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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第十一章 決戦の地ウィレンツィア
231/244

再会 1

 フラッデルの高度を上げたイリスは、エストラル城を真上から見下ろすと、速度を緩め目的の場所を探した。


(確か、この辺りに……)


 王城を取り囲む城壁が炎の映像によって照らし出されているので、城壁の内側にある城までその光が届いており、エストラル城をよく見渡すことが出来ていた。

 そうして記憶を頼りに眼下に視線を彷徨わせていたイリスは、城の正面付近に目的の場所を見付けた。


「あった!」


 真っ直ぐに城の二階にあるテラスに向かって高度を下げる。

 イリスの記憶通りその場所は城の正面付近に位置しており、城の庭園を見下ろせるようになっていた。


 このテラスは慶賀の際などに王族がこの場に立ち、庭園まで招き入れた王国民に向かってその姿を見せたり言葉を伝えたりするために使う場所なので、そこそこの広さがあるのだ。

 フラッデル発着のための専用の場所があるサンスタシア帝国のロードベルク城と違って、ウィレンツィア王国のエストラル城にはそうした場所はないのだが、ここなら降りるのに十分な広さがあると踏んだのだ。


 眼下では、そこかしこで警備にあたっていたドルシグ兵達が上空を飛ぶイリス達に気付いて騒ぎ立てている様子が見て取れたが、その全員を相手にしている暇はない。

 ドルシグ帝国がウィレンツィア王国を簒奪した証拠を掴み、宣戦布告をして連合国軍が乗り込んできている今、この戦いは連合国軍の勝利でほぼ確定している。それ故に、イリスは無益な争いを一刻も早く止めさせたかった。

 その為にも、敵の総大将であるエルヴィンを真っ先に打ち倒さなければならないのだ。



 シュウゥゥという収束音を響かせながら、フラッデルが目的の場所である二階のテラスに降り立つ。イリスに習い、レオンとロイが続けざまにテラスに降り立った。


「このまま手筈通りに」


 フラッデルの後方を片足で踏んで立たせると、それを掴みいつものように背中に背負って胸の前のベルトで固定する。イリスの言葉に二人は首肯すると、フラッデルをその場に置き去りにしたままパッと駆け出した。


「……」


 それを見て、イリスは自分がいつも通りであることを認識し、感じていた緊張感が少しだけ解れたような気がした。


 何ということはない。二人は移動手段としてしかフラッデルを使用しないため、今回のようにこれから戦闘が始まるのであればフラッデルを置いていくのが常なのだ。貴重な物なので勿論戦闘後には回収しに来るのだが、持ち歩いても邪魔になるだけなので置いていくのは当然である。

 しかしイリスは違う。戦闘においてフラッデルを使用するため、いついかなる時でも肌身離さず持っているのが常だった。

 だが今回は城内という狭い空間での戦闘になるため、おそらくフラッデルを使用しての戦闘となることはない。それなのに当然のようにイリスはフラッデルを背に担いでいた。


 その何気ない行動こそが、いつも通りであることを物語っていた。この戦いに際して気負う気持ちに圧し潰されることもなく、自分はいつも通りだと思えたのだ。


 だが、そう呑気に構えてもいられない。気を引き締め直すと、イリスは背中の鞘からゆっくりと剣を引き抜いた。レオンとロイも腰に佩いた剣を抜くと、正面を見据えて構える。

 イリス達の襲来に気付いたドルシグ兵が、階下から押し寄せてきたのだ。

 あっという間に二階に到達したドルシグ兵が、テラスと室内を隔てる大きなガラス扉を開け放つ。

 イリスは剣を握る手にグッと力を込めると、敵との間合いを図った。


「……?」


 だがイリスの気合を余所に、攻め入って来たドルシグ兵は悲鳴や呻き声をあげて後方にいる者からバタバタと倒れていく。

 何が起こっているのかよく見えず詳細は分からないが、後方から何者かによって攻撃されているようで、前方にいた兵も動揺を隠せず隊列がどんどん乱れていた。


 その様子を目にし、イリスは駆け出すと最前列にいた兵に向かって切り掛かった。イリスとほぼ同時に、同じことを考えていたレオンとロイもドルシグ兵に向かって切り掛かる。

 挟み込まれるように攻撃され、ドルシグ兵は体勢を立て直せずに慌てふためく。前方と後方からの攻撃に最早為す術がなかった。


 そうして瞬く間に敵を排除し終えると、イリスは後方から攻め入って来たサンスタシア帝国の騎士達に視線を巡らせた。その中に見慣れた人物を見とめて、思わず声をあげる。

 

「リュカ!良かった、無事に辿り着けたんだね」


 サンスタシア帝国の騎士達数十名と共に別同部隊としてこの場に駆けつけていたのは、リュカだった。

 

 この別同部隊は、アイザック率いるサンスタシア帝国騎士団の本隊とは別行動をしており、リュカが知っている抜け道を使って王城内に忍び込む作戦になっていたのだ。

 ドルシグ帝国兵も王都内を侵攻して来る騎士団本隊に気を取られ、抜け道を通って来たこの別同部隊には気付かなかったのだろう。それ故、先程の戦闘も後方からの奇襲を受けて呆気ないくらい簡単に片が付いていた。


 だが実際に戦闘が始まったということで、リュカの表情は硬かった。イリスの呼びかけに対しても、隊の最後尾から僅かに視線をこちらに向けただけだった。

 だがそれも仕方がないだろう。リュカは元々騎士でも何でもない。人を切ったこともないのだ。

 それなのにこの戦いに志願し、ウィレンツィア王国のために戦ってくれている。イリスとしてはその気持ちは嬉しいのだが、今すぐ戦いを止めて欲しいような複雑な想いが入り混じっていた。


「イリス様」

「……ヴォルター!」


 イリスの思考を遮るように騎士団の中から進み出て声を掛けてきたのは、革命軍のリーダーであり元ウィレンツィア王国の騎士であるヴォルターだった。

 旅の途中で出会ったヴォルターは、エダルシア王国に向かうまでイリス達と行動を共にしていたのだが、エダルシア王国を発つ時に別れて以降、これが久し振りの再会だった。


 この地で再びイリスと相まみえ、ヴォルターは目頭が熱くなるのを感じながら騎士の礼をとった。


「イリス様、ここは我々が食い止めます。貴方様は、どうか真っ直ぐにお進みください」


 お互い募る言葉もあるが、話すべきは今ではない。イリスもぐっと言葉を呑み込むと、黙って頷き返した。


 再会に浸る間もなく、騒ぎを聞きつけた別の兵達が階下から押し寄せてくる気配が近付いている。ヴォルターはイリスに背を向けると、敵が来る方向に剣を構えた。


「行こう」


 レオンの言葉に、イリスも踵を返す。こんな所で立ち止まっているわけにはいかない。イリスのやるべきことは一つなのだ。


「ここをお願いします」


 そう言葉を残して走り去る足音を聞きながら、ヴォルターは剣を握る手に力を込めた。


「ここからは誰一人通さん!」


 八年前に果たせなかったことを成すために、ヴォルターは目の前の敵に向けて剣を振り下ろした。




◇◇◇   ◇◇◇




「ここにもいない……」


 国王の執務室だった部屋に押し入り、誰もいないことを確認して一つ息を吐き出した。

 

「エルヴィンの性格上、この状況で逃げの選択をすることはないだろう」

「……そうだよね」


 レオンの言葉にイリスも同意する。

 ドルシグ帝国本土にも連合国軍が侵攻していることはエルヴィンも聞き及んでいるはずだ。本土からの応援が来ないことは把握済みだろう。

 だがエルヴィンはどんな状況であろうと、命だけでも助かりたいと逃げ出すような人物でないことだけは確かだ。

 勝機がなくとも最後の最後まで何を仕掛けてくるか分からない。そんな底が見えない人物がエルヴィンなのである。

 

「一先ず予定通り前国王陛下の下に行こう。安全確保が最優先だよ」

「そうだね。……こっちよ、ついてきて」


 ロイの言葉にイリスも頷き返した。


 イリス達の最大の目的はエルヴィンを討つことだが、連合国軍の目下の最優先事項はウィレンツィア王国民の避難である。

 当然この王城内にも前国王を始め城に従事している者達がいる。その人達が戦闘に巻き込まれたりエルヴィンによって人質に取られ戦況が不利になったりしないように、避難させる必要があった。


(おじい様が殺されることはないと思うけれど、人質に取られると厄介だわ)


 エルヴィンが欲している「世界の力」は、このウィレンツィア王国に厳重に封印されている。そしてその封印の扉は、ウィレンツィア王国の王族が二人いることで開くのだという。

 だがその事実を知らなかったエルヴィンは、八年前のドルシグの乱の際にイリスの父と母であった国王と王妃、兄であったアリスティド王子を亡き者にしている。そのため現状ウィレンツィア王国の王族は前国王であるイリスの祖父と、イリスしかいない。

 エルヴィンが「世界の力」を手に入れるためには前国王を殺すわけにはいないので、すぐさまその命が危険に晒されることはないだろうが、人質に取られる訳にはいかなかった。


 王族の私室はエストラル城の三階、その最奥に位置している。

 この時間なら前国王も私室にいるだろうと踏んでイリス達はそこに向かっていたのだが、そこに行く手前に執務室を見つけたので、エルヴィンがいればと思って先程突入してみたのだがやはり空振りだった。


(エルヴィンさえ討ってしまえば、この戦いは終わるのに……)


 イリスは少なからず焦っていた。こうしている間にも多くの騎士達が戦っており、怪我をしているかもしれないのだ。


「……落ち着け。きっと大丈夫だ」

「そうだよ、心配いらないよ」


 どうやら不安が顔に出ていたようで、レオンとロイが揃ってイリスに声を掛けてきた。


「ごめん……そうだよね」


 心配させてしまっていることを申し訳なく思いながら、イリスは短く息を吐き出すと気持ちを切り替えた。

 廊下の様子を確認してから慎重に執務室の扉を開け、誰もいないことを確認してからイリス達は再び前国王の私室に向けて走り出した。


 途中、階段などの要所に配置されていたドルシグ兵と交戦することはあったが、レオンとロイがイリスの前に出て応戦してくれ難なく切り抜けることができ、そのまま先を急いだ。

 大方の兵は王都で火事騒ぎがあった際に階下に降りたのか、城内にいる兵は極少数だった。

 それに階下にはサンスタシア帝国騎士団が陣取っているので、ドルシグ兵は階上まで到達できていないようだ。


 それ故、階下や城外で交戦する騒音は城内にも響いてきているものの、それ以外は全く音が無く城内は不気味なほど静かだった。


「侍従や侍女の姿もないね」


 何度か角を曲がり王族の私室に続く真っ直ぐな回廊に出た時、ロイがポツリと呟いた。


 実質ドルシグ帝国に支配されるようになってからのウィレンツィア王国を、イリスは知らない。

 国民が虐げられていたわけではないということは知っている。もしそんな事実があれば、平和条約の下に連合国軍がドルシグ帝国への制裁を決行することができるので、ドルシグ帝国もあからさまにそんなことはしていなかったのだ。

 しかし実際に王都や王城内での生活がどうだったのかまでは分からない。

 

 ドルシグの乱の際に城内で働いていた多くの者の命は失われ、現在エストラル城にはエルヴィンを始めとするドルシグ帝国の者の他には、前国王と僅かな侍従や侍女しか残っていないと聞いていた。


「……おじい様、どうか無事でいて」


 回廊に等間隔に嵌められたガラス窓からは、夜空に浮かぶ細い三日月から放たれる仄暗い光が差し込んでいる。

 その僅かな月明かりに照らされた回廊を、イリスは目的の場所に向けてひた走った。






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