それぞれの想い
話し合いを終えて、イリス、リュカ、レオン、ロイの四人は厳重に守られた地下の部屋から出て来た。
ちなみにカインは、ベイジル所長の言うウィレンツィア王国民を一斉に逃がすことのできるとっておきの装置とやらについて詳しく話を詰めるようで、ゼファーと共に部屋に残っていた。
そして涙を流してアリスティア王女の無事を喜んでくれたゼファーは、王女であるイリスが部屋を出ていく時『この命に代えてもやり遂げて見せます』と意気込みを語ってくれていた。
(……そこまで気負わなくてもいいけれど)
若干その圧に押され気味になったイリスではあったが、ゴットハルト工房と科学技術研究所が一丸となって今回の作戦に必要な装置の開発を進めることは大いに賛成だった。
今回の作戦のために、その王国民を一斉に逃がすことのできる装置の作製と共に、カインが造った極小の盗聴器の改良も行うわけだが、そこに大人の手があることにイリスは安心したのだ。
極小の盗聴器はカインの手による物のため、それを作戦の要に据えてしまった場合、カインが自分の盗聴器の成功に、作戦の、ひいてはウィレンツィア王国の命運がかかっているように感じてもおかしくない。
どんなに実力があってもカインはまだまだ子供なのだ。カイン一人にそんな重いものを背負わせたくはなかった。
「……ここから、どのくらいの時間がかかるんだろうな」
科学技術研究所の扉を出て外の眩しさにイリスが目を細めていると、後から出て来たリュカがポツリとそんなことを呟いた。
もう外に出ており厳重に守られた場所ではないので、何処で誰が聞いているとも限らないため具体的には言葉にしていなかったが、おそらく盗聴器や装置の開発にどのくらい時間を要するのかということだろう。
「……どうかな?一から造る物もあるから、こればっかりは何とも言えないよね」
盗聴器は既に出来ている物なので後は改良だけだが、王国民を一斉に逃がすための装置は一から造ることになる。
説明されたのだが、それが実際にどんな風になるのかイリスには一切想像も出来ない代物だったので、どのくらいの期間があれば完成する物なのかも皆目見当が付かなかった。
また、物が完成したとしても、それを使ってどうやってドルシグ帝国からウィレンツィア王国簒奪の証拠を掴むかということもある。問題は、ドルシグ帝国が尻尾を出すかどうかだろう。
曖昧な返答をして腕を組んだイリスに、後ろで会話を聴いていたレオンがその肩にポンと手を置いた。
「そうだな。それに関しては何とも言えない。それは一週間後かもしれないし……数年後かもしれない」
イリスの言葉を肯定するかのように、レオンが私見を述べる。その言葉に、リュカがぐっと眉間に皺を寄せ思い悩むような素振りを見せた。
(そうだよね、ここまで八年間も頑張って来たのに、これから更に数年待つなんて言われたら辛いよね)
ウィレンツィア王国はこの八年間、実質ドルシグ帝国に支配されてきた。
だがここにきて、漸く生き残りの王族がいるかもしれないという希望を得て、リュカ達革命軍のメンバーは、生き残りの王族探しと各国に有事の際の協力を要請しに散開したのだ。
そうして生き残りの王族であるイリスを見付け、各国に協力の確約を得、さぁこれからという時に、作戦のためにまた長い間待たされることになったら、思うところがあるのは当然だろう。
しかし顔を伏せ落ち込んでいるのかと思われたリュカは、ぐっと拳を握ると歩いていた足を止め、顔を上げた。
「どうしたの?」
立ち止まったリュカを訝しみイリスが振り返って問えば、リュカは真っ直ぐにイリスを見据えた後、レオンに視線を移して唐突に頭を下げた。
「頼む。俺をこのまま、騎士団の訓練生と一緒に訓練に参加させてくれないか?」
突然のことに驚くレオンを余所に、リュカは顔を上げると真剣な面持ちでレオンを真っ直ぐに見据えた。
「カインには大事な役目があるってのに、俺はこのままだと何の役にも立てない。……頼む、俺も戦えるようになりたいんだ」
リュカの言葉に三人で顔を見合わせる。そして、その意気込みに顔を綻ばせた。
しかしレオンだけは一瞬でその顔から笑みを消すと、リュカに向き直った。
「特例での参加を認めるわけにはいかない。騎士団の訓練生としての試験を受けて、入団するんだな」
「っ!俺は直ぐにでも訓練をさせてもらいたいんだよ!」
レオンの非情な言葉にリュカが食って掛かるが、レオンはそれ以上は取り合わなかった。
だが尚も言い縋ろうとするリュカに、くつくつと笑いながらロイが助け舟を出した。
「大丈夫。入団試験は随時受け付けているから、それこそ今から行こうか?僕達の推薦付きで」
その言葉に、リュカの表情がぱっと明るくなる。
「マジか!ありがとう。よし、今から行こう!」
「だが!」
早速ロイを伴って行こうとしたリュカを、レオンの鋭い声が制した。その声色に、浮足立っていたいたリュカも一瞬で背筋を伸ばした。
「一介の訓練生となったら俺達との必要以上の接触は以後禁止だ。有事の際も、一介の訓練生如きを戦場に連れて行ったりはしないからな」
「……わかった」
一瞬戸惑ったような表情をしたリュカだったが、直ぐに表情を引き締めると頷きを返す。
だが次の瞬間、リュカは口角を上げてレオンに対して不敵に笑って見せた。
「では有事の際に選抜されるような優秀な後輩になったあかつきには、私情で俺を外すなんてことはしないで下さいね。レオン先輩?」
「!」
「はははっ!これはレオンの負けだね」
「……」
そう言って愉しそうに笑ったロイは、リュカを伴って騎士団本部へと歩き始めた。
「あ、でも、有事の際が一週間後だったら流石に連れて行けないよ?」
「え?」
歩き去る二人の背中を見送っているとそんな会話が聞こえてきて、イリスはつい笑ってしまった。
だがリュカとはこれまで一緒に旅をしてきて、道中の早朝訓練によってどの程度の実力なのかということは分かるし、なぜ革命軍に所属しているのかというリュカの想いも聴いて知っている。
だから何だかんだ言いながらも、もしもその時がきたらちゃんと二人はリュカをウィレンツィア王国に連れていくだろうなとイリスは思った。
「……作戦、上手くいくと思うか?」
二人の背中を見送っていると、不意に隣に立つレオンが呟いた。
その問いにイリスはレオンを見上げる。だがその目はイリスを映すことなく、歩き去る二人よりもさらに遠くを見つめているようだった。
「分からない。けれど今回の作戦を聴いて、私は権謀術数には向いていないと心底思ったわ。本当はそれでは駄目だということも分かるけれど……。
今回の作戦、私は一介の騎士として、運命の歯車に翻弄された一つの駒として、与えられた役目を熟そうと思う」
帝の考えた作戦は、イリスには到底思いもつかないものだった。
作戦の意外性に驚かされたが、その一方でイリスは、自分は一国の王としての器ではないと思い知らされた。使えるものは何でも使い、適材適所に人員を配置し、巧みに人を欺き策略を巡らせることなど自分には全く出来ないだろうと痛感させられたのだ。
作戦に関しては、本当は与えられた役割を熟すだけでは駄目で、イリスはウィレンツィア王国の王族としての役目もある。
だが王族としての役割も担う事を思うと、自分に出来るのかと不安が過る。とりあえずは与えられた役割を全うすることだけを考えている方が不安はなかった。
「……すまない。俺も不安だったんだな」
囁くように溢されたレオンの本音は、それでもイリスの耳に届いた。
普段のレオンは弱音を溢すことなど絶対にしない。まして他人の前でなど、少しの不安や不満ものぞかせることがないのがレオンだ。
それが今明確に不安という言葉を口にしたことが信じられなくて、驚いてイリスは隣に立つレオンを見上げた。
(レオンですら、こんなに不安になったりするんだ)
何となく、いつも皆を纏める立場として毅然としているレオンが不安を覗かせたことに安心し、ふふっと小さく笑い声を溢した。
「あ、ごめん。レオンでも不安になるんだと思ったら、逆に元気出た」
「……」
イリスを見下ろしたレオンが不満げに顔を顰めるが、それが余計に可笑しくてイリスは再び笑った。
最初は釈然とせず不満顔だったレオンも、笑い声をあげるイリスに次第に自分も可笑しくなってきて一緒に声を上げて笑い出した。
(未来は誰にも分からない。けれど、皆と一緒ならきっと切り開いていけるはずだわ)
イリスは晴れ渡る空を見上げる。つられて、レオンも視線を空に向けた。
「……俺達の帝を信じよう」
「……そうだね」
どこまでも青い空を見上げて、イリスはいつか来る未来を想った。
そうして月日は瞬く間に過ぎていった。
リュカは騎士団の訓練で日々扱かれ、カインはイリス達の帰還から一か月後、盗聴器と装置を完成させるためにゼファーと共に一足先にウィレンツィア王国へと戻っていった。
それぞれが自分の目的に向けて動いているうちに、温暖なサンスタシア帝国にも本格的な寒さが到来し、ストレアル山脈が雪で真っ白に染まり、やがてそれらも解けて花が芽吹く季節になった頃。
――その時は、唐突にやって来た。
これにて第十章完結です。
いよいよここまで来ました。物語の舞台はついにウィレンツィア王国へと移ります。
ぜひ最後までお付き合いください。
次から閑話を数話入れます。よろしくお願いします。




