戦闘
「殺してやる……皆殺しだっ!」
剣を抜いたかと思うと、エルヴィンはあっという間にイリスとの距離を詰めた。
その鬼気迫る声と勢いに圧され、イリスの身体はまるで金縛りにでもかかったかのように全く動かなかったのだが、迫る剣先に生命の危機を感じてやっと動かせるようになった。
「っ!」
イリスは咄嗟にフラッデルを起動させると、床に手をついて足を上げフラッデルを使ってエルヴィンの剣を受け止める。
「ぐっ!」
ガキィン、という硬質な音が玄関ホールに響いた。
(重いっ!)
エルヴィンの重い一撃を受け止め、フラッデル越しの足に衝撃が伝わる。床に付いて体重を支えていた腕も、あまりの衝撃にバランスを崩した。
だが体勢を立て直す間もなく、間髪入れずに二撃目が繰り出されようとしていた。見上げればエルヴィンはすでに狙いを定め、イリスに向かって剣を振り下ろそうとしているところだったのだ。
咄嗟に床についたままの手で身体を跳躍させて脇に飛び退き、すんでのところで振り下ろされたエルヴィンの剣を躱す。その剣はつい今し方までイリスが居た場所の床に突き刺さった。
「ちょこまかとっ!」
すぐさま床から剣を引き抜くと、エルヴィンは剣を左右に振り降ろしながら床に転がったままのイリスを徐々に後ろに追い詰めていく。
イリスは先程テラスで自身の剣を手放しているので、必然的に防戦一方だ。腰に短剣はあるが、それでエルヴィンの一撃を受け止めきれるとは到底思えなかった。
「ヴォルター!、おじい様をっ!」
「はっ!」
後退させられているが、イリスとしても好都合な面はあった。先程ヴォルターに前国王を託した場所から離れることができれば、前国王を安全な場所へ避難させることができるからだ。
迫りくる剣を身を捩ったりフラッデルで受け止めながら、イリスは何とか前国王を逃がすための時間を稼ぐ。このまま前国王を前線の真っ只中に居させるわけにはいかない。
イリス一人ならフラッデルを使ってこの場から離れることは容易いのだが、あまりに離れすぎるとエルヴィンの牙が前国王の方へ向くかもしれない。イリスは付かず離れずの距離で何とか猛攻を防ぎながら、エルヴィンの気を自身に引き付け続けた。
「イリスっ!」
攻撃を躱しながら後退していると、エルヴィンの肩越しにレオンが駆けてくる姿が見えた。ロイもそれに続いている。
二人の加勢にイリスが希望を見出したまさにその時、天井に向かって何かがキラリと光を反射しながら飛んでいくのが視界の端に映った。
「っ!危ないっ!」
咄嗟に光が反射した先を見上げたイリスは、今まさにイリスの下に駆け寄ろうとしている二人に向かって叫んだ。
その声にレオンとロイが天井を見上げれば、玄関ホールの天井にぶら下がっていた鎖の部分を投擲された短剣で切断されたシャンデリアが、二人に向かって落下してくるところだった。
「っ!」
レオンとロイは咄嗟に後方に飛び退きながら片腕で頭を護る。次の瞬間、玄関ホールを彩っていた巨大なシャンデリアは、ガラスが割れる甲高い音を反響させながら床に無残に散らばった。
「っ!くっ!!」
その間もエルヴィンの攻撃は止まらない。イリスは割れたガラス片が飛び散ってくるのを防ぐため目元を片腕で覆うが、それを見逃さなかったエルヴィンがここぞとばかりに攻めの手を強める。
飛び散る無数のガラス片がエルヴィンの頬や腕を掠め擦傷を作っていたが、エルヴィンはそれを気に留める様子もなかった。
エルヴィンはただひたすら、逃げに徹しているイリスを追い詰めることを愉しんでいるようで、口の端がいびつに歪んでいた。
(正気じゃない)
長年追い求めた『世界の力』がエルヴィンの思い描いていたような代物ではなかった今、その怒りの矛先はイリスに向かっている。
今エルヴィンの思考を占めているのは、イリスを殺すこと、ただそれだけのようだった。
「イリスっ!」
「無事か!」
なんとか難を逃れたレオンとロイが、粉々に砕け散ったガラス片を踏みながらこちらに向かって駆け寄ってこようとしている。
「!」
だがこちら側に来る前に、二人は殺気を感じて咄嗟に振り返って剣を構えた。そして、それぞれに向かって投擲された短剣を剣で振り払う。
「お前達の相手は俺だっ!」
声がした方をレオンが見れば、そこにはエルヴィンの側近であるヘルムートが、両手に持った短剣を更に投擲したところだった。
「くっ!」
レオンとロイが投げられた短剣を躱す。その隙に、ヘルムートは更に二本の短剣を腰の辺りから取り出すと入り口の扉に向かって投擲した。
その短剣が、ドルシグ兵と戦っていたサンスタシア帝国の騎士の肩や足に命中する。
「ぐあっ!」
「ぎゃあ!」
「周囲からの攻撃にも注意しろ!一人で敵を相手にするな、必ず複数人で仕留めろ!」
負傷して膝を付く騎士を庇うように前に出ながら、騎士達を率いていたアイザックが指示を飛ばす。
元々数の上では圧倒的にこちらが優勢なのだ。指示を受け、騎士達は複数人で敵を相手し周囲の状況にも対応できるように隊形を整える。
「投擲できる武器の数は無限ではない。臆するな!……レオン!ロイ!」
「「はっ!」」
騎士達に指示を重ねた後、アイザックはレオンとロイの名を呼んだ。
「そいつの相手は任せる」
「「はっ!」」
指示を飛ばしている合間にも迫りくるドルシグ兵の剣を薙ぎ払い、一撃のもとに沈めたアイザックは次にイリスを見た。
「イリスっ!」
エルヴィンの猛攻を凌いでいるイリスにもその声が届く。
だがエルヴィンの攻撃を躱すので手一杯のイリスはアイザックに視線を向けることはおろか、返事を返す余裕もなかった。
しかし次の瞬間、何かがイリスの横を掠めて飛んでいき、後ろにある大階段の中段に刺さった。
――剣だ。
「使えっ!援護に回る!」
イリスはすぐさまフラッデルで大階段の中段まで飛び上がると、その勢いのままに剣を引き抜いた。
「……くっ!」
それと同時に、イリスを追って振り下ろされていたエルヴィンの一撃を、今引き抜いたばかりの剣で振り向きざまに受け止めた。
「甘いっ!」
剣を受け止めるだけで精一杯だったイリスは、次に脇腹目掛けて飛んできたエルヴィンの蹴りに対応できなかった。
まともに蹴りを食らい、階段の数段上まで吹っ飛ばされる。
「イリス!……っ!」
レオンが劣勢のイリスに向かって駆け寄ろうとした瞬間、短剣が目の前に迫っていることに気付いて間一髪のところでそれを剣で払い除けた。
それと同時に、投擲の間に距離をつめていたヘルムートがレオンのすぐ目の前まで迫っていた。短剣を払うために剣を振り払っていたレオンは僅かに反応が遅れた。
(まずいっ!)
身を捩っても左半身は剣筋から逃れられない。切られることを覚悟しながら次の一手に備えようとしたレオンの前に、別の剣筋が重なった。
「ぼさっとするなよっ!」
ロイの一撃がヘルムートの攻撃を跳ね除ける。レオンを庇うように前に出たロイが、次の攻撃に備えた。
「僕だって心配だ、でもっ!」
払われた剣の勢いを利用して再び切り掛かってきたヘルムートの剣を再び受け止めながら、ロイが続けた。
「信じよう!」
ロイの言葉に、レオンは目を見開いた。
いつだってそうなのだ。冷静沈着そうに見られることが多いレオンだが、実はそうでもなく、たまに熱くなり暴走してしまうことがある。それを正気に戻してくれるのは、いつだってこの頼りになる男なのだ。
ロイとの剣戟に集中している隙をついて、レオンはヘルムートの足元に一閃を放つ。
奇をてらった攻撃でもないため、それをヘルムートは軽く後ろに飛び退いて躱した。そして二人との間に少し距離ができたところで、両者一呼吸置いて剣を構え直した。
「……悪い」
「いいってこと」
二人並んで立ち、ヘルムートを見据える。相手が二人になったことで、ヘルムートは片手に長剣を持ち、もう片方の手を腰の後ろに回して短剣を一本抜き取ると長剣と共に構えた。
「……」
「……」
じりじりと間合いを計りながらお互いに距離を詰める。
先に動いたのはヘルムートだった。
長剣でロイに攻撃を仕掛けつつレオンの剣を短剣で受け止める。ヘルムートはこの戦い方に慣れているのか、長剣と短剣を見事に操っていた。
「でも!」
ロイが不意に身を屈めヘルムートの足元を払う。それを難なく躱したヘルムートだったが、跳躍中に迫ってきたレオンの一太刀を長剣で払い除けるには踏ん張りがきかなかった。
僅かに傾いた体勢を見逃さず、身を屈めたままだったロイが下から剣を振り上げる。だがこれも体勢を崩したままヘルムートは短剣で受けきった。
「終わりだ!」
そこに再びレオンの剣が振り下ろされる。すでに空中で体勢を崩し剣で二撃を受けきったヘルムートには最早為す術がなかった。
「ぐあぁぁぁ」
そのままヘルムートが床に仰向けに倒れ込む。すかさず、ロイはヘルムートの持っていた長剣と短剣を足で蹴って遠くに飛ばした。だが、この深手ならもう動くことはできないだろう。
「生憎、俺達は長剣と短剣の二刀流とは戦い慣れてる」
ヘルムートを見下ろすようにして告げるレオンに、ロイは苦笑して付け足した。
「その上フラッデルっていう飛び道具を手足のように扱うからね。手に負えないよ」
ロイの言葉に「違いない」と呟いてから、レオンは入り口の扉を振り返った。元々圧倒的にこちらが優勢なだけあって、入り口にいたドルシグ兵も片が付くところだった。
そのためアイザックの姿はすでにその場にはなかった。イリスの援護に向かったのだろう。
レオンはその場にいた騎士にヘルムートを拘束するよう指示を出して、ロイに視線を送る。その視線に、ロイは先程まであった笑みを消すと神妙な面持ちで頷いた。
二人はそのまま、イリスとエルヴィンを追って大階段を駆け上がった。




