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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第十一章 決戦の地ウィレンツィア
227/244

この日の為に 3

今回のお話はエダルシア王国王太子、エイリーク視点のお話です。

 暗い洞窟の中を、整列したエダルシア王国騎士団の第三部隊と第四部隊が松明の灯りだけを頼りに馬で慎重に進んでいた。

 ちなみに第一部隊と第二部隊は、騎士団団長のオリバーと共にドルシグ帝国本土の侵攻に向かっている。そのため、ウィレンツィア王国奪還のための隊を率いているのは騎士団副団長のベンと王太子であるエイリークだった。


「距離にして間もなく到着する頃だろう。もう少し速度を速める。地面の鉄の突起に留意しながら進め」

「「「はっ」」」


 エイリークが後方を振り返って声を掛ければ、洞窟内に騎士達の威勢のいい声が反響した。


 昨日、ついにその時が来たとの知らせを受けて、エイリーク率いる騎士隊はエダルシア王国からウィレンツィア王国に向けて出発していた。


 この時のために、扇状地の灌漑工事と言う名目でストレアル山脈の裾野に騎士達を集めていたのだ。

 ドルシグ帝国としても、この時期に多くの騎士達を隣国との境に集めていることに疑念を抱いていただろうが、実際に一昨日までは老朽化した堤防の補修など灌漑工事に専念していたので、ドルシグ帝国は結局何も掴むことが出来ずにいたことだろう。


(そう、おそらく警戒はされていた。けれど、油断があったのも事実)


 エダルシア王国からウィレンツィア王国へ向かうのならば、ストレアル山脈を越えるか、貿易船でサンスタシア帝国の港まで行きそこから陸路を行くかの二択しかない。

 だがストレアル山脈を騎士隊を率いて大移動しようものなら、登山道は一つのためすぐにドルシグ帝国にその動向を掴まれてしまうだろう。

 それは船を使ってサンスタシア帝国の港まで渡ったとしても同じだ。連合国軍の騎士団を乗せて移動できる大きさの貿易船が接岸できる港はそう幾つもない。主要な港はすでに見張られていることだろう。


 また、ストレアル山脈を越えるのには通常であれば三日、どんなに急いだとしても二日はかかってしまう。船でサンスタシア帝国の港に渡るとしてもエダルシア王国を出航してから一日、そこから大陸中央に位置するウィレンツィア王国まで行くのにどんなに馬で駆けたとしても丸一日はかかるだろう。

 

 要はエダルシア王国領にどんなに騎士達を集めておいたとしても、ウィレンツィア王国で何かが起こった際に援軍として駆け付けるまでには、その動きをドルシグ帝国側に容易に知られてしまうし、到着までにはかなりの時間を要するのだ。

 それが分かっているだけに、ドルシグ帝国はエダルシア王国がこれ程の騎士達を隣国との境に集結させていたとしても油断していたのだ。その油断をつくのが今回の作戦だった。

 

(まぁ……しかし普通は、こんな奇跡があるとは誰も想像もしないよな)


 そう頭の中で独り言ちたエイリークは、視線を動かして周囲を見回した。

 この真っ暗でどこまでも続いている洞窟は、全く同じ幅、同じ高さで半円状に続いており、地面は平坦で綺麗に舗装されていた。

 そしてその舗装された地面には、鉄でできた二本の棒状の物が間隔を開けてもう二本、延々と洞窟の先へと向かって伸びている。

 明らかにこの洞窟が、人工的に作られた物だと分かる構造だった。


 しかもこれが、エダルシア王国からサンスタシア帝国まで続いているなど、誰が想像出来るだろう。

 今洞窟内を進んでいるエイリークですら、未だに半信半疑なぐらいだった。



 決戦が今晩と決まり、前日の夜間のうちに目立たないようエイリーク率いる騎士隊は馬に乗って出発していた。

 一応多少の騎士達はカモフラージュのためにストレアル山脈の裾野に置いてきているが、朝になれば灌漑工事に従事する騎士の少なさに何処からか見張っているであろうドルシグ帝国の間諜も気付くはずだ。

 だが昨晩までいた騎士達が忽然と消えたとなれば、ストレアル山脈越えに向かったと思うのが普通だろう。


 だがエイリーク達は、父王であるガルーラによってもたらされた情報により、ストレアル山脈の麓にあった洞窟を進んでいた。

 父王の話によるとこの洞窟は、どんなに急いでも二日かかるストレアル山脈を、時間にして六時間程で通り抜けることが可能らしい。

 こんな道があるなんてことは息子であるエイリークも一切知らなかったし、父王からは今回のみの使用と、今後一切の他言無用を騎士達全員が言い渡されていた。


(当たり前だ。こんな物があると知られた日には、ドルシグ帝国によって何に使われるか分かったものじゃない)


 常に他国を侵略しようと虎視眈々と狙っているような国なのだ。

 こんなものの存在が明るみになれば、今まで堅牢なストレアル山脈によって大陸を斜めに分断されていたが故にドルシグ帝国の脅威からは縁遠かったエダルシア王国も、今後どんな危険に晒されるか分かったものではない。

 エイリークは嫌な想像を頭を振って払拭すると、毅然と前を見つめ直した。


(間もなく到着予定時刻だ。この緩やかに曲がっている道を抜ければ出口が見えるかもしれない)


 松明の灯りだけを頼りにこの延々と続く洞窟をひた走るのは、いかに王太子として幾多の困難を退けてきたエイリークであっても心が折れそうだった。

 それは過酷な討伐などを潜り抜けてきた騎士達であっても同じだったようで、副隊長であるベンの顔にも疲労が隠しきれていなかった。


 走っても走っても景色は変わらず、ずっとこの暗闇が続くのだ。前に進んでいるはずなのに方向感覚を失うようなおかしな錯覚に陥ることも何度もあった。

 だが、部隊を率いる王太子として無様な姿を見せることはできない。自分よりも不安に圧し潰されそうになっている騎士達を励ましながら適宜休憩を挟み、何とかここまでやってきていた。


「もうすぐ出口が見えるはずだ。みんな、あと少しだ!」

「本当ですか?」

「やっと終わる!」

「早く外に出たい……」


 この状況も終わりが近い事を告げれば、騎士達からは安堵の声が漏れ聞こえてくる。

 偉そうに言っていても心の中では騎士達と同じ気持ちだったエイリークも、騎士達の言葉に口角が上がるのを抑えきれなかった。 


「殿下」

「なんだ?ベン」


 自分の後ろを走っていたベンが僅かに馬の速度を速めると、エイリークの隣を並走するようにしながら声を掛けてきた。

 何か問題があっての報告だろうかとエイリークが身構える。

 しかしベンはにこやかに笑っており、他の騎士達と同じようにもうすぐこの苦行が終わることを喜んでいるようだった。


「いえ、無事に洞窟を出られそうだなと思いまして。この洞窟に入った時は、もう生きて出られないのではないかと思いましたから。……でも、あれですね。やっぱりうちの国王陛下は只者じゃないですね」

「ああ……それは本当にそうだな」


 ベンの言葉に、エイリークは頬を引きつらせながら苦笑した。


 エダルシア王国での作戦会議の際に、王太子であるエイリークの他に、騎士団団長のオリバーと副団長のベンが集められ、父王からこの洞窟の存在が明かされた。

 その際、俄には信じられず皆が動揺する中、更に父王は『この洞窟を抜ければ半日でサンスタシア帝国に抜けられる』と事も無げに告げたのだ。

 だがエイリークとしては、そんな未知の洞窟に、エダルシア王国の騎士団を向かわせるわけにはいかなかった。本当に開通しているのかも騎馬で通れるのかも定かではないからだ。

 しかしそう言って詰め寄ったエイリークに、父王はあっけらかんと答えたのだ。『自分で走ってみたから間違いない』と。


「この洞窟をたった一人で走ってみようなどと、どんなに好奇心が勝っても自分には無理です」


 手綱から片手を放し、ベンが大仰に震えあがり自身の身体を抱きしめる仕草をした。

 その仕草に苦笑しながら、エイリークも肩を竦めた。


「それはそうだろう。私にも無理だ」


 そんな会話をしていると、緩やかに曲がっていた道の先にぼんやりとだが薄明かりが差し込んできた。「出口だっ」とはしゃぐ騎士達の歓声が洞窟内に次々に反響していく。

 時間的には漸く陽が昇る頃なのでまだ光は弱いだろうが、歩を進めるごとに少しずつ光の輪郭が大きくなっていくのを感じて隊全体が浮足立つ。

 だがエイリークは、そこでぐっと気を引き締め直した。


「浮かれすぎるな。到着後直ぐにウィレンツィア王国に向かう。気を引き締め直すように」

「「「はっ」」」


 騎士達に声を掛ければ、今までよりも気合の入った声が返ってきていた。


 この出口の見えない暗闇から脱出できる事実も大きいが、出口を出た後はすぐさま移動を開始し、夜からはウィレンツィア王国奪還のための戦いに身を投じることになる。

 今回の作戦においてエダルシア王国騎士団は主にウィレンツィア王国民の避難誘導を任されているのだが、イリスの為にと奮起する騎士達も多く、意気込みは十分だった。

 

「それに……」

「何ですか?」

「いや」


 エイリークの呟きを拾ったベンが不思議そうに首を傾げるが、エイリークは口を噤んだ。

 出口の先に待っている人物の陰影がはっきりと見て取れるようになってきたからだ。


 速度を緩めるように指示を出し、遠くで見た時は掌ぐらいの大きさだった入り口が最早見上げるぐらいの大きさになった頃、その中央に立つ男性の前でエイリークは馬から降りて騎士の礼を取った。


「お待たせしましたでしょうか。ダングワーン・リュー殿」

「いや、時間どおりの到着だったよ。流石、ガルーラの息子が率いる部隊だ」


 浅黒い肌の精悍な顔に笑顔を乗せてダングワーンが答える。一個中隊を前にしてその堂々たる姿に、敬服する思いだった。


 彼はストレアル山脈に住むナタラ族の族長だと聞いている。

 ナタラ族は、先祖代々この洞窟の存在を隠し守ってきたのだという。故に、今回のここを使用するにあたって父王がナタラ族の族長であるこのダングワーンに許可を取り協力を依頼したのだそうだ。


 そんな経緯があり、巧妙に隠された出口からストレアル山脈を降りるまでの道案内を、今回ダングワーンが買って出てくれていた。

 山の傾斜に添って時間をかけて下れば自力でも降りられなくはないだろうが、それではせっかくドルシグ帝国を出し抜いて急いで来た意味が無くなる。

 ここからが勝負なのだ。動き出したら、その情報がエルヴィンの元に届く前にウィレンツィア王国に辿り着かねばならない。


「ガルーラから聞いているだろうが、ここからの道程は人馬で安易に通れるようなものではない。覚悟することだ」


 その言葉に、顔を上げたエイリークはニヤリと笑って見せた。


「このどこまでも続く暗闇の中に比べれば何ということはないですよ。どんな悪路でも平坦に感じられることでしょう」


 エイリークが振り返って心底嫌そうな顔で洞窟をチラリと見遣れば、ダングワーンは眼帯をしていない方の目を丸くした後、すぐさま豪快に笑いだした。


「ガハハッ!流石のガルーラの息子でも、ガルーラのようにはこの洞窟を楽しめなかったらしい」

「いや、それは無理でしょう。楽しめるのは最早我が父だけでは?」

「違いない」


 ひとしきり笑った後で、ダングワーンは表情を真剣なものへと一変させた。


「さて、では最短距離でここから下山しよう。元々道なき道な上に、この薄明かりだ。足元には十分気を付けてくれ」


 そこまで言ってダングワーンはふと考える素振りを見せた後、その精悍な顔に少年のような笑みを浮かべてニカッと笑った。


「薄明かりでも明かりがあるからな。どんな悪路でも平坦なのと同じなのだろう?」


 揚げ足を取るような台詞に、エイリークも目を丸くした後破顔して答えた。


「勿論です。さあ、行きましょう」


 時刻は明け方。予定ではこのままストレアル山脈に沿って、目立たないようにウィレンツィア王国に向かう予定だ。

 エイリークは気を引き締め直すと、ダングワーンの後に続いて凡そ道とは言い難い草木の間を掻き分けて、馬を引いて歩き始めたのだった。




 


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