双子の王子と王女
第九章はイリスの過去(幼少期)のお話になります。
よろしくお願いします。
※国際会議までの日程を変更しました。
◇◇◇ ◇◇◇
『……、……ア、……ティア!』
誰かの声が耳元で聴こえて、閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げる。眩しさに一瞬目が眩んだが、見慣れた顔が覗きこんでいることに気付いて目を細めた。
『……なぁに、ティド?』
そう口では問いながらも、自分でも状況を確認しようと周囲を見回すために顔を動かす。そうして動かした頭に柔らかいけれどちょっと刺々した芝の感触を感じて、ティアは自分が今芝生の上に寝転んでいることを思い出した。
ゆっくりと上体を起こそうとすると、直ぐに手が伸びてきて起き上がろうとするティアの腕を引いてくれた。
『なぁに、じゃないよ。いなくなったと思ったらこんな所で寝ているんだから。怪我でもして倒れてるんじゃないかとビックリしたよ』
その場に膝を付き真剣に体の異常を調べ始めるティドの姿を見て、ティアは思わずふふっと笑い声を零した。
どうやらそれがお気に召さなかったようで、ティドから非難めいた眼差しを向けられる。
『僕がどれだけ心配していたかなんて、ティアには分からないだろうね』
『ふふっ、ごめんなさい心配かけて。でもどこも何ともないわ。大丈夫よ』
言いながらティアは立ち上がり、身体に異状がないことを知らせるためにその場でくるりと回って見せる。
その姿を見ても訝し気に眉を寄せていたが、とりあえずティドも立ち上がった。
『だって今まで、こんな所で寝転んでいた事なんてないだろう?』
その言葉に少し考える素振りをしてから、ティアもこてん、と首を傾げた。
『そうね、私何でこんな所で寝転んでいたのかしら?』
その言葉に益々眉間の皺を深めたティドは、徐にティアの顔を覗き込んだ。
『……本当に大丈夫?記憶が定かじゃないなんて頭でも打ったんじゃないの?王宮侍医に診てもらおうか?』
『大丈夫よ。本当にどこも痛くはないの。もう、ティドはいつも心配性なんだから』
呆れたとばかりにティアが肩を竦めて見せると、逆にティドは腰に両手を当てて胸をのけ反らせた。
『兄だからね。当然だよ』
『生まれたのがほんの数分しか違わない兄でしょう?』
ふふっとティアが笑えば、得意気に胸を逸らしていたティドもははっと笑う。
そうしてお互い笑顔のまま、どちらともなく王城へと向かって歩き始めた。
何処へ何の為に、など細かいことを言わなくても、二人は何となくお互いが思っていることを察することが出来る。
ティドとティアは、まさしくお互いがお互いの魂の片割れだった。
ウィレンツィア王国に九年前誕生した待望の御子は、男女の双子だった。
先に生まれた男児はアリスティドと名付けられ、間を置かず次に生まれた女児はアリスティアと名付けられた。
一卵性双生児であった二人は琥珀色をした透き通る柔らかい髪に翡翠色の大きな瞳を持ち、お互いよく似た顔立ちをしていた。男女の別があるから見分けられるのであって、同姓だったら見分けがつかない程よく似ていた。
『でもさ、本当に一度診てもらった方がいいんじゃないのかな?半年後には国際会議もあるだろう?』
『国際会議があると言っても、私達は各国の代表の方々にご挨拶するくらいでしょう?』
国際会議とは、三十年に一度ウィレンツィア王国に各国の代表が集まって開催される会議の名称だ。
大体三十年ぐらいすると各国の次世代が後継者として国際会議の場に出席できるようになったり、譲位などで国のトップが入れ替わるため、定期的に顔合わせの為に設けられているのだ。
尤も顔合わせとは大義名分であり、実際は新しく権力を手に入れた者を見極め、お互いが道を踏み外すことがないよう平和条約を確認し合い牽制し合う場である。
またこの国際会議とは別に、千年前に定められた平和条約が現在の状況にそぐわない場面が出てきた際に、その時々に合わせて平和条約の見直しを行うために開催される臨時の国際会議というものもある。
だが今回行われるのはその臨時の国際会議ではなく、三十年に一度開催される定例の国際会議であった。
『今の段階で、エダルシア王国とオートレア王国は国王陛下がいらっしゃると聞いてる。万が一重い病気とかに罹っていて国王陛下の前で倒れでもしたら大変だろう?』
今回はティドとティアが生まれてから初めて開催される国際会議だ。
二人は成人していないので会議の場に直接参加することはないが、各国の代表との挨拶の場は設けられる予定だった。
『……そうね。本当に体調は大丈夫だけれど……初めてなので緊張はするわね』
『僕だって各国の代表と会うのは初めてだからね、そりゃ緊張はするけれどこれも義務だ』
ティドが仕方がないとばかりに肩を竦めると、ティアは歩いていた歩みを止めた。
『ティア?』
突然立ち止まった片割れを訝しみ、ティドが腰を屈めて俯いてしまったティアの顔を覗き込む。すると顔を見られまいと、ティアは俯いたまま顔を背けた。
その姿にティドは眉を顰めた。ティアが自分に対してこんな態度をとるのは初めてだったのだ。
ティドもティアも、無邪気な子供らしさを持ってはいる。近くに誰もおらずお互いしかいないのであれば、多少羽目を外したり無茶をすることもあったが、それも可愛らしい悪戯程度のものだった。
しかし一度人前ともなれば、そういった姿を一切見せることはない。九歳にして次代を担う王族として立派に人前に立っている。
品行方正で才色兼備、一視同仁であり非常に慈悲深いと誰からも褒め称えられるような子供だった。
あまりに周りの評価が高すぎて重荷に感じることもあるが、ティドから見てもティアは誰に対しても別け隔てがなく、思いやりがあり、自分の責務を良く分かっている。
だからこそこんな風に、自分の責務を厭う姿など見たことはなく、片割れのそんな姿にティドも不安を抱いた。
『……何かあったの?』
誰かに何かを言われたのだろうかとティドが焦る。
ティアを追い詰めるような者が王宮内にいるとは考え難かったが、それでもティアのこんな姿を見てはそれも懸念しないといけない事項だと思われた。
『……笑わない?』
俯き逸らしていた顔を上げてティアが恐る恐るディドと視線を合わせる。
言葉の真意は分からなかったが、屈めていた身体を戻すとティドは真っ直ぐにティアを見つめてしっかりと頷き返した。
ティドが頷いたのを見てティアは口を開いたが、何かを躊躇い言葉を紡ぐことなくその口は閉じられてしまう。
そうしてそれが何度か繰り返された後、意を決してティアが勢いに任せて言葉を吐き出した。
『その場で見初められたりしたら嫌なのっ!』
『……え?』
ティアは拳を握りしめ、前のめりになりながら一息で告げる。
何を言われたのか理解できずティドは目を見開いて固まっていたのだが、一拍置いて言葉の意味を理解すると、込み上げてくるものを抑えることができず声を上げて笑い出した。
『あははっ!それは無いだろう?エダルシアの国王もオートレアの国王も父上より年上だし、若くして即位したサンスタシアの皇帝は僕達と十くらいしか違わないけれど、今回は来るかどうかまだはっきりしていないだろう?』
ティドはお腹を抱えて笑い続ける。笑いすぎてその目尻には薄っすら涙まで浮かんでいた。
途端ティアは恥ずかしくなり、握りしめたままだった拳でティドの胸をポカポカと叩いた。
『もう!そんなことは知っているわよ!笑わないって言ったのに!!』
痛くはないが、片割れが本気で怒っているのを感じてティドは目尻の涙を拭うと居住まいを正した。
『ごめんごめん。あまりに予想外の言葉だったから』
ティドが態度を改めたことに少し落ち着きを取り戻したティアは、叩くのをやめてティドと向き直った。
『御本人じゃなくても、兄弟だとか従妹だとか、血縁者でなくても、国の為の政略結婚の相手はいくらでもいるでしょう?そういう方々との縁談を検討されるのが嫌なのよ』
まだ九歳ではあるが、王族ともなれば婚約者などがいてもおかしくはない。ましてティドが次期国王として内々に決まっている現状では、ティアは何処かに嫁ぐしかない。
だが、王族としての義務が分からないティアではないことを、ティドが一番良く分かっていた。
『……他国に、嫁ぎたくないのよ』
『……』
段々と口調が尻すぼみになり、最後は消え入るような声になりティアは再び俯いてしまう。
ティドはそれに対して何かを言うことはなかったが、黙ってティアの両手を取った。
触れられた手は温かく、ティドの優しさがそこから流れ込んでくるかのようだった。
その手に力を貰ってティアが顔を上げると、そこには優しく微笑むティドがいた。
『私、この国が好きなの』
『僕も同じだよ』
ウィレンツィア王国はその立場上、他国と違って閉鎖的だ。故に、国民の自国に対する想いは強い。
それは王族であるティドとティアにとっても同じだった。
『今まで、ティドと離れたことなんてないのよ』
『そうだね』
『ティドがいない暮らしを想像出来ないの』
『……そうだね。僕にも想像出来ない』
生まれた時から常に傍にいた存在。いついかなる時でも傍にお互いがいて、時に笑い、時に泣き、共に幾多の経験を積み、苦しい時も辛い時も支え合ってきた自身の半身。
離れることを想像することは難しかった。
『いつか、……想像できるようになるのかしら?』
『そんなこと言って、後悔するかもよ?どこかの素敵な誰かと恋に落ちて、僕のことなんて気にもかけず他国に行っちゃうかも知れないじゃないか』
『そんなこと!……でももしそうなった時に、ティドが寂しくなって私を引き留めても遅いんだからね』
『その時は僕が全力で泣いて暴れてティアが嫁ぐのを阻止してみせるよ』
未来は分からない。だが、嫌だと言ってもいつかは離れる時が来ることを、お互いに良く分かっていた。
『はははっ』
『ふふっ』
手を取り合ったまま、お互い見つめ笑い合う。
こうしてみると、髪の毛の長さがティドは癖のない真っ直ぐな短髪で、ティアが腰までの流れるような長髪であるという事以外、鏡でも見ているかのようにそっくりだ。
二人は傍目には完璧な王子と王女だ。
しかし本当は自身が二人で一人なことを、お互いだけがよく知っていた。
いずれ離れて暮らすようになったとしても、これからもずっと喜びも悲しみも全て二人で共に分かち合っていくのだと――この時は信じて疑いもしなかった。




