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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第十一章 決戦の地ウィレンツィア
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『世界の力』

「さぁ、先に入って何があるか見てくるんだ」


 冷徹にイリスを見下ろしながら、人に命令することに慣れた口調でエルヴィンが告げる。


(どれだけ興奮状態にあっても、エルヴィンの危機管理能力はしっかりしているということね)


 待ち焦がれた瞬間を目の前にしても、どうやら理性を失ったりはしないらしい。

 確かにこの先にどんな罠が仕掛けられているとも分からないし、最悪『世界の力』がイリスが思っているような殺戮ウィルスだった場合、部屋に入った途端に死んでしまうことだってあり得るのだ。

 先ずはイリスで様子見、と言うわけだ。


「……」


 イリスはギッとエルヴィンを睨み付けた後、振り返って前国王に視線を送った。

 正直不安はあるが、前国王は何の躊躇いも抵抗もなく封印の扉の開錠に応じている。故に、この先にある『世界の力』は直ぐにでもイリスの命を奪う代物ではないと思われた。


「……っ」


 不安が顔に現れていたようで、目が合った瞬間、前国王はイリスに向かってゆっくりと一つ頷いてくれた。

 また心配をかけてしまったと申し訳ない気持ちになりながらも、イリスは頷きを返すと正面に向き直って重厚な扉の把手に手を掛けた。


(この先に、『世界の力』がある……)

 

 震えそうになる手に必死に力込めて把手を下げれば、扉が動く気配を感じた。

 イリスはそのまま扉を引いて人一人が通れるぐらいの隙間を開けると、その中に身を滑り込ませて後ろ手に扉を閉めた。

 何があるか分からないのだ。扉を大きく開いたり開け放したままにすることで、罠の仕掛けが扉の前にいる前国王を害すようなことがあってはならない。

 

「……」


 扉を閉めると中は薄暗がりだったため、初めは周囲の様子はよく見えなかった。しかしその空間は僅かな光源によって照らし出されているようで、徐々に目が慣れてくると部屋の全貌を把握することが出来た。

 部屋は正方形をした狭い空間で、ベッドの一つも置けない程の広さしかない。人が十人も入ったら満杯になるような狭さだ。だが、ここは部屋としての機能はなく通り道のようで、前方には入ってきた後方の扉とは別の扉があった。

 とりあえず罠のようなものがない事を確認し、イリスは数歩前に進み出た。


「……どこに繋がっているのかしら」


 イリスは迷わず、前方の扉に手を掛けた。今度の扉は木材を使用して造られたどこにでもあるような扉で、重厚感もなく把手に手を掛けるとすんなりと開いた。


 そして、扉の先に現れた空間にイリスは息を呑んだ。


「……え?」


 そこは、人が二人並んで通れるぐらいの幅の、岩を掘って造られた人工の洞窟だった。

 これが人工の洞窟だと分かるのは、同じ幅で半円状に掘られた形状をしており、床面は歩きやすいように平らに均してあったからだ。

 

「何故こんな所に……」


 疑問は尽きないが、今は進むしかない。この洞窟の先には、更に別の扉があるのがこの距離からでも見て取れた。

 洞窟内も先程の小さな部屋同様僅かながら光源が確保されている。イリスはそれを頼りに薄暗がりの中を進んだ。


「……」


 次の扉の前に辿り着き、深く一つ息を吐き出す。

 次は何が待っているのだろうと、少しの期待と不安が入り混じる複雑な心境の中、扉に手を掛けた。


「う、わぁ……」


 扉の先に広がる空間が視界に飛び込んできた瞬間、イリスの口からは思わず感嘆の声が漏れ出ていた。


 そこは、とても広い空間だった。先程通ってきた小さな部屋や狭い洞窟の通路とは違い、そこには城の大広間ぐらいありそうな広い空間がぽっかりと開いていた。

 だがここも、岩盤層を削って人工的に作られた空間のようで、天井はゴツゴツとした岩肌が剥き出している。しかし雨水や地下水などによって浸食されて出来た自然の洞窟ではないため、鍾乳石や石筍などは見当たらず、ただただ広い空間が目の前に開けていた。

 

「すごい……」


 ぐるりと周囲を見回す。

 現代の技術では、こうした硬質な岩盤層にこんなにも綺麗に穴を開けて広い空間を造ることは出来ない。そうした技術自体が、千年前の世界大戦以降失われている。


「!」

 

 そこまで思考を巡らせてから、イリスは一つの結論に辿り着いた。


「まさか……ストレアル山脈の洞窟と同じで、これ自体が過去の遺産であり『世界の力』なの?」


 確かに今現在、このような空間を造る技術はないため貴重な遺産ではある。だが、これが千年前の世界大戦を経て、二度と戦争を引き起こさないという戒めの下に封印された『世界の力』なのだろうか。


「こんな物のために、お父様やお母様や……ティドが殺されたの?」


 イリスの胸に、何とも言えない思いが込み上げる。

 確かにこの空間を造る技術は凄い物なのだろう。だがこんな空間、護ったとして何になるというのだろうか。


「こんなっ、こんなもののためにっ……」


 膝から崩れ落ちたイリスは、この想いをどこにぶつけていいか分からず床面を握り締めた拳で何度も叩いた。

 ドン、ドン、という鈍い音が、他に何の音もない静寂の洞窟内に響き渡る。


「…………、……痛く、ない」


 ふと、岩肌であるはずの床面に拳を叩きつけているのにも関わらず、拳が痛くないことに気付いた。

 見ると、床面には石で出来たタイルが敷き詰められている。よく見れば、その一つ一つに細かい模様がびっしりと描かれており、手の込んだ装飾品のようだった。


 イリスは顔をあげて、周囲を見回す。壁や天井に視線を走らせると、天井はゴツゴツした岩肌のままだったが、よく見ると壁は成人の身長くらいの高さまで、床と同じようなタイルが綺麗に敷き詰められていた。


「……どう、して?」


 何故わざわざ人工的に造り出した洞窟に、タイルを敷き詰める必要があったのか?

 何かその手掛かりはないかと、イリスは再び目の前の床に視線を落とした。


「…………お、せん、された、ど、じょう、で、の、のう、さくぶつ、の、さい、ばい……」


 ふと、座り込んでいるイリスの膝のところにある床の模様が、文字のように見えてイリスはそれを口に出して読んだ。


「……汚染された土壌での農作物の栽培?」


 文字のように見えた床の模様は、やはり文字だったようできちんとした文章になっていた。

 慌ててイリスが続きを読み進めると、表題の通り汚染された土壌でいかに作物を栽培するかについての記述が続いていた。


「っ!まさかっ!!」


 イリスは慌てて、自分の左脇にある床を見た。

 左脇にあった床面にも、同じように文字が書かれていた。次に右側の床、更にその先の床へと視線を移すが、そのどの床にもびっしりと文字が書かれていた。


 模様だと思っていた床や壁の細かな装飾は、全て文字だったのだ。


「これ、全部……?」


 イリスは自分の右脇の床に視線を落とす。

 この床はどうやら反対側から書かれたもののようで、こちらから見ると文字が逆向きに書かれていた。読んでみると、シェルターの建築構造について書かれているようだった。

 さっと内容に目を通したイリスが次に左脇の床の文字を目で追えば、今度はイリスの位置から見て左向きに文章が書いてあった。


「……殺戮ウィルスに対する解毒薬生成について」

 

 そこまで読んで、イリスはひゅっと息を呑んだ。

 そこに書いてあったのは、人類史上最強最悪の兵器だと謳われた殺戮ウィルスの、解毒薬の作り方だったのだ。


 イリスが驚きに息を呑んだ瞬間、後方の扉が勢いよく開かれた。


「……なんだ、これは」


 咄嗟に振り返ると、エルヴィンとヘルムートがこの広大な空間を前に呆然と立ち尽くしているところだった。

 おそらく時間が掛かっていることに痺れを切らして、イリスを追いかけて来たのだろう。

 だが二人の登場に驚くよりも、イリスは別のことに気付いて息を呑んだ。


(二人がここに来たということは、今入り口にはおじい様が一人でいるということ!)


 イリスは咄嗟に胸の前のベルトを外してフラッデルを地面に落とすと、すぐさま足を乗せて起動させた。

 その音に、呆気に取られていたエルヴィンが正気に戻る。


「貴様っ!」


 咄嗟にエルヴィンがイリスに掴みかかろうとするが、身を低くして間一髪その手を掻い潜る。そのまま開け放たれていた扉が自然と閉じようとする間をすり抜けて、イリスは先程通ってきた狭い通路を身を屈めてフラッデルで駆け抜けた。

 エルヴィンは扉を開けたままここまできていたようで、イリスはそのまま封印の扉の前までフラッデルを走らせる。エルヴィンとヘルムートが後ろから猛然と迫る中、イリスはその場に居た前国王を車椅子から抱え上げた。


「アリスティア?!」

「おじい様申し訳ありませんっ!少しの間我慢してください!!」


 前国王は突然フラッデルで戻って来たイリスに驚いた様子だったが、それを説明している余裕はない。

 イリスはそのまま前国王を抱えて階段をフラッデルで駆け抜けると、大階段の裏に飛び出した。


(とにかく、おじい様を安全な場所へ!)


 そのまま玄関ホールに躍り出ると、そこには先程同様、入り口扉前に一列に居並ぶドルシグ兵と、睨み合うサンスタシア帝国騎士団の姿が見えた。

 イリスは迷わず、サンスタシア帝国騎士団に向かって叫んだ。


「前国王陛下を救出っ!」


 その声と飛び込んで来たイリスの姿を目にし、騎士団を率いていたアイザックがすぐさま号令を飛ばした。


「全隊、進撃開始ッ!!」

「「「おおっ!!」」」

 

 号令を受け、騎士達がドルシグ兵に向かって斬りかかっていく。元々数の面では圧倒的に連合国軍の優勢だ。すぐさま入り口前にいたドルシグ兵の隊列は乱れた。


「イリスっ!」

「こっちだ!」

「国王陛下っ!!」


 声のした方を見ると、乱れたドルシグ兵の隙間を縫って、レオンとロイ、ヴォルターが駆け寄ってくるところだった。


「ヴォルター!おじい様をお願いっ!」

「御意っ!」


 すぐさまフラッデルの高度を下げ、ヴォルターに前国王を受け渡す。


「!」


 一瞬安堵しかけたその時、後方からの殺気を感じてイリスは咄嗟に振り向きざまに剣を構えた。


「っ!」


 殆ど、第六感の様なものだった。

 振り向いたその瞬間、何かが飛んでくるのを察してイリスが僅かに身を捩れば、真っ直ぐに飛んできた短剣がイリスの顔のすぐ横を通り過ぎた。


 驚いている暇もなく、不意に身体を捩ったのでイリスはフラッデルの上でバランスを崩した。

 だがイリスにとってフラッデルは手足と同じだ。考えるよりも先に身体が動き、崩れた体勢に逆らわずイリスは横向きのまま倒れ込むと床に手を付いて足を跳ね上げ、手を軸に一回転すると体勢を立て直した。

 そのまま油断なく剣を構え、ヴォルターに抱えられている前国王を背に庇った。


「……なんだ、あれは……」


 イリスの視線の先、大階段の裏手からは、怒気を孕ませながらこちらに向かって俯きながら歩いてくるエルヴィンの姿があった。その後ろには、短剣を数本手に持つヘルムートが追従している。


 エルヴィンの漆黒の長い髪が揺れて顔に掛かっており、その表情を窺い知ることはできない。しかし、その纏う空気は尋常でない程殺気立っていた。

 

「……あれは何だと聞いているっ!!」


 空気を震わせる程の怒声が飛ぶ。

 顔をあげたエルヴィンの目は血走っており、射殺さんばかりにイリスの後ろにいる前国王を睨み付けていた。

 その鬼気迫る様子に、今まさに玄関ホールで剣戟を繰り広げていたサンスタシア帝国騎士団とドルシグ兵は、誰もが金縛りにでもあったかのように身動き一つできずに固まっている。


 おそらくエルヴィンも、あの部屋自体が『世界の力』であることに気付いたのだろう。

 

「私を馬鹿にしているのか……そうか、そうなんだな」


 憤怒から一転、エルヴィンは再び俯くと、ゆらゆらと身体を揺らしながら小声で何事かをブツブツと呟く。その姿はまるで壊れた人形のようだった。


「……はは、はははっ、……はははははっ!」


 突然エルヴィンが嗤い出したと思ったら、天井を見上げ狂ったように嗤い始める。

 次々と感情が乱高下しており、とても正気の沙汰とは思えなかった。


(狂ってる……)


 ドルシグの乱を起こし、八年という長い年月をかけて追い求めた『世界の力』は、おそらくエルヴィンの想い描いていたような代物ではなかったのだろう。

 

「!」


 次の瞬間、エルヴィンはイリスを見た。

 否、正確に言うならば、こちらの方角を見ただけで、その目は狂気に血走っており何も映してはいなかった。


「殺してやる……皆殺しだっ!!」


 再び怒鳴り散らすように声を荒げたエルヴィンは、腰に佩いた剣を抜くとその切っ先を真っ直ぐにイリスに向けた。






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