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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第十一章 決戦の地ウィレンツィア
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陥落

 異変を察知して、執務室に次々と兵士達が駆けつけて来る。


「陛下っ!」

「ご無事ですかっ!!」


 慌てた様子で開け放たれている扉から執務室に飛び込んで来た兵士達は、壁際で近衛兵に護られるようにして立つマーロウの姿を確認し一瞬だけその顔に安堵の表情を浮かべた。

 だがそれもすぐに消え失せる。


「状況はっ!?」


 マーロウが厳しい声を掛ければ、兵士達は皆一様に我に返ったようで慌ててマーロウに礼を取った。


「帝都の東側よりエダルシア王国軍とオートレア王国軍がドルシグ帝国に対して宣戦布告し進撃中です。陸路からの侵攻でしたが、何処から現れたのか詳細は不明ですっ!」


 今し方やって来た兵士達の中でも年配の兵士が一歩前に出て状況を説明する。階級を表す軍服の線の多さから、役職持ちの兵士だと察せられた。

 だがそんなことはどうでもよく、それよりもマーロウは兵士が説明した状況が信じられず声を荒げた。


「陸路だと?爆発が起こったのは西側の港だろう!?……それに、何処からやって来たか不明とはどういうことだ。砦の監視は何をしていたのだ!」


 こういう事態を想定して、主要な街道には要所に砦を造って常に兵士達に監視させている。港も同様で、陸から近くの海を航行する船は全て監視しており、ドルシグ帝国に入港する商船は接岸の前に全て中を確認をするよう徹底していた。

 これも全てエルヴィンの指示だが、その徹底ぶりのおかげで侵入者など今までただの一人も通したことなどないのだ。


 しかし今、その徹底した監視網を潜り抜けて連合国軍がこのドルシグ帝国に進撃しているのだという。

 

「信じられない……何処から現れたんだ」


 ドルシグ帝国に至る主要な街道は一つだが、どこから敵が侵攻してくるか分からない以上、森や獣道までドルシグ帝国に至る要所は全て見張らせている。

 しかも連合国軍の軍隊が動くとなればそれなりに大人数だ。どんなに監視の目を欺くような獣道を使おうとも、こちらが気が付かないわけがない。

 にも関わらず、今回こうして軍隊に攻め込まれているとはどういうことなのか。マーロウには一切見当も付かなかった。


(だが今考えるべきはそんな事じゃない)


 先程城の直ぐ近くでも爆発音がしていた。敵はもうすぐそこまで迫っているのかもしれない。

 連合国軍が何処からやって来たのかはこの際関係ない。今考えるべきはこの事態をどう収めるかということだった。


「敵の数は?」


 陸路をこちらに気付かれることなく攻め入って来たのだ。マーロウの考えが正しければ連合国軍の軍隊と言えどそれ程の数ではないだろう。

 如何に今ドルシグ帝国の兵士の多くがウィレンツィア王国へと出向いていると言っても、自国を護るぐらいの兵士はいる。本来であれば、何も問題ないはずだった。


 だが兵士からの報告は、マーロウの想定を軽々と越えるものだった。

 

「合わせて、およそ四百程かと」

「四百だとっ?!何かの間違いではないのかっ?」

「ですがっ!」


 ――――ドォン!ガシャン!!


 突如響いた音に、報告をしていた兵士が咄嗟に手でマーロウの身体を更に壁際へ押しやる。それとほぼ同時に、傍に控えていた兵士がすぐさまマーロウに覆いかぶさりその身を護った。


「っ、大丈夫だ」


 マーロウが覆いかぶさっている兵士を手で除けてすぐさま立ち上がる。周囲を確認するが、執務室内に特に異変は見受けられなかった。

 どうやらガラスの割れる音がしたのは階下の部屋のようだ。しかし城の近くでまたも爆発音が響く。最初の爆発から混乱していた城内が、今は更に騒がしくなっていた。


「っ!」


 すると、廊下をこの部屋に向けて駆けてくる大勢の足音がマーロウの耳にも聴こえた。

 兵士達がマーロウを護るようにその背に庇いながら、廊下に向けて剣を構える。マーロウ自身も、殆ど抜いたこともない剣の柄に手を掛け、油断なく廊下へと続く扉を見据えた。


 執務室内は、緊迫した空気が張り詰めていた。


「陛下っ、ご無事ですかっ?!」


 駆け付けてきたのは、別部隊の兵士達だった。ここまで走ってきたようで、皆肩で荒い息を吐き出している。

 マーロウは知らず張りつめていた息を吐き出した。

 

(城門前を警備している小隊の連中か?)


 兵士一人一人の顔を覚えているわけではないので曖昧だが、駆け付けた数人の前面に立つ人物は小隊の隊長だったはずだと思い出す。

 だが同時に、彼等が城門前を離れ今この場に駆け付けたことの意味を悟って、マーロウは手足の先がどんどん冷たくなっていくのを感じていた。 


「陛下、城門を突破されましたっ!敵の初動が早く対応が後手にまわっています。間もなく城の正門も破られそうです!」

「!」


 予想はしていたものの、その言葉に耳を疑った。


「港で爆発があってからまだ数分じゃないかっ!」

「っ、申し訳、ありません」


 小隊の隊長は頭を下げながら尚も荒い息を繰り返している。

 見ると、手で押さえている腹の辺りからは血が滴り落ちていた。城門前の戦闘で負傷しながらも、現状を知らせるために駆け付けたのだろう。

 隊長は何とか乱れた息を整えると、顔を上げて報告を続けた。


「港の爆発は、陽動だったようです。奴等、北側を越えて入国したらしく、港での爆発の対処に部隊が向かった隙に、一気に城へ攻め入って来たものと思われます」

「ばかな……」


 衝撃の事実に、剣を構え敵を警戒している兵士達も一様に驚きに目を見開いていた。


 ラプェフェブラ大陸の北側は、気候が不安定で作物は育たず海は常に荒れているため、誰も住みつかない未開拓の地となっている。

 しかも大陸北側の海域は、変わりやすい気象のためどんな船であっても航行することが出来ない、難攻不落の海域として知られているのだ。

 その海域は死の海域と呼ばれ、船乗りから恐れられていた。


 ドルシグ帝国としてもそんなところから侵入者がやって来るとは考えもしなかったので、見張りも置いていない地帯ではあった。

 

(だと言うのに、どうやってあの死の海域を抜けたのだ!)


 それこそマーロウの父帝の時代は、年々進歩を遂げる造船技術を得て、この海域から他国へ侵攻できないかと勘案されていたのだ。

 ドルシグ帝国としてはこの海域を航行できれば隣国のサンスタシア帝国への進撃が容易となる。その為、この海域に何度となく挑み調査を続けてきていたのだ。

 だが、結果は惨敗。どんな頑丈な船でも、変わりやすい天候に伴うように荒れ狂う波に翻弄され、海の藻屑と消えていた。

 だからこそ全く警戒していなかったルートであったのだ。


(それを、エダルシア王国とオートレア王国が突破したというのか?……いや、今はそんなことを突き詰めている場合ではない)


 俄には信じられないが、今は現状をどうするか考えなくてはいけない。

 港に派遣した部隊も城の異変に気付くはずだ。その部隊が戻ってくるとしても、今まさに城内に攻め入ろうとしている連合国軍に間に合うかは正直微妙だった。

 兎にも角にも、敵の初動が早すぎたのだ。


(いや、だが、どうやってここまで素早く城まで辿り着いたのだ?帝都の地理に詳しい人物でもいたというのか?)


 連合国軍が死の海域を越えてきたとしても、帝都内にはおいそれと入れる訳ではない。それこそ帝都の門には厳重な警備が敷かれている。

 しかも帝都内はこういった事態も想定して、大通りが城に直結しているわけではなく複雑に道が入り組んでいるのだ。勿論、その要所には兵の配置もある。

 こうした帝都内の情報を流出させない為に、エルヴィンは例え商人であっても出入国を徹底的に管理していたのだ。

 だが、こうもあっさりと連合国軍に城にまで到達されているなど、情報提供者がいたとしか考えられなかった。


「……はっ、軍事国家が聞いて呆れるな」


 乾いた嗤いが零れ落ちる。だがマーロウの呟きは、周囲の誰にも聞かれることは無かった。

 もうすでにこの執務室前の廊下の先にまで到達したらしい敵兵との応戦で、小さな呟きは掻き消されていたのだ。

 

「ぐっ !」

「うわぁあ」

 

 斬撃の音と共に、兵士の呻き声や倒れる物音が生々しく響く。


「……」


 震える手を握り締めて覚悟を決めると、マーロウは自身を護るように立つ兵士の肩に手を乗せた。


「陛下?」


 マーロウを庇うように前に立ち廊下を見据えていた兵士が僅かに振り返る。それには応えず、マーロウは息を一つ大きく吸った。


「降伏を宣言する!!」

「なっ!陛下!」


 ありったけの大声で叫べば、ちょうど執務室の前を護る部隊を殲滅させた連合国軍の騎士が、剣を構えたまま一歩室内に踏み込んできたところだった。

 それを見て、マーロウを護るように取り囲んでいる兵士達の剣を握る手に力がこもる。だがマーロウは、兵士の肩に乗せた手で後ろに下がるように押しやると、自身が前に進み出た。


「「「「陛下っ!」」」


 兵士達の叫びを無視して、マーロウは下がることなく目の前の人物の前に立った。相対する剣を構えた騎士は、意思の強い眼差しでマーロウを真っ直ぐに見据えている。

 威厳のある佇まいから、彼が下っ端の一騎士ではなくある程度位が上の騎士であることが窺えた。鎧の下には目の冴えるような紺色の騎士服が覗いている。


(エダルシア王国の騎士か)


 マーロウは声が震えないよう短く息を吐いて整えると、真っ直ぐに目の前の騎士を見つめた。


「私がドルシグ帝国皇帝のマーロウだ。ドルシグ帝国はここに降伏を宣言する。それ故、これ以上無益な争いは終わりにしてもらいたい。そのために私の首が必要ならばいくらでも差し出そう」

「陛下っ!」


 今にも前に出そうになる兵士達を手で制止て、マーロウは続けた。


「私の命ひとつで事足りるならばやすいものだ」

 

 窓の外からは、まだ混乱に喚く人々の声や剣の交わる音が聴こえてきている。

 この状況では別部隊が到着したところで、どう足掻いてもドルシグ帝国の敗戦は免れないだろう。それならば一刻も早く、これ以上無駄な血を流さない為にも争いを終わりにしたかった。


 マーロウの覚悟に、後ろで剣を構えていた兵士達も次々に自身の剣を床に放り投げて降伏を示す。放り投げられた剣は数度カラカラと音を立てて床を跳ねた後、その動きを止めた。

 全ての剣が放棄されると、今までの喧騒が嘘のように一瞬執務室内が静まり返った。


 一拍を置いて、マーロウと相対していた騎士は静かに剣を鞘に収めた。


「話が早くて助かります、マーロウ皇帝陛下。我々も無駄な血は流したくない。降伏を宣言したことを、国中に知らせていただけますか?」

「……承知した」


 千年前の世界大戦以降から続く長い歴史を持つドルシグ帝国が、今まさに終わりを迎えようとしている。

 だがマーロウは、そのことに自身が寂寥感よりも安堵感を感じていることに気付いて、ふっと小さな自嘲の笑みを零した。






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