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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第十章 旅からの帰還
216/244

作戦

後から気付いたのですが、二話に分けた方がいいくらい長かったです。

本当申し訳ないです。お時間のある時にどうぞ。

 今後のことや作戦について話を聴くために再び帝に呼ばれた一同が執務室に入室すると、昨日と同じく宰相のジェラルドが合図を出して扉の所に控えていた近衛騎士を下がらせた。

 しかし一つだけ昨日と違うことがあった。それは、アイザック隊長がすでに入室して待っていたことだ。軍事面での作戦になるので、そこは軍総司令官として同席することになったのだろう。


 扉が閉まるのを確認した帝は、ゆっくりと視線を動かし一同を見回しながら話し始めた。


「先ず、八年前では強行にドルシグ帝国を排除出来なかった理由から述べようか」


 帝は皆を見回していた視線を、最後にリュカのところで止める。

 真っ直ぐに帝から見据えられたリュカは、その視線に気圧されそうになりながらも気合で負けじと帝を見つめ返した。


「……いい目をするようになったじゃないか」

「?」


 帝の呟きは執務机を隔てたこちらまではっきりとは聞こえず、リュカが首を捻る。

 そんなリュカに、帝は「何でもない」と軽く片手を振ると視線を戻した。

 

「あの時……八年前の時は、ウィレンツィア王国民全員を人質に取られていたようなものだったんだ。あのまま三国の連合国軍でドルシグ帝国を制圧に向かっても、多くの犠牲者を出すだけだった」

「それはっ、……申し訳ありません」


 思わず口をついて言葉が出てしまい、イリスが慌てて謝罪を述べる。

 だが帝は特に気にした様子もなく、にこやかにイリスに向かって微笑んだ。


「構わないよ。イリスに限らず、皆も気になることがあればその都度訊ねてもらって構わないし、言いたいことがあるのならば言ってもらって構わない。皆の忌憚ない意見が聴きたいからね」


 そう言いながら、帝は再びリュカを見た。昨日帝に掴みかかって行かんばかりだっただけに、言いたいことがあるのならと発言を促しているのだろう。

 視線を向けられ一瞬悩んだリュカだったが、言葉を選んで話し始めた。


「なら、今ならウィレンツィア王国民の犠牲を出さずにドルシグ帝国に制裁を加えることが出来るということですか?」


 昨日は帝の発言にリュカも頭に血がのぼってしまっていたが、すでに昨日聞いた話なだけに今日は落ち着いているようだ。

 そんなリュカの様子を眺めながら、その質問には答えず帝は執務机の上に肘を付くと手を組んだ。


「八年前の時は、平和条約の枷もあったからね。表向き『ウィレンツィア王国はドルシグ帝国と協力して国を立て直す』とウィレンツィア王国側から声明が発表された以上、あのまま乗り込んでも悪者になるのはこちらの方だった」

「それは、今回だって同じじゃ……」


 言いかけて、リュカは正面からの圧を感じて途中で口を閉じた。

 正面の執務机に泰然と座る帝は目を伏せ深く息を吐き出すと、真っ直ぐにこちらを見据え口を開いた。

 

「だから今回は、ドルシグ帝国によるウィレンツィア王国簒奪の証拠を掴んでからウィレンツィア王国に乗り込む」

「証拠なんてっ……あるわけ……」


 思わずリュカが口を開いたものの、途中で言いかけた言葉を呑み込む。

 だがその言葉を聴いた帝は、片方の口の端を上げて妖艶に笑った。


「このままでは八年前と何ら変わらない。だが昨日も言ったように、今は様々なピースが揃ったんだ。どうやって現状を打開するか、これから一つずつ説明していこう」


 帝は表情こそ笑みをたたえているものの、その細められた目の奥は一切笑っていなかった。

 そこに帝の揺るぎない意志を感じて、イリスは自身も気を引き締め直すと帝の話に真摯に耳を傾けた。




◇◇◇   ◇◇◇




 帝の執務室を後にし、一同は揃って中庭を歩いていた。

 次に科学技術研究所を訪ねるように言われて、向かっている途中なのだ。だが、道中誰一人として言葉を発しようとする者はいなかった。

 皆一様に、今し方執務室で聞いた話に驚きを隠せず、自分の中で話を整理するのに時間が掛かっていたのだ。


 帝は昨日話していた通り、イリス達が取り付けて来た各国の協力や築いた人脈を最大限に利用して、とてつもない作戦を立てていた。

 本当にそんなことが出来るのかと思わずにはいられない、予想だにしない作戦だった。


 大きく分けて、作戦は二段階だ。

 先ず第一段階として、ドルシグ帝国にウィレンツィア王国民を人質として取られないようにするために、王都に住む王国民全員を無事に逃がす。そして第二段階として、ドルシグ帝国が実質占拠している王城内に乗り込んでエルヴィン皇子を討つのだ。


 その作戦の第一段階、ウィレンツィア王国民を一斉に逃がす秘策のための重要な人物として、昨晩王城の門の前でイリス達が出会った人物を呼び寄せていたらしい。

 その人物はウィレンツィア王国にあるゴットハルト工房の人らしく、それ故カインとも顔見知りとのことだった。



 誰も何も言葉を発しないまま目的の場所に辿り着き、一同は科学技術研究所の扉をくぐった。

 イリスはこの研究所自体に足を踏み入れたことがなかったので、初めての場所に物珍し気に周囲を見回す。

 内部は余計な装飾などが一切施されておらず、研究所らしく沢山の扉が並んでいた。その扉の前の廊下には、そこかしこに何かが入った箱や書類の束、怪しげな瓶類まで所狭しと積まれている。


 研究所は三階建ての建物だが、向かうように言われたのは上階ではなく地下の部屋だった。

 階段を降りる前とその先の扉にもそれぞれ警備の騎士と生体認証付きの扉があり、かなりの厳重さに驚きを隠せない。

 しかしそんな厳重に護られた扉を開けると、室内からはその厳重さとはかけ離れた軽い陽気な声が聴こえてきた。


「よう!昨日振りだな」


 昨日王城門前で会ったゴットハルト工房の技術者が、イリス達が入ってきたのを見て座っていた椅子から立ち上がった。


「あ、イリス!リュカもおはよう!」


 隣にはカインも座っていたようで、その脇からひょっこりと顔を覗かせてこちらに向かって手を振っていた。


 そしてもう一人、室内には壮年の男性がいた。長髪を無造作に後ろで一つにまとめ、顔には不揃いな無精髭を生やしている。どちらも面倒だから伸ばしっぱなしにしているというのがひしひしと伝わってくる風体だ。

 技術者らしく着古した白衣を着ており、腰には何に使うのかも分からないいくつもの道具が入れられた鞄を身に着けている。

 

「やあ、こうしてお目に掛かるのは初めてだね。ここを任されているベイジルだ」

「初めまして、レオンです。よろしくお願いします」


 ベイジルは数年前に若くしてこの科学技術研究所の所長になった人物だ。

 イリスはその手の分野のことは畑違いなのでよく分からないが、その知識と技術力は他の追随を許さず、この科学技術大国と謳われるサンスタシア帝国において頂点に君臨する天才なのだという。

 

「君達はカインのことは知っていると聞いている。なのでこちらにいる人物だけ紹介しよう。ウィレンツィア王国にあるゴットハルト工房から来てくださったゼファー氏だ」

「どうも。よろしく」


 ベイジル所長の紹介に、ゼファーがこちらに向かって手を差し出す。その手をレオンが取った。


「こちらこそ、よろしくお願いします。サンスタシア帝国でフラッデル隊に所属しているレオンと申します。こちらは同じ部隊に所属しているロイとイリスです。リュカのことは……ご存じでしょうか?」

「ああ、リュカのことは知っているよ、ありがとう。ゼファーだ、よろしく頼む」


 ゼファーはそう言って軽くリュカに視線を向けた後、イリスとロイに向き直って手を差し出した。


「ロイです」

「イリスです。よろしくお願いします」


 自身の名を告げながら差し出された手を取ると、無骨な手にがっしりと握り返される。

 その手はあちらこちらに傷痕やら塗料やらが付いており、技術者の手そのものだった。


「とりあえず立ち話もなんだ。その辺の椅子を持って来て座ってくれ」

 

 部屋は四方の壁に向かって作業机が造り付けられており、机の上には何かの機械やモニターの他に、造りかけの作品やそれに使う部品などが所狭しと置いてある。天井からも何かの機械がぶら下がっており、ここが何かを造るための部屋なことは一目瞭然だった。

 この部屋の中央には広めの作業台が置かれており、この作業台の上も様々な部品で溢れていたが、とりあえず座るようにベイジル所長から促された一同は、四方にある作業机の処から椅子を持ち寄って中央の作業台を囲むようにして座った。


「さて、では今日皆さんにここに集まってもらった理由をお話ししよう」


 ベイジル所長は飄々とした様子で話し始める。少し特徴的な抑揚の付いた話し方だったが、気になる程ではなかった。


「ゼファー氏は表向き、フラッデルを医療面で使用出来るように改良するための助言者として、フラッデルの開発元であるゴットハルト工房から招かれた技術者、ということになっています」


 ベイジル所長の説明に、ゼファーが首肯する。


「ですが、本来の目的は違う、ということですよね?」

「そうだね」


 ベイジル所長が軽く頷いたのを確認して、イリスは言葉を続けた。


「本日、ここに来る前に帝との謁見でこれからの作戦のあらましを伺いました。ですが、一つだけどうやって事を成すのか分からないことがありました」


 イリスはそこで一旦言葉を区切ると、真っ直ぐにベイジル所長を見据えた。


「帝は、『ドルシグ帝国によるウィレンツィア王国簒奪の証拠を掴んでからウィレンツィア王国に乗り込む』とおっしゃっていました。そんなに簡単に証拠を掴むことが出来るのであれば、今までだって証拠を元に三国で協力してウィレンツィア王国を救出できたはずです」

「!」


 ウィレンツィア王国の話になり、リュカは明らかに動揺を示した。

 だが無理もないだろう。八年という長きに渡り、ウィレンツィア王国は実質ドルシグ帝国の支配下にあるのだ。もし今までだって国を取り返す術があったなどと聞かされれば、動揺も走るだろう。


 しかし同じくウィレンツィア王国出身であるカインとゼファーは、イリスの話に微動だにしていなかった。

 おそらく二人に動揺が見られないのは、その理由をすでに聞いて知っているからだ。


「それが出来なかったということは、ドルシグ帝国の尻尾を掴むのは相当困難だということでしょう」

「ご尤も。その話しぶりだと、どうやってその証拠を掴むのかも粗方予想がついていそうだね」


 その言葉に、イリスは視線をベイジル所長からカインとその隣に座るゼファーに向けた。


「本日ここにカインとゴットハルト工房の技術者であるゼファー氏が同席しているということは、カインの開発した極小の盗聴器を使う、ということでしょうか?」


 カインはこのサンスタシア帝国にやってきた時、今まで見たこともないくらい小さな盗聴器を披露して帝を驚かせている。

 しかも操作する必要があるので離れすぎる訳にはいかないが、それを昆虫に括り付けて自在に操るという技術まで披露したのだ。

 おそらくそれを更に改良して使用するのは明白だった。


 たがベイジル所長は、真っ直ぐにイリスを見つめたまま薄く笑った。


「半分は正解だ。なぜなら盗聴器の他に、もう一つ造りたい物があるからね」


 指を一本立てて楽しそうに告げるベイジル所長に対して、イリスよりもカインの方が驚きに目を見開いていていた。

 どうやら聞かされていない話だったようだ。


「今回ゼファー氏をお呼びしたのは他でもない。ウィレンツィア王国民を一斉に逃がす、という作戦に必要な、とっておきの装置を造るためだよ」


 その作戦の概要については先程帝からも聞かされたのだが、詳しくはこちらに来てから聴くように言われていた。

 どうやったら沢山の人々を一斉に逃がすことが出来るのか、考えてもイリスには一向に分からなかったのだが、ベイジル所長の自信ありげな姿を見るに、そのとっておきとやらを使えばそれも可能なのだろう。


「……」


 外の音が何も聴こえてこない防音が施された室内を、沈黙が支配する。

 ベイジル所長の言うとっておきとやらが何なのか、誰も想像もつかなかった。

 しかしそんな一同に構うことなく、ベイジル所長は淡々と話を続けた。


「作戦決行と同時に、君達にはウィレンツィア王城内に突入してもらうことになる。特にウェリール君」

「っ!はいっ!」

「君は、その存在を大いに王国民に知らしめながら突入してくれたまえ」

「!?」


 突然の呼び掛けにも驚いたが、更に驚くことを言われてイリスは目を見開いた。


「それは……必要ですか?」


 果たしてそんな必要があるのかと問えば、ベイジル所長は何を当たり前のことをと言わんばかりに溜息を吐いた。


「勿論。混乱と絶望の中で、ウェリール君の存在が民の希望になるだろう?」

「……そうかも、しれませんが……」


 きっぱりと言い切られ、イリスもそれ以上言葉が続かず押し黙る。

 しかしそんなやり取りを今まで黙って聞いていたゼファーが、口を挟んだ。


「すまない、ちょっと分からないんだが、そっちの人がどうして王国民の希望になるんだ?」

「「あ」」


 ゼファーの言葉に、リュカとカインが揃って間の抜けた声をあげた。その様子に、イリスは自分のことをゼファーに知らせていなかったんだろうと察する。


 確かにイリスがアリスティア王女としてウィレンツィア王国にいた時は成人前だったので、王国民の前に姿を現すことはなくその姿を見たことがない人の方が普通だ。

 ゲイリーやガルーラ国王など、この旅の途中で出会った人々がイリスの幼少期を知る貴重な人物だったのだ。そんな貴重な人ばかりだっただけに、逆にそのことを失念していた。


(でもそうなると、存在を知らしめながら突入って、どうすればいいのかしら?)


 王国民でアリスティア王女の姿を知る者はいない。

 だがそれは固定観念で、王女は既に死んだと思っていて、更にここがサンスタシア帝国だからこそ、ウィレンツィア王国の王族特有である琥珀色の髪に翡翠色の瞳のイリスを見ても、その可能性に思い至らないということはあるかもしれない。


 しかし今はそんなことよりも、目の前のゼファーに説明することの方が先だった。

 

「あの、実はですね……」


 ここは自分で告げるべきだと思い、イリスは訳が分からず首を捻っているゼファーに向かって居住まいを正す。



 その後室内には、男泣きするゼファーの声だけがいつまでも響いたのだった。






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