に無理を言って時間を作ってもらい、イリスはこっそり王都の外れまで来ていた。
「イリスー!!会いたかった!!」
来訪は事前に伝えていたので、イリスが来るのを今か今かと工房の前で待ち構えていたカインは、その姿を目に捉えた瞬間、駆け出しイリスの胸に飛び込んだ。
「大丈夫って聞いていたけれど、心配してたんだからねっ!」
「うん、……うん。ごめんね……」
「ほんとだよ!僕怒っているんだからね!!」
「うん……ごめんね。ありがとう、カイン」
大丈夫だということを確かめるようにぎゅうぎゅうとしがみ付いてくるカインを微笑ましく思いながら、イリスもカインを抱きしめる腕に力を込めた。
イリスとて、カインやゴットハルト工房の技術者達など、今回お世話になった人々に直接お礼を言いたかったのだが、戦いの後は事後処理や負傷者への対応、前国王と共に国内外に向けた声明の発表など、忙しく目まぐるしい日々を過ごしていたのだ。
とても、イリス個人として城を離れる時間など無かったのだ。
「リュカは?ね、イリス。リュカは大丈夫なの?」
戦いが終わってすぐ連合国軍が勝利したことを伝えたのだが、その際リュカが負傷したことも伝えてあったのだ。
カインがそのことをひどく心配していたので、手術が成功した際と意識が戻った際にも連絡を入れていたが、それでも心配だったのだろう。イリスに抱き着いたまま顔を上げたカインは、不安そうにイリスの顔を覗き込んでいた。
「大丈夫よ。一昨日から意識が戻って、少しなら声も出せるようになっているから」
「本当に!」
「ええ、本当」
それを聴いて、漸くカインは安心したように息を一つ吐き出した。
「リュカもだけれど……カイン、今回あなたにも危険なことを頼んでしまって、本当にごめんなさい」
「別に!危ない事なんてなかったし、僕はただ機械を造っただけだもの!」
慌てて否定するカインに、イリスは黙って首を横に振る。その姿に、捲し立てていたカインも口を噤んだ。
「最初にサンスタシアに逃れてきた時、エルヴィンに捉えられていてもおかしくなかった」
「……それは」
抱きしめていたカインの身体を離し、イリスは膝を付いてカインと視線を合わせた。
「でも、カインがいなかったら今回の作戦は成功しなかった。……本当にありがとう」
「!……どういたしまして!!」
イリスの言葉を聴いた途端、嬉しそうに破顔してカインは再びイリスに抱き着いた。それが嬉しくて、イリスも抱きしめ返す。
だが再びイリスの胸に顔を埋めたカインは、直ぐに困ったように顔を上げた。
「ね、イリス。これからはさ、何て呼べばいいの?」
これからイリスはウィレンツィア王国にずっと留まることになる。本来であればイリスは仮の名前であってアリスティアが本当の名前だ。
イリスは迷うことなく、カインの質問に答えた。
「何とでも。『イリス』も『アリスティア』も、どちらも私の名前だもの」
「でも、王国の人はイリスじゃ誰のことだか分からないよ?」
「呼ばれた私が分かればいいんじゃないかしら?」
イリスの中では、『イリス』も自分の名前だ。正直、どちらで呼ばれたいかということもなかった。
「でも……」
「あ、それじゃあ」
それでも何かが引っ掛かる様子のカインを見て、イリスはいいことを思い付いたとばかりに提案した。
「どっちで呼んでもいいように、二つの名前をくっつけちゃう?……アイリス、とか?」
「それじゃ三つ目の名前になっちゃうよ!」
自分ではいい考えだと思ったのだが、言葉を被せる勢いでカインの突っ込みが飛んできた。
「……ふふっ」
「……あははっ」
二人で顔を見合わせて笑い合う。なんだかとても可笑しくて、二人で暫く声を上げて笑った。
「ね、イリス」
「なあに?」
ひとしきり笑った後、カインが視線を俯け、言いにくそうにしながら話を切り出した。
「イリスは王女様でしょう?これからはきっと、こんな風に自由には会えないでしょう?」
「……」
直ぐに返事を返すことが出来ず、イリスが押し黙る。
正直、今日ここに来るのだって周囲の皆に無理を言って出てきたくらいだ。まだまだやるべきことが山積みの現状で、気軽に会いに来ることはできなくなるだろう。
「でもさ、僕達、これからも……友達だよね?」
「当たり前でしょう!」
心配そうにイリスの顔を覗き込むカインを見て、イリスはカインをきつく抱きしめた。
そのことに驚いたカインだったが、直ぐにイリスの背中に手を回すとぎゅっと抱きしめ返してくれた。
「じゃあさ、イリスが忙しい時は僕がお城に会いに行ってもいい?」
「勿論!」
「ふふっ……ありがと」
安心したように、カインがイリスの胸に顔を埋める。
そのことが嬉しくて、イリスもカインを優しく抱きしめ続けた。
次のお話で最終話になる予定です。
いつも通り時間を頂いて、明後日投稿できればと思っています。
よろしくお願いします。




