閑話 新たなる依頼 1
今回のお話は、イリス達が科学技術研究所で作戦の話を聴いた次の日の話になります。
前話の閑話より、時間軸としては前になります。カイン中心のお話です。
ゴットハルト工房の皆さんはカインのことを「トルカ」呼びするので、カインとトルカが混在しています。
「よう、トルカ。おはようさん」
朝起きて身支度と朝食を済ませていつも通り科学技術研究所の扉をくぐると、そこにはすでにゼファーの姿があった。
科学技術研究所にはイリス達が旅立ってから毎日のように通っていたカインだが、いつもは大勢で作業ができる一階の第一研究室か、上階のこじんまりとした研究室で作業を行っていた。
しかし今回は、ゼファーとベイジル所長と共に、ある程度どうやって造るかの話が纏まるまでは昨日通された地下の厳重に護られた部屋で会議を重ねると言われている。
先に到着していたゼファーも勝手に地下の研究室には入ることが出来ないので、ここまで連れてきてくれた近衛騎士と共にベイジル所長の到着をこの入り口で待っているようだった。
「っ、……、おはよ」
何となく気不味くて、カインは視線を逸らしながら挨拶を返した。
昨日イリス達を交えての説明があった後カインだけは研究所に残るように言われて、ベイジル所長からゼファーと共にこれからどうやって作業を進めていくかの話があった。
結局作業についての話をしているうちに、ここはこうした方がいいとか、それは別な物で代用した方がいいとかいう細かい設定や材料の議論に発展してしまい、気が付くとすでに夕刻になっていた。
そして定時にいつも通りアンナが迎えに来てくれたのでカインはそこで終了となってしまったので、ゼファーとはしっかり話をできていないままだったのだ。
「……」
場の空気が居た堪れなくてカインが俯くと、ゼファーがそんなカインをまじまじと見つめてきた。
その視線に気付いてはいるものの、余計に顔を合わせづらくなってカインは尚も顔を背けた。
「わっ、やめろって!」
不意に、カインの頭の上に無骨な大きな掌が乗ったと思ったら、わしゃわしゃと頭を撫でられた。
あまりのことに腹を立てたカインが顔を上げ抗議の声を発すると、目が合ったゼファーは何故か快活に笑った。
「漸く目が合ったな。何警戒してんだよ、トルカらしくもない」
「……」
その言葉に、カインは再び視線を逸らす。そんなカインに、笑っていたゼファーも笑い声を収め頭を撫でていた手を止めると、一転心配そうな口調で語りかけてきた。
「元気だったのか?おやっさんもだけど、俺等だってみんな心配していたんだぞ?」
「……元気だったよ……心配かけてごめん」
カインの返答に、ゼファーは短く息を吐き出した。
「色々あったんだってな。その話は昨日宰相さんから聴いたよ」
ゼファーはサンスタシア帝国からの呼び出しを受けて、ゴットハルト工房の代表としてやって来ている。昨日最初に王城を訪れて帝に謁見した際に、カインがサンスタシア帝国に来てからの話は聴いたのだろう。
ウィレンツィア王国を出発してからサンスタシア帝国に至るまでの話を聴けば、誰だって心配するのは当たり前だ。ドルシグ帝国のエルヴィン皇子自らが追ってきたなんて聞けば、誰だって生きた心地がしない。
だから敢えて、カインはサンスタシア帝国に無事に到着してその旨をゴットハルト工房に連絡した際、詳細は伝えていなかったのだ。
それ故、初めてカイン達がサンスタシア帝国に至るまでにあったことの経緯を聴いて、ゼファーはかなり驚いたことだろう。
(おじいちゃんめ……)
カインは心の中で世話焼きの宰相のことを思い浮かべ悪態を吐いた。
だが、おそらくは宰相もカインのことを心配してゼファーに話してくれたのだろうと分かっていた。
エルヴィン皇子があの盗聴器に気付いた以上、製作者はドルシグ帝国から狙われることになる。今以上に周囲への警戒が必要になるため、話しておいた方がいいと判断したのだろう。
それは分からないでもないのだが、それでも、心配をかけたくなかったカインとしては宰相を恨まずにはいられなかった。
「……」
「……」
二人の間に沈黙が降りる。
今この場にはカインとゼファーの他に、ゼファーをここまで連れてきた近衛騎士が一名傍に控えているのだが、勿論こちらの会話に入ってきたりはしないので黙ったまま壁際に控えていた。
研究所は始業の時間を間もなく迎えるところだったが、外からやって来る研究者はほとんどいない。
研究者とは往々にして寝食を忘れて作業に没頭してしまうものなので、自分の研究所で寝泊まりしている者も多く誰もこの入り口を通って出勤したりしないのだ。
それ故この気不味い雰囲気を壊してくれる第三者が外から現れることはなく、カインはこの沈黙をどうしたらいいか分からなくなっていた。
「……王女様、生きていたんだな」
この沈黙に耐えきれなくなり、先に口を開いたのはゼファーだった。
別な話に切り替えていたが、あのままでは会話が続かなかったのですかさずカインはその話に乗った。
「そうなんだよ!凄いでしょ、イリス」
「ああ。本当、凄いんだってな」
誰かからイリスのことを聞いたような口調で話すゼファーに、きっと宰相が話したのだろうと察した。
殺されたはずのウィレンツィア王国の王女が見つかったという情報を得たあの時、八年間止まっていた状況が急速に動き始めた。
王女の存命が示唆されたことを受けて、革命軍もドルシグ帝国も一気に行動を開始したのだ。
それまでゴットハルト工房は盗聴器などの現物で革命軍を支援していたのだが、工房の持つ技術力を交渉材料に、サンスタシア帝国にドルシグ帝国を討つための協力を依頼して貰えないかと打診されたのがちょうど半年前だった。
ゴットハルト工房は、千年前の世界大戦後から続く老舗も老舗、超老舗の工房だった。カインのご先祖が開業し、代々ゴットハルト家でその技術を継承してきていた。
そして現代当主はカインの父親であり、カインはいずれ工房を受け継ぐ跡取りの一人娘だった。
工房の片隅で機械の部品を玩具に育ったカインは、早くから機械いじりにのめり込む。家よりも工房に居る時間の方が長く、同年代の友達と遊ぶより工房の職人達から機械について聴いている方が愉しかった。
そんなカインが、サンスタシア帝国に交渉に行くのを誰にするか、という話をしている父親と職人達の話を聴いてしまったのは偶然だった。
『僕が行くよ!僕が一番怪しまれないでしょう?』
最初その主張は一蹴され、歯牙にもかけてもらえなかった。工房の職人達全員に反対されたし、革命軍からも了承されなかった。
しかし、カインが言うように怪しまれないという一点においては、カインとリュカの組み合わせは最適解だった。工房の職人達と革命軍とで話し合いは揉めに揉めたが、結局工房の代表としてカインはサンスタシア帝国に赴くことになった。
カインはこの時生まれて初めてウィレンツィア王国の外へ出た。
結果としては、最も怪しまれない組み合わせだったにも関わらず途中でエルヴィン皇子に気付かれ、少し危ない目にも(リュカが)遭ったが、サンスタシア帝国での日々はとても新鮮で有意義なものだった。
ゴットハルト工房の技術力が大陸内でも随一である自負はあるが、それでも色々な職人による異なった解釈や新しい技術、既存の物を軽量化や大衆向けにする技術など、サンスタシア帝国で学ぶべきことは沢山あった。
また、さすがは科学技術大国。カイン程の幼子はいないものの、年若い技術者も女性の職人も多数いてカインを驚かせた。
どこにいっても一番年下であるカインは構われることが多く、そんな人々との交流も愉しかった。
それに工房の職人たちが家族同然とは言え、母親を早くに亡くし父親しかいないカインにとって、孫のように自分を大事に接してくれるアンナとの暮らしはどこかくすぐったくて心地よかった。
そんな風にして過ごした半年間。
サンスタシア帝国に着いて早々、無事を知らせる連絡は入れた。その後も定期的にゴットハルト工房に連絡は入れていた。帝から、安易に連絡を取ると傍受される危険があるからと連絡は国家レベルの物を使わせてもらって入れていたくらいだ。
そのため、カインがサンスタシア帝国に手厚く迎え入れられ保護されていることは工房の誰しもが知るところだっただろうが、それでも心配させていたのだろうと思うとカインの胸は少しだけ痛んだ。
「フラッデルを使って戦う騎士っていうのが、王女様だったなんてな」
酷く困惑したようにゼファーが呟く。無理もないだろう。初めて知った時、カインも驚いたものだ。
「そうなんだよ、でもすごいんだよ。イリスが戦っているところを見たらビックリするんだから!」
自分のことのように誇らしげなカインを見て、ゼファーも顔を綻ばせた。
「トルカが造った盗聴器も見せてもらったよ。相変わらずとんでもない腕だな」
その言葉に、カインが喜色を浮かべてパッと顔を上げた。分かりやすい反応に、ゼファーは笑いを堪えながら続けた。
「よくできてる。あれだけの軽量化と極小化、よくできたな?」
「でしょう!僕も最高傑作だと思ってる!!」
工房を離れて半年、サンスタシア帝国で改良を重ねたカインの盗聴器は、見事な変化を遂げていた。それをゼファーが正当に評価すれば、カインは目に見えて喜んだ。
こういう場合、「その歳で」など年齢を持ち出さないことが工房では暗黙の了解だ。カインがそれを良しとしないからだ。それ故工房ではカインのことを、あくまでも一人の職人として評価することにしていた。
「後でそれを付けてどのぐらいの負荷に耐えられるか確認しよう。だが、それが終わったらすぐに別件の装置に取り掛かることになるな」
その言葉に、それまで嬉しそうだったカインの顔が明らかに歪んだ。
(……無理もないか。トルカにとっちゃ覚えていないにしても、完全にトラウマだもんな)
カインの母親は、ドルシグの乱の際にカインを逃がす際に怪我を負い、それが元で亡くなっている。まだ幼かったカインにその当時の記憶はないが、そのことは心に深く刻まれていた。
ウィレンツィア王国民であれば誰しもがドルシグの乱の際に何かしらの辛い思いをしている。
それ故、王国民を一斉に逃がすことのできる装置の話を聴いた時、それが人々を逃がすための装置だったとしても、その装置についてカインもリュカもゼファーも、いい感情を持てなかったのは事実だ。
「……本当ならそんな装置を使わなくても、あらかじめ皆を避難させておければいいのにね」
俯いたカインの口から、ポツリとそんな言葉が零れ落ちる。それはカインにしては珍しく、子供らしい発想と言えた。
「そうだな。本当はそれが出来るのならば、それが一番いいよな」
カインの言葉を受け止めたゼファーだが、現実はそうはいかないだろうということをカインもゼファーも痛い程分かっていた。
ドルシグ帝国を討つ前に、事前に王国民を避難させることは出来ない。もし事前に避難を開始した場合、必ずその動きを途中でドルシグ帝国に勘付かれるだろう。
おそらく避難が始まった段階でその動きを察知され、残りの人々を人質にとるか、それか最悪惨殺されるか、そのどちらかだろうとカインでも分かっていた。
「けれどサンスタシアの皇帝の策であれば、事が起こったと同時に、一気に王国民を避難させることが出来るだろう。本当なら俺だってこんな装置造りたくはないが、この策に懸けるしかない」
「うん……そうだね」
二人の間に重苦しい空気が流れる。
だがその時、体重を感じさせない軽い音を響かせながら階段を降りてくる音がして、二人は揃ってそちらを見上げた。
「やあ、二人共すまない、待たせてしまったようだね」
長い髪を無造作に括りながら階段を降りてやって来たのは、ベイジル所長だった。
「つい作業に没頭してしまったよ」
どうやらベイジル所長も例に漏れず、研究所で一晩を明かしていたようだ。
階段を降り切ったベイジル所長は二人を見てにこやかに目を細めた後、スッと表情を一変させた。
「では、行こうか」
「はい」
「よろしく」
ベイジル所長の鋭い眼光に、カインもゼファーも気合を入れ直す。
これから造る物が今後の作戦の鍵を握るのだと思うと、カインは自然と身が引き締まる思いだった。




