↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第十一章 決戦の地ウィレンツィア
235/244

切り札

 テラスの前の廊下に大挙していた騎士達をヘルムートが下がらせる。

 騎士達は先程自分達の剣を捨てたので丸腰だが、この人数差であればヘルムート一人を拘束することなど造作もない。だがその瞬間、リュカに代わって人質となったイリスに向かってエルヴィンの剣が振り下ろされるだろう。

 それ故誰も行動を起こすことは出来なかった。


 後ろから騎士達を追い立ててヘルムートが階下へと進む。最後尾にいたレオンとロイが、最後にちらりとこちらを振り返りイリスに視線を送って寄こした。

 それに対して、イリスも僅かに頷きを返した。

 

「ではアリスティア王女、もう一人の王族をお迎えに行きましょうか」


 騎士達が階下へと下がったのを確認して、エルヴィンが態と恭しく宣う。

 『世界の力』が封印されている扉はウィレンツィア王国の王族が二人いることで開く仕組みのため、イリスの他に生き残っている王族である前国王の立ち合いも必要なのだ。


 ドルシグの乱を起こしてから八年、エルヴィンはそのために封印の扉を開けることができず、『世界の力』を手に入れることが出来なかった。

 エルヴィンならわざわざ王族の手を借りず、扉を破壊するなどして何としてでも『世界の力』を手に入れようと思ったことだろう。だがそれは叶わなかった。

 何故なら、封印の扉の周辺を破壊しようものなら、城全体が崩落するようにエストラル城は設計されているからだ。


 イリスもその事実を知った時は驚いたものだが、そこに千年前の世界大戦を生き延びた人達の後悔と戒めが込められていると思った。

 もう二度と戦争を引き起こしてはいけないという確固たる決意を胸に、『世界の力』が不用意に人手に渡ることがないよう厳重に封印したのだろう。


 だがその封印を、今まさにエルヴィンが破ろうとしている。

 イリスはエルヴィンを一瞥した後、吐き捨てるように言った。


「……その前に、人質が死んでしまったら意味ないでしょう。手当をさせて」


 内心の焦りが言葉に出てしまわないよう、早口にならないように留意しながら告げる。動揺している姿を見せては相手に付け入る隙を与えるだけだ。

 このままリュカを放置して出血死するようなことがあれば、イリスはエルヴィンに従う理由がなくなる。この提案はエルヴィンも飲まざるを得ないものだ。


 案の定、イリスの言葉にエルヴィンは少し眉を顰めたが、否定はしなかった。

 

「……いいだろう。だがヘルムートが戻ってくるまでだ」


 イリスはすぐさまリュカに駆け寄って膝を付くと、その頭を抱えて自身の膝の上に乗せた。しかし首の傷口を上にしてみたが、血は止めどなく流れ落ち続けている。

 周囲を見回し近くの床に落ちていた剣を拾うと、イリスは自身の着ている上着の肩口にその刃を差し込んだ。そして剣を床に捨て切れ目を入れた箇所に手を差し込むと、肩口から袖を一気に引きちぎった。

 切り離された袖をリュカの傷口に当てて上から押さえ、圧迫し止血を試みる。


「イ、……ス、ご……め……」

「いいから、喋らないで」


 頭を動かされて僅かに意識が浮上したリュカが必死に言葉を紡ごうとする。だが、傷に加えて喉を圧迫されているために声が上手く出ないのだろう。その声は先程よりもか細いものだった。

 

「滑稽だな。人一人犠牲に出来ぬとは。この状況で己が後ろから私に刺されて幕切れになるとは思わないのか」


 頭上から、イリスを心底馬鹿にしたような声が響く。

 先程イリスが傍に落ちていた剣を拾った瞬間、イリスの頭上に剣が突き付けられている気配を感じていたが、それに動揺することなくイリスはリュカから視線を逸らさずに答えた。


「私を殺したいのならどうぞご自由に。けれど私を殺せば『世界の力』は手に入らない。きっと今階下で控えている連合国軍が攻め入ってきて、貴方の首を取って終わりね」

「はっ、戯言を」


 淡々と告げると、エルヴィンはそれを鼻で嗤った。

 だがイリスは動じることなく、リュカの止血を続けながら顔をあげた。


「なんならここで自死を選んでも構わない。選択権は私にあるのでしょう?」


 顔をあげたイリスはリュカの首を押さえていた手を片方離すと、頭上にあったエルヴィンの剣をそのまま素手で掴んで態と自身の首元に近付けた。

 刃先で掌が切れ、剣を握り込んだ手からは真っ赤な鮮血がポタポタと滴り落ちる。

 しかしイリスのそんな挑発にも動じることなく、エルヴィンは心底つまらなさそうに溜息を吐いただけだった。


「自死などつまらん。止めろ」

「……」


 お互い視線を逸らさず睨み合う中、階下からヘルムートが戻ってくる気配が近付いてきた。

 イリスは剣先を握り込んだ手を離すと、リュカの止血に戻る。エルヴィンはリュカの手当てはヘルムートが戻ってくるまでと言っていた。それ以上の時間を待ってはくれないだろう。


(お願い、リュカ……もう少しだけ頑張って)


 リュカは出血の量が多い。直ぐにでも医師に診せなければならないが、今それは叶わない。

 せめてこれ以上出血しないよう、イリスは傷口を押さえていた上着の袖を包帯のようにリュカの首筋に巻いて止血をすると、自身の膝の上に乗せていたリュカの頭をそっと床に横たえた。

 するとイリスの動きに気付いたリュカが、僅かに口を開く。


「イ……」

「ごめんね」


 何かを言いかけたリュカの言葉を、イリスが遮る。

 リュカの首に巻いた真っ白な騎士服の袖は、徐々に赤く染まってきていた。

 だがイリスは立ち上がると、振り返らずに歩き始めた。


「行きましょう」

「……」


 そんなイリスの背中に、エルヴィンがつまらなさそうに息を吐くのが聞こえた。きっと、イリスがエルヴィンの言に従順に従っているのが気に入らないのだろう。


 エルヴィンにとっては順調に事が進むよりも、他人が嘆き苦しみ無様に踊り狂っている方が愉快なのだ。きっとイリスにも、リュカを死なせたくないと無様に泣き叫ぶ姿を期待していたのかもしれない。


「……待て。拘束はさせてもらう」


 エルヴィンの言葉を受けて、すぐさまイリスの下にヘルムートが近付き身体の前で両手首を縄で拘束した。

 だがそれが終わるとすぐに、イリスは目的の場所へと向かって再び歩き始めた。イリスとしては一刻も早くこの場を離れたかったので、足早に先を急ぐ。


(お願い、誰かリュカを助けて)


 先程廊下に居たレオンやロイ、そしてヴォルターや別動部隊の騎士達は、先程リュカが人質に取られ怪我を負ったことを知っている。

 イリス達がエルヴィンと共にこの場を離れれば、誰かがリュカを助けに来ることができるだろう。

 騎士達は城外まで下がらされ、おそらくドルシグ兵に見張られているだろうが、戦況はこちらが有利な事に変わりはない。

 『世界の力』を手に入れるためにエルヴィンとイリスが封印の間に向かったところで城内に攻め入り、リュカを安全な場所に避難させてくれることを祈って、イリスは足を速めた。


 向かう先は前国王の寝室だ。そして祖父を伴い、『世界の力』が封印されている封印の間を目指す。

 だが千年前の世界大戦を経て封印された『世界の力』が何なのかを、イリスは知らなかった。


(『世界の力』がこの状況を一変させるような殺戮兵器だったらどうしたらいいの……)


 レオンとロイからは諦めないように言われた。イリスとて諦めるつもりはない。

 しかし、もし『世界の力』が千年前の世界大戦で使用されたような殺戮ウィルスだった場合、リュカ一人を助けたことで、この大陸に住む全ての人々を危機的状況に陥れる結果になるかもしれないのだ。


 千年前の世界大戦時は、殺戮ウィルスによって実にこのラプェフェブラ大陸の人口の約九割がそのウィルスの被害に遭い、人類のみならずこの世界は一度滅んだのだ。

 封印されているのがそういったウィルスや殺戮兵器であった場合、取り返しのつかない事態に陥ってしまうかもしれなかった。


(……おじい様は『世界の力』が何か、ご存じなのかしら)


 今は、それに掛けるしかないとイリスは考える。


(もしおじい様が『世界の力』が何かを知っていて、世に出してはいけないものであるならば、私はその時……自決しよう)


 たった一人の人質の命を優先させたことは、まぎれもなくイリスの責任だ。その落とし前は自分でつけなければならない。

 自分が死にさえすれば『世界の力』が世に出ることはなく、そしてこの戦況であれば連合国軍の勝利で戦いを終わらせることが出来る。


(最終的にエルヴィンを討つのは、自分でなければならないわけではないもの)


 そう思い至り、イリスは腰に意識を集中させた。マントの下のそこには、いつも通り短剣が括りつけられているのだ。

 先程武器を捨てるように言われた時、この短剣のことはエルヴィンに知られずに済んでいたのだ。

 

 リュカを介抱していた時、傷口を押さえる布として真っ先に思いついたのは背に揺れるマントだった。

 しかしマントを外してしまうと、腰に括りつけた短剣が見えてしまう。イリスは咄嗟に袖口を引きちぎって、リュカの止血に利用したのだ。

 マントの下にはフラッデルも背負ったままなので、腰の短剣はより見えにくくなっている。長剣を失った今、イリスの武器はこの短剣のみだ。


(この短剣は、もしかしたら自分が最期を迎えるための切り札になるかもしれない)


 『世界の力』を手に入れるまでは、エルヴィンはイリスのことを殺さないし自決などさせないだろう。連合国軍に囲まれたこの圧倒的不利な状況を打開するためにも、何としても『世界の力』を手に入れたいはずだ。

 だがそれを阻止するためにも、イリスは何としてもこの短剣は隠し通しておかなければならない。



 元々は、エルヴィンに一矢報いるための切り札として取っておいたものだ。しかし、おそらくは違う用途で使われることになるだろう。

 

 イリスは覚悟を決めると、前だけを見据えて廊下を進んだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。