閑話 カインの結婚観
今回のお話は、前回のお話から数日後になります。
「ねぇ、カインはどうしてそんなに工房の人に舐められたくないの?」
ある日の午後、イリスが騎士団から用事を頼まれ科学技術研究所に寄ると、今日はカインがもう帰るところだというので、ついでにカインをアンナの待つ部屋へと送っていくことになった。
その途中で、イリスはそんな疑問をカインに投げかけたのだ。
それと言うのも、先程科学技術研究所の例の地下室の扉を開けてもらおうとしたところ、ゼファーとカインが物凄い怒鳴り合いの口喧嘩をしているのを耳にしたからである。
『ああもう、そうじゃないって言ってるだろ!』
『このわからずや!!だから頭の固いおっさんは嫌なんだよ!!』
何が原因か途中から入ったイリスには分からなかったが、その時にはもうすでに売り言葉に買い言葉だった。
そして結局、今日はもうこのまま作業を続けるのは無理だろうということになり、ベイジル所長からカインは帰るように言われてしまったのである。
この場合、何があったのかをカインに聴いたとしてもイリスはカイン側の意見しか知ることができないので、返答しにくいのだ。カインにも非があるだろうし、お互い様の場合もある。
やはりトラブルが起こった際には両方の言い分を聞いて公正に判断する必要があるとイリスは思っているので、片方だけの話を聴くことは憚られた。
そのため別な方向から話を聴くことにし、この質問を投げかけたのだ。
「え、そりゃ、前にも言ったけど、子供な上に女の子だなんて舐められるからだよ」
そうなのだ。カインは以前もそう言っていたのだが、先程の口喧嘩を聴いてしまうと、とても工房の人達がカインを見下しているようには見えないのだ。
寧ろ対等に扱ってくれているからこそ、あんな口喧嘩が出来るのだろう。見下したり子供だと思っている相手ならば、言っても無駄だとそもそも喧嘩にもならないはずだ。
それによくよく聞いてみると、小さい頃から工房で様々な部品や失敗作を玩具代わりに遊んでいたカインのことを、工房の人達はよく知っているのだという。だからこそカインの技術力も認めてくれているのだろう。
「でも、カインが女の子で子供だったとしても、工房の人達はカインのことを認めてくれているんじゃない?」
「はぁ……」
イリスの言葉に、カインはあからさまに大きな溜息を吐き落胆した様子を見せた。
(え、私何かおかしなこと言った?)
焦るイリスを余所に、カインはイリスに向き直ると呆れたように告げた。
「じゃあなんで、イリスは今も男みたいな風を装っているの?」
イリスのこれは別に男装ではないのだが、カインの言わんとしていることは分かる。
「んー、騎士としてちゃんと見られたい、ってところかな」
「そうでしょう!!」
女性騎士が居る国もあるので、別に髪が長かったり美しくしている女性騎士がいてもいいと思うのだが、他人はともかくイリス自身は、騎士として一人前でもないのにお洒落など他のことに現を抜かす暇はないと考えていた。
どうやらその考えはカインの賛同を得たようだ。
「だって子供で女の子な技術者なんていない世界なんだもん。少しでも出来る人だって思われたいじゃん」
そう言って、カインは屈託なく笑った。
その言葉が真実となるべく、カインは幼少期から途轍もない努力を重ね、きっと途方もない苦労もしてきたのだろう。
「なになに、どうしたの?大きな声出して」
突然後方から声を掛けられ二人が振り返ると、ロイとリュカが歩いてこちらに向かって来ているところだった。
だが声を掛けてきたロイは朗らかに笑ってこちらに向かって手を振っていたが、後ろを歩くリュカは項垂れて瀕死の様相だった。
「どうしたのリュカ!大丈夫?!」
「……ああ、なんとか」
咄嗟にイリスが駆け寄って問いかけるも、それにたどたどしく答えるリュカは疲労困憊で今にも倒れそうだった。
「今日訓練生だけでドナの森に演習に行ってね。僕が監督だったんだけど、まぁまぁ頑張ってたよ。これからアイザック隊長に報告に行くついでに、怪我したリュカを医務室に連れて行くところ」
そう言ってロイは城内を指差した。アイザックは今騎士団本部ではなく城内に居るようだ。
「待って!怪我したって、リュカ大丈夫なの!」
「ああ、問題ない」
慌てるイリスに、リュカが力なく笑って見せる。だがそれは明らかに無理をしている笑顔だった。
「大丈夫、大丈夫。訓練生の木剣がリュカに当たっちゃっただけだから」
「冷やせば治る」
「……」
明るく答えるロイに、リュカも同意する。だが、イリスは何とも言えない表情で押し黙った。
どうやら訓練生の間で、リュカはあまりよく思われていないようなのだ。
リュカが正式に訓練生になって以降、最初にレオンに言われた通りイリスやレオンやロイとは距離を置き必要以上に接しないようにしているのだが、伊達に早朝訓練を重ねてきた訳ではないので訓練生としてはリュカの実力は飛び抜けており、僻みや妬みから嫌がらせをされることがあるようなのだ。
そんな状況なので、疑いたくはないが今回のリュカの怪我も態とではないとは言い切れなかった。
だが当のリュカは、それを何とも思っていないようなのだ。リュカ本人からも手助けは無用だと言われており、レオンもそれには感心していた。
しかし昔イリスも同じような立場に立たされていただけに、リュカの辛さは痛いほど分かる。けれどイリスにはレオンやロイがいたが、リュカは今それを一人で乗り越えようと頑張っているのだと思うと胸が痛んだ。
「せいぜい足を引っ張んないように頑張りなよね」
「うっせぇな」
瀕死のリュカだったが、カインの一言に顔を上げて言い返す。悪態を吐いているが、その顔は笑顔だった。
同情されるよりも、こうやって笑い飛ばしてもらった方がリュカとしてはありがたいのかもしれない。
「そんな言い方しかできない奴なんて、嫁の貰い手もないぜ?」
「いいもん、別にお嫁になんて行かないから」
リュカが冗談を言えば、カインはプイッと顔を逸らして頬を膨らませた。
売り言葉に買い言葉ではあるが、カインなら本当にそう思っていそうだなとついイリスも納得してしまう。
「はっ、どうせ工房の誰かと結婚して跡を継ぐから安泰とでも思ってんだろ。だがな、イリスみたいに人のことを心配する言葉の一つも言えないようじゃ、誰からも相手にされないんだぞ」
普段からリュカとカインは可愛らしい悪態を吐く仲ではあるが(主にカインが悪態を吐いている)、珍しくリュカらしくない物言いにイリスは驚いて思わずロイを振り返った。
「……リュカ、何かあったの?」
「今日の演習、他にもちょっと色々あってね。それで、アイザック隊長に『報告』」
「……」
どうやら怪我の他にも何かあったらしく、イリスは頭を抱えた。
いくらイリス達が余計な接触は避けているとしても、一介の訓練生如きが国の科学技術の中枢である科学技術研究所に出入りしたり(カインに会うためである)、このサンスタシア帝国で頂点に君臨するテオドール帝にもたまに執務室に呼ばれたりしている(ウィレンツィア王国の事を聴かれている)ので、どうしてもリュカは特例の存在なのだ。
これでは他の訓練生達から、やっかみの対象になっても仕方がなかった。
「それでちょっと荒れてるんだけど、少し言い過ぎだね」
ロイが流石に止めに入ろうとしたその時、カインの精一杯の拳がリュカの腹に入った。
「僕は絶っっっ対!工房の人間なんかとは結婚しない!!」
「……おぉ、ナイスパンチ」
お腹を抱えて蹲るリュカを余所に、ロイがパチパチと称賛の拍手を送っている。
慌ててイリスがリュカに駆け寄ると、リュカは顔を上げてカインを見上げ、「ひでぇ」と呻いていた。
「でもリュカの言い方もあんまりだったよ?」
「もっと言っていいよイリス」
「カインもやりすぎ!」
「……はい、ごめんなさい」
イリスの賛同を得て調子に乗るカインを諫めると、カインは蹲るリュカに対して素直に謝った。
「でもさ、どうしてそんなに工房の人とは結婚したくないの?こう言っちゃなんだけど、その方が家業も安泰なんじゃない?」
リュカに肩を貸して助け起こしながら、ロイが率直に疑問を口にする。
確かに先程のカインの発言は、売り言葉に買い言葉にしては実感がこもった言葉だった。
だがカインは不思議そうに首を傾げると、まるで理解できない質問だと言わんばかりにあっけらかんと答えた。
「え、どうしてって。……例えばさ、家に帰って仕事の愚痴を言った時に、ただ『大変だったんだね』って共感して欲しいだけなのに、的確なアドバイスとかされたら嫌じゃん」
「「は?」」
カインの言葉に、三人の動きが止まる。正確にはリュカはカインの脆弱なパンチでもう動けなくなっているので、イリスとロイの二人だが。
固まる二人を余所に、唸りながら虚空を眺めて何かを考えていたカインは、人差し指を立てると「だってさ」と説明を続けた。
「僕だって仕事中にアドバイスされたらそれはどんなに自分と違う意見でも一回は受け入れるよ?でもさ、家で愚痴ってるだけの時にこれ見よがしに助言とかされたくなくない?」
「……カイン、君さ、人生何週目なの?」
どうにか絞り出したロイの言葉に、カインはポカンと口を開けて呆けた後、「何言ってんの?意味不明」と笑った。
そうして、何事もなかったかのように意気揚々とアンナの待つ部屋へと再び歩き始める。
「前々から思っていたけれど、カインって私達より、よほどしっかりしているよね」
「並外れた天才だっていうのをつい忘れがちだけど、今日久々に思い出したよ」
この日イリスとロイは、改めてカインを大物だなと思ったのだった。




