気遣い
休みの間に話を書き溜めておこうと思ったら、間違えて次の話を先に出してしまいました。
一度取り下げてあります。「名案」の続きがこちらの「気遣い」になります。
よろしくお願いします。
ティアがフラッデルで転倒した時はだいぶ大きな音と砂埃が舞ったこともあり大事となったが、もともと打ち身と擦り傷程度だったティアの怪我は一週間ほどで綺麗になった。
しかし怪我が治ったからと言っておいそれと練習を再開したいとは言えず、フラッデルの練習は中止されたままだった。
(でも、出来ることはあるのよね)
怪我を治す為にもゆっくり休むという体で、空き時間が出来るとティアは積極的に自室にこもっていた。
少し休む、と言えばウィルニーナも部屋の外で待機してくれる。それをいいことにティアはこっそりと自室で体幹の訓練に勤しんでいた。
最初は壁を使って逆立ちの練習から始まり、ある程度バランスが取れるようになると今度はベッド脇で逆立ちをするとそこから反転してベットに倒れ込む練習を行った。
(あの空中で回転する感覚を身体に覚え込ませておかないと)
あの動きは、急にフラッデルで行っても出来るものではないだろう。前回の二の舞になるだけだ。
それならばまず、あの空中での感覚を体で覚えることが先だろう。この休養期間は、寧ろ好都合と言えた。
そんな風に表向きは殊勝な様子で休養すること数週間。季節が寒期へと向かい始める季節の変わり目に、ウィレンツィア王国は慌ただしい雰囲気に包まれていた。
間もなくウィレンツィア王国を会場に、国際会議が開かれるのだ。
前回の定例の国際会議以来、三十年振りに各国の要人が集まることになっている。
鎖国的なウィレンツィア王国にとって、それらの要人の警護や歓待など問題は山積みだ。それに各国要人にばかり気を取られてもいられない。自国の王族や民の安全も確保しなければならない。
やるべきこともやらなければならないことも多く、目まぐるしい日々が続いていた。
『……ナ、ウィルニーナ?』
『っ!お呼びでしょうか!』
ガゼボでお茶を飲んでいたティアが、後ろに控えるウィルニーナを振り返り心配そうにその顔を覗き込んだ。
何度か名前を呼ばれていたことに気付いたウィルニーナは、慌てて頭を下げる。
『申し訳ございません。警護に集中しきれておりませんでした』
『……』
ティドとティアは授業の合間に、ガゼボでお茶を愉しんでいた。
だがゆっくりとお茶が出来るくらいの時間があったわけではない。ならば何故無理にお茶の時間を作ったのかと言えば、それはヴォルターとウィルニーナのためだった。
国際会議に向けて、ヴォルターとウィルニーナは二人の護衛が終わった後も深夜まで国際会議当日の警護について騎士達と確認作業を行っているようで、日に日に疲労の色が濃くなってきていたのだ。
その姿を目の当たりにし、少しでも休めるようにとわざわざ授業と授業の合間で二人はお茶の時間を捻出したのだ。
この頃は二人が授業を受けている間は別の近衛騎士が護衛に就いてヴォルターとウィルニーナは騎士団に行っているので、授業の間に休むことが出来ないのだ。そこで、授業の合間でお茶の時間を持つことを二人は思いついたのだ。
せめて二人がお茶をしている間くらい、何も考えずに休んでくれたらと思ったのだが、どうやらそうもいかなかったらしい。
ウィルニーナの返答に、ティアの向かいに座るティドも眉根を寄せた。
『ウィルニーナ、国際会議に向けてだいぶ根を詰めているのではない?』
『いえ、そんなことはありません。ですが、つい頭の中で今後の確認をしてしまいました。申し訳ありません』
ウィルニーナが深々と頭を下げると、ティアが慌てた。
『大した用事があって呼んだわけではないの。大丈夫ならそれでいいのよ?』
『そうはいきません。ティア様方の護衛に集中できておりませんでした』
ティアが礼を取るのを止めさせようとするが、ウィルニーナは譲らない。ティアが困ってティドに助けを求めると、ティドは少し考える素振りをしてからウィルニーナに向き直った。
『先程ウィルニーナが警護に集中しきれていない時に何者かが襲撃してきたら、僕等はどうなっていただろうね?』
『っ!申し訳ありませんでした』
『申し開きのしようもありません』
ティドの予想外の言葉にティアは目を丸くする。こんなことでそんなに責任を感じて欲しくなくて助けを求めたのに、ティドは尚も二人を追い込むような言葉をかけたのだ。
その上、ウィルニーナの隣に立つヴォルターまでもが頭を下げる事態となってしまう。
投げ掛けられた言葉に二人は尚深々と頭を下げてしまう。それを目の当たりにしたティアは非難がましい視線をティドに向けた。
抗議しようと口を開くが、ティアの口から言葉が発せられるよりも先にティドが言葉を重ねた。
『それじゃあ今後は肝に銘じて、以後僕等から目を離さず何時いかなる時も気を抜かないようにね。……いいかい?例えば頭を下げている今この瞬間に矢が飛んでくることもあるかもしれないだろう?絶対に目を離さないようにね』
愉しそうに笑うティドに、ヴォルターとウィルニーナは瞠目する。一拍置いて、ティドの言葉の意味を理解すると、ヴォルターが苦笑いをした。
『やられましたな。それでは我々は殿下方に礼も取れない』
『元から言っているけれど、そんなに畏まらなくていいから礼なんて取らなくてもいいんだけれどね』
してやったり、と言う顔でティドが笑う。ヴォルターはそんなティドに向かって『そういう訳にはいきません』と口では言うものの、その顔は笑顔だった。
『いいかい?特にウィルニーナ』
『はいぃっ!』
急に名前を呼ばれて驚いたウィルニーナから思わず上擦った高い声が発せられる。
何故名を呼ばれたのか分からず視線を彷徨わせるウィルニーナに、くすくすと笑いながらティドは続けた。
『ティアのことは必ず君が守るんだ』
『っ!はいっ!!勿論その所存であります。この身に代えてもお守りしてみせます』
ウィルニーナの言葉にティドは満足げに頷いている。だが、それにティアが異を唱えた。
『どうして私のことだけなの?ティドのことも同じように守ってね、ヴォルター?』
『勿論です。王女殿下』
ティアの言葉にヴォルターが頷くが、ティドがそれに口を挟んだ。
『僕は自分の身は自分で守れるからいいんだよ。何かあれば僕もティアを真っ先に守るから、ヴォルターもティアを優先でお願いするよ』
『そんなの駄目よ!私より未来の国王であるティドの命の方が大事よ!』
ティドの言葉にティアが食い下がるが、ティドは揺るぎない眼差しでティアを見つめた。
『どっちの命が大事とか、命に優劣はないよ』
『それなら尚更でしょう!』
『僕はティアの兄だ。数分の違いとはいえ、先に生まれたのは僕だよ。命に優劣はないが、上の者は下の者を守る義務がある。だから僕は君を守るよ、ティア』
『……ティド』
何を言っても引く気のないティドの様子にティアが困惑の表情を浮かべていると、今まで向かい合って言い争っていた二人の前にスッとヴォルターが膝をついた。
驚いて二人がヴォルターを見ると、二人と同じ高さで視線を合わせたヴォルターが柔らかく微笑んでいた。
『ご安心ください、王女殿下。王女殿下のお命も王子殿下のお命も、必ずや我々が守ってみせます』
ヴォルターの言葉に、隣に立っていたウィルニーナも膝をつく。
二人は忠誠の証として礼を取ろうとして、先程のティドの言葉を思い出し何とか頭を下げるのを踏みとどまると、真っ直ぐにまだ幼さの残る二人を見つめた。
ヴォルターの言葉に一瞬動きが止まったティドとティアだったが、次の瞬間、揃って笑い出していた。
『ふふっ、ティドの負けね』
『ははっ、……ああ、そうだね。僕の負けだ。ヴォルターもウィルニーナも、これからもよろしく頼むよ』
『『はっ!』』
居住まいを正し声を揃えたヴォルターとウィルニーナに対して目を細めたティドだったが、その向かいでティアは指を一本掲げるとわざとらしく眉を顰めた。
『でも、いいこと?ヴォルターもウィルニーナも、命を賭して私達を助けるのではなくて、一緒に助かる道を死に物狂いで探して頂戴ね』
『……』
『いい?』
『『……はっ』』
ティアの圧に押され、不承不承ながらもヴォルターとウィルニーナが頷く。
その様子に、ティアも困ったように眉を下げた。
『私だって、それが甘い考えであることは分かっているの。けれどどうしても、誰かの犠牲の上に生き延びるなんて考えたくはないのよ……』
(王女殿下はお優しくていらっしゃる。その甘さが命取りになることがあるかもしれない。……なんとしても自分が御守りせねば)
内心ヴォルターが決意を新たにしていると、隣にいたウィルニーナがティアを真っ直ぐに見つめ声を上げた。
『ティア様。ティア様が我々のことを想って下さるお気持ち、ありがたく頂戴いたします。必ずや、お二方を御守りしながら自分も生き延びて見せます!ですからどうか、何もご心配なさらずお過ごしください!』
『!』
最初から、どこかで自分を犠牲にしてでも、と思っていたヴォルターとは異なり、ウィルニーナは胸を拳で叩きながら自信を持って頷く。
その姿に、自分にはなかったものを見てヴォルターは瞠目した。
(そうだな。最初からそんなことは無理だと諦めていたら、出来るものも出来なくなってしまうな)
ヴォルターは自嘲気味に笑みを溢した後、ウィルニーナと同じように真っ直ぐにティアを見つめた。
『お任せください王女殿下。必ずやその願い、叶えてみせるとお誓い致します』
『ありがとうヴォルター、ウィルニーナ』
二人の決意に、ティアは安堵の言葉を溢す。
そんな三人の様子を黙って見つめていたティドが満足気に頷いていると、廊下の先から二人を呼ぶ呼ぶ声が聞こえてきた。
『アリスティド殿下!アリスティア殿下!どちらにいらっしゃいますかっ!』
『ここにいるよ!どうしたんだ?何かあったのかい?』
近衛騎士が走りながら二人の名を叫んでいる。こんなことは珍しかった。
急いで立ち上がったティドが声を上げると、こちらに気付いた近衛騎士がそのままの勢いで走り寄ってきた。
何か良からぬ不測の事態かと一同に緊張が走る。
『よかった、こちらにいらっしゃったのですね』
そう溢しながら走り寄ってきた騎士は、二人の前で丁寧に礼を取った。
何事かと気が急いている一同にはそれすらじれったかったが、二人を見つけて安堵している様子を見るに大事ではないのだろうと察し、大人しく礼を受け入れ騎士の言葉を待った。
『王子殿下と王女殿下に申し上げます。次の授業の時間となりましたが、お二方がご到着されないので何事かあったのではと探していた所存です』
『『!』』
安堵の表情を浮かべる近衛騎士を前に、ティドとティアはしまった、と顔を見合わせた。
話し込んでいてすっかり授業に遅れていたようだ。
『分かった。急いで向かうから、先に行って今向かうと伝えておいてくれ』
『先生方に、心配をかけてごめんなさいと伝えておいてね』
言うが早いか、焦ったように二人は席を立つと早足で歩き始める。遅刻もそうだが、こんなマナーのなっていない歩き方も二人にしては珍しかった。
だが今回どうして急に二人が次の授業に遅れるかもしれないこんな合間の時間でお茶をしたいなどと言い出したのかを、ヴォルターは気付いていた。
お茶をしたいと言っておきながら、お茶を飲むことよりも後ろに控えるウィルニーナの体調ばかりを窺っているのだ。気付かないわけがない。
ヴォルターはそんなティドとティアの姿に目を細めながら、二人を探しに来た近衛騎士に、他にも二人を探している者がいるのならばそれぞれ持ち場に戻るよう伝令を指示した。
『ヴォルター、ウィルニーナ!置いていくよ!』
長い廊下の先で振り返ったティドが声を上げている。ヴォルターが指示を出している間にだいぶ進んだようで、かなり距離が離れていた。
(これでは先程王子殿下に言われた通り、何かあった場合警護に支障が出るな)
ヴォルターは先程のティドの言葉を思い返し、笑みを溢す。そしてウィルニーナと共に二人に向かって駆け出した。
『申し訳ありません』
『只今参ります』
ヴォルターとウィルニーナが追従してくるのを確認し、二人はまた前を向いて足早に歩き始める。
その後姿を眺めながら、ヴォルターはそっと心の中で二人の気遣いに感謝したのだった。




