この日の為に 4
今回のお話は、リュカ視点のお話です。
このラプェフェブラ大陸の中央に位置しているウィレンツィア王国は、周囲を森に囲まれた自然豊かな場所に王都が存在している。
それ故身を隠す場所には困らず、サンスタシア帝国を出発した騎士団はドナの森を抜けた後、ストレアル山脈の裾野に広がる森林の中を移動し、こうして身を隠したままウィレンツィア王国の王都近くに潜伏していた。
そして先程、ドルシグ帝国に知られることなく無事にストレアル山脈越えを果たしたエダルシア王国軍とも合流し、今は二ヵ国の連合国軍となったためかなりの大所帯になっていた。
「……しっかし、どうやってストレアル山脈を越えてきたんだろうな」
後ろを振り返り、騎士達で溢れた森の中を見ながらリュカがそんな疑問を口にする。誰に問うでもない呟きだったが、その問いに隣に居たヴォルターが小声で答えた。
「我々が作戦の全てを知る必要はないさ。無事にこうして合流できた、それが全てだ」
「……まぁ、そうだけどさ」
どうやらイリスが何か妙案を持っていたようで、エダルシア王国軍の援軍がストレアル山脈越えをする際にはイリスのその案を使うということだけが帝から伝えられていた。
往々にして下の者達には詳細に伝えられないことが多いが、それは知る必要がないからだ。それ故訓練生如きのリュカでは、それ以上を詳しく訊ねることは出来なかった。
訓練生として騎士団に身を置いて数か月、この作戦が決行されることが決まった時に、リュカは無事に騎士団のお墨付きを得てウィレンツィア王国奪還のための作戦に同行させてもらえることになった。
それはとても嬉しかったのだが、今回の作戦においてリュカはイリスと行動を共にしていなかった。
イリスはフラッデルで真っ先に王城に突入していくため、この騎士団とは別行動をしている。
(まぁ、俺の実力じゃあいつらと一緒に行きたいと言っても、無理なのは当然だけどな)
分かってはいるものの、自分の不甲斐無さに拳を握りしめる。
当然だが、レオンとロイはイリスと共にフラッデルで王城に突入するためイリスと一緒に行動していた。
「リュカス、気持ちを切り替えろ。今回の戦いは、皆がそれぞれ自分にできることをすることが勝利に繋がる」
「……分かってる」
黙り込んだリュカを見て、ヴォルターが掌でリュカの背中を一発叩いた。
今は潜伏中なので大きな音を立てないよう軽く叩かれただけなので、痛みは全くない。
だが普段なら、その扱いに文句の一つも言うところである。しかし今はそんな場合でないのだ。リュカは余計な雑念を払い、目の前のことに集中することにした。
「分かってる、俺には俺の役目があるからな。自分にできることでイリスの役に立つことにするよ」
気付かせてくれたヴォルターに対して笑いかければ、ヴォルターも僅かに口角を上げた。
「そうだな。イリス様のためにお互い全力を尽くそう」
今回この連合国軍の役割は、サンスタシア帝国騎士団は王城の解放、エダルシア王国軍はカイン達ゴットハルト工房が開発した装置によって一斉に避難するであろう王都民の避難誘導を行うことになっていた。
(カインも上手くやってるといいが……。まぁ、あの天才のことだから心配いらないか)
サンスタシア帝国の皇帝に依頼された物を完成させるために、カインは工房の職人と共に先にウィレンツィア王国へと戻ったので、数か月前にサンスタシア帝国で別れたきりになっていた。
王都民を一斉に逃がすという問題を、どうやって実現させるのかということも下の者達には全く知らされていない。
しかしカインも自分に出来ることで今回の作戦を成功させようと頑張っているのだ。リュカは自分も頑張らなければならないと気合を入れ直した。
「……?」
ふと気付くと、前方付近で何かがあったようで辺りが急に水を打ったように静まり返った。
見ると、サンスタシア帝国騎士団を率いているアイザックが居る辺りで、何かがあったようだった。
今回の作戦の際に、誰がサンスタシア帝国騎士団を率いてウィレンツィア王国へ侵攻するかという話になった時、真っ先にアイザックが志願したという話をリュカは帝からこっそり教えてもらっていた。
今回大隊を率いてウィレンツィア王国へと侵攻すると、サンスタシア帝国本土の護りが手薄になってしまう。
アイザックはサンスタシア帝国の騎士団を纏める軍総司令官だ。本来であれば、軍総司令官としてアイザックが自国の守りの要として残るべきなのだが、アイザック自らの申し出に、帝も渋々了承したのだという。
(渋々、と言いながら笑ってたけどな)
愉しそうな帝の様子からは、イリスのために騎士団を率いようとするアイザックの、父親としての姿を微笑ましく思っている様子が窺えた。
(きっと帝なら元々、そのつもりで作戦を立てていただろうけどな)
今サンスタシア帝国の本土は、第一騎士団団長が第一騎士団と共に護っている。常日頃から王城内や皇帝の警護にあたる隊だ。不安要素は一切ないだろう。
「無線が入ったようだ。間もなくかもしれない。大丈夫か?」
どうやらアイザックに無線の連絡が入ったために、その場が一斉に静まり返ったようだ。ヴォルターから問われ、リュカは小さく頷きを返した。
今入る無線など、作戦の開始を知らせる合図以外にない。皆の緊張が一気に高まった。
そうしているうちに無線を終えたアイザックが、ゆっくりと後ろを振り返ると皆に向かって声を張り上げた。
「合図が来た。我々も行くぞっ!」
「「「おぉ!」」」
後ろに控えていた騎士達が一斉に雄叫びを上げる。
(ついに……この時が来たんんだ)
その言葉に、リュカは少しだけ感慨深い思いに囚われていた。
革命軍としてサンスタシア帝国への協力を依頼しにカインと共に向かっていたあの日。途中でドルシグ帝国のエルヴィンにその存在を気付かれ、転がるようにして逃げ込んだサンスタシア帝国領でイリスに助けられてから、一年近くが経っていた。
あっという間だったような、とても長かったような、リュカは何とも言えない不思議な気持ちでいっぱいだった。
ふと前方を見遣ると、エダルシア王国軍を率いてきた王太子と何か言葉を交わした後、アイザックがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
気のせいではなく、やはり真っ直ぐにこちらに向かってきたアイザックは、リュカの目の前でその歩みを止めた。
「では手筈通りに」
隣に立つヴォルターに向かって話しかけた後、アイザックは視線をリュカに向けた。
「よろしく頼む」
「っ!分かりました!」
リュカの返答を確認すると、アイザックは踵を返して連合国軍の最前列に戻って行った。
振り向くその一瞬、アイザックの表情が少しだけ柔らかいような気がしたのはきっと気のせいではないだろう。
その顔は、娘の事を思う父親の顔のように思えた。
「ではヴォルター殿、リュカス殿、我々も出撃しましょう」
後ろから声を掛けられ、慌てて振り返る。見ると、騎士団の小隊がその場に整然と居並んでいた。
すでにエダルシア王国の王太子の合図と共にエダルシア王国軍が王都の正面から突入するべく出撃しており、サンスタシア帝国の騎士団は避難してくる人々を避けて最短で王城に辿り着くべく、王都の左右から突入するようにアイザックの指示で二手に分かれて出撃するところだった。
「行きましょう!」
「「「おう」」」
ヴォルターの掛け声と共に、先頭切ってヴォルターとリュカが走り出す。目指すは王城の北西側だ。
サンスタシア帝国で騎士見習いとして修練に励んでいた期間、ウィレンツィア王国のことについて聞かせて欲しいと帝に頼まれ、リュカはヴォルターと共に度々執務室に呼びだされていた。
ヴォルターは勿論王城内の間取りについて。そしてリュカは、王都の地理について聞かれていた。
そして、少しでも役に立つことがあればとどんな些細な事でも思い出して伝えていた中で、リュカはあることを思い出したのだ。
それは王城の裏手側に建てられた城に従事する者達のための家族寮で過ごしていた幼い頃、王城で働く母親にどうしても会いたくて使った抜け道の存在だった。
基本的に王城内には、そこに勤める者の家族であってもおいそれと立ち入ることは出来ない。
しかし当時のリュカは、家族寮に住む年上の子等に秘密の抜け道を教えてもらったのだ。
そして教えてもらった抜け道を通ると、本当に騎士達に気付かれることなく王城に入ることが出来てリュカは自分でもとても驚いたのを覚えている。
そうして無事に王城で母親に会うことが出来たのだが、出会えた母親には当然物凄く怒られた。
どうやって王城内に入ったのか問われたが、見張りの隙をついてこっそり入ったと、幼いリュカは抜け道を教えてくれた子等に言われた通りに嘘を吐いた。
これは長年そうやって子供達の中で受け継がれてきた秘密なのだと教えてもらったからだ。
思い出した抜け道について話をしたところ、帝が今回の作戦の際にその道を使うことを決めたのだ。
確かにこの抜け道を使えば、おそらくドルシグ帝国兵に気付かれることなく王城内に潜り込めるだろう。だがこの道は、子供だから通れる箇所が何箇所かあるのだ。要は大人の視点では気付かない場所を通り抜けるために気付かれない道なのだ。
何とか大人でも通り抜けることが出来なくはないだろうが、大人一人が通るのがやっとだろうと思われた。
そのことも伝えたのだが、帝は結局この抜け道を使う決断をした。
だが全員がその道を通るのでは時間が掛かり過ぎてしまう。そのため、本隊は王都の左右から最短距離で王城を目指し、別部隊が奇襲部隊として、リュカの案内の下その抜け道を通って王城内に突入することになったのだ。
そうしてリュカ達別部隊は、王城の北西側から王城内に侵入するために、王都をぐるりと迂回するように走り抜けていた。
「……」
走りながら、リュカは横目に王都の端を見遣る。
今まさに王都では作戦が決行されており、逃げ惑う王都民の怒号や悲鳴が聴こえてきていた。
その声に、八年前のことが不意に思い出され、リュカはぐっと唇を噛んだ。
「今回はきっと大丈夫だ。……皆の力を信じろ」
隣を走るヴォルターが、リュカが僅かに俯いたことに気付いて声を掛けてきた。
ヴォルターにもこの王都の喧騒は届いている。おそらく、同じく八年前を思い出していたことだろう。
「……分かってる。今回は、皆がいる」
八年前のあの時と違って、今回は各国の助けがある。
そして何より、イリスがいた。
この先の見えない暗闇の中で、イリスは希望の光だった。
(俺も少しでも役に立つようにするから、絶対に死ぬなよ)
自分が助けてやるとか、護ってやるとか、そんなことが言える実力などリュカにはない。
それでも今この時のために今の自分がいるのだと思えて、リュカは真っ直ぐに前を見据え、ただひたすら目的の場所に向かって走った。




