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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第十一章 決戦の地ウィレンツィア
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封印の間

 最奥の部屋に辿り着き、イリスは一つ深く息を吐き出すと扉を拳で叩いた。


「ウィルニーナ、私よ。ごめんね……扉を開けて頂戴」


 呼び掛けておいてなんだが、この扉が開くことがなければいいのにと願わずにはいられない。

 だがそんな願いも空しく、一拍置いて中からパタパタと駆け寄ってくる足音が聴こえたかと思うと、扉は外に向かってゆっくりと押し開かれた。


「ティア様!ご無事、で……」


 尻すぼみになるウィルニーナの言葉に連動するように、その顔から表情が抜け落ちていく。イリスの背後にいる人物を見つけ、ウィルニーナの唇は静かに戦慄いた。


「あ、……」


 扉の前で固まるウィルニーナを押し退けて、エルヴィンがイリスを伴い靴音を鳴らしながら大股で室内に入り込んだ。


「っ!エルヴィン様!ああ、流石!王女を捕まえたのですな!……エルヴィン様!!」


 扉をくぐるなり、続き部屋になっている寝室に向かって一直線に突き進んでいたエルヴィンを、居室のソファの横に集められ拘束されていたサルヴァが呼び止めた。

 だがエルヴィンは拘束されているドルシグ兵に混じって座り込んでいたサルヴァを一瞥しただけで、足を止めることはなかった。


「エルヴィン様、お助け下さい!エルヴィン様!!」


 しかし尚も後ろからサルヴァがしきりに叫んでいたため、遂にエルヴィンが足を止める。だが後ろを歩いていたヘルムートに視線を向けただけで、サルヴァの方を見ることはなかった。

 その視線だけで要件を察したヘルムートは恭しく頭を下げると、サルヴァの方へと歩み寄った。


「おお、ヘルムート!早く助けてくれ!!」

「……」


 無言のまま、ヘルムートはまるで虫けらを見るような目でサルヴァ見下ろす。

 その纏う空気にイリスがまずいと思った瞬間、ヘルムートは鞘から剣を引き抜くとサルヴァの太腿を剣で突き刺した。


「うぎゃあああぁぁ」


 あまりのことに悲鳴をあげたサルヴァに、ヘルムートが冷たく言い放つ。


「それ以上喚くなら、今度はお前の喉を潰す」

「!!」


 その表情のない無慈悲な視線に貫かれ、サルヴァは必死で痛みに耐えながら口を手で覆い悲鳴を呑み込むと、首をガクガクと素早く縦に振った。

 その顔は真っ青で、顔中からありとあらゆる液体を垂れ流しているが声だけは辛うじて堪えていた。


(……使えない者には容赦しないのね)


 ヘルムートのその姿が、彼が仕えるエルヴィンの為人や考え方そのものを表しているようだった。


(やはり、こんな人達に絶対に『世界の力』を渡すわけにはいかない)


 イリスが改めてそう思っていると、サルヴァの下を離れヘルムートが戻ってくる。

 エルヴィンは再びイリスにも歩くよう背中を小突き、促されてイリスはつい先程別れたばかりの前国王の寝室に再び足を踏み入れた。 


「やぁ、元気そうだな。前国王陛下?」


 エルヴィンが鼻で嗤いながら声を掛ける。前国王は先程と同じく、ベットの上に上半身起こした体勢で座って、エルヴィンを正面から睨み付けていた。


「……『世界の力』を欲するか」

「ああ、今日まで生かしてやったんだ。最後ぐらい役に立ってから死ぬといい」


 エルヴィンから視線を逸らした前国王は、次にその隣に佇むイリスに視線を向けた。

 先程意気揚々とこの寝室を出て行ったのに、エルヴィンの言いなりになって戻ってきたイリスに対してさぞ失望したことだろう。気不味さからその視線から逃れようとしたイリスだったが、それより先に前国王と視線がかち合った。


「……」


 視線が合った瞬間、前国王は僅かに口角を上げて優しく微笑んだ。

 その顔は、イリスに向かって大丈夫だと言ってくれているように見えた。


(……おじい様は、『世界の力』が何なのかご存じなのだわ)


 おそらくだが、エルヴィンの手に渡ったとしても今すぐ戦況が覆るような代物ではないということだろう。

 もしそうであるならば、とりあえずはリュカの救出や連合国軍が立て直す時間を稼ぐ意味でも、このままエルヴィンを封印の間に連れて行くのが最適解だと思われた。


「……ウィルニーナ、車椅子をとっておくれ」

「っ、はい!ただ今!」


 入り口扉前で呆然と佇んでいたウィルニーナにもそのか細い声が届いたようで、居室の方から車椅子を押してウィルニーナが寝室に入室すると、前国王はエルヴィンを見た。


「もうこれがないと移動できないものでね。仕込みの武器がないか調べても構わんよ?」

「いやいい。おいぼれに出来ることなどそうあるまい?」


 ふんっと顎をのけ反らせて嗤うエルヴィンを気にせず、前国王はウィルニーナの手を借りて車椅子に乗り込んだ。


「あ、のっ!わっ、私が、車椅子を押していきます、ので!」


 前国王を車椅子に座らせると、果敢にもウィルニーナが声を上げた。

 だがエルヴィンはウィルニーナに視線を向け、その頭の先から足の先までをじっと眺めると、つまらなさそうにヘルムートに指示を出した。


「縛っておけ」

「御意」


 見る人が見れば、その身体の筋肉の付き方や動きで武術に長けていることは見て取れる。おそらくウィルニーナに心得があることを見抜いたのだろう。


「ところで、封印の間は地下一階にあるのだがね」


 ウィルニーナがヘルムートによって居室の方へ連れて行かれるのを見ながら、前国王が世間話の様な口調で問う。

 その軽い口調に不快感を顕わにしながら、エルヴィンが答えた。


「……そんなことは知っている」

「車椅子のままでは階段を降りられんのだよ」

「……足手纏いの役立たずめ」


 エルヴィンはまるで虫けらを見るような蔑んだ目で前国王を見ていた。




◇◇◇   ◇◇◇




 イリスと前国王、エルヴィンとヘルムートの四人は、王族の居住区から城の玄関ホールまで移動していた。

 ここまでいくつか階段があったが、その度にヘルムートが車椅子ごと前国王を抱えて階段を降りていた。

 老齢の痩せ細った身体とはいえ男性一人分の体重に加えて車椅子の重量を持ち上げていたヘルムートだが、全く息を切らすことなく涼しい顔で階段を降りていた。


 玄関ホールには二階へと続く大階段があり、その先には王城の正面入り口の扉がある。

 今その扉は両方開け放たれた状態だったので、大階段を降りてきたイリス達は入り口前に一列に立ち並ぶドルシグ兵と、その向こうにサンスタシア帝国軍の騎士達の姿を見て取ることができた。

 アイザック率いるサンスタシア帝国軍の本隊も到着したのだろうが、先程ヘルムートによって二階のテラスから下がらされた別動部隊から話を聴いて、突入することも出来ずにいるのだろう。


(父さん……本当にごめんなさい。でも今のうちに、誰かリュカを助けて)


 明らかに連合国軍が優勢な状況でありながら、イリスが人質となってしまったがために突入できずにいることを申し訳なく思う。だが自分が人質になって気を逸らしているうちに、別動部隊が使った侵入経路を使うなりしてリュカが助け出されていることを願わずにはいられなかった。

 

 大階段を降りた一行は、その裏手に回る。大階段裏の床に膝を付き、床の一画を掌で撫でるように左右に動かしているヘルムートを、イリスはまじまじと見つめていた。


 やがて床の一部に僅かに窪んでいる箇所を見付けたヘルムートが、窪みに指を入れてそこを押す。すると次の瞬間、その部分から把手が跳ね上がった。

 その勢いに少しだけ驚いたイリスだったが、ヘルムートはそうなることを知っていたようで、落ち着いた様子で把手を持つと床板を持ち上げた。

 扉の中は、地下へと降りる階段に繋がっていた。


(……凄い、こんな処にあったのね)


 イリスはまだ成人していない歳までしかウィレンツィア王国にいなかったので、封印の間のことは話には聴いていても王城内の何処にそれがあるのかまでは知らされていなかったのだ。


 封印の間へと続く階段はそれほど広くはなかったが、ヘルムートは当然のように前国王を車椅子ごと持ち上げて階段を降り始める。それに続くようにと、イリスはエルヴィンから背中を小突かた。


「……行け」

「……」

 

 階段に灯りはなかったが意外にも階段の先が仄かに明るく光っており、階段も真っ暗なわけではなかった。イリスは一段ずつゆっくりと階段を降り始める。

 徐々に階下が近付いてくると、そこは小さな部屋のようになっていて、四方には小さな灯りがありこの部屋を仄暗く照らしているのが見える。そして階段を降り切ると、正面に重厚な扉一つ佇んでいた。

 扉の脇には何らかの機械が埋め込まれており、扉を厳重に護っているようだった。


(ここが、封印の間……)

 

 イリスが興味深げに周囲を見回していると、後ろからエルヴィンの苛立った声が響いた。


「さっさと開錠しろ」


 エルヴィンがイリスと車椅子に座る前国王に向かって吐き捨てるように言うが、その怒声に怯むことなく前国王はさも当然とばかりに疑問を口にした。


「解除用のセキュリティパネルに、この状態の私が届くとでも?」

「ちっ!つくづく手間のかかる死にぞこないだ」


 重厚な扉の横の壁に埋め込まれているセキュリティパネルは、どうやら網膜も識別するようで成人の顔の高さに設置されている。車椅子に座った状態では手を伸ばせばパネルに手は届くものの、網膜識別の際にはどうあっても顔が届かなかった。


「私も、このままでは無理だと思うわ」


 すかさず、イリスも身体の前で縛られた両手を掲げて見せる。

 すると盛大に舌打ちをした後、エルヴィンが吐き捨てるように言った。


「……余計な気を起こすなよ」


 後ろに控えていたヘルムートが前国王の腕を掴むと、その腕を自身の首の後ろに回させて肩を貸す形で車椅子から立ち上がらせた。

 それと同時に、エルヴィンが剣を鞘から引き抜くとその刃先でイリスの手首を拘束していた縄を切った。


「……」


 ヘルムートの肩を借りた前国王が、躊躇うことなく皺だらけの手でセキュリティパネルに手を伸ばす。

 イリスがいる場所からでは前国王の頭があってパネルが良く見えないが、最初に何か解除コードを打ち込んだ後、静脈認証、網膜認証に続いて声紋認証があり、先代国王は自身のフルネームを口にした。

 

 次の瞬間、ガチャン、という硬質な音が扉から聞こえた。だが、まだ扉は完全には開いていないらしい。


「さぁアリスティア王女。出番ですよ」


 恭しく腰を折るが顔はこちらに向けたまま口角を上げて嗤うエルヴィンに、嫌悪感から思わず眉間に皺が寄る。

 だがイリスは一度目を閉じて小さく息を吐き出すと、セキュリティパネルの前に立った。


 前国王が躊躇いなく扉を開けることに協力しているので、仮に封印を解いたとしても、連合国軍優勢の今の状況が覆るような兵器が封印されているわけではないと分かる。

 だが、この扉の向こうに封印されている物が何であるか分からないことが、イリスの恐怖を駆り立てていた。千年前の世界大戦後に封印された『力』と呼ばれる物など、不吉な物以外の何物でもないような気がしたのだ。


「……大丈夫」


 不安に押し潰されそうになっていたイリスの背中に、前国王の声が届いた。

 振り返ると、再び車椅子に腰掛けた前国王がイリスに向かって優しく微笑んでくれているのが見えた。


「大丈夫だ」

「……はい」


 再び掛けられた声に勇気をもらい、イリスはセキュリティパネルに向き合う。

 解除コードは一回打ち込めばいいようで、イリスは次々パネルに現れる手形や目の形に合わせて手や目をパネルの前に翳せば、一つ一つセキュリティが解除されていった。


 後ろで興奮気味に浅い息を吐くエルヴィンにイリスの不安は募るが、先程掛けられた前国王の言葉がイリスの気持ちを奮い立たせていた。


(きっと、大丈夫)


 最後に声紋認証を求められ、イリスは淀みなく答える。

 その瞬間、再びガチャンという硬質な音が扉から聞こえた。


「!ついに!ついにこの時が来た!!」


 エルヴィンが興奮冷めやらぬ口調で続ける。


「八年だ!この瞬間を八年待ち望んだ!!」


 直ぐにでも扉に手を掛けそうな勢いだったが、エルヴィンはそこでイリスの背を押した。

 倒れるほどの力ではなかったが、不意に押されてイリスは少し前方によろめいた。


「さぁ、先に入って何があるか見てくるんだ」


 どんなに興奮していても、危機管理はしっかりとしているらしい。

 踏み止まって後ろを振り向けば、エルヴィンが残忍な笑みをたたえてイリスを見降ろしていた。






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