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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第十一章 決戦の地ウィレンツィア
230/244

突入

 眼下で逃げ惑う人々を横目に見ながら、フラッデルのペダルを踏み込むとイリスは真っ直ぐに王城を目指した。


 混乱の最中にある王都民の事が心配ではあるが、今はそちらに気を割くことは出来ない。

 そちらはエダルシア王国軍の騎士達が対処してくれることになっている。彼等も予定通りウィレンツィア王国に到着したようで、逃げ惑う王都民の避難誘導をしたり、騒ぎに気付いたドルシグ帝国兵を相手にしていた。

 

 ここまでの作戦は全て上手くいっているようで、目指す王城の城壁も轟々と炎が燃え盛っているように見(・)え(・)る(・)。

 だがそれはまやかしで、実際には炎が燃え盛る映像が城壁に投影されているだけだ。

 けれど遠目からではそれが映像だと知っているイリスでさえ、一瞬本当に城壁が燃えているのではと錯覚してしまったくらいだ。

 そのくらい精巧な映像だった。


 そして映像だけではなく、装置からは炎が爆ぜる音も鳴っているし、王都中に何かが燃える匂いもしている。

 これは帝の作戦で、聴覚と嗅覚にも訴えるために王城を取り囲む森の中で、延焼に留意しながら実際に火を燃やしているのだ。

 それも相まって、本当に火事が起こっているのではとこちらまで混乱してしまいそうだった。


 それほどまでに本物のような演出に、王都民は最早パニックに陥り、我先にと避難する人々の悲鳴や泣き叫ぶ声で辺りは一時騒然としていた。

 だが今では、そこまでの混乱はなく避難が進んでいるように見える。これはひとえに、王都民の避難誘導に尽力してくれているエダルシア王国軍のお陰だろう。



 作戦が決行される数か月前、イリスは帝の執務室に呼び出されていた。


 今回の作戦においてエダルシア王国軍を援軍としてウィレンツィア王国に呼び寄せる際、ストレアル山脈を普通に越えてくるのではなく、ナタラ族が先祖代々守ってきたあの秘密の洞窟を使うと聞かされ、イリスは驚きを隠せなかった。


 ストレアル山脈を貫きサンスタシア帝国とエダルシア王国の二国間を繋ぐ洞窟は、ストレアル山脈に住むナタラ族の族長が代々隠し守ってきた千年前の遺産だ。

 これまでナタラ族の族長にしかその存在を知らされていなかった、重要機密である。

 今代に限っては、ナタラ族の現族長であるダングワーンの他に、エダルシア王国国王とイリスもその存在を知っているが、それは異例のことだった。


 そんな重要機密の存在をエダルシア王国軍に知らせ、ましてその洞窟を今回の作戦に使用するなど、よくナタラ族の族長であるダングワーンが了承したなと思ったのだ。

 だが実際は、帝が話をしたいと申し出たところ、ダングワーンの方から『ドルシグ帝国に見つからずにストレアル山脈を越える術がある』とこの洞窟の話を持ち掛けられたのだという。

 そしてダングワーンからは、『この時のためにこの遺産は残されていたのだと思っている。存分に活用するといい』との伝言を預かったと帝が笑って教えてくれた。


(……ダンさんには感謝しかないな)


 その時のことを思い出し、フラッデルを駆るイリスに僅かに笑みが零れる。

 だがダングワーンだけではない。今回の作戦の為に、様々な人々がイリスに協力してくれていた。


 カインをはじめゴットハルト工房の職人達は、今目の前で燃え盛っている疑似炎を造り出す映像投影装置の他にも、ドルシグ帝国によるウィレンツィア王国簒奪の証拠を掴むために、もっと小型で軽量な盗聴器の開発や、遠く離れていても昆虫を操作できる技術の改良をしてくれた。

 それによって、今回ドルシグ帝国がウィレンツィア王国を簒奪した証拠の他にも、ドルシグ帝国軍の動きやエルヴィンの動向などを秘密裏に探ることが出来ていた。


 そこから掴んだ情報を利用し、ドルシグ帝国の軍事力を分断するために、イリス達がウィレンツィア王国へと出撃するのに合わせてドルシグ帝国本土にも攻撃を仕掛けているのだが、そちらにはエダルシア王国とオートレア王国の連合国軍が向かってくれている。


 ドルシグ帝国に事前にその動きを察知され迎え撃たれるのを防ぐために、連合国軍を乗せた船が死の海域を渡ると聞いた時にはイリスは驚き、そして帝に対して不敬にも猛反対をした。

 だが出航に際しては、エダルシア王国で出会ったステラとソルとルナが協力してくれると聞いて、更に驚くことになったのだ。

 そうして出航前に再び会ったステラには、『天候を読み切って船を無事に送り届けて見せるから安心して』と微笑まれ、イリスは何も言えなくなってしまった。


 だが天候を読むだけでは無事に航海は出来ない。荒波に耐えうる頑丈な船も豊富な経験も必要になってくる。

 そんなイリスの不安を読んだかのように、ステラの腰を抱き寄せ、もう片方の手でソルとルナを抱きしめたエダルシア王国きっての商会の会頭であるアレク・ミュラーが、『お前の為じゃないからな。家族の為だからな』と視線を逸らしながらも最後には『任せろ』と言ってくれた。


 そうして出航した船には、実はナリシェの町で出会ったゲイリーとリックとマリーも乗船していたとイリスが知ったのは、船が遥か沖合に出てからのことだった。

 その事実に驚きよりも、何故という疑問が顔に現れていたようで、苦笑しながら帝が説明してくれたところによると、ゲイリーはイリス達と別れた後に帝に会いに来たそうで、ドルシグ帝国に住んでいたことがあるからと有事の際の協力を申し出てくれたのだという。

 

 今回ドルシグ帝国本土に侵攻するにあたって、ドルシグ帝国内の詳しい地理を知る人物が居ることは非常にありがたい。その申し出を利用させてもらうと決めた帝は、実は帝都に何度かゲイリー達を呼び出していたのだという。

 イリスがサンスタシア帝国に戻って来てからも帝都に来ていたと聞いて、それなら会いに来てくれたらよかったのにと思ったのだが、ゲイリーが『余計な心配をかけたくないから、今は会わないでおく。よろしく伝えといてくれ』と帝にお願いしていたらしい。

 サンスタシア帝国の皇帝を伝書鳩代わりに使うところもゲイリーらしいと思ってしまったが、伝言には続きがあって、『こっちは何にも問題ないんで、お姫様も頑張て下さいっす』『全部終わったら、また可愛い恰好をして一緒にお茶しましょうね』とリックとマリーからの言葉が続いていた。



(今まで旅の中で出会った様々な人々の力を借りて、ここまで来ることが出来ている)


 こんな時にも関わらず、イリスの胸に熱いものが込み上げる。

 決して一人では、ここまで来ることは出来なかっただろう。


 ここまでの作戦は順調だ。このまま行けば、王都民は無事に避難することが出来る。

 そして、ここからが正念場だ。


 今までは大きな戦闘も無くここまで来ることが出来たが、ドルシグ帝国本土からの援軍は無いとしても、現状エルヴィンを護るための兵が王都と王城内に配置されている。

 数では勿論こちらの連合国軍の方が遥かに上だが、城内を制圧するためにはここからの戦闘は避けられない。負傷者も出ることだろう。


「……」


 過った不安を、首を振って払い除ける。誰にも傷付いて欲しくないなど甘いことは、もう言っていられない。これは国を取り戻す為の戦いなのだ。

 双方が命を懸けて剣を振る以上、どうしても勝ち負けがあり、負ける方は少なくない怪我を負う。


 やりきれない思いにイリスが俯きそうになったその時、ふとオートレア王国王妃であるマルグリットから出撃前に掛けられた言葉が脳裏を掠めた。


『どんな傷でも治してみせるから、迷いなく進みなさい。そして、……どうか生きて戻ってきて』


 マルグリットは今回、王妃であるというのにオートレア王国軍と共にやって来たオートレア王国医療団の一員として、サンスタシア帝国入りをしてくれている。

 王妃という立場故、ウィレンツィア王国に行くことはご遠慮願ったのだが、『私は今回、オートレアの魔女として医療団に参加しているのだから、気にしないで』とマルグリットからは固辞されてしまった。

 だが他国の王妃を、いくら本人が了承しているからと言って前線に連れ出すわけにはいかない。彼女は今回、ウィレンツィア王国の王都から離れた場所に造られた簡易の野営診療所で、運び込まれる負傷者の治療や後方支援にあたってもらう予定だ。

 医療団が万全を期して待機してくれている。これほど心強いことはないだろう。



「……」


 大通りの突き当りにあった王城が、どんどん目の前に近付いてくる。

 ウィレンツィア王国の王都は、大通りがそのまま王城へと真っ直ぐに伸びている。イリスはその大通りの上を、レオンとロイと共に連なって飛んでいた。


 王城内は間もなく戦場と化す。だが王城内にはドルシグ帝国兵の他に、夜間とはいえ側仕えの者達も少なからずいることだろう。

 その人々をどう逃がすかだが、今飛んでいる大通りの左右を見遣れば、逃げ惑う王都民で溢れかえっている大通りを避けて、作戦通り左右の脇道から黒い騎士服の騎士達が王城に向かっているのが見えた。

 アイザック率いるサンスタシア帝国騎士団だ。彼等には、王城の解放のために戦う他に、王城の者達の救出と避難誘導を行う役割もある。これには民衆を逃がした後のエダルシア王国軍も加わる予定だ。


 故に、イリスの役割は一つだ。

 他の事に気を取られたり憂うことなく、ただ一つの事を成すように言われている。


「……エルヴィンを、この手で討つ」

 

 ウィレンツィア王国のエストラル城が目の前に迫り、イリスは王城の一画に着地するために高度を上げる。

 零れた言葉はフラッデルを上昇させた際の風に攫われて、夜闇の中にあっという間に溶けて消えていった。






今日でこのお話を書き始めてちょうど1年になりました。先月には1万PVにも達し、感無量です。

これもひとえに、読んで下さっている皆さんのおかげです<(_ _)>

活動報告の方にも書きましたが、ここでもお礼を述べさせて下さい。

いつも読んで下さりありがとうございます。そしてお話はまだ続きますので、今後もよろしくお願いします。

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