閑話 新たなる依頼 2
今回のお話は、イリス達の帰還から約一か月後の話になります。
カイン中心のお話です。
「うっわ、懐かし!」
目の前に悠然と佇む建物は、自然との共生を掲げているため高い建物や大きな建造物が殆ど無いウィレンツィア王国の王都にとって、珍しく大きな建物だ。
だがその外観は、痛んだ箇所を継ぎ接ぎして直したり必要に応じて増改築してあるため、所々使われている木材の材質や色合いが違いちぐはぐな印象を与えている。だがそれがかえって味わい深い趣となってもいた。
年代を感じさせる建物ではあるが、不思議と古臭いという印象を持ったことはなかった。
そんな建物を目の前にして、カインは感慨深い思いに浸っていた。
ゼファーがサンスタシア帝国にやって来てから約一か月。カインは我が家よりも過ごした時間が遥かに多いゴットハルト工房に、約半年ぶりに帰ってきていた。
勿論カインとゼファーの二人だけで戻ってきた訳ではなく、サンスタシア帝国から護衛の騎士達も同行してくれていた。
護衛が付いていることで逆に目立ってしまうのではという懸念もあったが、ゼファーをサンスタシア帝国に呼び寄せた際も、技術協力のための人材として護衛付きの馬車で迎えに行っていたらしい。
それ故、帰還に際しても同じように対応させるだけだから問題ないとサンスタシア帝国のテオドール帝からは言われていた。
(僕を一緒に帰すことを見越して、最初からゼファーを護衛付きの馬車で迎えに行ったんじゃないのかな)
馬車なので、カインは人知れずウィレンツィア王国に戻って来ることが出来たのだが、こうしたことを見越して先々から手を打つのがテオドール帝なのである。
この半年間サンスタシア帝国で過ごしながらテオドール帝と何度か接してみて、カインはその凄さを肌で感じていた。
テオドール帝は、あの若さで先見の明に優れているのだ。
一番初めにカインが造った盗聴器を見せた時もそうだったし、イリスが旅の途中で出会ったというアレク・ミュラーを呼び出した時もそうだった。
客人をカインにももてなして欲しいと頼まれたので二つ返事で了承したのだが、カインのしたことがアレク・ミュラーにとってどういう作用をしたのかを後から聞かされて驚いたものだ。
まだ子供のカインではテオドール帝の考えを計り知ることなどできず、腕を組み唸る他なかった。
「行くぞ」
「あ……うん」
物思いに耽っていたカインは、不意にゼファーから声を掛けられて我に返った。
半年を短いと感じる人にとってはそうなのかもしれないが、まだ十年しか生きていないカインにとってはとても長い間不在にしていた場所だ。
何となく入ることが躊躇われていたのだが、ゼファーに促されカインも工房の裏手側の入り口に回った。
勝手口をくぐれば、そこは甲高い機械音が鳴り響いていた。
(懐かしい……)
毎日聴いていた慣れ親しんだ音に、カインは思わず足を止めた。
ゴットハルト工房は機械の修理などの仕事も請け負っているため表は店舗として機能しているのだが、裏は一間続きの大きな空間になっている。
そんな広い工房の中で、それぞれの職人が大小様々な機械を相手に真剣な面持ちで仕事に打ち込んでいた。
「ほら、何してんだ。行くぞ」
「あ、ごめん」
職人達が忙しなく手を動かしている中を、ゼファーの後に続いて歩いていく。途中、カインに気付いた幾人かが「おう」と軽く声を掛けてくれた。
連絡は入れてあるとゼファーが言っていたので、カインの帰還は皆が知っているのだろう。カインに気付いて声を掛けてくれた職人達も大仰に騒ぎ立てるでもなく直ぐに自分の仕事に戻っていたし、大体にして仕事に集中していてカインが戻って来たことにも気付いていない者もいた。
そんな様子で職人達の方はあまりカインのことを気にしていないようだったが、カインの方はというと半年振りの再会に何となく緊張してしまい、どぎまぎとしながらひたすら前を行くゼファーの背中を追っていた。
「……」
ゼファーが向かっている方向から何処に行こうとしているのかを察して、カインの緊張は益々高まっていく。
向かう先は二階にある、工房の代表であるカインの父親の事務室兼作業部屋だった。
元々このゴットハルト工房に戻って来た目的は、サンスタシア帝国では仕上げられなかった装置を完成させるためである。
工房の代表である父親に今後の作戦を伝え、その作戦に必要な装置の製作をこの工房の職人達の力を借りて完成させたい旨をお願いしなければならないのだ。
だが半年前に革命軍から話があって、誰がサンスタシア帝国に技術提供をする代わりに協力の依頼をしに行くかという話になった際、カイン自らが手を挙げた時には工房の職人全員に止められたし、父親には烈火のごとく怒鳴られている。
それでも革命軍と話し合いを重ね結局カインが行くことに決まってからは、我儘を通した形となったカインは父親や職人達とは面と向かって話しにくく、接触を避けてしまっていたのだ。
それ故何となく気不味くて、カインの足取りは重かった。
しかしそんなカインに気付くことなく、ゼファーは工房の隅に位置している二階へと続く階段を登り始める。
カインは一つ深く息を吐き出して意を決すると、重い足を叱咤して二階へと続く階段に足を掛けた。
「ゼファーです。ただ今戻りました」
「……入れ」
階段を登り突き当たりの部屋の扉をゼファーが軽くノックすると、事務室兼作業部屋の中からは実に半年ぶりに聞く懐かしい父親の声が響いた。
意を決したものの何から話を切り出すべきかとカインが頭の中で思考を巡らせているうちに、ゼファーによってゆっくりと扉が開かれた。
「連れてきました」
「おう、ご苦労」
「……」
部屋の中では、椅子に座って作業机に向かい、職人によって仕上げられた機械の部品を掌に乗せてルーペで確認している父親の姿があった。
ルーペを覗き込んだまま、こちらには一瞥もくれずに真剣に部品を確認している。カインからしてみれば長年見慣れた、そして約半年振りに見る父親の姿だった。
「では、私はこれで」
「おう」
「えっ!?」
驚くカインを余所に、当たり前のようにゼファーはそのまま踵を返すと扉を閉めて出て行ってしまう。
まさかこの場に一人取り残されるとは思っていなかったカインは、声を掛けることも出来ずにただゼファーを見送ることしかできなかった。
「……」
「……」
依然ルーペを覗き込んだままの父親は、まるでカインがいないかのように作業に集中している。
だがこれはいつも通りの姿で、別に無視をされているわけではないのだ。集中している時は声を掛けない、作業が一段落してから声を掛ける、というのがこの工房の中では鉄則だ。
(先にテオドール帝の作戦について話した方がいいのかな……。でも、先ずは心配させたことを謝るべきかな……)
この待ち時間の間に、何を話すべきかを逡巡する。
テオドール帝の作戦については当然文書で概要は知らされているはずだが、詳細はカインの口から伝えなければならないだろう。だが、父親相手にそれが上手くできるとは思えなかった。
けれどそれよりも先ず、心配させていたことを謝るべきなのかという想いが頭を過る。だがそれこそ何といえばいいのか分からない。
結局いい考えが何も浮かばず、カインはただ黙って父親の作業が終わるのを待つ以外なかった。
静かな室内には、階下からの機械音だけが心地良く響いている。
その音を何とはなしに聴いていると、確認が終わったのか父親がルーペから目を離し、掌に乗せていた部品をコトリと目の前のテーブルに置いた。
「……やるべきことは出来たのか?」
「!」
突然掛けられた声に驚いて、カインは伏していた顔を上げる。
父親は目の前の作業机から視線を外すと、ゆっくりとカインを振り返った。
「やるべきことは出来たのかと聞いている」
「っ、勿論!」
元々のカインの役目は、技術力の提供の代わりに有事の際の協力をサンスタシア帝国に取り付けるというものだ。その役目は十二分に果たした自覚がある。
カインが喜色満面で話を続けようとした矢先、それよりも早く父親が口を開いた。
「それで?今回戻ってきたのは何のためだ?もう用済みなわけじゃないんだろう?」
父親がぶっきらぼうに言葉を放つ。だが別に機嫌が悪いわけではなく常にこうなのだ。
元々厳格で職人気質な性格だということを、カインは身に染みて知っていた。
「そうなんだ!……今度は、あの、もっと凄い物?を造りたくて」
ここはサンスタシア帝国と違って、しがない工房の一つに過ぎない。この半年間で、何処で誰が聞いているか分からない場所で大事な話をしてはいけないということを散々教え込まされてきたカインは、慎重に言葉を選んで伝えた。
「造れそうなのか?」
「僕にはとても……だから皆の力を貸して欲しくて」
多くを語らず一言だけで返す父親に、事情を察して詳しく聴かないでくれていることを察する。
それに合わせて、カインも詳細は告げずに力を貸して欲しい旨だけを伝えた。
カインは既存の物を小さくすることは得意だが、一から創造することはまだまだ難しい。技術も経験も全く足りていないが故なのだが、年齢を考えればそれも致し方なかった。
だからこそ今回は、工房の職人達の助力を得て完成させることを目的にしている。
「それで?」
「?」
言葉の続きを促されるが、何を問われているのか分からずカインは首を傾げる。
だが続く父親の言葉に、カインは言葉を失った。
「お前はどう造ろうと思っているんだ?」
「!!」
カインはまだまだ、技術も経験も全く足りていない。
一から物を創造することなんて自分には無理だと分かっているし、周りからだってそう思われていると思っていた。
けれど今、父親は自分にどう造ろうと思っているのかを問うてくれている。
それはすなわち、カインもこの製作に参加することを許可してくれたことを表していた。
今回造る装置こそが、ドルシグ帝国に奪われたウィレンツィア王国を奪還する戦いが始まった際に、王国民を避難させる際の要となる。
そんな重要な物造りに参加することを工房の代表である父親に認められたのだ。
父親は如何なる場合であっても、忖度をしない。それは出来上がりに完璧を求めるからだ。だからこそ製作に参加を許されたということは、カインが認められたことに他ならなかった。
「……っおやじ!僕頑張るよ!!」
意気揚々と返事をするカインに、父親は一つ深い溜息を吐いて片手で額を押さえた。
「せめて父さんと呼べ。……まったく、育て方を間違ったな」
眉間の皺を深くする父親を余所に、今にも飛び跳ねそうな勢いのカインの耳には父親の小言など全く入らない。
まして、娘を想う父親の思いなど一切届くことはなかった。
これにて第十章の閑話も終了です。
イリスが旅に出てから、サンスタシア帝国でお留守番だったカインが全く話に登場しなかったので、カイン中心の閑話になってしまいました。
次から第十一章に入ります。今後もどうぞよろしくお願いします。




