↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第十章 旅からの帰還
214/244

優しい時間

 漸く謁見が終わり、執務室を後にする。

 先程までの話は驚くことばかりでとても理解が追いつかず、未だ混乱状態だが帝の御前ということで何とか体裁だけは保って退出してきたところだ。


 扉が閉まり、これでやっと少しは落ち着いて頭の中を整理することができるだろうと一同は知らずに張り詰めていた息を吐き出す。

 だが執務室を出た一同を待ち構えていた人物を目にして、イリス、レオン、ロイの三人はビシッと音がしたのではないかというくらい即座に居住まいを正すと折り目正しく礼を取った。


「アイザック隊長!」

「ただいま戻りました」

 

 執務室がある廊下の先の壁に背を預けて腕を組んでいたのは、このサンスタシア帝国においてイリス達をはじめとする騎士達を纏める軍総司令官である、アイザックその人だった。

 またアイザックは、八年前のドルシグの乱の際、混乱のウィレンツィア王国からイリスを逃がしサンスタシア帝国に連れ帰って匿っていた人物でもある。

 そして、記憶がないイリスを八年間実子として育てた育ての親でもあった。


 アイザックが軍総司令官として帝の執務室に呼ばれることなどしょっちゅうなので、今この場に居たとしても何ら不思議ではないのだが、アイザックが今ここにいる理由など誰から見ても一つしかなかった。

 それを察したレオンとロイが、驚いて何も言えないイリスの前に進み出ると先に口を開いた。


「先程、無事に戻ってきたところです」

「その際すぐに帝からお呼びが掛かったので、騎士団への報告の前に帝のもとに馳せ参じました」


 折り目正しく帰還の報告を始めた二人を、アイザックが手で制した。


「ご苦労だった。お前達の帰還は騎士団にも伝えられていたので勿論知っていた。そもそも先に帝から話があるということも伝えられていたので、気に病む必要はない。騎士団への報告がその次になるのは当然だ」

「……」

「……」


 あくまでも帰還した部下に向けて言葉を掛けるアイザックを目にして、レオンとロイは顔を見合わせて頷き合うと、再びアイザックに向き直った。

 

「隊長、今日ほもう遅いので、騎士団への報告は明日でもいいでしょうか?」

「?!」


 ロイの口から予想だにしなかった言葉が発せられて、イリスは驚いてロイをまじまじと見つめてしまった。

 どんなに任務に時間が掛かって帰還が遅くなったとしても、報告までが任務の一環なのだ。どんなに疲れていようが怪我をしていようが、報告は必須である。


 今までロイが報告を明日にしたいなど言ったことはなく、アイザックも予想外だったようで驚きに目を見開いている。

 だがレオンとロイは至って冷静そのもので、レオンが話を引き継いで言葉を続けた。


「騎士団へは明日正式に報告したいと思うのですが、隊長への報告は一人でも構わないでしょうか?長旅の疲れもあるので、他の者は休ませてやりたいのです」

(……なんだ、そういうことか。変な言い方をするから焦っちゃった)


 その言葉に、イリスは内心ほっとし安堵の息を吐いた。

 フラッデル隊として任務を行った時はいつも任務後の報告はレオンが一人で行うことが多かったので、今回も報告はいつも通りレオンが行うということなのだろう。

 ロイが妙な言い方をするので少し焦ってしまったが、要はいつも通りということだ。


「……ああ、構わんよ」


 レオンの言葉に、アイザックも納得したように頷きを返す。

 その様子を見ていたロイは、愉しそうに含み笑いを溢しながら軽やかに進言した。


「では報告には、サンスタシアを出てからこれまでの経緯を全て知っているイリスが適任だと思うのです」

「はっ?」


 思ってもみなかった言葉に、廊下にはイリスの間の抜けた声が響いた。

 いつもならレオンが報告をするのでイリスやロイにお鉢が回ってくることなどなかったため、完全に油断していたのだ。

 驚くイリスを余所に、ロイはにっこりと微笑む。そして追い打ちをかけるようにレオンが言葉を重ねた。


「イリスなら誤った報告をすることもないでしょう。私達はここで失礼させていただきたいと思います」

「えっ!」


 驚き固まるイリスの肩に、レオンとロイがポンと手を乗せる。交互に顔を見れば、二人ともいい笑顔で笑っていた。

 そして仕上げとばかりにリュカがイリスの背中を軽く叩く。振り返ってリュカを見れば、リュカが小声でイリスに話しかけてきた。


「頑張れよ」

「!」


 相談したわけでもないのに、皆でアイザックとイリスが水入らずで過ごせる時間を作ってくれたのだろう。イリスは皆の気遣いが嬉しい反面かなり気恥ずかしくて、思わず俯いてしまった。

 そんなイリスの様子に微笑むと、一同はアイザックに礼を取って下がって行く。

 顔を上げるタイミングを完全に逃してしまったイリスは、皆の足が俯いた視界から遠ざかるのをただ見つめていることしかできなかった。


「……」

「……!」


 やがて皆の足音も遠くに去り聞こえなくなると、アイザックの手がイリスの背中に回され、歩くように促された。

 そのことに少し驚きはしたが、アイザックに報告をするにしてもここは帝の執務室の前で部屋を護る近衛騎士もいるし、なにより誰が聴いているとも分からない場所で報告をするわけにはいかない。


(騎士団の執務室にでも行くのかな?)


 イリスはそんなことを考えながら、大人しく促されるまま歩き始めた。


「……」

「……」


 二人の間に、沈黙が流れる。

 この空気がどうにも居心地が悪くてイリスは何か話をした方がいいのではと思ったのだが、何を話せばいいのか一向に言葉が浮かんでこない。結局気不味い雰囲気がその場を支配していた。


 夜半の城内は夜勤の近衛騎士が各所を護っているだけで他に起きて動いている者はいず、アイザックも黙って歩いているので辺りはとても静かだった。

 そんな静けさの中、黙って促されるままに城内を歩き続ける。

 イリスとしては騎士団に向かうと思っていたのだが、アイザックは長い廊下を抜け階段を降りある部屋の前で足を止めた。


 そこは、イリスにとっても見慣れた部屋の前だった。


(……ここ、カインとおばあちゃんの部屋)


 到着したのは、ロードベルク城内でカインとアンナに与えられている部屋だった。

 おそらくアイザックは疲れているであろうイリスのことを慮って、騎士団ではなくこちらの部屋へ連れてきてくれたのだろう。

 騎士団内には夜勤の騎士もいて気を抜くことができないが、確かにここならばイリスも身近な人物しかいないので落ち着いて過ごすことが出来る。


(カインに、遅くなっても部屋に寄るって約束をしていたからちょうど良かった)


 もう起きてはいないだろうが、ちゃんと約束を守って部屋に来たという事実は大事だ。


(明日カインに会ったら、約束通りカインに会いに一旦部屋に寄ったけど遅くなりすぎて会えなかったことを謝ろう)


 そんなことを考えていると、扉の前を護る近衛騎士に何事かを囁いたアイザックが自分で扉を開けイリスにも入るように促した。

 僅かに開かれた扉から中に入る。暗いだろうと予想した室内には、何故か煌々と明かりが灯されていた。


「!」


 部屋の明るさに驚いて周囲を見回していたイリスは、部屋の中央に備え付けられた応接セットを目にして驚きに声を上げそうになってしまったのだが、何とかそれを呑み込んだ。

 

(……待ってて、くれたんだ)


 そこには、ソファに座ったままの姿勢で眠っているアンナと、アンナの膝に頭を乗せて眠っているカインがいたのだ。

 寝支度もせずに、先程会った時の服装のままソファにいる二人を見て、イリスは思わず目頭が熱くなった。


「……二人に、必ずイリスを連れてきてくれと頼まれたんだ」


 不意に声を掛けられ、アイザックを見上げる。その瞳はイリスを優しく見つめ微笑んでいた。


「この部屋では、隊長ではなく……父親として接してもいいだろうか」


 その言葉に、イリスは何とか堪えていた涙が頬を伝った。


「よく……頑張ったな」

「っ……」


 優しく頭を撫でられ、もう顔をあげていられなかった。

 涙を隠すように、イリスは迷わずアイザックに抱きついた。その途端アイザックの身体が少し強張ったのが伝わったが、イリスは構わずその肢体にしがみついた。

 僅かに逡巡した後、遠慮がちにイリスの背中にもアイザックの手が回される。その手がとても温かくて、何故だかイリスは涙が止まらなくなってしまった。


 声を上げると二人が起きてしまうので、イリスは極力声を潜めながら流れるままに涙を流す。

 温かな体温に包まれて、イリスはその日久しぶりに、優しい時間を過ごしたのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。