国際会議
久方ぶりの国際会議がついに本日から開会となり、ウィレンツィア王国内はいつになく賑やかな雰囲気に包まれていた。
王都は国賓を歓迎するため花飾りが各家庭の扉や窓に飾られ華やかな装いに彩られている。
あちらこちらの商店では国際会議にあやかった商品やこの機に乗じて売り出しを行っており、また他国からやってきた商人も許可を得て屋台を連ね、城へと続く大通りは活気に満ちていた。
初日は各国の要人を集めての晩餐会が行われる予定になっている。今はそれに先駆けて大広間に一同が集まり、挨拶を交わしているところだった。
本来なら国賓の前に成人していない王族が挨拶に出たりはしないのだが、国際会議は三十年に一度なので次の開催時ではティドとティアの顔見せはかなり先になってしまう。
そのため晩餐前に各国の要人に挨拶をと、ティドとティアも駆り出されていた。
『やや……これはこれは。噂以上にそっくりでいらっしゃる』
ティドとティアの目の前には、見上げるほど大きな恰幅のいい大男が聳えている。年齢で言えば隣に立つ父王より余程歳上だというのに、剛健さがそれを全く感じさせていない。
そんな大男にじっくりと見つめられ、ティアはすっかり萎縮してしまっていた。
『陛下!そんなに不躾にジロジロ見るなんて失礼ですよ!』
隣に立つ品のいい老婦人に分からないくらい小さく肘で小突かれ、大男は弾かれたように一歩後退った。
『すまん、あまりに可愛らしかったのでつい……。アリスティド王子殿下、アリスティア王女殿下、誠に申し訳なかった』
大男は綺麗に整えられた頭を掻きながら謝罪を口にする。その言葉にティドが一歩前に進み出た。
『いいえ。似ていると仰っていただけることは、私達にとって嬉しい言葉以外の何物でもありませんのでお気になさらないで下さい。エダルシア王国国王、ガルーラ陛下』
態と子供らしく見えるようににっこりと笑いながらティドが頭を下げる。それに合わせて、ティアも慌てて一緒に頭を下げた。
その様子を目にし、ガルーラ国王は目を細めティドを見据えた。
『……加えて聡明でいらっしゃるようだ。ウィレンツィア王国の将来は明るいですな』
『……』
ガルーラ国王は笑みをその顔にたたえたまま、射貫くようにティドを見つめる。
その視線は取り繕ったティドの表面ではなくその奥にある心内をも見透かすようで、ティドの背中を冷汗が流れ落ちた。
『……ふ。ところで今回の議題の件だが……』
だが次の瞬間には、ガルーラ国王は視線を二人の隣に立つ父王に戻すと、何事もなかったかのように再び会話を繰り広げ始めた。
ガルーラ国王の視線に気付いた者はおそらく、ティドだけだっただろう。
(エダルシア王国のガルーラ国王陛下か……エダルシアは当分安泰だな)
エダルシア王国は、国王の崩御をもって新国王に代替わりをする。
ガルーラ国王の息子達は優秀だという噂がウィレンツィア王国にも聴こえてきているが、この国王ならばまだまだ第一線で活躍するだろうと思われた。
『……握手をお願いできますかな?アリスティド王子殿下』
考え事をしていると不意に声を掛けられ、ティドは慌てて視線を戻した。ちょうど話が一段落したようで、この場を辞するようだ。
『もちろんです。ガルーラ国王陛下』
大きく温かな手がティドの手を優しく握る。見た目は皺だらけだったが、握られた掌はゴツゴツとして硬く厚みがあり、長年剣を握ってきた者の手であることを如実に物語っていた。
『……おお、王子殿下も剣を?なかなか頑張っているようですな』
『!』
予期せぬガルーラ国王の言葉に、ティドの顔は一瞬で真っ赤に染まった。
ティドの手に、初心者故に出来る水ぶくれや剣だこがあることを知られたのだ。ティドは咄嗟に羞恥で俯いたのだが、何故かガルーラ国王は握る手に更に力を込めてきた。
痛いと言うほどではないが、不意に強く握られティドが思わず顔を上げる。すると、優しげな眼差しでティドを見下ろすガルーラ国王と目が合った。
『これは殿下が頑張っている証ですぞ。何も恥じることはない。如何なる英雄も歴戦の猛者も、皆初めは初心者なのですから』
先程の見透かすような鋭い視線ではなく、温かく微笑まれてティドもつられて自然と微笑み返していた。
『っ……ありがとうございます。これからも日々精進して参りたいと思います』
◇◇◇ ◇◇◇
『はぁ……』
『ふぅ……』
一通りの挨拶が終わると客賓がいる大広間を辞し、長い回廊を歩きながら二人は小さく息を溢した。
まさに同じタイミングで溢された溜息に、ティアがくすくすと小さく声を上げて笑った。
『ふふっ。ティドでも疲れたのね。国賓の方々とも淀みなく会話していたから平気だったのかと思っていたわ』
ティアの的外れな評価に、ティドはわざとらしく大きく溜息を吐いて訂正した。
『まさか!重圧に圧し潰されそうだったよ』
『そうかしら?サンスタシアの皇帝やオートレアの国王とは愉しそうに話しているように見えたわ』
ティドが抗議するがティアは首を傾げるばかりだ。それが何だか面白くなくてティドは態と怒った表情を作って見せた。
『サンスタシアの皇帝は僕等と歳が近いけれど、それでも一国の皇帝としての責務を負っている圧というか威厳というか、そういうものがあって対応するのは大変だったよ』
ティドの言葉に、ティアも人差し指を頬に当てて記憶を辿る。
『そうねぇ、確かに穏やかそうに微笑んでいたけれど、年若い皇帝の割にはその表情の奥で何を考えているのか底知れないものが感じられたわね』
サンスタシアの前皇帝は数年前に病気で亡くなっており、現皇帝は若干十七歳で即位している。
今回は即位後初めての国際会議だったが、柔和な見た目に反して各国の要人との初会合は堂々としたものだった。
『きっとそこが、歳と経験の違いなんだろうな』
他の国の国王と比べれば歳が近いとはいえ、ティドとティアではまだまだああはいかない。
勿論今すぐ各国の要人と渡り合えるようになれるとは思っていないが、サンスタシア帝国の若き皇帝を目にし、ティドの中ではいつかはああなりたいという想いが明確になっていた。
階段を登りながら歩を進めていると、ティアが何かを思い出したようにティドを振り返った。
『……そう言えば、オートレア王国の王妃陛下は今回もお出にならなかったわね。私、お会いできるのを楽しみにしていたのに』
『そうだね。こうなってくると、妙な噂が広がるのも仕方がないよね。……本当に存在しているのか、僕でも疑ってしまうよ』
『!』
その発言に驚いたティアが、勢いよくティドの口に自分の掌を押し当てて塞いだ。
『しぃ!国際会議中なのよ!何処で誰が聞いているか分からない場所での不敬な発言は控えて!』
小声で懸命に叱責するティアの掌をどかすと、ティドがくくっと喉の奥で嗤う。
それが面白くなくて、ティアはますます抗議の声を上げた。
『もう!笑い事じゃないのよ!』
『ごめんごめん。じゃあ、誰にも会話を聞かれない場所へ移動しようか』
ティドが恭しくエスコートするように掌を差し出し目の前を視線で促す。その視線を辿れば、そこはティアの部屋の目の前だった。
話し込んでいるうちに、どうやら自室まで戻ってきていたようだ。
ティドはティアの手を取り、ヴォルターによって開けられた部屋の扉をくぐる。
そして入室するや勝手知ったると言わんばかりに、部屋の中央に設えられているソファの一人掛けの席に腰を降ろした。
『もう!……ウィルニーナ、紅茶の用意をお願い』
『かしこまりました』
勝手なティドに呆れつつも、ティアはウィルニーナに紅茶を淹れるよう頼むと自身もティドと対面のソファに腰を降ろした。
『……それで、さっきの話の続きだけれど。まぁ跡継ぎもいることだし、オートレア王国の王妃が実際いるのかいないのかは問題じゃないと僕は思っているよ』
唐突に話を戻したティドに面食らいながらも、ティアも自身の意見を述べた。
『そうね、仮に実在しないとしても、公に跡継ぎと言われる王太子殿下はいることだし、オートレア国民がそれを受け入れている以上、国内が揉めることはないと私も思うわ』
オートレア王国の王妃は、病弱であると公表されており公の場に顔を出すことが一切ないことで有名なのだ。流石に今回の国際会議には出席するかと思われていたのだが、今回も体調不良を理由に欠席している。
そのため王と王妃の御子である王太子殿下がいらっしゃるにも関わらず、王妃陛下という人物は本当は存在しないのではないか、という噂が実しやかに囁かれていた。
(病弱だろうが存在しなかろうが、国が乱れなければ問題はない。寧ろ問題なのは……)
同じことを考えていたのだろう。ティドとティアが同時に沈黙した。
するとその時、静かな部屋にノックの音が響くと、ウィルニーナが紅茶の用意と共に戻ってきた。
紅茶が二人の目の前に供されたところで、ティドが口を開く。
『ウィルニーナもヴォルターも、少しだけ席を外していてくれるかい?』
『かしこまりました。扉の外に控えておりますので、何かの際はご用命ください』
異を唱えることなく礼を取るヴォルターに習いウィルニーナも一礼すると、共に部屋を出ていく。
大きな扉が大きさに見合わず静かに閉められたのを確認すると、ティドが視線をティアに戻した。
『問題は……ドルシグ、ね?』
『ああ』
ティアの言葉に、ティドは静かに頷く。答えが分かっていたとはいえ、ティドの肯定を受けて少なからずティアに動揺が走った。
ドルシグ帝国は先日皇帝陛下が突如崩御されたとのことで、今回は先帝の長男である第一皇子が急遽即位し国際会議に乗り込んできていた。
野心に溢れる瞳は周囲を値踏みするように睨み付けており、好感が持てるものではなかった。とりわけ、幼いティドとティアに向ける視線は蔑むような色が濃かった。
だが、本当に懸念すべきは新しい皇帝その人ではなかったのだ。
『……気付いたかい?』
ティドの遠回しな発言にも、ティアは真っ直ぐにその瞳を見据えて頷いた。
『皇帝の後ろに控えていた方……よね?』
新たな皇帝に目を奪われがちだが、その後ろで微笑んでいた人物の視線に二人は気付いたのだ。
父王と新皇帝が話している間、その後ろでじっくりと話を聴いている風を装いながら、その人物は一度だけ父王を射殺さんばかりの視線で睨み付けたのだ。話に参加せず周囲を観察することが出来た二人だからこそその視線に気付いたと言える。
その人物は辛うじて表情は終始笑んでいる形を作っていたものの、父王に対して一瞬見せたその視線は鋭く凍てつくようだった。
野心や強欲さを前面に押し出しているある意味分かりやすい新皇帝と違って、闇のような漆黒をした長髪と同じ漆黒をした双眸は仄暗く、腹の内で何を考えているのか見透かすことが出来ない、そんな恐ろしさを持っている人物だった。
『新皇帝の弟、と言っていたわね』
『先帝の突然の崩御といい、不穏な感じしかしないね』
突然の崩御に新体制が整わず、新皇帝は今回の国際会議に側近として数いる弟達の中から数人を連れてきたと言っていた。確かに言われてみれば、新皇帝と似た顔立ちをした者達が数名後ろに控えていた。
だが腹の内では新皇帝になった兄に不満があるのか、敬っている様子は見受けられなかった。だが逆らうことはできないようで、不承不承ながら新皇帝に従っているような印象だった。
だがそうちの一人だけ、明らかに他と違っていたのだ。
他の者が新皇帝から飲み物を取ってこいと言われれば明らかに不満顔をしながら従うのに対して、その人物だけは表面上は従順に応じていたのだ。
それを新皇帝は『プライドがない』など言いながら顎で遣っていたのだが、父王との挨拶で新皇帝が自身を見ていない時に見せた一瞬の表情を二人は見逃さなかった。
それは、この世の全てを疎ましく思っているかのような恐ろしく冷たい視線だった。
『……だから、万が一に備えておこうと思うんだ』
『?』
徐に立ち上がったティドを追うようにティアが視線を上げれば、ティドが優しく微笑んで手を差し出していた。
何のことか分からないながらもティアがその手を取って立ち上がると、続き部屋になっているティアの寝室へと向かってティドは歩を進める。
『万が一のために、とっておきの秘密を教えてあげるよ』
振り返ったティドが宝物を披露しようとする子供のような笑顔をするものだから、その時はティアもすっかり愉し気な気分になってしまっていた。
――この時すでに、ティドがどこまでを想定していたのか。その時のティアには知る由もなかった。




